(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十七章 事前準備 三

2014-01-30 21:00:38 | 新転地はお化け屋敷
 暫くして栞と一緒に出てきた成美さんの開口一番の台詞は、「しょーもねえ話で悪かったな」というものなのでした。大吾がそう言った直後ならともかく暫くしてからのことなので、よっぽど頭に残ったのでしょう。
 ただ当然、大吾は批判的な意味でそう言ったわけではないですし、そして同じく当然それが分からない成美さんではないので、照れ臭そうにこそしていたにせよ、不機嫌そうではないのでした。むしろちょっと笑ってらっしゃいました。
「ご苦労さま」
「これくらい――って言いたいところだけど、今回はちょっとびっくりしたかな」
 隣に戻ってきた栞は、そう言ってやはり笑ってみせるのでした。どうやら私室の方も緊迫したような雰囲気ではなかったようです。
「変な想像とかしなかっただろうね?」
「…………」
 まさか、と言いたいところでしたが、しかし例えその場凌ぎとしてでも、そんなことは言えないのでした。なんせこっちでは「いつどこで何をとは言わないけど」なんて言っちゃってるわけで、そしてそれは成美さんに筒抜けなわけで。混浴なんだから男女が一緒に入浴するのは別に変じゃないだろう、なんて返しもできなくはありませんが、それはもちろん屁理屈でしかないわけですし。
「勘弁してやってくれ日向。これはさすがに仕方ないさ」
 するとなんと、成美さん本人が助け船を出してくださるのでした。元々どうとも思ってはいなかったにせよ、なんと心が広い。いやもちろん、栞だって冗談半分ではあるようでしたけどね。
 で、ならばそれはともかくとして。
「せっかく部屋でゆっくりしようとしていたところをしょーもねえ要件で呼び付けてしまって済まんが」
 それ気に入ったんですか? 成美さん。
「わたしからの相談は以上だ。ありがとう日向、いろいろ勉強になった。大吾も喜んでくれたようだしな」
 大吾が?――ああ、こっちで僕と大吾で話してたあれですね。
 ……ということは、栞の耳には入っていないわけでして。
「え、あの、え? 大吾くんが喜ぶって、げ、現状維持とか、そういう?」
 顔を真っ赤にし、あまつさえ肩を小刻みに震えさえさせて、そんなことを口走る栞なのでした。遠回しな表現を用いた努力は結構ですが、だったらいっそ何も言わなきゃよかったんじゃあ――あー、でも確認せずにはいられなかったりもするんですかねやっぱり。たった今自分が教えた知識についての話ではあるわけですし。
「多分絶対違います栞サン」
 曖昧に断定する大吾なのでした。
「そういう趣味も一応ないつもりですし」
 確認せずにはいられなかった栞と同様、これもまた言っておかずにはいられなかったということになるのでしょう。なんかもう僕からもごめん。
 というわけで、取らなければならない責任が果たして僕のあるのかどうかは判然としませんが、しかしそれでも取りたくなったので取っておくことにした僕は、栞に「大吾が喜んだ」という話の真相を説明する役を買って出るのでした。
 で。
「ふわあ」
 勘違いが打ち崩されたその瞬間、栞は脱力と羞恥が入り混じったなんとも形容しがたい表情をその顔に張り付けたのでした。
「ふわあ」
 二回言いましたこの人。
「申し訳ありませんでした……」
「大丈夫です」
 申し訳ないと頭を下げられた時の返事ではない気がしますが、ともあれ大吾は大丈夫なんだそうでした。
 こちらとしてはほっとさせられるそんな遣り取りの直後、すると大丈夫かそうでないか以前にそもそも全く何とも思っていない人が、
「なあ大吾、現状維持とはどういうむご」
「あーはいはい、続きは二人だけの時にな」
「もごっも」
 自分の発言がいつでも問題となり得る、というのは本人も理解しているところなのでしょう。咄嗟に口を手で押さえてきた大吾に対し、恐らくは「分かった」と返した成美さんに、不満そうな様子は見受けられないのでした。今回はしょーもねえ話なのでこんな感じですが、しょーもなくねえ話も乗り越えてきた相手ではあるので、その辺りについての成美さんから大吾への信頼は相当なものがある、ということなのでしょう。
 まあ、推理するほどのことでもないんですけどね。
「ではもういっそ話題を変えてしまうとして」
 続きは二人だけの時にとのことだったので、変に居座らずにさっさとお暇しちゃったほうがいいんだろうかと思い始めていたところなのですが、しかし成美さん的には僕達はまだお客さんであるようでした。
 ここで本当に帰ってしまったらそれはそれで帰った後がどうなったか気になってしまいそうですし、ならこれはこれでありがたい、ということになるんでしょうかね。大吾は苦笑いでしたけど。
「念のために言っておくが、今度は相談というわけではないからな?」
 とここで、大吾のその苦笑いが引っ込むような発言が。相談というわけではないというなら深刻な話でもないのでしょうが、しかしそんな前置きを必要とするということは、少なくともそういうふうに聞こえる話ではあるということなのでしょう。
 そしてもう一つ、苦笑いを引っ込めたということは、大吾は今度もまたその話の中身を知らないということでもあるわけです。
「有難いことに――本当に有難いことに昨日、庄子がわたしの義妹になってくれたわけだが」
 ああその話題でしたか、と大吾に限らず浮かび上がりつつあった緊張が和らぎます。そうですよね、その話題だったら今更僕と栞に相談するようなことはないのでしょう。
「家族が増えたということで昨晩、少し考えることがあったのだ。その……大吾とわたしの、子について」
 !
 と起床してからそこそこの時間が経ち目はすっかり覚めているというのに、更に目を覚まさせられたような心持ちにさせられる僕達。ですが僕と栞の二人と大吾では、その中身には差異があったのではないでしょうか。
 大吾は成美さんだけでなく自分の話としても。僕と栞は、偶然にもちょっと前まで同じくその話をしていたことから。
 とは言ってもあれですけどね。こちらは栞が見た夢、あちらは実際に起こったことに起因した話だというのには、なんだか差があるようにも思えますけど。
 なんにせよその話について思ったことはそりゃあそれぞれあるわけですが、しかしそれを口に出すより先に、成美さんが続けてこんなことも言ってくるのでした。
「ええと、また念のために言っておくが、昨夜と言ってもそういうことではないからな? 考えたのはその前だからな?」
「今日そういうの多いなオマエ……」
 何のことだろうと一瞬考えてしまいましたが、しかしそれは一瞬だけのことでしかありませんでした。そうですよね、直結する事柄ではあるんですもんね。本来なら。
「す、済まん」
「いや責めてるわけじゃないけどな」
 苦笑いを浮かべていた大吾ですが、でもまあ苦笑いで済んでるみたいですしね。
 ちなみに、栞は普通に笑っていました。夫婦とはいえそりゃあ僕と栞ではこの話題に対するスタンスには差が出てくるわけですが、だというのにこれです。強いなあ。
 もう一つちなみに成美さんも大吾のその一言で安心したらしく、ふっと頬を緩ませます。そうですよね、相談というわけでないというならそういう顔をしてもらえていたほうがこちらとしても。
「ほら、前にわたし達四人で一緒に家守から話をしてもらっただろう? 養子というものについて」
「成美ちゃん、実は私達も今朝その話をしたところなんだよね」
「おお、そうなのか。面白い偶然もあるものだな」
 今朝と言ってもそういうことではないですからね? 考えたのはその後ですからね? というのは僕のことであって、栞なんかはもう寝ている最中に考えていたということになるわけですけど。
 あと別に、「その後」とか言っちゃってますけど特に何をどうしたというわけでもないんですけどね。そりゃあ胸に顔をうずめてはいましたけど。
「……自分から持ち掛けた話ではあるのだが、先にそちらから聞かせてももらってもいいだろうか?」
「ふふ、うん」
 僕がしょーもねえことを考えている間に、そういう方向で話が進んでいました。相談ではないにしても不安がなくはないんでしょうね、やっぱり。なんせ、ここで言う養子というのは猫ではなく人間の子どもということになるわけですし。
 ともあれ、栞の話です。正確には僕と栞の話ということにもなるわけですが、そこはまあ話を持ち出した側にお任せするということで。話し合った部分はともかく、夢の中身となると僕が正確に語ることはできませんしね。
 というわけで、栞の説明は夢の話から始まったのでした。さすがにその夢を見た原因と思われる部分は省略されていましたが。
「――とは言っても、実際はそんなに幸せなばっかりってことでもないんだろうけどね」
 栞が夢の話の最後をそう締め括ったのは、話している相手が成美さんだからということもあったのでしょう。なんせ成美さん、実際にお子さんを産んだ経験があるわけですしね。
「確かにそうだが、だからといって今の話が間違っていたというわけでもないさ。どんなに辛いことがあってもやはり、一番先に来るのは『幸せ』だったからな」
「そっか」
 という話に栞はもちろん、どうやら大吾も嬉しそうにしているようでした。
「にしてもすげえなオマエ、自分以外の誰かに料理の夢見せるほどとか」
「不意打ちで褒められるとどう返していいものやら」
「褒め――うーん、まあ褒めてるってことになるのか?」
 あれ、違うの?
「いやいや大吾、そんな夢を見るほど『料理上手な夫』を気に入っているほうが凄いのかもしれんぞ?」
「ああ、そういう考え方もあるか。そうだよな、オマエも庄子の夢見たりしてたんだし」
「しまった、遠回しに自分を褒めてしまったか」
 そういって軽く笑い合う怒橋夫婦の一方で、我等日向夫婦は二人揃って照れ入ってしまっているのでした。僕はともかく栞は今更それくらいで……って、あっちもそう思ってるのかもしれませんけどね。
「それで、夢を見てからどんな話を?」
「あ、ああうん」
 説明再開。頑張れ栞。

「なるほど。今すぐにという話にはならないのだな、やはり」
「私達の場合は、だけどね」
 将来は養子を迎えたい。簡素に纏めるとそういうことになる栞の話に対して成美さんは「やはり」と返し、それを受けた栞はそれが飽くまで自分達だけの結論であると強調します。
 それだけということではないにせよ、大きな問題の一つとして挙がるのはやはり金銭面の話。なんせお買い物担当である成美さんなので、栞の結論を初めから想定していた節があったのは、その辺りに対する考慮もやはりあってのことだったのでしょう。
 しかしその点を挙げるのであれば、栞の返答もただの念押しではなくなってきます。僕と栞、というか僕とは違って成美さんと大吾はお互いに幽霊であるわけで、ならば生活をするのにお金はそう必要というほどでもなかったりするのです。
 もちろんそれは家守さんという理解ある大家さんありきの話ではありますし、それを抜きにしたってあるに越したことはないんですけどね、お金。
「成美ちゃんはどう?」
 たった今終えた説明から話が広がる前に、ということなのでしょう、今度は栞が成美さんに話をするよう促します。すると成美さんは姿勢を正し、「結論からいえば」と。
「わたしもいずれは養子を迎えたいと思っている」
 ここまでの様子から――いやそもそも養子について考えたという時点でこの場の誰もがその考えを想定できていたのでしょうが、しかしそれでも、大吾が成美さんへ向けた視線には力が籠っていたのでした。やはり、今初めて耳にしたのでしょう。
「済まんな大吾、いきなりで」
「いや、なんでオマエがそう思ったかはなんとなく――って、オレが言うことでもないよな。続けてくれ」
「ありがとう」
 心底嬉しそう微笑んだ成美さんは、改めてこちらを向き直ります。
「今更な話だが、わたしには既に前の夫との子がいる。だから当然、この話に臨む姿勢もそちらとは違ってくるのだが……」
 その先を話す前に、成美さんは誰も口を挟まないことを確認する間を置きました。
「さっきの話にも出てきた『子がいる幸せ』を、わたしはもう知っている。それを、大吾にも知ってもらいたいのだ」
 横を向く余裕がなかったのでその時栞が、あと僕自身もどんな顔をしていたかは分からないのですが、しかし一人だけ確認できた大吾については、控えめながら口の端を持ち上げているのでした。なんとなく分かっていたというのは、どうやら当たっていたようです。
「無論わたし自身が欲しているというのもあるにはあるが、何度考えてみても一番はそれだったな。……一番の理由が自分でなく他人にあるというのは聞こえが悪いかもしれんが、」
「そんなことないぞ」
 言葉はもちろん手についても、大吾の行動は素早かったのでした。
 大人の身体ということで猫耳ごと頭を撫でられた成美さんは、けれど恐らくはその感触からでなく、躊躇いがちな笑みを浮かべていました。
「そんなことないから、二人だけの時に言ってくれたらもっと良かったかな、とは思うけどな」
「はは、それは済まなかった」
 そういえば、昨晩の時点で考えていたというこの話をその昨晩に、そうでなくとも今朝僕達に会う前に大吾にだけ話しはしなかったというのなら、それはやはり何かしらの理由あってのことだったのでしょう。
 そしてどうやらそれは、何度考えても「自分のため」でなく「大吾のため」という理由が一番に来てしまうことを、成美さんが後ろめたく思ったからだそうなのでした。
 後ろめたく思った、という展開の割には胸に温かいものが込み上げてきたりもするのですが、しかしその結果として熱っぽい視線を交わし合っている大吾と成美さんを前にしてしまうと、はて僕達はどうしていいものやら。
「ちょっとだけそっぽ向いとくね」
 悩み始めた僕とは違って栞は即断即決、かつ大胆にも程があるのでした。それってつまりそういうことなんでしょうけど、万が一あちらにそのつもりがなかったらむしろそうするよう強要してるだけになってしまうという諸刃の
「ほら孝さんも」
 はい。
 …………。
 …………!
 えー、ちょっと聞こえちゃったような気がしないでもないですが……。
「ありがとう、もうこっちを向いてもらっていいぞ」
「よく考えたらオレら、今までだって目の前で平気でやってた気がするけどな」
 いや大吾、正確には平気じゃないけどやってたんだよ僕達。なんでだろうね?
 という話にはもちろん成美さんも含まれていて、ならば他三人と同じく照れたような笑みを浮かべていたりもしたのですが、しかしその笑みはすぐにさっきまでの柔らかいものに。
「考え過ぎてしまったところはあったようだが、ともあれ話せてよかった。顔を合わせたのがたまたまだったとはいえ、きっかけをくれたというだけでも感謝だな。お前達には」
 いえいえ。ここを訪ねるために部屋を出たというならともかく、妻が掃除をしている姿を眺めるためとかいう、あんまり言葉で説明したいとは思わない事情からのことですし。
 というわけで口に出してそう言いはしないでおいたところ、「それで、話を戻させてもらうが」と成美さん。どうぞどうぞ、僕はどうせ何も言えませんし。
「日向も先程そう言っていたが、わたしも今すぐにどうにかしようと思っているわけではないのだ。ないのだが、しかしここで一つ訊いておきたいことがあってな。……今すぐでなければ大丈夫、という問題なのだろうか? わたしの場合というのは」
「っていうのはアレか、子どもは人間だけどオマエはって話か」
「うむ」
 さすがは夫というか大吾というか、察しを付けるまでに全く時間を要さないのでした。そりゃあ僕と栞だってちょっと考えれば自力で分かってたんでしょうけど、一拍すら置かずに話を続けられるというのは、さすがというほかありません。
「大吾のためだとか自分のためだとか言ったばかりではあるが、しかし当然、その子の幸せも考えなければならないからな。良い親になれる見込みがないということであれば、わたし自身の考えがどうあれこの話からは身を引くべきだろう」
 子どもの幸せ。なるほど確かに当然念頭に置くべき話ではあるのでしょう。
 …………。
「そういうふうに考えられる時点で大丈夫だと思います。僕は。ただ『今すぐにでなければ』っていうのがどれくらい先の話になるかまでは見当が付きませんし、それに」
「それに?」
 尋ね返してきた成美さんは、少しだけ不安そうな顔をしていました。でも大丈夫です、これは成美さんを責めるような話ではないんですから。
「そもそも良い親っていうのがどういうものか、親になったことがない僕達にははっきりさせられないっていうか」
 勝手に「僕達」と纏めさせてもらいましたが、それについて異論が出てくることはありませんでした。栞はもちろんのこと大吾だって、自分を含まない話だなんて思ってはいないでしょうし。
「そうか……そうだな、確かにその通りだ。経験抜きに知識だけで語るようなものではないだろうし、それに、大吾に知って欲しいもののうちにはそれも含まれているわけだし」
 意図していたもの以外に想定外の角度からも肯定されてしまいましたが、ともあれ実際に親になったことがある人からしても、やはりそういうものなんだそうでした。
「知れるかなあ、オレ」
「心配するな、そこはわたしが保証しよう。良い夫であり良い兄でもあるお前が、良い父親になれないわけがない」
 そりゃ褒め過ぎだろ、と口ではなく顔で表現する大吾なのでした。成美さんがそれに気付いているかどうかは微妙なところでしたが。
「オレからも保証してやれたらいいんだけどな、オマエのこと。なれるとは思うけど――絶対なるとは思ってるけど、それって保証にはならないもんな、やっぱ」
 絶対なると思う、つまりは信じることと、保証するということ。普段なら混同してしまいそうなものではありますし、そしてそれは大吾だってそうなのでしょうが、しかし今回はそうもいきません。さっき成美さんも言っていたことではありますが、これは当人二人だけの話ではなく第三者――いえ、三人目の「当人」に迎えるべき子どもにも、関わってくる話なのですから。
「逆にいえば、可能な限りのいっぱいまでわたしを信頼してくれているということなのだろう? ならば不満など持てるわけがないさ、歓迎こそすれどもな」
「そりゃよかった」
 僕と栞だって一緒なんですけどね、なんて野暮なことは言わないでおきましょう。なんだったらもう一度そっぽ向いたっていいですよ?
 ……いや実際、想像できないんですよね。成美さんが「そうじゃなくなってる」光景っていうのは。良い親というものがどういうものかはっきりさせられない、なんて言っちゃってる以上は当然、具体性なんてなんにもないぼんやりしたイメージでしかないわけですけど。
「ちょっといい? 訊いてみても」
 割と真面目にもう一度そっぽを向くことになるんじゃないかと思っていたところ、するとさっきそうさせてきた栞、今度は逆にその展開を潰しに掛かってくるのでした。いえもちろん、そういう意図があったというわけではないんでしょうけど。
「なんだ? なんでも訊いてくれ」
 これは相談ではない、とそう言っていた成美さんではありますが、しかしだからといって、こういう展開を望まないというわけでもないのでしょう。大吾へ向けていた表情が栞の問い掛けで崩れるようなことはなかったのでした。
 が、
「猫が猫の『良い親』になるのと人間が人間の『良い親』になるのって、差があることなのかな」
 という問い掛けの中身については、眉をひそめてみせるのでした。
 そして正直なところ、僕からしてもそれは「分かるような分からないような」という質問でした。その二つには確かにあまり差はないのかもしれませんが、しかしこの話は言うまでもなく成美さんについてのものであって、ならば前者はともかく後者については、そもそもその条件自体が成り立たないのです。
 ……普段の他愛ない雑談の中でならともかく、こういう話題の時に「成美さんは人間だから大丈夫」なんてことは言えませんしね、やっぱり。
 というわけなので成美さん、「そう言ってくれるのは嬉しいが」ととても嬉しそうには見えない困り顔でそう返し始めるわけですが、
「ああごめん、そういうことじゃなくて」
 栞はぱたぱたと手を振りながらそんなふうにも。タイミング的に、成美さんのリアクションを見ての判断というよりは、自分で言っている最中に言葉が足りないことに気付いたという感じでしょうか。
 というわけで栞、足りなかった言葉を補い始めます。
「差がないんだとしたら、いきなり良い親になろうとするんじゃなくて、もっと人間のことを知っていけば自然に良い親になれちゃうんじゃないかなって、そういう話。今でもまだまだそういうことってあるでしょ? 大吾くんと一緒にいたら」
 という話に大吾の視線が成美さんへ移るわけですが、けれど一方成美さんは、呆気にとられたような表情で栞を真っ直ぐに見詰めたままなのでした。
「……そうか、確かにそうかもしれん……」
 返事というよりは独り言のように呟かれたその言葉ではありましたが、僕としては栞の話よりもむしろ、すんなりその話に納得できる成美さんに驚かされたのでした。
 大吾との生活で人間への理解を深めていく。成美さんにとってそれはもう、褒め言葉として頭に残ったりすらしないくらい、それこそ自然なことになっているようなのでした。ちょくちょくそれを取り上げて凄い凄いと称賛している僕達ではありますが、こうなってくるともう、成美さんが凄いのではなく僕達の程度が低いんじゃないかとすら思えてしまいます。
 いや、そういう考え方をすると栞に怒られてしまうんですけどね。
 気を取り直したのか表情を元のそれに戻した成美さんは、今度こそ独り言でない口調で、栞にこう返します。
「初めて親になった時にしたって、殊更に良い親になろうと意識していたわけではなかったからな。いっそ、そんなことを考えている余裕がなかったとすら言えるかもしれん」
「それに、意識しようとしたって正解が分からないんじゃあね。いま私達がそうなのと同じで、成美ちゃんだって初めての時は『良い親』っていうのがどういうものか分からなかったんだろうし」
「うむ。……そうだな、それも含めて考えると、なろうとしてなるものではなく自然になっているものなのかもな。良い親というものは」
「ってことだったらもう、焦る必要もないわけだし」
「うむ。初めから『いずれは』という話なのだしな」
「支えてくれる人もいるしね」
「はは、お互いにな」
「ふふっ」
 ……なんだか急に話が進んでしまい、さっきの呆気にとられていた成美さんの表情が僕に移りそうになってしまいますが、するとそこへ。
「孝一」
 僕が想像している僕の表情そのまんまな顔をしている大吾が、こんなことを言ってきました。
「女ってすげえな」
 果たしてこれは、そういう話なんでしょうか?
「うん」
 幽霊だとかそうじゃないとか、人間だとか猫だとか、そういう話が絡んできてはいますが、多分そういうことなんだと思います。実の子どもの話でないとはいえ――お腹を痛めることがないとはいえ、しかしそれでもやはり、こういう話題について男性は女性には敵いそうにないのでした。


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