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露の五郎(五郎兵衛) 提  灯  屋

2015年09月27日 | 落語・民話

提  灯  屋

【主な登場人物】
 町内の若い衆  十一屋のご隠居  提灯屋

【事の成り行き】
 今どき「家紋」が表に出ることなんかそうたびたびなく、結婚式か葬式に
使われるか、土地に根付いて生活しておられる方なら、祭りの引き幕ぐらい
でしかお目にかかることはありません。

 我が家系でも、わたしが何とか父母・祖父母から伝え聞いた最後で、たぶ
ん弟やその子供たちは「三つ柏」が定紋であることなど知らないでしょう。
今度会ったときにでも確認・承知させておかなければ。

 人間、自分の家の来歴を知りたいと思うことが一度はあります。たいてい
親戚内にはそういうことに詳しい人が必ず一人はいるはずですから、一族集
まった折にでも聞き出すことができるのですが、あいにくと親戚付合いが濃
いほうではなく、わたしはつい最近まで知らずにいました。

 ネットを使える世の中になって、ちょっと調べてやろうというとき、先の
家紋が重要なキーワード(キーマーク)になるのです。苗字だけではあまり
に茫洋とし過ぎてとっかかりさえ掴めない状態でも「苗字+家紋+出身地」
の組み合わせで、何となくではあってもご先祖さまの姿が見えてきます。

 わたしの場合、大和郡山 → 山城宇治 → 丹波綾部と辿ってその源らしき
人物・一族を知ることができました。それまで見捨てられていた家紋が初め
て役に立ったときであり、家紋が大いに自己をアピールした瞬間であります。
(2007/08/05)

             * * * * *

 え~、よぉこそのお運びさまでございまして、ありがたく厚く御礼を申し
上げますが。

 今日はあいにくと朝からお日ぃさんがションベン垂れをしまして、もぉあ
んた「誰ぞがオムツ当てに行かないかんなぁ」ちゅうてんのに「あんな長い
梯子がない」ちゅうもんでっさかいに、もぉジメジメジメジメと足下が悪い。

 「こんな日にお客さん方、来てくれはるやろか?」いぅて皆、楽屋で心配
してたんです。ほんだらあんた、幕開けたらどぉです、こないしてぎょ~さ
んぎょ~さんねぇ……

 頼みもせんのにどっからともなしに、よぉまぁこないぎょ~さん……「あ
りがたい幸せや」いぅて皆、喜んだりコロコンだり、寝転んだりしてますん
ですが。

 まぁしかし何ですなぁ、世の中といぅのは面白いもんでして、毎日まいに
ちがコロコロ、コロコロ変わります。何がどないなってんのか分からん、て
なことはぎょ~さんにありますが、妙な話ですがこの、紋所といぅものが昔
と今とでは何や違うよぉな気がいたします。

 昔はどこのおうちにでもその家の家紋といぅもの、こら家の象徴でござい
ましたでねぇ。ですからこの、瓦でも自分とこの紋の入った瓦が上へあがっ
たぁったりなんぞしたもんですけども、この頃はこの紋所といぅものの考え
方がちょっと違うよぉな、なんかあのデザインとして紋所が用いられてるよぉ
な気がいたしますが。

 昔はみな、紋付き、噺家でもね、あの噺家の紋でもいろいろおまんねんで
あれでね。あの~、笑福亭が「五枚笹」で、こぉ笹が五枚ベロッとこぉなっ
てます。笑福亭は皆、酒呑みが多いさかい、ほいであれ笹の紋付けてまんの
かねぇ? え~、竹に虎ちゅなもんでっしゃろけども。

 それからこの、また桂のほぉへまいりますと柏でございます「三つ柏」こ
れがこの一番初めは「丸に柏」やったんやそぉですけども、野暮ったいといぅ
ので丸が取れて、それもただ普通の「三つ柏」では愛想がない、といぅんで
「結び柏」といぅ、あの米朝さん、小文枝さんなんかが付けてます。こぉ、
ピュッピュッピュッと紐みたいなんで三つこぉなってます「結び柏」

 それからこの、春団治の系統はと申しますと「菱三枡」の中へ「花菱」が
入ります。わたしが小春団治を襲名さしてもらいましたときに、分家の紋で
「菱三桝」の中へ「片喰(かたばみ)」

 あの片喰といぅのんも色んなんがありまして、普通の片喰もあれば、こぉ
角(つの)の出たやつで「剣片喰」てなやつがあります。それぞれにこの、紋
所といぅものはありますもんですが。

 この頃は若い高校生の方なんか、紋といぅものをあまりご存知やないです。
こないだもわたし、道で聞かれてビックリしました「五郎さん、五郎さん」
「何でんねん?」「あの、五郎さんとこのマーク何?」「えぇ~ッ、何です
か?」「いやあの、マークあるやろ、着物のここへ付けたぁるマーク」

 「あぁ、あらあんた、紋でんがな」「嘘やん、うっとこ団地やさかい門な
いねん」ちゅうて。どないなってんねや、サッパリ分からんと思いますが。
またそのくせにこの頃は、新築のお祝いやとかなんかでございますと、塗り
の額で紋所をこしらえたよぉなお祝いを上げたりする方がございます。

 ですから、紋といぅよりもこの頃はデザインといぅことになったんでしょ~
ね、そぉいぅ意味で紋が見直されてきているらしぃですけども。役者さんの
紋ちゅな、えぇのんがありますなぁ。

 成駒屋が「イ菱」カタカナのイがこぉ菱の字に四つになってます。そぉか
と思いますと河内屋(實川)延若(えんじゃく)さんが「重ね井筒」それぞれ
にまた艶っぽい、色っぽい紋があります。

 女の方なんかでも「捻じ梅」てな紋がありますなぁ、梅がちょっとこぉ捻っ
たぁる「捻じ梅」なかなかこの女の方の紋では色っぽいもんです。そこへこ
の昔は何でも紋で表わしたんですよ、簪(かんざし)なんかでも自分の好きな
役者さんの紋付けてね、扇雀の、あの雀の中へ扇と書いたぁるよぉな扇雀さ
んの紋の付いた簪なんか。

 あるいは自分の手拭いやなんか、あるいはガマグチの根付なんかでも、昔
は芸者衆なんかね、自分の好きな役者さんの紋所をこぉ付けたぁる「その人
と一緒にいてんねわ」ちゅな感じなんですなぁ。ですからこの「比翼の紋」
てなこと言ぃまして、自分の紋と好きな人の紋と、こぉ二つ引っ付けて「比
翼の紋」を付けたりなんかいたしました。

 せやさかいに、これが今流行っててみなはれえらいこってっせ、そら。わ
たしら「桔梗」の紋付けてたりなんかしたら、桔梗の紋が街中に氾濫したり
すると思いますけれども……。ここで笑われると、何や心細い気がしまんね
けど。

 まぁ、紋といぅものが昔と今とではそんだけ考え方が違いますけども、な
にかにつけて昔は紋といぅものを大事にいたしました。そのかわりにまた、
大事にせなんだと言ぅとなんですけど、字ぃの読めんてな人もずいぶんとあっ
たですなぁ。

 昔は職人さんなんか字ぃ知らん、よぉ書かん、よぉ読まん。ひどいのんに
なりますと自分の名前もよぉ書かんてな人もありましてな、なかで職人さん
で字ぃ知ってるてなこといぅと変人扱いされて。

 「えッ、なにッ? 辰、あいつ字ぃ書きよんのん? ケッタイなやっちゃ
なぁ」ちゅなことを言ぅてね、字ぃ書くやつがケッタイなやつ扱いされてた
んでっさかい、知らんでも当たり前ちゅなもんでね。


■おい、何をしてんねん何を?

●うえ~ッ

■「うえ~ッ」やあらへんがな、
何をしてんねん? ちゅうねん

●「何をしてんねん?」てお前、わい立って
んねや

■立ってんのん分かったぁるがな「何で立ってんねや?」ちゅうねや

●「何で立ってんねん?」て、足で立ってんねや。

■当り前やないか、バカ。足で立たな、ほかのとこが立ったらややこしぃや
ないか。何かしてけつかんねんアホんだら、いぃえぇな、何をボヤ~ッとし
てんねん? ちゅうねん

●「何をボヤ~ッとしてんねん?」て、何をボヤ~ッ
としてるか分かるぐらいやったら、ボヤ~ッとせぇへんがな。

■ケッタイなガッキャなぁ、アホだてらに理屈ぬかしてけつかんねん。いぃ
えぇな、こんだけ顔ぶれが揃ろて、これからどこぞへと思てブラ~ブラ歩い
て来たら、お前がそこへボ~ッと立ってるさかい「何してんのかしら?」思
て……、どないしたんや?

●「どないした」やないねん、えらいことなった

■どないした?

●「どない
した?」て、わい今さっきんからここへボ~ッと立ってたんや、ほたらあん
た向こぉからドンチャンドンチャン、ドンチャンとチンドン屋が来たんだ。

●チンドン屋、面白いなぁ思て見てたら、チンドン屋の縁(へり)にいてた女
の人がわたいにこぉパッとこの紙寄越したさかい、思わずフッと受け取って、
受け取ってから「しもた」と思て「こらえらいことした、こらどこぞの請求
書やろ」と……

■もぉ、んなアホなこれ。どこぞの世界にチンドン屋雇とて請求書配って歩
くやつあんねんな。いぃえぇな、そんなもんたいがいチラシやろ?

●え~?

■チラシやろ?

●チラシか?

■チラシや、よぉ読まんのんか? ド不器用(ぶっきょ)なガキやなぁ、こっ
ちかしてみぃこっち……、こらお前チラシやないか、誰が見たかてチラシや
ちゅうのん分かるわ「これ請求書や」て、よぉそんなアホなこと言ぃやがっ
たなぁ。いっぺん味噌汁で顔洗えホンマ、何かしてけつかんねん。

■「請求書や」て、誰が見たかてチラシちゅな分かったぁるがな。こんなチ
ラシの一枚ぐらいよぉ読まんちゅな、そんな……、目ぇ噛んで死ぬかお前、
誰が見たかてチラシや、こんなんよぉ読まんて、豆腐の角へ頭ぶつけて死ね
ホンマにもぉ。

■こんなチラシ一枚持ちやがって、ボ~ッと立ってるやて、アホやでお前、
おいッ、次回すさかい読んでくれ

◆「次へ回す」てなこと言ぅねやったら偉
そぉなこと言ぅな、こっちかしてくれ……、え? ホンにチラシやがな、誰
が見たかってチラシや、一目瞭然ちゅうやっちゃ。

◆いやいや、この頃はな、こないしてこの活版になって読み良ぉなったぁる
けど、昔はこんなもんやなかってんで。昔は一枚ずつ手ぇで書いてたんや、
そのかわり「天紅」てなことを言ぅて上をこぉ紅で染めたんやなぁ、ちょっ
とこの色っぽい、艶があってえぇもんやったんや。

◆それがお前、一枚ずつ手ぇで書いてたんではどんならんちゅうて瓦版にな
り、木版になり、蒟蒻版(こんにゃくばん)になり、そぉしてこぉ今では活版
となって読み易すなった、字がはっきりしたぁるわ。こら誰でも読めるこん
なもん……、次ぃ回そ。

▲おい、そんなこと言ぃないなお前「次ぃ回そ」やなんて、俺とこ来たら、
前へ突き出されたらビックリするやないか……。ん~、ホンにチラシやなぁ、
昔はお前、一枚一枚手ぇで書いたぁったもんや、上が「天紅」て赤こぉ染め
たぁって、それがあんた、それではどんならんちゅうて瓦版になり、木版に
なり、蒟蒻版になり、こないして活版になって読み易すなって、誰が見たか
てよぉ分かる、ちゅな結構なもんや、おい次ぃ回そ。

★あんなんばっかりやがな、おい。一枚のチラシを次から次へと回しやがっ
てから、ホンマに……、チラシや……、チラシや……(トホホホ~)♪あッ、
浮世の義理は、辛いなぁ~ッ……

●芝居のチラシか? それわ、おい

★芝居
やない、なぁ、おらこのチラシ読みたい。こんだけの顔ぶれが寄って「読め
ん、読めん」と言ぅてるチラシを読んでやりたいのはヤマヤマやが、浮世の
義理の辛さと言ぅのはここやで。

★うちの親父が死ぬときに、痩せ太った手で

■ちょっと待ておい「痩せ太っ
た」ちゅうのは何やねん?

★うちの親父、腫れ病で死によったんや……、痩
せ太った手で俺の手をしっかと握って「これ兄よ、いまわの際に言ぃ残す言
葉、まッ、よぉ聞けよ~」

●♪チチチン・チンチン・チチチチ

■誰や? そんなとこでそんなこと言ぅてんのわ、合わしたりないな。

★俺の手を握って「まぁ兄よ、俺が死んだそのあとで、必ずチラシだけは読
んでくれるな」と、いまわの際の、親父の遺言

■大層に言ぃないなお前、読
まれへんねやったら次ぃ回しぃな

★ハッハッハッ、そない言ぅてもらうとあ
りがたい、はい、次ぃ回そ。

◆へぇ、なるほど、チラシでおますなぁこれわ。確かにチラシでおますわこ
ら、へぇ昔は手ぇで書いておましたんですなぁ、上が赤こぉ染めたぁって天
紅ちゅうやつ、いちいち手ぇで書いてたんではどんならんちゅうて瓦版にな
り、それがまた木版になり、蒟蒻版になり、今日(こんにち)ではこぉして活
版となって……

■もぉそれは済んでまんねん、それはさっきんから、それ読んでもらいたい
んです

◆読むんです、読みゃ~よろしぃ、このぐらいのこと読むちゅななぁ
あんた、読むちゅなもんのうち入らしまへん。ウォッホンッ、オッホン……、
アァ~、アァ~、ガァ~、ペッ!

■汚いなぁおい、そんな大層なことせんと

◆分かってま、分かってま、ウォッ
ホンッ、オッホン……、ひとつ

●あの人、ホンマに読みますわ「ひとつ、な
になに」ちゅうのんよぉあるもんです。ひとつ、それから?

◆ひとつ

●へぇ?

◆ふたつみっつよっついつつむっつななつやっつここのつとぉ、じゅ~いち
じゅ~にじゅ~さんじゅ~しじゅ~ご、十五。一列に十五

■字の数や、それ
わ。どこぞの世界に字の数読みまんねな。そのねぇ、字ぃの書いたぁる文言
を読んでもらいたい

◆文言? もんごん~? も・ん・ご・ん~ッ……

■唸ってまんがなあんた、唸らんとひとつその読んでもらいたい

◆そんなも
んが読めるぐらいなら、あんたらと付き合いしまっか?

■アホなこと言ぃな、
怒ったかてしゃ~ない

◆次ぃ回そ。

▲あんなんばっかりや、わいとこへ回ってきたがな……、待っとくなはれや、
これ一番上の字ぃねぇ、これが解かりにくいねなぁ、これさえ分かったらあ
とはツ~ッと出て来んねんけどなぁ。この一番上が……、こんなもん物事弾
みでっさかいねぇ、一番上が分かったら次が出て来まんねん、例えばでっせ、
例えば上が「てん」とこぉ来たら「ぷら」とこぉ出て来まんねんけどね。

▲上がこの「ら~」と来たら「めん」とこぉ、ちゃんと出まんねけどね、上
がちょっと分かりにくい

■上が分からなんだら、下からいってみたらどぉです? 

下からやったら、また分かるかも分かりまへんで

▲なるほどねぇ……、
ところがこの下の字が、ド忘れしたんでんなぁ。

■ド忘れちゅうのは、こら誰でもおますわ。で、上があかんで、下があかな
んだら、真ん中へんからいたらどぉです?

▲真ん中ねぇ……、真ん中がねぇ、
わたしねぇ、この、晩に習ろたんでねぇ、字をね。昼見ると、どぉもややこ
しぃ。

■もぉ、そんなアホなことおまっかいな、道探してんねやおまへんねであん
た。そらあんた皆目分かれしまへんねや、上があかなんで、下が分からんで、
真ん中がややこしぃ。分かったれへんねや

▲ハッハッハッ、次ぃ回そ。

■また来たでおい、ひとまわり回ったんじゃがな、こんなもんおい。読まれ
へんちゅな難儀なもんやなぁ……、おッ、見てみなはれ、向こぉから十一屋
の隠居はんが来た、あの人はこの町内でもの知らんちゅうことない人や、あ
の人に聞きまひょ。いえいえ、あの人に読んでもぉたら分かります、大丈夫。

■大将、ご隠居はん……、ご隠居はん

◆ほぉ、皆寄っててやなぁ

■「皆寄っ
ててやなぁ」て、なんでんねん、こんだけ皆揃ろてあんた、このチラシ一枚
持って難儀してまんねや。どぉぞひとつ、読んでいただけまへんやろか?

◆ほぉほぉ、チラシがある? こっちかしとくなされ……、ほぉ~、ホンに
なるほど、ふ~ん、チラシやな?

■チラシでんねん

◆今でこそ、こないして活版になって読み易すなったぁんねや、

昔はわしらの若い時分は一枚ずつ手で書いたぁったんや、

上が天紅ちゅうて赤こぉ染めたぁった、それがな、瓦版になり、

木版になり、蒟蒻版になり、今日ではこないして活版となってえ
ろぉ読み易すなったぁんねん……

■いえ、それは済んでまんねんけどねぇ

◆誰が見たかて一目瞭然

■はははッ、次ぃ回そか

◆何じゃそら?

■いやいや、こっちの話でんねん、ひとつそれ読んでもらいたい

◆あぁ、読むのはいと易いこっちゃ……、なになに「この度、ご町内において提灯屋を開業つかまつりそぉろぉ」

◆提灯屋のチラシや

■あ~、提灯屋でおますか。提灯屋がでけたぁんねんて

▲知らなんだなぁ、提灯屋がでけた?

◆横町にできたよぉやなぁ「ご町内において提灯屋を開業つかまつりそぉろぉ。なお、開店三日間、ご祝儀といた
しましてお買い上げの提灯には紋所、即座にて書き入れ申しそぉろぉ」

◆買ぉた提灯にその場で紋を入れてくれると言ぅのじゃ「いかなる紋所といえども、即座に書き入れ申しそぉろぉ。もし、ご注文の紋書けざる節には、お買い上げの提灯、無料にてお持ち帰り願いいたします……」面白いなぁ、買ぉた提灯に紋を入れてくれる、紋が入れられなんだらその提灯、ただでくれると言ぅのじゃ。

▲え~ッ、紋を入れてくれるて、その紋が入れられなんだら提灯ただでくれる。それえぇなぁ、ありがたいありがたい。わてこないだから提灯が一つ欲しぃなぁ思てたんや、これから行てその提灯もろてきたろ

◆これこれ、いやいや「紋が書けなんだら」といぅねで。

▲「書けなんだら」て、分かってまんがな、そのチラシかしとくなはれ、こ
の頃は「書いたもんがものを言ぅ」ちゅなこれでんがな、これが証拠の品で、
これ持ってって、わて書きにくそぉな紋をバ~ッとかましまんねん。向こぉ
が「よぉ書かん」ちゅうたら「提灯おくれ」ちゅうてもろてきまんねん。ハッ
ハッハッ、行てきたろ。

◆そんな悪いことしぃないな

▲いやいや、こないだから提灯が一つ欲しかってん。行てくるさかいに……

▲ここやな……、うぉ~いッ、提灯屋ッ!

★へ、こぉ~ら今日は一番のお客さん、えらい賑やかなお客さんで。へぇへぇ、この度ご町内へ開かしていた
だきました提灯屋でございまして、どぉぞひとつご贔屓のほどをお願い申しあげます。

▲ドゥハハッ、お前とこやろ、チラシ配ったん? おら、チラシ見たさかい来たんや、どんな紋でも書いてくれるちゅうねんなぁ?

★お買い上げの提灯に紋所、その場で書き入れさしていただきます。これはまぁ三日間のまぁなんと申しますかサービスで。

▲「サービス」やてオモロイこと言ぃよんなぁ……、提灯一つ欲しぃねや、その後ろにあるその提灯

★はぁはぁ、これでおますか、こら「ぶら提灯」といぅやつでございます。お手軽で、一番丈夫にでけとりまっさかいに

▲そいつそいつ、そいつ分けてもらうわ。それに紋書いてくれるか。

★へぇへぇ、紋所入れさしていただきます、どんな紋がよろしゅございまっしゃろな? お宅の紋でございますか、承りましたら書かしていただきますで

▲あぁそぉか……、よぉ聞ぃててや、あのなぁ、あの床屋の看板な

★へぇへぇ▲床屋の看板がな、風呂へ入って「熱い熱い」ちゅうてる紋や。

★……、へぇ? 何でおます?

▲床屋の看板がな、風呂へ入って「熱い熱い」ちゅうてる紋やねん、書いてんか

★床屋の看板が風呂入ってまんのん? いえいえ、ちょっとお待ちを、今、紋帖を調べましてさっそく……

▲ちょっと、待った待った待った。紋帖調べて書くねやったら誰でも書くがな「その場で即座に書き入れ申します」と、そのチラシに書いたるちゅうやないかい、そんなもん紋帖調べて書くねやったらどんならんで。

書けなんだら提灯くれるちゅうてんねやないかい、その提灯もろて帰(かい)ろかッ!

★お~、えらい勢いで……、いえ、ちょっと調べて

▲調べたらあかんねん、その場で書くちゅうてんねや、書けなんだら提灯くれるちゅうてんねや、その提灯おくれぇな、もろて帰る。

さぁ寄越せ、寄越さなんだらお前とこ詐欺やぁ~ッ!

★入り口で大きな声で、詐欺やの何やの言ぅてもろたらどんなりまへん、そら提灯は差し上げますが、すんませんけど後学のためでおます、お宅のその「床屋の看板がどないやらして、風呂入ってる」ちゅう紋はどぉいぅ紋でっ
しゃろ? 聞かしといていただきましたら、またあとあと参考に。

▲あぁそぉか、提灯さえもろたらありがたいねん、いや、もぉもろたもんは返さへんで。

紋か……、床屋の看板どんなんや?

★床屋の看板ちゅうたら、こぉ赤いのんと青いのんとが、こぉ捻れてまんねんなぁ

▲せやせや。で、風
呂へ入ってな「熱い熱い」ちゅうてんねや、熱かったらどないすんねん?

★たいがいウメまんなぁ

▲せやろ、せやからこれは「捻じ梅」

★捻じ梅なら分かってまんねやがな

▲もぉもろたもん返すかい、さいなら~……、ちょいとちょいと、こらこら、うぇ~いッ!

▲おい、行ってきた、提灯もろてきた

●えらいもんやなぁ、ど、どないしてん?

▲「どないした」て、こぉやないかい、向こぉ行ってな「床屋の看板が風呂へ入って『熱い熱い』ちゅうてる紋書いてくれ」ちゅうたらな「そんな紋知らん」ちゅうさかい「提灯くれ」ちゅうて提灯もろたった。

●向こぉ尋んねよったやろ?

▲尋んねよった、尋んねよったから言ぅたったがな「床屋の看板は捻れたぁるやろ、風呂入って熱かったらウメるやろ、せやから『捻じ梅』や」

「捻じ梅なら分かってます」ちぃよったけど「遅いわい」ちゅうて持って帰って来た。

●殺生なやっちゃなぁお前、けど考えたなぁ、捻じ梅ちゅうのは……。オモロイなぁ、お前がもろてきたんやったら、俺かて行てきたろ

◆待ち待ち、そない何人も行ったりな

●いや、俺かて行てきたんねん、うわぁ~ッと……、提灯屋ッ!

★おぉえらい人が来た、ここの町内妙なんばっかり寄ってんねやがなこら、えらいとこへ店出したなぁ……、へぇへぇ、お越しやす。この度ご町内へ開かしていただきました提灯屋でございます

●分かったぁんねん、お前とこが提灯屋やといぅさかいにこぉやってやって来たん。このチラシを配ったん、お前とこやろ、糞生意気に。

★生意気に配ったわけやおまへんねん、宣伝のために配らしていただきました

●さぁさぁさぁ、でこの、どんな提灯にでもその場で紋入れるちゅうねやろ、で、その紋を書けなんだら提灯をくれる、と。そこでわいがやなぁ、言ぅべき言ぅ紋言ぅて、言ぅべき言ぅ紋が、言ぅ紋も、わいが言ぅべき言ぅ紋言ぅて……、モンモンかもかぁ。

★何をしてなはんねん、この人わ?

●とにかく提灯いんねん、提灯。提灯提
灯アハハ

★そら何をしなはんねん、あんた?

●とにかく提灯

★どんな提灯がお入りよぉで?

●「どんな提灯が」て、お前の後ろにある、その白いまん丸こい提灯

★あぁ「ぶら提灯」でおますか、こら丈夫なやつでおます

●それそれ、それやそれ。それに紋書いて、紋を。

★へぇへぇ、どんな紋所を書かしていただきまひょ?

●「どんな紋所」て、よぉ聞ぃててや、あの~、お寺があんねんなぁ、お寺があって、それが地震でな、グヮラグヮラ、グヮラグヮラと揺れたぁんねん。ほたらもぉお堂も仏壇(ぶったん)も、みなもぉ五重塔もみなグワァ~ッと揺れてるといぅ、そぉいぅ紋や。

★……、何でおます?

●お寺がな、地震に遭ぉてな、もぉお堂もな、五重塔もな、ほんで本堂も仏壇もみなグヮラグヮラ、グヮラグヮラと揺れてるちゅう紋やねん

★長年、提灯屋してますけどなぁ、お寺が揺れてる紋ちゅな書いたことおまへんけどなぁ……、ちょっと待っとくなはれ、紋帖を調べさしていただいて。

●待った待った、紋帖調べて書くちゅなことやったら何にもなれへんやないかいな。お寺が揺れてる紋、早いこと書いて、早よ書いて。書けなんだら提灯もらうで、書けなんだらこの提灯もらうで

★そぉヤイヤイ言われたら、よけ分からしまへんねん。へぇへぇ、そら宣伝でおます、その提灯お持ちいただいたら結構で。

そのかわり、その「お堂が揺れてどぉのこぉの」ちゅな、そらどぉいぅ紋でおます?

●ヘッヘッヘッ、言ぅたろか、お寺が地震やろ、堂もな、塔も輪もな、みなこぉ潰れかけてんねやがな。せやからこれは「竜胆(りんどぉ)崩し」

★それなら分かりまんねやがな、こっちで

●遅いわ~いッ、さいなら~ッ……

●行ってきた

■あんなんばっかりやがな、どないした? なに、竜胆崩し?おもろいおもろい、俺も行てこぉ

◆これこれ、お前さん方そんなことしてやりないな、えらいもん読んでやったなぁ。わしが一枚のチラシを読んでやったばっかりに、そないして提灯屋さんが迷惑してるとわ。

あぁ、えらいもん読んで……

◆そのチラシをこっちかしとぉくれ。

そないして、提灯幾つも幾つも取ってやったらいかん。

わしが行てな、何ぞ高~い提灯、値高いのを一つ分けてもろて、入れ合わせを付けてきてやろ。

お前さん方、そんな商売人さんいじめるてなことしたげな。

●いじめるわけやおまへん、オモロイさかいや

◆「オモロいさかい」て、そんなことしてやんなさんな、もぉ止めときなされ、読んだげたわたしがしくじりじゃ、わしが行てケツ拭いてこぉ、値高いのん買ぉて入れ合わせ付けてくるさかいに、もぉ行てやんなさんなや……

◆あぁ、この提灯屋さんやな、気の毒になぁ……、ごめんなはれな、提灯屋さんはこちらかな? チラシを見せてもろてまいりましたが

★来やがった、ほぉ~らこの町内、気に入らんねやなぁわしは「チラシを見て来た」ちゅなロクなやっちゃないね。

★さっきまで若い衆が来てけつかってんや、今度はこのオヤジや。こら、この町内の顔役かなんぞやで、これが若いやつそそのかしとったんや。今度はおのれが自分で出て来やがった……

★へ~いッ! ご町内にできました提灯屋はうちでおますッ!

◆えらい恐い提灯屋さんじゃなぁ

★恐わなんのんじゃ、そんなもんッ

◆こら、えらい向こ意気が強い。

いやいや、チラシを見せてもろてな、提灯を一つもらいたいと思てな。

★それみさらせ、言ぅことが「提灯を一つもらいたい」て、はじめからもらう気で来やがってん……。へいッ、どんな提灯でおます?

◆あぁ、そぉじゃなぁ、おまはんのその頭の上にある「場提灯」それもらおか。

★場提灯? 高こまんねんで、これわッ!

◆高こても構(かま)へん

★そら構へんわい、そら構(かめ)へんわい、ただで持ってく気やもん構へんわい……。
紋、入れまんねやろッ?!

★とてものことに入れてもらえるもんなら、紋が入れてもらいたい。

★さぁさぁ、それが曲者(くせもん)や、またややこしぃ紋言おと思てけつかんねやろ。

さっきの若い衆であんだけややこしぃねや、この糞爺ぃそらもぉひねくったもん言ぅに違いないねや。

よぉ~し、今度はこっちも男やぞ、この場提灯取られてたまるかい、考えたるねんさかい……

★へいッ、性根据えて聞きまっさかいな、どんな紋でおますッ!?

◆そない「性根入れて」て、たいそぉなもんやない、ごくごく簡単な紋じゃ

◆さぁ、その手に乗ったらえらい目に遭うねや。へぇ、聞かしてもらいまひょ、どんな紋でおますッ?

◆ありふれた紋じゃ、丸に柏じゃがなぁ

★「丸に柏」? 待て待て待てぇ、ひととぉりやないぞこれわ。

ちょっと待っとくなはれ、いえ、紋帖調べるてな馬鹿なことしまへんで、わたしゃ考えまっさかいに……、丸に柏ねぇ、まるにかしわ、マルにカシワ……

★ははぁ~ん、そぉか……、スッポン料理のことを「まる料理」ちゅうさか
いなぁ……、分かったッ!


【さげ】

★「丸に柏」スッポンとニワトリやろ。


【プロパティ】
 ぎょ~さん=たくさん・はなはだ・たいへん。大言海には「希有さに」の
   転とある。「仰々しい」のギョウか?「よぉけ→よぉ~さん」たくさ
   ん、の訛りかも?
 さっぱり=いっこうにダメなさま。さっぱ。
 成駒屋=中村鴈治郎の屋号。定紋は「イ菱」
 河内屋=實川延若(じつかわえんじゃく)の屋号。1991(平成3)年5月14日
   没した三代目延若の遺族の意向で延若の名跡は止め名となる。
 扇雀=(二代)中村扇雀(三代)中村鴈治郎を経て現在(四代)坂田藤十郎。屋
   号は扇雀・雁治郎「成駒屋」藤十郎「山城屋」。定紋は扇雀「寒雀に
   扇の字」雁治郎「イ菱」藤十郎「五つ藤重ね星梅鉢」
 ケッタイ=妙な・変な・へんてこな・おかしな・奇態な・嫌な・不思議な
   など、実にいろいろな意味を含んだケッタイな言葉。エゲツナイと並
   んで上方言葉の両横綱。怪体とも奇態とも希代とも卦体とも当てる。
 何(なん)かしてけつかんねん=何を+ぬかして+けつかる+ねん。ヌカス
   は「言う」ケツカルは「する、いる」という意味の下品な悪態口を示
   す語。ンは「る」が撥音変化したもの。ネンは助詞「のだ」標準語で
   は「何をおっしゃっているのでしょう」
 アホんだら=タラはグウタラなどの軽蔑の意を込めた接尾語。アホタレの
   タレも同じ。馬鹿野郎の意味ではあるが、どこまでも柔らかく間が抜
   けている。約まるとアンダラ。
 どんならん=仕方がない。どうにもならない。しょうがない。どうしよう
   もない。どうにもならぬ。ドウモナラヌ→ドモナラン→ドムナラン→
   ドンナラン。
 蒟蒻版(こんにゃくばん)=印刷法の一種。グリセリンと膠(にかわ)を流し
   込んだゼリー状のものに、アニリン染料で書いた原稿を転写して版を
   作り、白紙を当てて印刷する。寒天版。
 十一屋=長堀富田屋橋北詰にあった大きな質屋は、蔵が十一棟あったこと
   から「十一屋」と称した。そのためか、落語に登場する質屋の屋号に
   は「十一屋」が多い。また、「七」の字を分解すると「十」と「一」
   になるからという説もある。
 かます=はさむ・さしこむ・クサビを打つ。が本来の意味であるが、やっ
   つける・やってしまう。の意味にも使う。「屁をかます」。
 サービス=「ご祝儀」の言い間違いか? 確かにオモロイこと言いよる。
 ぶら提灯=竹の柄の先端に付けたカギに提灯をぶら下げたもの。形は丸形
   と卵形があり、卵形の方が古く丸形の提灯は江戸末期に始まった。柄
   を手にしたときにブラブラ揺れるさまから。
 床屋の看板=「三色ねじり棒」の赤は動脈、青は静脈、白は包帯を表し、
   1540年頃、パリの外科医メヤーナキールが創案、医院の看板に用いた
   のが始まり。その後、理髪店でも用いるようになり、日本では東京・
   常磐橋にあった「西洋風髪剪(かみはさみ)所」で、明治4年に用いた
   のが最初(出典:おしえてねドットコム)とか。
 うめる=湯に水を混ぜてぬるくする。差し水をする。また、京言葉で「ご
   飯をうめる」は「ご飯を蒸らす」の意。
 モンモンかもかぁ=落語「寄合酒」に出てくる「ボンボンかもかぁ」より。
 提灯提灯アハハ=幼児のあそばせ歌「ちょっち、ちょっち、アババ」より。
 やいやい=せわしく繰り返して求めるさまをいう。やいのやいの:やいや
   いと、しつこく請求するときに用いる。
 輪=九輪:寺院の塔の頂上を飾る相輪の部分の名。露盤上の請花と水煙と
   の間にある九つの金属製の輪。宝輪。空輪。
 入れ合わせ=埋め合わせ、つぐない。
 さらす=するの罵語。やがる・くさる・けっかるなどの補助。さらしてけっ
   かる。
 場提灯(ばちょうちん)=八女提灯(福島提灯):荒巻文右衛門によって考案
   され、場提灯と称し売られた。場提灯は墓地等に吊り下げて使用し、
   山茶花や牡丹等を単色で描いた大変素朴なもの。
 とてものことに=ついでのことに。いっそのこと。
 性根(しょうね)=根性。
 マル=スッポンの異称。『大言海』には「円亀の略、其甲、石亀の六角な
   るに対して、円ければ云ふ」とある。
 カシワ=鶏肉。茶褐色の鶏の一種の名である。その色が柏(かしわ)の枯葉
   に似ているところから出た名といわれるが、一説には外国語であると
   もいう。黄鶏。
 音源:露の五郎(五郎兵衛) 1976/05/21/大阪厚年中 上方落語の会(NHK)

【作成メモ】
 ●参 照 演 者:main=露の五郎(五郎兵衛) 

 

 

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