「不可視の両刃」放射線に挑む~英国大学院博士課程留学~

英国に留学して放射線研究に取り組む日本人医師ブログ

ジェームズ・シンプソンを知っていますか? ~麻酔をめぐる小咄

2018-11-12 | 学術全般に関して
今日は大英帝国ヴィクトリア女王の侍医だった英国人医師ジェームズ・シンプソン卿 Sir James Young Simpsonが、1847年にクロロホルムを麻薬として初めて手術に用いた日です。

我が国では医聖と呼ばれた華岡青洲が1804年に通仙散による全身麻酔下で乳癌の摘出手術に成功していますが、欧米では1842年に米国でクローフォード・ロング医師 Dr. Crawford Longがエーテルを麻酔として初めて用いて手術し、1846年10月16日にマサチューセッツ総合病院でウィリアム・モートン歯科医師 Dr. William T. G. Mortonがエーテル麻酔を用いた公開手術を行ったことで知られています。とくに1846年公開実験後のロングとモートンの諍いは有名ですね。

シンプソンは、麻酔効果が当時不安定とされていたエーテルではなく、クロロホルムを新しい麻酔薬として考案しました。実際に、ヴィクトリア女王の分娩時にも使用したと言われています(現在で言う無痛分娩みたいなものでしょうかね)。
しかし、よく推理小説などでも使われているように、クロロホルムは患者の意識を低下させるだけでなく、ときに心停止にまで至らしめることもありました。極めて危険な薬であり、現在では麻酔として使われることはありません。実際、クロロホルムを麻酔として用いたことで欧米では死亡事故が多発し、少なくとも数万人の方々が当時亡くなったと言われています。

医学上、全身麻酔は確かに有益であり、侵襲性の高い手技の安全性を飛躍的に高めたと言えます。しかし、人体実験と言ったら怒られるかもしれませんが、麻酔学黎明期には色々な悲劇的な出来事がありました。医療をめぐる人間ドラマとしてはなかなか興味深いテーマでもあり、日本でも『華岡青洲の妻』などは有名です。

余談ですが、全身麻酔が出現した後も長きにわたって、麻酔学は外科学のあくまで一分野にすぎず、独立した診療科領域としては認められませんでした。残念ながら、今でも麻酔科医を格下にみるバカな外科医は日本の田舎に多いです。しかし、現在医学においては、麻酔科学領域はもはや匠の業といいますか、たいへん高度な学術的、技術的な素養が求められる分野として確立されています。つまり、プロフェッショナルであります。私自身は全身麻酔を今までに体験したことはありませんが、全身管理のプロである麻酔科の先生方を侮ることなんて、そんな恐ろしい真似はとても出来ませんね。


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