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映画メモbox

ビデオで観た映画のメモ。直感的感想メモです。

ドラム・ライン

2004-11-29 02:48:32 | 音楽
DRUMLINE 
2002年 アメリカ 
監督 チャールズ・ストーン三世 音楽 ジョン・パウエル
脚本 ティナ・ゴードン・キスム/ショーン・シェップス
出演 ニック・キャノン/ゾーイ・サルダナ
オーランド・ジョーンズ・レナード・ロバーツ



天才はときに傲慢になってしまうことがある。
天から与えられた才能を
自分だけのものと勘違いして。
そして才能を誇示して
人をひれ伏せさせようとして。
天から才能へとつながる
栄養ラインのような管だけは残るけど
奇跡を与えてくれていた
いくつもの幸運ラインはぜんぶ閉ざされ
天才はコドクになってしまう。



ディボンはドラムの天才だ。
自分が「いい」と思ったことが彼のすべて。
考える前に行動している。
明け方からの朝練とか
どーでもいいルールとか
ノリの悪い選曲ばかりする監督に
ウンザリする気持ちはよくわかる。
「どーでもいいよ! そんなことは」と思っちゃう。
だけどディボンがいるのは
チーム・ワークが必要とされる
マーチング・バンドだった。
「みんなはバンドの音を聴きにくるんだ」
と先輩のショーンが言っているとおり。
そんな中でディボンのスタンド・プレーは
危ういだけでしかない。
そして、それはたぶんディボンの人生の中でも。
自分の力を見せつけるだけじゃなく、
みんなと力を合わせて自分を活かすことは
ディボンが学ばなくちゃいけないことだったんだと思う。
いまじゃなくても、絶対にいつか。

傲慢なディボンに対しても
フェアであろうとするバンドの監督や先輩がすばらしい。
自分を愛しているから
自分を愛したいから
そして、音楽を愛しているから、
その前で謙虚になることができるんだろう。
何かを愛すことのできるひとは
いつでも自分の考えを改める勇気を持っている。
愛すべき自分でいるために。
どんなものに対しても、どんなときでも
フェアであろうとする態度や行動は美しい。
それはシンプルな生きかたなんだ思う。





ドラムライン@映画生活




私は「うつ依存症」の女

2004-11-21 09:30:44 | 家族

PROZAC NATION  
2001年 アメリカ・ドイツ
監督 エーリク・ショルビャルグ(インソムニアの監督)
原作 エリザベス・ワーツェル
脚本 ガルト・ニーダーホッファー/
フランク・ディージー/ラリー・グロス
出演 クリスティーナ・リッチ/ジェシカ・ラング
アン・へッシュ/ミシェル・ウィリアムズ
ジェイソン・ビッグス/ジョナサン・リス=マイヤーズ
ルー・リード 他
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(ストーリーについて書いてる部分があるのでこれからみる予定の方はご注意!)

   


この映画は単にリジー(クリスティーナ・リッチ)の
うつうつ状態を延々に映してるわけじゃなく、
いろんなエピソードによって
揺れ動く彼女の気持ちを描いてくれていたので
最後まで真面目にみることができた。

うつ病のリジーは、悪いことやイヤなことが起こったり
ひとが自分の期待に応えてくれないと
よっぱらいみたいに
口からヘドロを吐き出すみたいに
辛辣なことを言っちゃう。
そういうときの彼女は彼女の母親に似ている。
リジーは母親のそんなところがキライなハズなのに。
オートマチックにそうなってしまう。
ぜんぶ自分の思うとおりになっていてくれたら
うつ病だって悪化しないかもしれないし
イヤな自分も見せなくてもすむのに。
自分のせいじゃないのに。
こんなふうにみんなが離れていっちゃうのは
自分のせいだけど、
自分のせいじゃないのに。
こんなことになるくらいなら
もっとぜんぶグシャグシャになってしまえばいい 
というかんじで、
彼女が金切り声で叫ぶ気持ちが
理解できる気がした。
彼女の叫び声はぜんぶを壊してしまいたい願望なんだ。
そうすればクリーンになる気がするんだと思う。
そうなるわけはないけど。

自動的に反応するとイヤな自分が出る。
そしてすべてうまくいかなくなる。
もし、そうじゃない反応を選択したらどうなるの?
というようなことをセラピストが聞いた。
きっとうまくいくだろうってみている私は思う。
なぜ反射的に出るイヤな部分を抑制することができないんだろう?
かんたんなことなのに。
でもかんたんじゃない。
リジーが感情を抑制することができないのは
(抑制するのがイヤなのは)、
不純な気がするから。
「ありのままの自分」じゃない自分でひとに対応するのは
ウソなんじゃないかと思うから。
自分のことを深く理解してほしいから。
でもリジーが思う「ありのままの自分」ていうのは、
じつはひとからインプットされてきた自分の部分なのかもしれない。
うつ病じゃなくても
自分のイヤな部分の自動的反応を直すのって
すごく難しいと思う。

                  
              

自殺しようとしたリジーが、
これが映画だったら天使が出てきて私の自殺を止めてくれるのに、
と現実の非情さを嘆いていたけれど、
じつは現実もけっこう奇跡的だとこの映画をみていると思える。
一見、悲惨にしか見えない状況でも
大きな目でみれば
じつは彼女を助けるきっかけの出来事になっていたり、
そのせいで色々と考えた母親が
大きな勇気を持ってリジーへの束縛を解いてくれたりとか。
もし、天使が「良くしてあげるね」って
してくれたとしても今後の彼女は変わらないだろうし
過程を体験した現実の力のほうが効果的。
天使以上の力を持ってる。



ルー・リード評を書いていたときのリジーは
とても神聖で純粋。
ゼリーになったような濃密な空気の中を漂っていて
彼女そのもの、本当のありのままのリジーだった。



              
           




 
音楽ライター・エリザベス・ワーツェルさんの
ベストセラー自伝小説が原作だそうです。
エリザベス・ワーツェルさんが本の表紙。


ハリウッド的殺人事件

2004-11-19 18:52:08 | スピリチュアル

HOLLYWOOD HOMICIDE
2003年 アメリカ
監督 ロン・シェルトン
脚本 ロバート・スーザ/ロン・シェルトン
撮影 バリー・ピーターソン 編集 ポール・セイダー
音楽 アレックス・ワーマン
出演 ハリソン・フォード/ジョシュ・ハートネット
キース・デヴィッド/レナ・オリン/マスターP 他




こういうドライな空気が景色から(画面から)
伝わってくる映画がすきだ。
『ビッグ・リボウスキ』とか『スウィンガーズ』とか。
どんなふうに生き方を変えたとしても
不安がなさそうで。
ありそうでなさそう。乾いてる。
街もひとの感情もぜんぶ。

ジョシュ・ハートネットは刑事だけどヨガの先生、
そして俳優になることを目指してる。
ハリソン・フォードは刑事だけど不動産屋。

ジョシュ・ハートネットは
スピリチュアルなことを信じているがゆえに(?)
突っ走っちゃうところがあって、そこがおもしろい。
あと、髪型がおもしろい。
そして波に乗ってるみたいに
スルスル進んでいく。自然に。
興味のあること(演技の練習)をやっていて、
でも横入りしてくる刑事任務も
自動スイッチが入ったみたいに全力でこなしてて、
それをくりかえしていくうちに
進むべき道がみえてきたような…?

そのプロセスがとても自然でうらやましかった。
こんなふうに瞬間瞬間、集中してすごしていけたら
自分にとってふさわしい未来がみえてくるのかな?
もちろんポジティブな意味で。
どんな結果であっても全力でやってきたことなら
自然に受け入れられると思うから。

この映画をみていて、なぜか
「いらないものを整理しよう!」
「新しい未知の人生が入ってくるように」
などと、よくスピリチュアル本に書かれているような
2つのフレーズが言葉が頭の中に浮かんできた。
関係なさそうだけど、
この映画から受けた印象なんだと思う。

景色と同じくドライなままで終わってくれた。
血圧の低いひとはきっと心地よくみられる映画だと思う。
そんな作りのなか、突発的に笑えるシーンがあるところもすき。
幸せを約束してくれているようでなぜか嬉しい気持ちになる。



ハリソン・フォードとジョシュ・ハートネットは
私の中では大きく分けると同じ系統の俳優。
2人とも「犬系」(特に意味ない)というカテゴリーに入ってる。
他に「犬」のカテゴリーに入る俳優はリチャード・ギア。
細分化すると、ジョシュ・ハートネットは「ひたむき派」。





ハリウッド的殺人事件@映画生活






リクルート

2004-11-17 18:43:11 | 事件/サスペンス
THE RECRUIT
2003年 アメリカ
監督 ロジャー・ドナルドソン
脚本 ロジャー・タウン/カート・ウィマー/ミッチ・グレイザー
撮影 スチュアート・ドライバーグ 編集 デヴィッド・ローゼンブルーム
出演 アル・パチーノ/コリン・ファレル
ブリジット・モナハン 他



テスト。
CIA訓練所ではすべてがテスト。
すべてが監視下。どこまでがテストで
どこからが本番なのかがわからなくなる。
すべてはテストなのかもしれないし
すべてが本番なのかもしれない。
本番はひとを殺さなくちゃいけないゲーム?
そのゲームを思いついたのはだれ?
鏡の中の裏の世界ってアル・パチーノが言っていた。
オマエが「こうだ」と思っていることはすべて違うんだって。
欺かれて気づく。
欺かなきゃいけない。
どんなときでもテストだから。
ひとを欺くってことは
自分を欺くっていうことと同じことなんだと
コリン・ファレル(が演じる役)をみていて思った。
だけどそれを辛いと感じる必要はないって。
NOCの任務は人格とは関係ないって
アル・パチーノはいう。
オマエがどんな人間かはオマエが決めるんだって。
だけど、罪の意識を唯一守れる『愛国心』というものは、
殺しが含まれた任務が重なることによって
崩れていくというよりも
ねじまがっていくんじゃないだろうか?



普通の生活の中でも
気づいてなかったのは自分だけ!!
(テスト気分でいたのにいつの間にか本番?!)
というような衝撃を受けることがある。
だからアル・パチーノがいうように、
「こうだ」と思っていることはすべて違うと
考えてみるのはいいことかもしれない。
毎日がテストで本番だ。
テストのために練習しているみたいな日々は
もうやめたい。
いつも誰かに監視されているとしたら
それは神様?





・みなさんのくわしい『リクルート』記事 
ビールを飲みながら考えてみた……「リクルート」アルパチーノの「罠」にはまってみる楽しさ
瞑麟のプチ萌え日記…「リクルート」
P5HNG ME A*WY…■Recruit('03 米)
リクルート@映画生活


ケヴィン・ベーコン

2004-11-15 03:27:43 | 俳優
KEVIN BACON

どうしてこんなにケヴィン・ベーコンが好きなんだろう?
ケヴィン・ベーコンが出演している作品なら
どんなものでもみたい。


  

ケヴィン・ベーコンは1958年生まれ。
今、46歳?!
40歳くらいかと思ってた。
(これを書くために調べてみて初めて知った)
1984年『フット・ルース』でブレイク。
それからパッとしない時期が何年も続いたようだ。

でもケヴィン・ベーコンは
売れなかった時期があってよかったみたい。
きっとその時期に売れていたら考えなかったはずの
いろいろなことを考えたんだと思う。
その成果が90年以降の出演作に現れている。


雰囲気が重くないところがいい。
売れても余計な貫禄をつけたりしないし
大変だったこととか苦労を感じさせない軽さ。
落ちてたときもあったさって感じ。
そしてあんな冷酷チックなルックスなのに
謙虚でひたむきに役に取り組むところもステキ。
頭でゴチャゴチャ考えてない演技をするのも好き。


よく悪役をやる。
悪役のケヴィン・ベーコンは魅力的にみえる。
キファー・サザーランドの悪役は怖すぎだけど
(それも好きだけど)
ケヴィン・ベーコンが悪役をやると説明がなくても、
その役の人の人生を感じさせてくれるところが
すごくいい。



ケヴィン・ベーコンは良い作品にも出るけれど
へんてこりんな作品にも出るから(『インビジブル』とか…) 
またいつ売れなくなってしまうのかと心配だ。
新しい出演作が出るたびホッとする。
『ミスティック・リバー』の出演は
かなりの安心をもたらしてくれた。



   
ブラッド・レンフロと共演した『17 セブンティーン』の役がすき。
ケヴィン・ベーコンは少年と相性がいい。
また少年にヤバいことを教える悪い役をぜひやってほしい。
『スリーパーズ』もすきです。

DVD『ミスティック・リバー』の音声解説は
ティム・ロビンスとケヴィン・ベーコン。
それを聞いていても、ケヴィン・ベーコンの謙虚さがよくわかります。
でも、ティム・ロビンスがずーっと1人でベラベラしゃべっているから
ケヴィンの発言はちょっとしか聞けなくて残念。


ウワサのケビンの法則




Sweet Sixteen

2004-11-11 18:19:57 | 少年ひりひり
Sweet Sixteen 2002年カンヌ映画祭脚本賞受賞作品
2002年 イギリス・ドイツ・スペイン
監督 ケン・ローチ 製作 レベッカ・オブライエン
脚本 ポール・ラヴァティ 撮影 バリー・エイクロイド
編集 ジョナサン・モリス 美術 マーティン・ジョンソン 
出演 マーティン・コムストン/ウィリアム・ルアン/
アンマリー・フルトン/ミッシェル・クルター/ゲイリー・マコーマック 他

いっつも曇ってる。
イギリスの未来も出口もないような町。
小さな夢のために起こした行動は      
いつも最悪のかたちで
自分にすべて返ってきてしまう。

みんなの欲望や願望が小さな町の中で渦になって
グルグルグルグルまわって             
悪いエネルギーを生み出してるみたいだ。    
出口がないから浄化されない。
願望はかなってもほんの一瞬。   
それも何かを捨てた時だけ。

大人たちは妥協してあきらめて   
自分の目先の欲求を
かなえるだけで満足して暮らしている。
血がつながった子供の存在よりも
自分の欲求をかなえるほうが大事。
楽しいことがそれしかないから。
その世界から出られないために。         
                    
少年少女たちはあきらめていない。
この小さな曇った町の中でも
大きな夢をかなえられるような気がしてるのか、
それとも出口があることを信じているのかな。     

Sweet Sixteen。     

ほんとにそういういう感じ。
まだ汚れを知らない少年。
それってすごく危険なことなんだ。

  

ケン・ローチ作品を好きになったのは
この映画がきっかけ。
みる前は重たい退屈そうな映画を撮る人だと思ってた。  

実際には、退屈なシーンなんてひとつもない。
すべてがスリリング。         
主人公だけじゃなくて、       
すべての登場人物の感情が多面的。    
リアルな細部が積み重なって
いろんな人間の思惑や欲望が混ざり合って
ひとつの映画に。ここまで真心をこめて
丁寧に作られた映画を観ることができるなんて
最高に幸せだ。
ケン・ローチ作品を観るたびに毎回思う。



DVD特典で知ったけど
ケンローチ監督は、現地でオーディションを開いて
演技経験のない人たちを採用したそうだ。
主要人物のほとんどが          
映画出演を経験したことのない人々。
(主役の男の子はサッカーのプロチームに入ったばかりだったとか。)
なぜケン・ローチ監督はそういうことをしたんだろうか?
普通の俳優を使ったほうがラクじゃないかと思うけど、
ここに秘密があるのかもしれない。         
なぜあんなにリアルにみえるのか。          
前にケンローチ作品の『リフ・ラフ』をみたとき、
ロバート・カーライルが知らない俳優だったらいいのになと
思ったことがあったから。

少年役マーティン・コムストンのインタビューによると、       
監督は無理に演技を押し付けたり
かたちだけをつくったりせず、
演じる人の内側から気持ちを引き出して
作品を作っていったらしい。
ちょっとでも傲慢なケを持っている監督なら    
そんな気の長いことは絶対にできない。
自分の選んだ人たちを心から信頼しているからこそ
そういうことができるのだと思う。
そして彼らをの力を最大に引き出した
ケン・ローチ監督はすごい。
 
ダイアリーM…ケン・ローチについて。breadloveさんの熱い記事。








ミスティック・リバー

2004-11-10 01:08:51 | 事件/サスペンス
MYSTIC RIVER 2003年 アメリカ
監督・製作・音楽 クリント・イーストウッド
原作 デニス・ルヘイン 脚本 ブライアン・ヘルゲランド
撮影 トム・スターン 編集 ジョエル・コックス
音楽 クリント・イーストウッド/カイル・イーストウッド
出演 ティム・ロビンス/ショーン・ペン
   ケヴィン・ベーコン/ローレンス・フィッシュバーン
   マーシャ・ゲイ・ハーデン 他
~~  ~  ~~~ ~ ~~ ~ ~ ~~
(ラストのことまで書いてあるので、これからみる予定の方はご注意!!)

すごく恐ろしいシーンから映画が始まる。
幼い頃のティム・ロビンスが誘拐されるシーンから。
そのせいで彼がトラウマを持った大人になったことが
まず観ている人にインプットされるけれど、
その後に起きた事件の犯人だとは思わなかったから
ティム・ロビンスは確かな演技をしていたのだと思う。


ケヴィン・ベーコン&ティム・ロビンスのDVD音声解説によると、
クリント・イーストウッドの撮影スピードはめちゃくちゃ速いらしい。
ほとんどが1テイク。人物が重なって影になっていても
演技がよければ撮り直しをしないとか。
そのせいかみているひとに負担の少ない映画になっている。
もしこれをショーン・ペンが撮っていたら
すごくみていて疲れたと思うから。(良くも悪くも)

ティム・ロビンスは、
この作品への出演に悩んでいたショーン・ペンに
「この映画に出なければ大バカだ」と言ってあげたのだそうだ。
だけどショーン・ペンが
この映画への出演に悩んでいた気持ちはわかる。
この映画でのショーン・ペンは、すでにもう
どこかでみたことがあるような気がするのだ。
(彼の監督作品でジャック・ニコルソンが演じた役に似ているのかも?)

とは言ってもケヴィン・ベーコンとショーン・ペンが
ひとつの映画に出ているなんて私にとってはすごいゴージャス!
久々にみたケヴィン・ベーコン。 めずらしく悪役じゃなかった。
キャリアの長い俳優なのに、いつも新鮮な演技をするからすきだ。
あんなに冷酷そうな顔をしているのに役にひたむきなところがいいな。


クリント・イーストウッドは
偶然の力を取り入れて撮影をするらしい。
だけどイメージとしては理数系のひと、というかんじ。
計算力があって、物事を大きな空間で把握できて
余分がなくて、無駄がない(あれ?おんなじ意味?)
感心はするけど、感動はしない。させてくれない。
なぜクリント・イーストウッドがこの映画を撮りたくて撮ったのかを
知りながら観たいと思った。
そういうことを画面の中に感じてみたい。



~~~~~~   ~   ~~   ~ ~~

ミスティック・リバー@映画生活

ストランペット

2004-11-08 04:21:17 | 音楽
STRUMPET 2001年 イギリス
監督 ダニー・ボイル
製作 ジム・カートライト/マーティン・カー
脚本 ジム・カートライト
撮影 アンソニー・ドッド・マントル
音楽 ジョン・マーフィ
出演 クリストファー・エクルストン/ジェンナ・ジー
スティーヴン・ダコスタ/スティーヴン・ウォーターズ 他

若いダニーボイルが撮ったという感じの作品。
「トレイン・スポッティング」よりも、「シャロウ・グレイブ」よりも
前に作られたものだと思って調べてみたら、違った。
2001年にBBCで作られた作品だった。

すごくストレートに作られているのはTV向けだから?
1995年くらいにぴったりの感性というかんじがするけど、
そんな作風だからこそ新鮮な気がしなくなくもない。



犬がたくさんでてくる。
なんでこんなに犬が…と思うが、
この犬たちがじつは大切なことを
みているひとに教えてくれる役目をはたしてる。
自分がいちばん求めていることの本質は何か?
欲とかステイタスとか、余計なものを求める人間の目からみた
「いろんなものが付随した大切なこと」ではなく、
根本的に大切なことを教えてくれる。
そこに犬が映っているだけでそのことを知らされる。

自分を曲げても成功(名声とか、知名度とかそういう意味での)
することが幸せなのか?
自分を曲げずにレコード会社からポイ捨てされて
汚いアパートでもとの暮らしをするほうが幸せなのか?

この作品に出てくるカップルのいちばん大切なことは
2人でいること。
2人でバカみたいに踊りながら曲を作って吐き出すこと、だった。
自由に。誰の指図も受けずに。自分たちの創作の欲望にだけ忠実に。
たとえそれがレコードにならなくても。
2人で部屋の中でそれをしているだけで幸せ。
だけどいままでいろいろな映画で
オートマチックな成功物語をすぎている私は
それでいいのか?! ほんとにそれでいいのか?! 
と思ってしまった。



それでいいにきまってるのに!



自分を一度いつわってしまったら
ずっとそんな嘘の自分でいなくちゃいけなくなって
だんだん自分を苦しめていくことになる。
そんなふうにして成功したって絶対に楽しくなんかないはず。
それよりもいつも本当の自分らしい自分で、
本当にすきなことをやり続けていくことが
いちばんの成功でステキなことなのに。

犬が映った時、余計な思いが剥ぎ取られて
遅ればせながらそう思った…。


作風につられて感想もストレート。

でも本当に、大事なことを教えてくれる作品だと思います。

ストランペット@映画生活





 

ロスト・イン・ラマンチャ

2004-11-05 00:47:59 | ドキュメンタリー
Lost in La Mancha
2001年 アメリカ・イギリス
監督 キース・フルトン/ルイス・ペペ
絵コンテ テリー・ギリアム
ナレーション ジェフ・ブリッジス
出演 テリー・ギリアム/ジョニー・デップ
   ジャン・ロシュフォール/ヴァネッサ・パラディ 他

連続するトラブル((俳優の健康問題、ロケ地を飛び交うNATO空軍機の轟音、
突然の雷雨による機材損傷などなど))に見舞われ、撮影6日にして中止になった
テリー・ギリアム監督の「The Man Who Killed Don Quixote」((制作費50億!))。
その悲惨さをくまなく記録したメイキング・ムービーです。

 


神の意志を感じた。
神さまはテリー・ギリアムに
「ドン・キホーテの映画を撮るな」と言ってるだけじゃなくて
「ドン・キホーテは撮らせない」と言っているみたいだった。
もしくはドン・キホーテの呪いだったら、
「現実がドン・キホーテに勝ってしまった」
と製作者たちが言っていたけど
ドン・キホーテ(の呪いの力)が
現実に勝ってしまったんじゃないかという気がする。


「ドン・キホーテ」はテリー・ギリアムの頭の中で
すでに完璧にできあがっているらしい。
そんなに具体的にイメージできるものが
どうしてここまでにトラブルまみれになるのだろう?
本当に不思議。
ふつうは10年間も夢見続けて
くっきりはっきりイメージができているものは
いろんなラッキーや偶然に背中を押されて
成功するはずなんじゃないだろうか?

(そこまでクリアにできあがっているものを
 撮る意味があるんだろうか?
 ともなぜか感じた。)

 

テリー・ギリアムの書いた絵コンテで
10年かけて構想を練ったドン・キホーテを
部分的に見せてもらえる。
だけどあんまりおもしろそうじゃない……。
良いふうに考えれば、神さまが
テリー・ギリアムのキャリアが台無しにならないように
邪魔してくれたとか…。
撮影初日、よりもずっとずっと前の
準備段階からトラブっていて
撮影6日で中止になったのだから
これも良く考えれば不幸中の幸いだ。
こんなに毎日激しいトラブルに見舞われなければ
もっと撮影を続けていて
制作費や時間が無駄になって
大変なことになっていたはず。
そう考えるとテリー・ギリアムは
けっこうラッキーな人かもしれない。


チーフ助監督の人(有能で献身的)が最後の最後、
遠まわしに「いち抜けた」発言をしたとき
テリー・ギリアムはつらそうだった。
他のどんなトラブルが起こったときよりもつらそうだった。
自分のファンタジーを一緒に信じてくれるひとが
いなくなることがさみしかったんだと思う。


 
 
それにしてもこのトラブルぶりは普通じゃない。
異常だ。怪奇現象といってもいいくらい。
それが何を暗示しているのかはわからないけど。
テリー・ギリアムにならわかるのかもしれない。
テリー・ギリアムはもちろんそんなことは
考えに考えつくしていると思うけど。
それでもまだ「ドン・キホーテ」を撮ろうとしている。
そのエネルギーがすごい。


天つば↑↓CINE TALK…くるっぱーさんのおもしろいラマンチャ評。