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いろはに笛ッセイ32~ふ~プロですか?

2012-05-19 09:28:49 | いろはに笛ッセイ
「食っていけるんですかあ?」同様よく聞かれたのが「プロですか?」の質問なのです。辟易してしまったので、どのように答えるかこれも考えたのです。
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a、「プロですか」の前に「それでも」って言うのが入るんでしょ。どうせへたくそですよ。素人ですよ。金をもらう以上プロだ、なんて古臭いこと言うんですか?じゃあアマが金もらったらどうなるんです?だいたいあんたはねえ・・・*+=~;:/*-+:@^・・・

b,プロという言葉は日本語の中で使用すると定義があいまいなので「プロフェッショナルですか?」と聞いてください。

c、プータローです。
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熟考の結果c、プータローです、と答えることにしたのです。

人間関係はまことに厄介なもの、言われたことにいちいち気分を害していたら損です。損しない方法としては相手の言うことを全て肯定することです。

・おめえバッカじゃねえの?・・・・はい、私はバカです。
・あんたの笛へたくそだねえ・・・・・はい、へたくそです。
・最近一段とハゲてきたんじゃない?・・・・そう、歳ですから。

いやな質問は逸らすことです。

・あなたの今やっている活動って、何か社会的に意義があるものなのでしょうか。・・・今日はいい天気だねえ、あ、口にご飯粒付いてますよ。


いろはに笛ッセイ31~け~ケーナ

2012-05-09 13:58:05 | いろはに笛ッセイ
 アンデスの笛「ケーナ」を始めたのはもう30年前、当時は愛好者はかなり多かったものの今日の知名度には及ばない時代でした。25年ほど前に「ビーパル」と言う雑誌にケーナ作りとして載せてもらい、思わぬ数の注文を受けたこともあるのです。他の雑誌にケーナのことで投稿したことも何度もあり、そんな事から信州のケーナ第1人者の一人、などと自惚れていたときもあったのですが、とうに落ちぶれてしまったので仕方なく現在は世界的鼻笛奏者(横笛型鼻笛です)を自称しているのみですが。
 ケーナには国や地方によって特色があるらしく、ぺルー、ボリビア、アルゼンチン、チリ、など太さや歌口の形状が違うようです。日本の愛好者にはその違いについて薀蓄を傾ける人が多いように見受けられますが、現地に行けば「ケーナはケーナさ」の一言なのでしょう。細かいことはどうでもいい、鳴りさえすればという自由さ(適当さ)があったように見えます。日本には立派なケーナ奏者が大勢いるが心がこもったケーナを吹く人は少ない、などという声も聞こえるのですが、私に言わせればむしろ本場の方がそういうケーナ吹きが少ないのでは、と思ってしまうのです。ペルーボリビアで目にしたケーナ奏者はほとんどフォルテかフォルティッシモで朗々と吹く人ばかりで強弱や陰影に富む吹き方の人は皆無と言っていいほどでした。youtubeでは素敵な日本人ケーナ奏者を何人も見ることができます。
 しかしながら日本というのは世界に冠たる文化輸入大国だと思うのです。世界中のあらゆる文化を輸入して自分のものにしてしまう。聞いた話ですが、パラグアイのアルパの愛好者の数、フラメンコ愛好者の数、フラダンス愛好者の数、は世界1だそうな。本当かいな?でも考えられますね。輸入文化が真似だけに留まるものも多くありますが、それを昇華してさらに芸術性を高める、なんてことも日本のお家芸なのではと思うのです。ケーナの演奏スタイルの多様さはおそらく世界1なのではと思ってしまいます。文化に限らずさまざまなものでそのお家芸が発揮されていますね。ただ派閥ができたり業界化して反目しあったり、はたまたけなしあったり、なんてことは避けたいものです。

いろはに笛ッセイ30~ま~曲がった性格

2012-05-03 22:34:16 | いろはに笛ッセイ
曲がった性格なのです。世間が黒と言えば白と言う、それは常識だと人が言えば道理でないと言う、ネクタイはしない、政治のニュースはほとんどを裏を疑う、周りが陽気だと沈む、周りが静かだとハイになる、楽器も市販のものは一部を除いて使わない、大勢がやっている楽器はやらない、などなど。アマオケに入ってフルートをしようと思ったら4人もいたのでやーめた。20代までアンデスの音楽に熱中していたのですが、ペルー・ボリビアに行って本場ものを聞いたら、あんなに大勢うまい人がいるのなら俺はやらなくていいや、と熱が冷める。常に流れに逆らおうという性格で生きづらいと思うこともありますが、これは遺伝子のせいですので仕方ないのです。結果的に希少価値が身について、その希少価値のみで生きながらえているのです。だから何なのか、と言うと、何でもないのです。「いろはに笛ッセイ」シリーズ半分は過ぎたものの題材が見つからず書けないこともあるので、たまに意味のないことも書くわけでありまして・・・・全編に渡って意味はないものばかりですが・・・

いろはに笛ッセイ29~や~ヤキがまわる

2012-04-27 20:31:06 | いろはに笛ッセイ
 50歳を過ぎてから急に医療費が膨らむのです。歯の治療、アレルギーをはじめ初期の変形性関節炎、50肩の始まり、そして脚立から落っこちて膝の靭帯が少し伸びてしまう、などなど、ひょっとしてヤキが回ってくる前兆なのかも??何の仕事でも体か資本、なのですが、召される1週間くらい前までは働かなくてはならぬ身なので、これは一大事。老後はいったいどうなるのだろう、と数ヶ月に2~3分くらいは悩むことがあるのです。
 日本のクラシック界では「敬老の念」があるらしく、技の落ちた老演奏家でも、歳を経た、と言うことだけで賞賛の対象となるという傾向があるようです。欧米にはないこともないが日本は特別、と言うようなことも聞いたことがあります。20数年前、年老いた名ピアニストが来日して、4~5万円のS席は完売、4000人のホールが満杯、と言うことがありました。年老いてしまったので技術の衰え具合は尋常ではなく評論家からは「壊れた骨董品」と散々に言われたのですが、聴衆は熱狂してしまったのです。評論家は揃って首をかしげていたようです。また、地元の文化会館にスペインの世界的ギター奏者が来ました。高齢らしく歩くのもやっと、演奏も往年のパワーに及ばず、のような気がしたのですが、その姿に最後は涙なくては聞けなかったのです。あの歳であの演奏は素晴らしい、いったい何歳だろう、80は越しているのだろうな、と思いつつ帰宅後に調べたら、え~63歳・・・なんだ・・・。ただ足が悪かっただけか・・・分かっていたら涙は、出ただろうか??でも高齢になっての舞台はそれだけで感動を呼び起こすものなのですね、きっと。
 自分は80歳になったら何ができるだろうか、チンドンセットは重いから軽量化しようか。サルバンドも足と手がリズム合わないだろうから、全自動式にするしかないか、でもそれじゃ意味がない??車椅子式チンドンセットでも作ろうか・・・・まあその時になったら考えよう。お釈迦様もイエス様も先のことは考えなくてもよい、今を精一杯生きればよい、とおしゃっているので、そのようにしたほうがいいのだと思っているのです。焼きが回ってきたらそれなりにやればいいし、何も出来なければそれなりに生きれば良い、と言うことのようです。

いろはに笛ッセイ28~く~食っていけるんですかあ?

2012-04-25 19:29:52 | いろはに笛ッセイ
「これで食べていくのですか?」
「え~食っていけるの?」
「こんなんで食っていけるんですかあ?」・・・・“こんなん”とは失敬な・・・
よく聞かれたものです、この稼業を始めた当時は。最近はこんなご時勢なのであまり聞かれずに寂しいくらいです。

当時はあまりにしつこく聞かれたのでどう答えるかいろいろと考えたのです。
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a,人間パンのみに生きるにあらず、であります。地道にやっていれば必ず天はそれに報いてくれます。

b,変な笛吹き、自営で海のものとも山のものとも分からないことをやっている、って思っているから聞くんでしょ? 自営でなければず~と大丈夫、食える、と思っているんですか?人間はいつ何時何が起こるかわかりませんよ。事故にあうかも知れないし、ストレスで病気になってしまうかもしれないし、どんな不運に会うか分からない、自営だろうがそうでなかろうがそれは変わらないでしょう?だったら何でそんな事聞くんです???だいたいあんたはねえ@#$‰∂∂∩※&£∞\♯†‡¶¶・・・・・・

c,そうなんです。食っていけそうもないんです。なにとぞお恵みを・・・・

d,食っていけないんで、実は来週夜逃げするんです。

e,そりゃ“こんなん”じゃ食っていけませんわね。だから5年に1回銀行強盗しているんでさあ。
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熟考した結果、その質問の答えはいつも「e」にしております。