多分駄文のおじさん日記

我輩は駄文を書くおじさんである。旅、音楽、MLB、株式投資、etc., 日々想いつくままに思いを巡らすのである。

Washington D.C.(1) Washington-Dullas Airport

2005-03-19 21:52:33 | Washington D.C.
成田-New Ark 12時間、New Arkから別便の小型機でWashington-Dullasへ更に1時間。やっと目的地に到着だ。
自宅を出てからは既に17,8時間は経過している。
時刻は現地時間では土曜夜の8時だが、日本時間だと日曜朝の10時。
その間の睡眠は3,4時間程度だから、僅かな睡眠で昼を迎える時刻である。
頭はやはりボンヤリ。

到着したWashington-Dullas空港のBaggage Claim(荷物引取り所)へ行く前に見つけたお店で見つけたTシャツが笑える。流石に「政治の都」、というところだが、ムンクの叫びにかこつけた"Bush Again?" はなかなかパンチが効いている。

12時間+のお疲れFlight (To New Ark)

2005-03-19 12:22:23 | Weblog
米国出発は3月5日(土曜日)。

夕刻5時半出発のコンチネンタル航空のNew Ark行きに乗る。
New Arkから更に1時間ほど別便に乗り、最終目的地のWashington D.C.へ向う。
最終のホテルまでの所要時間は合計14-15時間の長旅だ。
米国東海岸への旅は1年半ぶり。これだけの長旅は久しぶりである。

出発前のビジネスファーストクラスの特権は、特別待合室を利用できること。
「さくらルーム」なるところでしばしビールを飲み、搭乗時刻を待つ。
客の数も少なく、ゆったりしている。
ここでは全て無料で酒類含めた飲み物や軽いスナックを頂くことができる。
しかし、ここで腹に詰め過ぎると飛行機の中で食べられなくなる。自重、自重。

ビジネスファーストクラスは満席。
1Bという一番前、通路側の席であった。(長旅では、通路側席がセオリーである。誰にも気兼ねなくいつでもトイレに行ける、というのは結構無視できぬ精神的ファクターなのである。)
コックピットに近く、キャビンアテンダントの行き来も多く若干騒がしい。
乗客は殆どが米国人。隣席のおじさんも米国人だった。
もっと多いかと思ったが、当クラス客室の日本人客は数えるほども居ない。
ここにも日米の景気差があるのか、単に米国の飛行機会社ということだけなのか。
何だかこちらは敵国の捕虜のような気分。

ちなみにご参考までだが、このビジネスファーストクラスの所謂スチュワーデスさん、皆どっぷりと体格の良い米国のおばさん達である。体重だけで言えば、我輩の何割増しかの巨大な体躯をしたおばさんばかりである。顔のことはもう述べるまでもない。エコノミークラスに比べて乗務員にも容姿面での格付け高い女性が居るというのは、米国航空会社に関してはやはり幻想である。残念ッ!

日系、或いは、アジア系航空会社では妙齢美貌の女性がアサインされているのが通常で、このクラスでは時にハーレム気分に恵まれることもある。
かつてシンガポール航空のビジネスクラスに乗ったときには、乗客数少なく、例の細身でセクシーな民族衣装風制服をまとった美貌のスチュワーデス2,3人が代わる代わるに我が名前を呼びながら王様気分で奉仕を頂いた夢のような経験もあったが、米国の飛行機ではそれは夢のまた夢なり。どーん、とおばさんから差し出された食事を食べる時は、飼い犬のワン公のような気分になってしまう。

出発前に親愛なるH兄からは、飛行機の中ではスチュワーデス(注:最近はキャビンアテンダントと言わなければならない)のお姉さんに添い寝してもらって、と楽しいはなむけのメールを頂いておったが、これらの米国おばさんに添い寝してもらうと、4,5秒で我輩の体はつぶれてしまいそうである。

日本人のCAも居たが、こちらもメンタリティは日本人の顔してるが殆どアメリカ人というおばさん、こちらがノロノロしていると、ぶっ飛ばされそうである。喋っている日本語も聊か覚束なく、こちらとしては、日本人ならちゃんと日本人らしく振舞えよ、という気分。(もう、しょうがないか...。敵国?の飛行機会社なのだから...。)

コンチネンタル航空のビジネスファーストの座席はなかなか良い。
座席幅は56cmでゆったり。座席配列も、2-2-2と余裕の設計。また、座席全体が前方へスライドしリクライニング170度のベッドポジションへと移行すれば、前後の長さは約2mとなり、ほぼ水平状態で就寝可能の優れものだ。これで二往復目となるが、長時間飛行の場合には極めて有難い。実際に、2,3時間は熟睡できた。

フライトの前半は、次から次に飲食物が運ばれてくる。
これはエンタテインメントでもあり、苛めでもあった。
搭乗時のWelcome Drink、離陸からまもなくしてRefreshmentの飲み物、この辺で既に腹は膨らみ始める。 
そして食事が始まる。
シーフード、サラダ、寿司などが入った前菜コースプラス、ワイン、ビールで既に充分腹は満たされた。
 
しかし、そこから更にメインディッシュが出てくる。
我輩は和食を選んだが、アナゴ煮を含めてもう充分。全部完食も出来ずだが、その後デザートのチーズとコニャック、ワイン、果物。やっと終わりかと思ったら、コーヒーと巨大量のアイスクリーム。 断るのも一寸勿体無いか、という貧乏人根性で一応差し出されたものは頂いたが、正直もうこれは米国流の飽食の世界だ。日本人のように多くの種類を少しづつという美徳はなく、これでもかこれでもか、力づくで次々飲食物が出てくるのは、まさにワンコそばの世界。もういいよ、許してよ、という気分。

米国人と違って日本人の胃は小さいのだ。日本人おじさんともなると、美食家では有りたいと願うが、もう大食漢ではないのだ。
最後は食べ物の匂いが漂うだけでも、もう本当に勘弁して頂戴、ゴメンナサイ、と言う気分であった。
食べ終わった後でも、何か要らないか、としょっちゅう声を掛けられる。
うーん、参りました。静かに放っておいてください。

まあそんなこんなして、時折映画やゲーム(いずれも余り面白くなく、長続きせず)したりしながら時間をつぶし、3,4時間は夢の中、というような感じで12時間が過ぎ、NewArkに上陸となった。やれやれ、自分自身にお疲れさん!

帰国+時差ぼけ

2005-03-19 09:00:04 | Weblog
今週初頭に米国より無事帰国した。
今回の米国滞在は8日間。

いつも悩まされる時差ぼけ、今回はそれなりに対応した積りだったが、やはり体内時計は完全に破壊され、米国滞在時および帰国の数日間、時空を越えた状況に居た。
元々ぼけなので、時差ぼけが加わると、もしやして正常になるかとも期待していたが、
ぼけxぼけ=やはり、ぼけ、(大ぼけ、かも)であった。

滞在地であるWashingtonD.C.近郊の地(とにかく寒冷!)では、どれだけ疲れていてもいつも夜中の2-3時にはぴったり眼が覚める。日本時間では午後~夕刻近くの時間帯だ。
(仕方がないので?)東京の職場の同僚に日々長電話で業務連絡。電話を受け取った連中も今何時?と呆れておった。
滞在時の平均睡眠時間は3-4時間なり。(今から思えば良く持ったものだ。)
日中は、逆に昼過ぎ食事をした後の時間が辛い。
血が頭から胃のほうへ下がってきて意識が薄れていく。
調子よくない中、次から次に色々な外人さんと面談。こちらに来ると当然のことだが、完全に英語だけの世界に立ち、意思疎通も楽ではないわな、疲れるわな。
今回は日本語環境のあるラップトップPCを持っていったので日本語のEmailも読めたが、製薬会社の販売をやっている知人からは、時差ぼけ用の薬があることを教えられた。へぇー。

一週間程度すると昼夜逆転の時間帯に流石に体も慣れてくるが、慣れてきたなと思うときがまた反転の時。今度は帰国後のしっぺ返し、となる。
帰国した日もすぐに寝床に着かずにこらえて日本時間の生活に合わせるように当面起きて対応(これがなかなかいつもは出来ずすぐ寝てしまうのだが)。
しかし、翌日だけでなく、連日もう午後になると、今度は徹夜したあとの朝のような感覚で時に意識遠のく。本当に体内時計が混乱を起こしていることが良く分かる。
ふと気が付くと舟を漕いでいる....危ない危ない! 
夕方近くになると仕事にならない。夜7-8時になると夢遊状態だ。
帰国後は6時間ほどは熟睡できる日々であったが、米国滞在中の睡眠の少なさが響いているのか、なかなか何日も経っても調子が戻らず。

そんなことで、帰国後の夜のBlog執筆、だいぶサボらせてもらいました。
この2週間ほど新記事アップなくても、当サイトにご訪問して頂いた皆様には大変感謝しております。
米国はWashingtonもNew Yorkも表立ったところでは所謂ネットカフェのようなものは見つけられず。アジア諸国やニュージーランドなどでは良く見かけたものだが、米国では皆自分でラップトップを携帯するのが常識? 手軽にネットを利用できる場所はホテルを含めて外には殆ど見つけることは出来なかった。ということで、現地でのBlogのアップはギブアップ。

ということで、Blogをサボる理由も充分ありまして、2週間ほどは久しぶりにBlogを忘れる生活を送らせてもらいました! これって結構快感でありまして!
サボっている時のアクセス数が平常にとあまり変わっていないということは一体どういうことであろうか、と複雑微妙な心境ともなりましたが....。
今後罪償いに米国滞在中の興味深い様子・発見など、しこしこと書いて参ります。