多分駄文のおじさん日記

我輩は駄文を書くおじさんである。旅、音楽、MLB、株式投資、etc., 日々想いつくままに思いを巡らすのである。

Ground Zero Part-7

2005-06-05 07:47:08 | Washington D.C.
New York訪問前、出張中のWashigton D.C.にて、我輩愛好の大手書店Barnes & Nobleに立ち寄った。

このBarnes & Nobleではどこの店でも安売りコーナーがあり、聊か古いが価値の有る本をかなりの安値で売っている。
そこで幾つか見つけた候補本の中でWTCの写真集を選び、購入した。
定価は$35ほどだが、僅か$10程度で売っていた可也のお得品である。
中身の写真の質・量からして、$10は信じられないお値段になっている。
大きく重い書物で出張の移動には余計な荷物になるのは必至であったが、それを省みずに思わず買ってしまった。
(他にも昔のBeatlesの写真集なども、魅力的な値段であったが、あまりに重過ぎるので泣く泣く諦めたのだった。今となると後悔しきりなり...。)


中味の写真には、建設当時の様子から、最期の崩壊まで、様々なアングルの写真が掲載されている。
建築物としてのツインタワーの芸術的価値、都市の風景の中のツインタワーの存在感、という観点から、様々なアングルの写真が楽しめて、興味は尽きないし、見ていて色々な思いが喚起させられる。
また、あの忌まわしいテロ事件での二機目の突入までのコマ送りの写真なども掲載されており、あの時の自分の感情やその時に置かれていた状況なども想起させられた。

あの時は、ちょうど久米宏がやっていた夜10時のニュースステーションの時間であった。
緊急ニュースとして朝のNew Yorkでの事件が実況報道されていたが、当初は、ヘリコプターか何かの軽い事故がらみのお話かと思っていた。
ところが、その報道途中での何と二機目の突入で、これはテロだと戦慄。有り得ない映画の世界が現実となってしまった。

2棟の巨大ビルが音をたてて崩壊する様子を見たときには、世界の終りのような錯覚さえ覚え、絶望的な気分で床に入ったことを覚えている。あのような感情を持つようなことは、我が人生でも最初で最後であろう。
事件の1週間ほど前には、米国旅行(西海岸だったが)したばかりで、ちょっと時間と場所がずれていれば...と、その点でこの事件、何か他人事ではないと感じた。
また過去にはWTCも数多く足を運んでいたことから、本当に戦慄した。知り合いで被害にあった人は居ないか、特にWTC近辺には明らかに知人も勤務しているし、とかなり強い心臓の鼓動を覚えたものだった。

Washington D.C.(13) 国立自然史博物館

2005-05-20 00:22:41 | Washington D.C.
米国到着の翌日の日曜日、朝から冬のWashington中心地を散策、国会議事堂、National Gallery, 航空宇宙博物館、と見ていった。かなりあちこちを精力的に歩いたので、疲れも出ている。
ましてや、昨晩アメリカに着いたばかりの体内時計は昼・夜、自分はどこに居るんだろう、という状態で、じわじわ眠気と疲労が拡がってくることが分かる。(3月6日のこと。古くてどうもスミマセン!)

しかし、このスミソニアン協会が持つ数々の博物館、いづれも入場料はただ、という、泣かせる設定になっている。同じアメリカ、New Yorkだとこんな無料などということは有り得ない。
そう考えると、取り敢えずは体力気力の続くうちに、出来るだけ何でも見ておきたい、というメンタリティが働く。(貧乏人根性、とでもいうものか?) 

何の博物館か分からんが、結構人も並んでいて人気もありそうだ。
館内に入るたびに受ける厳しいテロ対策の危険物+ボディチェック、荷物のチェックにも慣れてきて要領も良くなる。 
入ったのは、National Museum of Natural History, 「国立自然史博物館」というらしい。

一階にはディノザウルスなどの恐竜の骨や剥製、マンモスなど古代の動物が展示されておった。規模も大きく迫力はあるが、日本でもこの手の展示会は最近多くなっており、そう感激はなし。

もう一方の同じフロアは、世界の地域ごとの動物の剥製が随分の種類に亘って展示されている。こちらは地域によって動物も多様で見ていて楽しい。
アフリカのコーナーで眼に入ったのがこれ。
かなり分かり易い、弱肉強食の世界である。 日本の博物館ならこんな凶暴極まりないシーンをダイレクトに展示するというような発想はないだろうが、流石は肉食人種の国、アメリカである。
聊か疲れておったが、これを見て一瞬眠気も時差ぼけも吹き飛んでしまった。

しかし、アメリカ人には、このバッファローの心境などわからんだろうなあ。「もののあはれ」を感じる国の人には、幾ら博物館とはいえ、どうもこの手の単純直裁的な強者への賛歌を連想させるものには違和感を抱くものであった。



Washington (12) National Air & Space Museum 3

2005-05-14 23:51:16 | Washington D.C.
アメリカが月着陸を目指すと宣言したのは、かのジョン・F・ケネディ大統領が就任した後であった。
1960年初頭当時、宇宙開発競争では、ソ連に対してアメリカは出遅れていた。
当時は東西冷戦、ソ連はバリバリの社会主義で、自由主義国家からは敵国とされており、アメリカは宇宙開発競争においても負けられない状況にあったものと思われる。
おりしもアメリカは若い有能な大統領が出現、世の景気も拡大を始めていた状況で、大きいな夢を持つこと、大きなプロジェクトを持つことが「善」とされる時代であった。

博物館内では、宇宙船だけでなく、宇宙飛行士の宇宙服も、米国製、ソ連製、両方が並んで展示されていた。
資本主義と社会主義の宇宙服では随分差がある。やはり、社会主義国の宇宙服はどうも財力も聊か乏しく、良くこんなので宇宙に行けたな、と思われるほど質素で原始的だ。
また、月着陸よりはかなり後期のものと思われるが、米ソが共同で宇宙ステーションを構築した時のドッキングの様子がこの航空宇宙博物館で見れた。ソ連の宇宙船は、色も形もまるでセメントのミキサー車程度の原始的な造りであった。やはり、約40年前、というのは、この科学の世界では相当の昔のこととなるのであろう。


ワシントン、航空宇宙博物館の様子、写真館で公開! 御覧あれ。

Washington (11) National Air and Space Museum2 

2005-05-14 22:42:27 | Washington D.C.
これは一人の人間には小さな一歩だが、人類にとって偉大な飛躍だ。 (That's one small step for man, one giant leap for mankind)」という言葉をご記憶の方、どれだけいらっしゃるだろうか? もう若い世代の方々には「現代」ではなく、「歴史」の中の名言の部類として記憶されている方も多いのだろう。

月面の「静かの海」に着陸したときのアポロ11号 アームストロング船長が 月面に人類の第一歩を記したときのものだ。
当時中学生だった我輩も、人類初の月着陸の大事業には大きな感銘を受けたものだった。
そのアポロ11号を始めとした当時の宇宙船や月着陸船が、ここ航空宇宙博物館では余すところなく展示されておる。

当時から現在までの宇宙航空技術は超のつくペースでの加速で長足の進歩を遂げているが、今からこのような過去の実物の宇宙船を見ると、形は小さく、造りもスタイル・使用素材など随分原始的なものであったという驚きを持たざるを得ない。
それでも、未曾有の月着陸を成し遂げた当時の最高水準の知識・技術とソ連への対抗意識や政治的な情熱という当時独特の背景も想起させられ、過去への思いも刺激される。

今でも、「あの月着陸はうそ!」とか、「2割のアメリカ人は月着陸について疑念を持っている、という調査がある」などという話も聞いたことがあるが、いづれにせよ、我輩にとっては「ついこの前」と思っていた出来事がもう既に歴史のひとこまに変わっていることと気付かされ、軽い衝撃を覚えてしまった。


Washington D.C.(10) National Air and Space Museum

2005-05-14 09:59:32 | Washington D.C.
ワシントンD.C.の国会議事堂から西方ポトマック河前のワシントン記念塔に至るまでの長いグリーンベルトを「モール地区」というが、ここにはスミソニアン協会が所有する数々の美術館・博物館が並んでいる。
米国の首都の中心にあるこの地区は、子供を含めて訪れる人は多く、米国の文化・歴史に対する誇りを感じさせてくれる。

National Galleryの後に訪れたのが ここ国立航空宇宙博物館 (National Air and Space Museum)であった。

[飛行のしくみ」という子供向けに飛行の原理を説明する展示ホール、ドーム型天井に無数の星を散りばめたアインシュタイン・プラネタリウム、ライト兄弟以降の飛行機の変遷、太平洋戦争時代の我が日本の零戦(ゼロ戦)なども展示されている。詳しくは、上記リンクのサイトをご参照。いつも感心させられるが、アメリカの美術館・博物館のサイトはあたかも実際に行ったように色々なものを見せられるよう工夫してある。ここで知識を仕入れて、本物の臨場感を味わえば『一粒で二度おいしい』というグリコの世界になる。



Washington D.C.(6) National Gallery of Art

2005-04-17 10:15:37 | Washington D.C.
Washingtonネタを書こう、書こう、と思いきや、どんどんと後回しになってしまった。3月上旬の訪問だったので、もうあっという間に季節も変わってしまったことだろう。ポトマック河の桜ももう流石に散ってしまったか?

国会議事堂を先ず拝んだ後に行くのはNational Gallery of Art、
http://www.nga.gov/
この街は碁盤の目状になっており、各種の博物館が連なっているが、手始めには歴史と伝統あるこのNGAを訪問するのが我がパターンになっている。地図の茶色の部分がNGAだが、東館、西館、そして彫刻ギャラリーの3館から成っている。

このNGAも含めて、ここいらにある博物館は殆どが入場無料というのが嬉しい。
概ねNew Yorkの博物館、美術館になると$10-$20ほどの入場料が普通であるが、ここではその料金は要求されていない。その分、美術小物・書籍などのお土産や食事に費用を回すことが出来るわけだ。Washingtonはふところに優しい街である。(続く)

Washington D.C.(5 ) The Capitol - 国会議事堂

2005-04-02 12:34:41 | Washington D.C.
Most people visiting Washington, DC, head directly to "the Hill," and with good reason; this large area contains many of our nation's most treasured sites and well-known buildings. You'll see the international symbol of democracy, the Capitol building, in addition to rows of lovely Victorian mansions, the humbling Supreme Court Building, the Library of Congress, Union Station and much more.

こんな文章をWashington D.C.の観光ページのサイトで見つけたが、言われるまでもなく、地下鉄駅を降りるや、引き寄せられるように、本能的に、やはりこのCapitol Hill、国会議事堂に向かっていた。前回1年半前に此処に来たときも全く同じであったのだが、街巡り最初はどこへ行こうかと考える前に自然に体がこちらに向いてしまった。大した磁力である。
「取り合えずはこちらにご挨拶。全てはそのあと。」という、ワシントンの関所と言って良いだろう。

丘の上に威風堂々と建ったこの建物、遠目での印象と近くに来たときのそれではかなりギャップもあるも、これはご愛嬌。(聊か増改築工事の箇所多く、近めには美しくないのだ...)
またここからは、一直線に伸びるグリーンのモール(公園)と先に聳える記念塔、公園の周りを縁取るSmithonian Institutionの博物館群が一望できる。

見下ろす景色も閑静かつ整然としており、政治都市としての威厳を保っておる。New Yorkの騒然さとは対極的な様子である。

一週間前まではこのあたり白一色の雪景色だったと言う。モノトーンのWashington D.C.も一寸見ておきたかったものだ。(3月6日訪問)

Washington D.C.(4) 議事堂がお出迎え

2005-03-29 00:15:22 | Washington D.C.
日曜の朝、BethesdaからMetro地下鉄に乗って20分余りで、WashingtonD.C.の中心に到着。
駅から降りたすぐのところにある本屋で一息整え、いよいよ街を歩く。

目指すは国会議事堂。
2ブロックほど坂を下り歩き、左手遠方にその姿が見えた。
いよいよWashingtonに来た、と実感。
宝石箱のような街を歩く興奮を覚える。
寒さは相変わらずだが、次第に胸は高鳴る。


Washington D.C.(3) Bethesda Part-2

2005-03-26 23:57:45 | Washington D.C.
長い空の旅を終えWashington D.C.の郊外Bethesdaに到着して一晩流石に良く眠れた。
日曜日なので朝早めからWashingtonの中心地へ行き、前回も行った美術館を中心に街巡りをしようと決めていた。

取り合えず朝9時前にはHotelを出る。
かなり寒い! すぐに地下鉄に乗る前に昨晩歩いたレストランや書店のあるところを明るい中、再び歩く。夜とはまた違った景色だ。

この寒さの中でも結構ジョッギングをしている人が多い。それも年配の人が多いのが特徴的だ。犬の散歩、というのも結構居るなあ。こちらは日本の我が町とも変わらぬ景色だ。

時々日陰に雪の残りが見えている。
3月とは言え、まだ春は遠そうだ。
さてそれではWashingtonに行こう。


Washington D.C.(2) Bethesda

2005-03-23 23:42:16 | Washington D.C.
Washington-Dullas空港から向かった宿泊地がBethesda、べセスダという。
空港から3,40分ほどのところにあるワシントン近郊の都市、というか街である。
この街には、大きな病院があり、街の看板となっている。
かつての米大統領John F.Kennedyが最後の外科手術を受けた病院がここBethesdaだったというのは有名な話。どうも手術結果が良くなかったが、その背景には色々な政治的な陰謀があったとか、一寸謎めいたストーリーが尾ひれをつけて語り継がれているようだ。

宿泊はHyatt Regency。
街のメインストリートに面し、ワシントンに繋がる地下鉄駅にほぼ接続した至便な場所にある。
前にも書いたが、かつては一泊$150程度で泊まれるコストパフォーマンスの良いホテルであったが、改装を理由に値段は倍になってしまった。これは不当である。ただ、Weekendは少し割安にして$200程度。決して安いとは思えないが、この街には不思議な魅力があり、取り合えず週末だけはお世話になることにしたわけだ。

到着したのが夜8時半頃。
外気はかなり冷たく、恐らく氷点下の世界。
外を歩いている者は居ない。
取り合えず、食事をしに外へ出る。ホテルから3,4分歩き、Mongolian Beefの店へ。
この店はユニークで、自分で好きな種類の肉、野菜、ソースを選び、さらにご飯をドンブリに盛り、それを店のコックに炒めてもらう。チャーハンのような出来栄えだがこれが美味い。何回でもお代わりでき、その度に選ぶ具も変えていくことが出来、楽しい。
1年半前にこの街に初めて来た時にもこの店に2度ほど来た。今回も是非ここで食事をしようと思ったわけだが、聊か興奮しすぎて一回目はご飯を盛るのをすっかり忘れ、チャーハンではなく、ただの肉野菜炒め、となってしまった。

そして、その後、また小雪散る暗闇を歩き、レストランが並ぶメインストリートへ。
ここだけは人も多い。世界の各国の料理がこのレストラン街で賞味できる、なかなかお洒落な街並みなのである。
お目当てはBarnes & Noble、いわずと知れた全米に大チェーンを張る有名書店である。
この3階建ての本屋さんは夜の11時まで営業していることから、老若男女があまたゆっくりと本を楽しんでいる。地べたに座り込んで書物に没頭している女学生なども居る。中には広いStarbucksがあり、ここでコーヒーを飲みながら購入した本を読んでいる人々の風景もなかなか絵になる。またCDショップも併設されているが、ここは聴きたいCDをスキャンして実際にCDの最初6曲の頭部分を試聴することが出来る。

兎に角、楽しい時間を色々なコーナーで見つけることが出来るスペースなのである。時差ぼけにも拘らず、閉店時間の11時までの約2時間もこの店で過ごした。多くの人が閉店まで粘っていたようだ。
外へ出るとまた厳しい寒さ。書店の中に居た多くの人も霧散し、また厳寒の暗闇を歩きホテルに戻る。
長い旅の一日が終わった。
この一日は36時間くらいの一日であった。

Washington D.C.(1) Washington-Dullas Airport

2005-03-19 21:52:33 | Washington D.C.
成田-New Ark 12時間、New Arkから別便の小型機でWashington-Dullasへ更に1時間。やっと目的地に到着だ。
自宅を出てからは既に17,8時間は経過している。
時刻は現地時間では土曜夜の8時だが、日本時間だと日曜朝の10時。
その間の睡眠は3,4時間程度だから、僅かな睡眠で昼を迎える時刻である。
頭はやはりボンヤリ。

到着したWashington-Dullas空港のBaggage Claim(荷物引取り所)へ行く前に見つけたお店で見つけたTシャツが笑える。流石に「政治の都」、というところだが、ムンクの叫びにかこつけた"Bush Again?" はなかなかパンチが効いている。