☆ 住 吉 大 神 浄 め 給 う ☆

天皇陛下、ありがとうございます。ご先祖の皆様、お父さん、お母さん、家族の皆様、ありがとうございます。

日本国体は 実相(じっそう)至妙(しみょう)世界の顕現(けんげん)

2016-12-27 14:41:53 | 今日の光明法語
実相の世界の特徴を挙(あ)げて見ると大凡(おおよそ)この七つになるのであります。
これで大体お判(わか)りになりましたでしょうが、実在宇宙は決して空(くう)ではない、
何もないところの‘からっぽ’ではないのであります。

ところで、この七つの特徴を持った世界が現実世界に現れて来たのが大日本国であります。
邇邇藝命(ににぎのみこと)様が実相世界 即ち 実在宇宙から現象世界へ
御降臨(ごこうりん)あらせられて地上に建国ということが出来上がった、
そこに中心帰一(きいつ)、夫唱婦和(ふしょうふわ)、無限創造、遠心求心調和、
無限包容、円満完全至美(しみ)至妙(しみょう)の世界が、
天(実相)になるが如(ごと)く地にも現れて来たのであります。

ですから邇邇藝命(ににぎのみこと)様 御降臨(ごこうりん)以来、現実世界にも
中心に帰一する国がここに‘ありあり’と具体の世界に出現したので、
日本の国体が尊いというのも実相世界そのままの立派な特徴が持続されているからで、
中にも『中心帰一』の実相は皇位(こうい)の永遠性と共に、
大日本天津日嗣(あまつひつぎ)天皇を、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の
全徳の御表現(おんあらわれ)― 即ち親神(おやがみ)様の御表現(おんあらわれ)として
崇(あが)め奉(たてまつ)り全ての国民が『神の子』として、親神(おやがみ)様の
御表現(おんあらわれ)なる天皇に中心帰一している。
この日本の国体というものは実相の世界をそのままに現している。

だから日本の国を蓬萊島(ほうらいとう)であるとして不老不死の薬のある国だと
云(い)うのも無理がないのであります。実相は何もない空(くう)であるとするような
仏教では此(こ)の日本の国体の美は分らないのであります。誠に日本国体の尊さは、
万民皆『神の子』として親神(おやがみ)の御表現(ごひょうげん)なる天皇陛下に
中心帰一する働(はたらき)が、単に理論ではなく具体的に現れている点であります。

この中心(すめろぎ)に帰一する働(はたらき)が中(ちゅう)の心 ― 
即ち 忠(ちゅう)であって、中心に帰一する事が一切の諸徳のうちの第一に
置かれるのであります。

『 古事記と日本国の世界的使命 』 ( 93~95頁 )  谷 口 雅 春 先 生
http://komyoushisousha.co.jp/m_taniguchi/531/



【 実相世界の七徳 ⑦ 】 実在宇宙は円満完全至美(しみ)至妙(しみょう)

2016-12-27 14:38:37 | 今日の光明法語
最後に実在宇宙の特徴は、円満完全至美(しみ)至妙(しみょう)の世界である
ということであります。円満完全を現しているのは 淤母陀琉神(おもだるのかみ)であります。
至美至妙を現しているのは阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)であります。

淤母陀琉(おもだる)というのは面(おも)足(だ)る ー 即ち仏なら三十二相(そう)を
備えているとでも云いますか、凡(すべ)ての面相(めんそう)を満足に具足(ぐそく)している。
更に云えば無相(むそう)にして無限相(むげんそう)なのが面足(おもだる)であります。

円満完全というのは一つの固定した相(すがた)ではもう円満完全だとは云えないのであります。
どんなマン丸いものでも、『此(こ)の形だ』と一定の形ではその他の形を不足している、
不完全だということになります。

だから完全とは無相(むそう)にして無限相(むげんそう)でなければならないのです。
阿夜訶志古泥(あやかしこね)というのはあな畏(かしこ)し、ああ美しい相(すがた)である。
何とも言葉にいうことが出来ないので妙々(みょうみょう)と讃歎(さんたん)した言葉であります。

実在宇宙は此(こ)のように形容しても尚(なお)足りない、ただもう妙法(みょうほう)と
讃歎するほかはないのであります。


『 古事記と日本国の世界的使命 』 ( 92~93頁 )  谷 口 雅 春 先 生



【 実相世界の七徳 ⑥ 】 実相宇宙の特徴は無限包容

2016-12-27 14:36:52 | 今日の光明法語
それからまた実相の世界の特徴は無限包容の偉大さを有することであります。
これは意富斗能地神(おおとのぢのかみ)と大斗乃辨神(おおとのべのかみ)の
御神名(ごしんめい)で表現されています。

意富斗能(おおとの)というのは大殿(おおとの)であり、無限包容の家が
宇宙の実相であるということであります。『地(ち)』は『霊(ち)』と同じで
男神(おがみ)の美称(びしょう)、『辨(べ)』は女神(めがみ)の美称であって、
男女両神を揃(そろ)えてあるだけで別に意味はありませぬ。

結局、実在世界は一切のものを包容しているのです。ですから、実在世界の実相が
本当に現象世界へ投影したならば、その人は無限包容の大人物にならねばならぬ。
自分の尺度で人を計って、善悪(ぜんあく)好悪(こうお)で毛嫌いするようなことでは
実相があらわれていないのです。そうかと云(い)って、無限包容だと云って求心力が
全然無くなって、遠心力ばかりで内部が瓦解(がかい)するようなのも
実相があらわれていないのであります。


『 古事記と日本国の世界的使命 』 ( 91~92頁 )  谷 口 雅 春 先 生



【 実相世界の七徳 ⑤ 】 実相宇宙は 遠心(えんしん)求心(きゅうしん)調和の世界

2016-12-27 14:32:50 | 今日の光明法語
更(さら)にまた、実相の世界の特徴は遠心と求心と、遠心力と求心力とが
完全に調和している世界なのでありまして、それは宇比地邇神(うひぢにのかみ)、
須比地邇神(すひぢにのかみ)の御名(みな)によって表わされております。

この『宇(う)』というのは浮き上る言葉のヒビキであり、遠心力、上昇力を
現しております。『須(す)』というのは澄(す)み切り沈む言葉のヒビキで
求心力、下降力を現しており、比地(ひぢ)というのは土であって
創世記(そうせいき)に軽きものは昇りて天となり、重き土は下(くだ)りて地となると
あるに符合(ふごう)します。

遠心力と求心力とはちゃんと調和しなければならない。遠心求心が調和しなければ
本当の実相が現れたという事にはならないのであります。

会社を経営しましても、外に拡(ひろ)がるばかりで、内部に引締(ひきし)める力が
ない時には一時会社は大きく伸びるように見えても、終(しま)いには散乱してしまうので
あります。

それは例えばこうして紐(ひも)に重錘(おもり)を付けてこうして振って旋回(せんかい)
しますと、この紐は空間に輪を描いて大きく拡がって行きますけれども、
中心を糸で引張(ひっぱ)っている為に重錘(おもり)が外に飛んで行かない。
外へ拡がる遠心力と内へ引締(ひきし)める求心力とが調和しているからであります。

ところが、紐を切って御覧なさい。中心に引締める力が消えてしまうから、
重錘(おもり)は外へ飛んでしまって一切が崩壊(ほうかい)してしまうのであります。

このように外へ引張(ひっぱ)る力と内へ引張る力とは調和しなければならない。― 
これがまた陰陽(いんよう)の調和であって、遠心力は主としてこれは男の方の働(はたらき)、
陽(よう)の働(はたらき)であります。求心力は女の働(はたらき)、陰(いん)の方の
働(はたらき)であります。

ですから女の方は主として家を修(おさ)め、男の方は主として外へ出て外(ほか)に
発展する。その関係が最もよく調和したる世界が実在の世界であって、
その実相が完全に現象界にあらわれたら、家庭に於(お)ける男女の調和も
それに似たものとなるのであります。


『 古事記と日本国の世界的使命 』 ( 89~90頁 )  谷 口 雅 春 先 生




【 実相世界の七徳 ④ 】 実相(じっそう)宇宙の特徴は 金剛不壊(こんごうふえ)

2016-12-27 14:26:48 | 今日の光明法語
それから実相の世界の特徴は 金剛不壊の世界であることであります。
金剛不壊とは、現象世界のように 因縁(いんねん)和合(わごう)して
或(あ)る相(すがた)に見えているのであって一つの因(いん)一つの縁(えん)を
除いてしまったら、その相(すがた)が破壊してしまうような薄弱な世界ではないと
いう意味であります。

ダイヤモンドのように凝結(ぎょうけつ)して一定相(いっていそう)の固定したことを
金剛不壊だと思うと間違(まちがい)ます。そんな金剛不壊なら動きのとれない世界であって、
『 動(どう) 』の世界でも『 無限創造 』の世界でも、『 円融(えんゆう)無礙(むげ) 』の
世界でもなくなるのであります。

天之常立神(あめのとこたちのかみ)、国之常立神(くにのとこたちのかみ)という
名前によって現されているトコタチ(常立)即ち常住(じょうじゅう)金剛不壊というのは
ベルグソンの『 純粋持続の我(われ) 』のように、それ自身持続しつつ、
更に新たなる内容を展開して永遠に滅びない、自主自立自存の世界であって
因縁(いんねん)に依存する薄弱な世界ではないという意味であります。


『 古事記と日本国の世界的使命 』 ( 87~88頁 )  谷 口 雅 春 先 生