10月10日(木)ロジャー・ノリントン指揮 NHK交響楽団
《2013年10月Bプロ》 サントリーホール
【曲目】
1.グルック/ワーグナー編曲/歌劇「アウリスのエフィゲニア」序曲
2.ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 Op.19

【アンコール】
バッハ/トッカータ ト長調 BWV916
Pf:ロバート・レヴィン
3.ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調 Op.68「田園」


このところのノリントンにはちっとも感動も感心もしないので、今回も「またノリントンか」という気分で出掛けたら、今夜は予想に反して素晴らしかった。
最初の「アウリスのイフェゲニア」、研ぎ澄まされた音がくっきりと鮮やかに描かれ、そこに透明感のある原色の色付けが施されていった。画像処理ソフトでシヤープネスとコントラストを効かせたような印象。ワーグナーがオーケストレーションに手を加え、本当ならもっと濃くて重厚な響きになるのかも知れないが、ノリントン/N響はクリアで生き生きした拍節感を強調して、重さを感じない動きを持った推進力を生み出す。心が踊り、清々しい好印象のスタート。
続いてのベートーベンとコンチェルトでは、去年、河村尚子のソロで4番をやった時と同じく、反響板を外したピアノをオケが取り囲む妙な配置。ピアノの音がオケに埋没してしまい、よくわからないまま終わったのを思い出して「またかよ」という気分で聴き始めたが、今夜はオケの前奏から冴え渡り、ピアノの音も我を主張するようにしっかりと聴こえてきた。
反響板がないせいで響きは拡散されてしまうが、そのせいかフォルテピアノのようなナイーブで優美な響きがした。ピアノのレヴィンはチャーミングな機転の利いた表情で、メリハリのある鮮やかな音像を浮かび上がらせる。とにかく音が生きていて「僕の音を聴いてよ!」という目立ちたがりの精神が、ノリントンと渡り合える秘訣だということを実感。イキイキ、ワクワクなだけでなく、第2楽章のデリケートな表現も素晴らしい。終わりのほうの内緒話のようにひっそりとささやく音は、弱音ペダルを使ったうえでハーフタッチでもやっていたのだろうか。
妙な円形の配置は、ピアノを中心に音楽を共有しつつみんなでアンサンブルする、という意図はわかっても、前回は全く効果が感じられなかったが、今回はお互いに心を通わせながら全体でアンサンブルする楽しみが伝わってきた。ノリントンもそんな仲間の一人として溶け込み、1楽章が終わると「ブラボー」と一声を発してレヴィンと握手を交わす。これがとても自然で、会場からも拍手が沸き起こった。レヴィンのパフォーマンスもノリントンに負けてはいない。ピアノを弾いているときからお茶目なポーズで目を引いたが、終演後に両手両足を広げて跳ね上がるパフォーマンスはまるでピエロ!こういう強烈な個性があってこそノリントンといい仕事ができるんだな、と実感した。
こうなると期待していなかった「田園」にもにわかに期待が高まる。アグレッシブに低弦でファの音が斬り込んできた第1楽章は、「田舎に着いた楽しい気分」が小躍りしたくなる楽しさとして表現されていた。フレーズが笑い声を上げ、踊り始める。普段は高音のモチーフに隠れていた各パートで繰り返される旋律がにわかに命を得て頭をもたげ、自分の存在を主張してきた。こうして聴くと、この旋律こそここでの主役で、普段の演奏でよく聴こえてくるモチーフはこの主役を装飾している従の役割だったことに気づく。
そんな新鮮な驚きに溢れた演奏が進み、どんなビックリを体験させてくれるかと期待していた第3楽章は割りと普通な感じだったが、第4楽章の嵐が超リアルに迫ってきたのは期待以上だったし、嵐の前触れからして凄かった。ポルタメントを効かせたバイオリンが湿った風を運んできて、雨のニオイまで伝わってくるよう。植松さんのティンパニの突撃もお見事だったし、金管の炸裂も18世紀オケにも負けないくらいパンチが効いていてドキドキした。
そして大好きな第5楽章。ここまで聴いた感じでは、敬虔な深い感動はもらえなくても、何かまたビックリする感動があるかな、と思っていたら、確かに幸せ感はスウィングの効いたルンルン気分に溢れていたが、深くて敬虔な祈りもちゃんと伝わってきて、終盤の泣かせどころでは眩しいほどの光が空気を震わせ、それが心を震わせてトリハダがビンビン立った。
ノリントンがお茶目で活きがいいだけでなく、こういう心に熱くジーンとくる音楽を聴かせてくれたことは全くの想定外!いつもなら演奏が終わった途端に客席を振り返って愛想を振りまくところだが、最後の音が鳴り止んだあとにしばしの沈黙があった。ノリントンを大いに見直し、そしてここまでピュアトーンに徹して瑞々しく鮮烈な演奏を聴かせてくれたN響の腕前に改めて感嘆した。
《2013年10月Bプロ》 サントリーホール
【曲目】
1.グルック/ワーグナー編曲/歌劇「アウリスのエフィゲニア」序曲

2.ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 Op.19


【アンコール】
バッハ/トッカータ ト長調 BWV916

Pf:ロバート・レヴィン
3.ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調 Op.68「田園」



このところのノリントンにはちっとも感動も感心もしないので、今回も「またノリントンか」という気分で出掛けたら、今夜は予想に反して素晴らしかった。
最初の「アウリスのイフェゲニア」、研ぎ澄まされた音がくっきりと鮮やかに描かれ、そこに透明感のある原色の色付けが施されていった。画像処理ソフトでシヤープネスとコントラストを効かせたような印象。ワーグナーがオーケストレーションに手を加え、本当ならもっと濃くて重厚な響きになるのかも知れないが、ノリントン/N響はクリアで生き生きした拍節感を強調して、重さを感じない動きを持った推進力を生み出す。心が踊り、清々しい好印象のスタート。
続いてのベートーベンとコンチェルトでは、去年、河村尚子のソロで4番をやった時と同じく、反響板を外したピアノをオケが取り囲む妙な配置。ピアノの音がオケに埋没してしまい、よくわからないまま終わったのを思い出して「またかよ」という気分で聴き始めたが、今夜はオケの前奏から冴え渡り、ピアノの音も我を主張するようにしっかりと聴こえてきた。
反響板がないせいで響きは拡散されてしまうが、そのせいかフォルテピアノのようなナイーブで優美な響きがした。ピアノのレヴィンはチャーミングな機転の利いた表情で、メリハリのある鮮やかな音像を浮かび上がらせる。とにかく音が生きていて「僕の音を聴いてよ!」という目立ちたがりの精神が、ノリントンと渡り合える秘訣だということを実感。イキイキ、ワクワクなだけでなく、第2楽章のデリケートな表現も素晴らしい。終わりのほうの内緒話のようにひっそりとささやく音は、弱音ペダルを使ったうえでハーフタッチでもやっていたのだろうか。
妙な円形の配置は、ピアノを中心に音楽を共有しつつみんなでアンサンブルする、という意図はわかっても、前回は全く効果が感じられなかったが、今回はお互いに心を通わせながら全体でアンサンブルする楽しみが伝わってきた。ノリントンもそんな仲間の一人として溶け込み、1楽章が終わると「ブラボー」と一声を発してレヴィンと握手を交わす。これがとても自然で、会場からも拍手が沸き起こった。レヴィンのパフォーマンスもノリントンに負けてはいない。ピアノを弾いているときからお茶目なポーズで目を引いたが、終演後に両手両足を広げて跳ね上がるパフォーマンスはまるでピエロ!こういう強烈な個性があってこそノリントンといい仕事ができるんだな、と実感した。
こうなると期待していなかった「田園」にもにわかに期待が高まる。アグレッシブに低弦でファの音が斬り込んできた第1楽章は、「田舎に着いた楽しい気分」が小躍りしたくなる楽しさとして表現されていた。フレーズが笑い声を上げ、踊り始める。普段は高音のモチーフに隠れていた各パートで繰り返される旋律がにわかに命を得て頭をもたげ、自分の存在を主張してきた。こうして聴くと、この旋律こそここでの主役で、普段の演奏でよく聴こえてくるモチーフはこの主役を装飾している従の役割だったことに気づく。
そんな新鮮な驚きに溢れた演奏が進み、どんなビックリを体験させてくれるかと期待していた第3楽章は割りと普通な感じだったが、第4楽章の嵐が超リアルに迫ってきたのは期待以上だったし、嵐の前触れからして凄かった。ポルタメントを効かせたバイオリンが湿った風を運んできて、雨のニオイまで伝わってくるよう。植松さんのティンパニの突撃もお見事だったし、金管の炸裂も18世紀オケにも負けないくらいパンチが効いていてドキドキした。
そして大好きな第5楽章。ここまで聴いた感じでは、敬虔な深い感動はもらえなくても、何かまたビックリする感動があるかな、と思っていたら、確かに幸せ感はスウィングの効いたルンルン気分に溢れていたが、深くて敬虔な祈りもちゃんと伝わってきて、終盤の泣かせどころでは眩しいほどの光が空気を震わせ、それが心を震わせてトリハダがビンビン立った。
ノリントンがお茶目で活きがいいだけでなく、こういう心に熱くジーンとくる音楽を聴かせてくれたことは全くの想定外!いつもなら演奏が終わった途端に客席を振り返って愛想を振りまくところだが、最後の音が鳴り止んだあとにしばしの沈黙があった。ノリントンを大いに見直し、そしてここまでピュアトーンに徹して瑞々しく鮮烈な演奏を聴かせてくれたN響の腕前に改めて感嘆した。