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株式会社プランシードのブログ

株式会社プランシードの社長と社員によるブログです。
会社のこと、仕事のこと、プライベートのこと、あれこれ書いています。

その267.だんじり祭り

2016-05-10 06:14:01 | 制作会社社長の憂い漫遊記
私は神戸東灘のだんじり祭に毎年参加している。
7年ほど前に神戸から大阪に移り住んでからは
さすがに一年中関わることは無くなったが
神戸在住の頃は毎月の例会にも出席していたし
祭り前は毎週、直前は毎日だんじりに関わっていた。
そんなこともあり世話役にも任命されたりした
いわゆる「だんじりバカ」だ。

だんじりは縦社会である。
まず年寄りの意見は聞かねばならない。年寄りは偉いのだ。
実質的な現場責任者(だんじり運行の責任者)は三役だ。
次年度の三役は、年寄りと前年度の三役達が決める。
彼らから見て良かれと思われる人が選ばれる。
自薦はない。選挙もない。いわゆる御前会議で選ばれる。
三役は一年間祭り漬けになる。イヤになるほど様々な準備に追われる。
だから感謝を込めてだんじり祭最終日に胴上げをしてもらえる。
一年の労をねぎらう胴上げだ。
私も副責任者を拝命された時に胴上げをされた体験がある。
ごく普通に育った私にとって人生初めての胴上げだった。
そして初めての胴上げは思った以上に気持ちよかった。
責任感からやっと解放されたような気分と相まって、
満足感が押し寄せ、絵にも言われぬ爽快感だった。
だんじり祭のように大勢でやらなければ前に進まない事を体験すると
人は人との繋がりの中でしか生きられないことを身をもって体感する。
自分一人ではどうしょうもない。
だから「自分のために」とか「自分が」という動機は
いかにも脆弱であると痛感する。
他の誰かのためにと思えれば人は強くなれると身をもって感じる。
そして胴上げは大きな自信になる。
自信とは人にたくさん愛されてその喜びの中からしか生まれてこない。
だんじり三役になると、そのことを身を持って体感する。

さて私は今でこそ㈱プランシードの社長だが、
今から30年前はプロダクションに勤務する
一制作スタッフだった。
会社の評価なんて人生のある時期に、ある組織の、
ある人達によって下されたものに過ぎず、
真の評価ではないと思ったから起業した。
そして今は社員を持つ身になった。
次は私が胴上げされる番ではない。
社員みんなで誰かを胴上げしてあげれるよう導く役割だ。
胴上げの気持ちよさとその後に込み上げてくる責任感を
次代に伝える番だと感じている。
社長の最後の仕事は、次の世代に引き継ぐことであると私は思う。

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