goo blog サービス終了のお知らせ 

被災地へ絵本を贈るプロジェクト―― ピコの会(小学校で絵本の読み聞かせをしている母親のG)

東北・関東大震災で避難している子ども達に絵本を贈りたいと、読み聞かせをしている母達が立ち上がりました。

いちごの思い出し仙台日記 6

2011年05月21日 | 日記
14:30  閖上へ

今回、この朝市の企画を教えて下さったSさんに、津波の被害の大きかった閖上を案内していただきました
閖上=ゆりあげと読みます 仙台空港の東側に位置します
Sさんの車と、タクシーとで分乗して向かった
タクシーは、いったん閖上小学校へ
私たちは、津波が襲った海岸方面へ

県道129号線を南下していくと、駅前の様子と変わらず表面上は普通の街並みだ
市街地を抜けると休作中の田園風景が増えてきて 大曲(海岸から4キロ程)辺りから津波によって流されてきた瓦礫が道路脇や田んぼの中に見え始め、無造作に重ねてあった その量がだんだん多くなり仙台東北有料道路の高架下をくぐると様子は一変した まさしくテレビの映像で見た光景だった
有料道路より北側に津波の被害が少なかったのは仙台東北有料道路が土盛りの上に道路が走っていて堤防になったからで、道路が交差する高架の下から津波が入り込み その付近には被害が出た

すぐに目についたのは道路わきのビニールハウス 芯だけになり中が丸見えになっている
有料道路に入る道とに分かれる先からは通行許可証が必要になり警察官が立ちチェックをしていた
Sさんの許可証でさらに先へ

この辺りは家の壁などであったであろう木くずの細かい瓦礫、洗濯機などの電化製品、車、船が道路わきに散乱している
左側に10メートルくらいの大きな船が1隻、300メートル先にも1隻 波の力を感じる
家屋は1階部分が柱だけになっていたり かろうじて壁はあるものの家具が散乱していたり土砂が入り込んでいたり ひどい有様だ 残った壁にも押し寄せた海水の水位がくっきり残っている
海岸より少し離れていたため津波の意識が薄く、地震後のかたずけをしていて津波に気が付かず、命を落とした方が大勢いたのだそうだ

写真を取り始めると、Sさんが「私は、まだ写真をを撮る事が出来ない ここにはたくさんの家があり 大勢の友達や同級生が暮らしていた この現実を理解できない自分もいる」
それまで、Sさんが運転しながら津波の被害を説明してくれていたが、どの話よりも心に重く響いた

つづく