被災地へ絵本を贈るプロジェクト―― ピコの会(小学校で絵本の読み聞かせをしている母親のG)

東北・関東大震災で避難している子ども達に絵本を贈りたいと、読み聞かせをしている母達が立ち上がりました。

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いちごの思い出し仙台日記 16

2011年06月26日 | 日記
あやとり

読み聞かせが終わり、あやとりの紐をプレゼントした
最初からいてくれた姉妹に [あやとりできる?」と尋ねたら、さっそく開けて はしご や ほうき 作って見せてくれた 
[おばあちゃんが教えてくれたの」と言ってくれたので、[おばあさんにも持って行って」と渡そうとしたら、
「うち(家)こっち」と手をひっぱて案内してくれた
そこは、段ボールで囲った‘うち’だった 胸下位の高さの壁なので中の様子が見えてしまいました
6畳くらいのスペースで、入口は段ボール製の横にスライドする扉になっていて、これもまた、段ボールで作った表札が付いていた 
お母さんとおばあさんが出てきてくださり、お二人に差し上げる事が出来ました 
震災から2ヶ月弱経っているが、もしかして、段ボールで、家族ごとに区切りができたのは、ごく最近の事なのではないかと 
笑顔で 「うち(家)こっち」とうれしそうに案内してくれた女の子の表情から、うかがえてしまいました

さて、このあやとりは、支援者である Fさんが、ご自分のお子さんの為にと購入したあやとりの紐の製造会社 大阪の森 製紐(株)さんに
今回のプロジェクトの事をお話して下さって、届いた物です
私たちピコの会メンバーの活動だけではできる事も限られてきますので、こうやって、支援の輪が広がって行ってくれた事は
何よりもうれしい事です 
初めのお話では、あやとりの紐を500本分お送りできます、よろしいですか?とお尋ねいただいたので
‘分’とは? 自分たちで裁断して結んでつくるのかな? と、どんな状態で来るのか分からなかったのと
その時は、本や遊びものがたくさん届き、整理にうれしい悲鳴を上げていましたので、200本‘分’でお願いたしました
届いてびっくり!!
あやとりは結び目無い‘輪’の状態になっていて、ひとつひとつ包装されメッセージが添えられていました
大阪の森 製紐(株)さんの社員さんたちが作業してくださった様子が目に浮かび、感激いたしました
気持ちのこもった 紺とエンジの2種類のあやとり 本当にありがとうございました

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いちごの思い出し仙台日記 15

2011年06月23日 | 日記
少人数だったが、始めた まず私が持参した「ミロとまほうのいし」を読んだ



この本は、途中から2つの物語に分かれており幸せな結末と悲しい結末を選んで読んでいく
子供達は幸せな結末を選んだ 読み終えるとやっぱりもう一方が気になるようで自分達で絵本をめくっていた
私がこの本の選んだのは、シ-ルの様なキラキラし石があちこちに、ちりばめられており、目を引くのと
内容が共同生活において、思いやりとルールを守る事の大切さを語っていて まだまだ続くかもしれない避難所生活に
何か感じてくれたらいいな… と思い選んだ
なんか…偉そうに書いてしまったが、もっと、心から楽しめ本にすればよかったかなとちょっと反省
そしてつい、学校で読み聞かせをしている時のように、椅子に座って読んでしまったが、お母さんが子どもにしてあげるのと同じように、
ここでなら床に座って同じ目線ですればよかった…と、これまた反省


             奥には無料のマッサージコーナーがある


次に、「これはのみのぴこ」作 谷川 俊太郎,絵 和田 誠 をゆーみんが読んだ 




“これはのみのぴこ”から始まってどんどんどんどん文章は長文展開となっていき、速さとテンポがポイントの、読み手には試練の絵本です もちろん暗記です
子供たちにとっては“こどものまんがを読んでるお母さん”とか“トマトぶつけた八百屋さん…”など、面白い人が沢山出てきて楽しい本です 
最後に のみの ・・・「ぴこ」に戻るかと思えば、「ぷち」で終わる 微妙に戻らない、なんで?といった魅力もあります
最期に、必ず子供たちと一緒に大きな声で読み上げます
「これは のみの ぴこのすんで いる ねこの ごえもん のしっぽ ふんずけた あきらくん のマンガよんでる おかあさん がおだんご をかう おだんごやさんに おかねを かした ぎんこういん とピンポンを する おすもうさんがあこがれて いる かしゅ の おうむを ぬすんだ どろぼう …」
お気づきかと思いますが、私たちのピコの会の由来はここから来ています 1年生が入学して初めての読み聞かせには必ずこの本を読みます
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いちごの思い出し仙台日記 14

2011年06月22日 | 日記
さて、ソルトさんとpianoさんが、2~3人の子供達と共に戻って来た時、リコーダーは子供が吹いていた 
その時、子供達にはランドセルだけでなく学校で使う自分持ちのピアニカや習字道具などもない事に気がついた 
ランドセルは、大手ランドセルメーカー等が呼びかけ、集められてから修理し、新品同様にして被災した子どもたちに
贈るという活動をしていて、新聞等でよく目にしたが、その他の学用品はどうなのだろう?
パソコンで検索してみた
お~ありました 「楽器を被災地の子供達へ」 
要項は ソプラノ・リコーダー、ソプラノ・メロディオン/ピアニカに限ります。出来れば新品のもの 通常、小学校で使用しているものです。
中古でも構いません。リコーダーは煮沸消毒して塗装し直します。メロディオン/ピアニカは吹き口を新品のものに替えます。
手作りの袋状入れ物も同時募集しています。裁縫の得意な方、是非ご協力ください
お習字道具は、無いだろうな…と、思いきや
お願いタイガー!災害版 (地震などの災害にあった人が寄付して欲しい情報を登録して、寄付したい人がそれを見るマッチング・まとめサイト)で、集めていました 
石巻市でアルトリコーダーと習字道具が51名分必要。古くても使ってないものが あれば。飯野川高校内のPTA会長伊藤さんに送りたいのです。
宜しくお申し出をお願いします

大な被害を受けた岩手、宮城、福島3県の新1年生は約5万人で、2~6年生に進級する児童も約25万人いる。
被害の大きさから考えれば何もかもが、とても足りないだろう
一人ひとりが何ができるか?考え、行動を起こす事が、大切だ

なお、上記2件は、今現在活動を続けているかは分かりません 寄付なさりたい方は、寄付先の情報をご自身で検索・検証・判断してください
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いちごの思い出し仙台日記 13

2011年06月19日 | 日記

人間の記憶とは曖昧なものだ 
今回の目的の1つである 被災地で子供たちに、本を読み聞かせしてくる事
Sさんの紹介で実現できたのに それは今日の出来事ではなくて昨日のことだった

さかのぼること21時間

11:30  名取市文化会館へ



土地勘もないし事前の下調べもなく、ホテルルートイン名取の隣という事だけを頼りに目指したので入口が分からずウロウロ…
正確に言うと間に法務局がある そこを通り越して行くとガラス張りのおしゃれな空間になっている、ガラス越しにテレビでよく見た段ボールの囲いが見え
間違いなく避難所なのだが、小さなドアはあるものの入ってはいけないような雰囲気とひと気も無い、勝手に入ってもいけないだろうし…
この文化会館は平成9年10月1日開館し、1300名ほど入る大ホール・中ホ-ル・小ホール・会議室 ・講義室 ・和室等の施設があり、とにかく大きい 
とりあえず、一人が他の入り口さがしに行き、係の方を連れてきてくれた
子ども広場で読み聞かせをしてもよいとの事なので 案内していただいたが、係の方も最近こちらに配属されたばかりでこの広い敷地をすべて把握していなく
外だと思っていた様で 周囲700メートルほどもある建物の周りをグルグル… 結局1と3/4周し、正面玄関へ行き、建物の中へ
入口に受付があり、誰でも簡単に入れるわけではない そのすぐ脇で、薄暗い中、小学生くらいの男の子5人が、パソコンでゲームをして遊んでいた
大ホールに続く幅の広い通路(↓)に被災者にの方々が生活されていた じろじろ見てはいけない気持ちになった


                  流石に写真は撮れなかったので場所だけ

 カレーの匂いがしてきた、人影が少ないのは食事時だったからだ 静かに脇を歩いていき大ホールロビーへ(↙)



右手に子供のおもちゃが乱雑に置いてある そこが子ども広場だった でも横にゴミ置き場になっている
整理されていないおもちゃは人手が足りないことを物語っていた 思わず整理整頓したくなった
3歳と小学1年生くらいの姉妹が遊んでいた 親の姿はなかった ほどなく館内放送があり、読み聞かせの案内をしてくれた 
しかし、子供達は集まらない…そういえばここまで来る間、ほとんど子供達にあわなかった パソコンの少年たちくらいだ 
ソルトさんとpianoさんがリコーダーを吹きながら呼び込みに回る事にした 
その間 子供とお話して待っていた 後から来た2年生の女の子と先ほどの姉妹がお互いに名前を聞き合っていて、初対面だった事にびっくりした
あまり交流が無いのかな?
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いちごの思い出し仙台日記 12

2011年06月14日 | 日記
07:30  朝食

1便で、ゆーみん(勝手につけました)とpianoさん(勝手につけました)が朝食へ
この時間になると子供の数が増えてきた。中高生が漫画をまとめ買いしてくれたり、おばあちゃんが孫に電話で、問い合わせて買ってくださったり
漫画がかなり出た 今回、衣類が必要と言う事で、急きょ、ピコのメンバーの中だけで集めた洋服、絵本、小物類も、ほぼ無くなった

私事ですが、今年1月に母を亡くしました
前日まで元気していたのに、明け方泣きながら電話をしてきた父の言葉は「お母さんが亡くなった」だった
「亡くなった?」理解できず、駆け付けると、母は、もうすでに冷たくなっていた
今でもこうして文章を書いているだけで涙が出てくる  あまりにも急で、悲しさはもちろんのことたくさんの後悔で押しつぶされそうになった
被災者の方は家族、親友、恋人を亡くしただけでなく、家、思い出もなくされた
母の事もあって、今回、私をこんなにも動かしたのかもしれない そして、忙しさが母を亡くしたことへの悲しさを一時でも忘れさせてくれた
集めた洋服の中に母の洋服を入れさせてもらった ご年配の方が、試着して持って行ったくださった きっと母も天国で喜んでくれていると思う

子供連れの若い夫婦が真剣に本を選んでいた 彼らは陸前高田から偶然この朝市にやってきたそうだ 
ご自身も避難所暮らしで、子供の保育園も津波に襲われ絵本も何もかも流されてしまったそうだ 
「復興して保育園が再園したらたくさんの絵本が必要になると思います」とお話しくださったので 
私たちの活動を紹介し、買ってくださった本の裏のメッセージカードにピコの会のネームが入っていますので
絵本が必要になったら是非パソコンで検索してお問い合わせください お役にたてるよう頑張ります と伝えた
更に「この辺りは津波がひどいと聞いたが陸前高田の方がもっとひどい」と説絶に語られた 
おそらく私たちが昨日行った沿岸には行かれてないのだろう 過去に経験したことのない大津波 
本人たちにとっては自分のところが一番ひどく感じられるのだろう

閖上を案内してくださったSさんの話によると、この地区がテレビであまり放映されないのは
いたるところにご遺体が散乱していて映せる状態ではなかったからだそうだ

海外では、傷ついたご遺体の映像や、原発の深刻な状況を報道している
フランス人の旦那さんと結婚した私の妹はシンガポールに居住しているが、こっちに避難してきなよと何度も電話がかかってきた
とくにフランスは日本在住者に避難勧告(命令だったかもしれないが、とにかくレベルが上の方)が出ており
「友達は次々に避難してる、これからも大きな地震が来るかもしれないし、原発も爆発するかもしれない
報道見てないの?もっと真剣に考えな!」と言われ、子供の修了式が終わった3月20日から始業式の始まる前まで
父と娘をシンガポールに避難させた 私は主人を置いていけないので残った
子供がいなかったので、ピコの活動にも力を入れることもできた (家事の手を抜いたので)

ひどい惨状を見て海外からたくさんの支援や義援金が贈られた 日本人は事実をどこまで知っているのだろう?
必ずしも、すべてを知った方が良いとは言い切れない 人によっては絶望的になってしまうかも知れない 
報道は難しい問題だ
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いちごの思い出し仙台日記 11

2011年06月12日 | 日記
うわ~ とうとう11までいってしまった!!
でもまだ日記の中は1日経ってない~

21:00  就寝

家に今日の報告電話をしようとしたら、まずい!充電が1つ減っている 充電器持ってこなかった!!!!
取りあえず、簡単なおやすみメールでだけでごめんなさい
さあ、明日も早いぞ! 疲れたぞ! 寝よう!
ん~  ちょっとベット堅い~ 寝れないかも…


5月4日 水曜日 曇り

04:30  起床

目覚ましが鳴って、気が付いたら朝だった sakuraさんの話によると「いちごさん 5分もたたないうちに寝ていたよ」との事
夜行バスであまり寝れなかったので熟睡したらしい 自分でもびっくりしたが、寝返りもしないくらい深く寝くていたようだ 
まだ眠いが、ボーっとしてられない 10時チェックアウトなので、出かけるまでに荷物をまとめておかねばならない
身支度している間にsakuraさんが持参したコーヒーをいれてくれた
更に、他のメンバーにもコーヒー如何ですか?とメールでお誘い ご自分も身支度で忙しいのに… sakuraさんはそういう方です

05:30 朝市へ

歩いて行く 車も人通りも少なく 空気が澄んでいて気持ちの良い朝だが少し肌寒い 
皆とのおそろいのTシャツの下に長袖を着こんでおいて良かった
会場に着くと準備が始まっていた トラックから段ボールを下して並べ始める まだ6時なので昨日のように人がワッと集まってくることはなかった
昨日と比べてさほど忙しくなかったので、交代で朝食を食べに行き、チェックアウトを済ませてくることにした
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いちごの思い出し仙台日記 10

2011年06月09日 | 日記
17:40  チェックイン ホテルルートイン名取

イオンモールから徒歩5分、杜せきのした駅からだと6分と駅近 ビジネスホテルと言った構えで入口がすぐ解らなかった 
通用口かと思ったのが入口だった
予約時、1ヶ月を切っていたので空き室がわずかで、シングル4室・ツイン1室になってしまい じゃんけんで部屋決めをした 
今思えば、ロビーでじゃんけんなんて学生みたいな事をしてしまったわ! ラッキー?アンラッキー? 負けてツインになった 
先に支払いを済ませていただきますとのこと ツインルーム1泊 11200円 一人あたり 5600円のお支払い 
バイキングの朝食付き 人工だけど温泉大浴場もある お手頃価格でうれしい!
私たちは809号室 昨年の12月15日にオープンしたばかりとあって奇麗  こじんまりしているけど、ベットが120センチと広めでうれしい!
ちなみに、シングルの部屋は140センチだったそうだ バストイレが一緒だけど旅行に来ているわけではないので十分だ
全員8階だったが、メンバーの一人は高層階は嫌なのであらかじめ電話で下の階を希望したが このプランは8階より上の設定なっていて
駄目だったそうだ  高層階だと地震のマグニチュードは‘1’ほど上がるかな?
さて、夕食は19時にツインの私たちの部屋で頂くことになり、それまでは自由時間という事で
お風呂だ~ ルームメイトのsakuraさん(勝手に名前つけました)と一緒に1階の大浴場へ
ピコの会 創立から早や13年目 お泊まりはもちろんの事、裸のお付き合いも初めて!
Hayashiさん(ブログの名前頂きました)も入ってきた! 嬉はずかし(*^。^*)  いちごさんは視力が悪いので良く見えませんのでご安心を…何を?

19:00  夕食

皆さんがっつりとお弁当を買ってきましたね~ いちごさんは明日の朝食は‘種類豊富な朝食がバイキング’だと
しっかりチェックを入れてきたのでフル-ツだけにした
今回のメンバー6人 ソルトさん(勝手に名前つけました)はHayashiさんのお友達で特別参加 
残りの5人は子供が小学1年からのお付き合いなので お互いの性格、ピコでの自分の立ち位置を把握していて
実に動きやすいし居心地がいい
良くここまで続いたよね~の言葉に、すかさずHayashiさんは言った
「ピコのメンバーは、人の悪口を言わないからここまで続いてきたんだと思う」と
そうだったのかと なんか…心のもやもやが晴れた感じがした
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いちごの思い出し仙台日記 9

2011年06月06日 | 日記
17:00  イオンモールへ

再び、Sさんに迎えに来ていただき、イオンモールまで送ってもらった 彼女こそ忙しいのに長い時間本当によく案内してくださった
今回 彼女は、衣料が足りないとのことで、衣料満載の4トントラックとともに名古屋から実家のあるここ名取市に支援に来ている
しかし、準備している間に必要なものが刻々と変わり 被災地に届けに来た時には必ずしもそれが必要になっているとは限らないとの事 
今は食器類が必要とされているそうだ 迅速な行動が不可欠だ

最後に彼女は 車で逃げるときは必ず窓を開けて!! 家に戻ったら、家族にも友達にも知り合いにもこの話をして皆に広めて欲しいと何度も言った

Sさんと別れ、夕飯の買い出しにイオンモールに入った。昼間より人が多い 駐車場も満車状態だ 
午前中にも来たのに 閖上とのギャップが大きいからか、違和感のある変な感じ すべてが流され何もない廃墟のような場所とこの華やかな場所 どちらも現実  閖上では無残な様子に圧倒され何も考えられず その状態を頭で整理するだけで、頭も心もいっぱいで感情まで出てこなかったが 何なんだろう 急に涙が出てきた

親子連れやカップルお年寄り 皆、楽しそうに買い物をしている 
4月24日(日)から専門店1階・2階の一部及びワーナー・マイカル・シネマズは営業を再開して、地元近隣の方々は待ちに待ったオープンだったそうだ 
所々で 入荷未定の張り紙がしてあり欠品になっているものはあるが品物は豊富にある
焼きたてパンのいいにおいがする お惣菜・お弁当類は特にたくさん用意されているように思えた。
サラダ・カットフルーツ・和食洋食の惣菜・焼き魚・お寿司・オードブル迷うくらいある 
おなかがすいてなかったのでカットフルーツ78円 飲み物98円 お菓子(湖池屋すっぱムーチョ梅)88円 計264円だけ買った
さあ、ホテルに行こう 流石に疲れた
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資金 ご協力者様 一覧 3

2011年06月05日 | ご協力者一覧
本日までの分です
ご支援ありがとうございます

保科さん 10000円・伊勢田さん 1000円・浮さん 3000円・るるんさん 1000円・masami-bonさん 5000円
ありみさん 2000円・坂口さん 2000円・大辻さん 10000円・春の風さん 5000円・田野倉さん 1000円
ラウンドネットさん 5000円・愛ちゃん 1000円
                                                いちご
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いちごの思い出し仙台日記 8

2011年06月04日 | 日記
体育館の入口の張り紙に 地震が起きたらすぐに校舎の屋上に避難してください と書かれてあった
正直言って、ここに来るまで怖かった 今地震が起きて津波が来たら、逃げる高台が無い 
乗ってる車でひたすら逃げるしかない あの日どれほどの人が逃げ惑ったことか 私は、今その場所にいるのだ

入り口の外には、トロフィー、お位牌、ランドセルが分別されてきれいに並べられていた
ランドセルは泥まみれだったが比較的新しいものが多くみられる 1年生のかな?
手書きで名前の張り紙が付けてあったが 半分以上が不明だった 泥で読めないのかな? 名札が流されてしまったのかな?



体育館に一番近い1階の1年生の教室は津波に襲われ泥だらけだった 児童机がピアノの下敷きになっていた
水の力は軽々とあの重いグランドピアノを持ち上げたのだ
窓ガラスは水位の後がくっきりと残っていた グランドの高さからだと3メートルくらいある
幸い小学校にいた児童は全員無事だったそうだ 

災害の後は色がたくさん無い ほぼ茶色一色だ 緑の木々も塩の被害で枯れてしまってる
でも、、花壇の中に見つけました。黄緑色の小さな息吹  …雑草かな?



ちょっと感動 イヤ かなり感動した 草木もがんばっている

余談ですが…上の写真は携帯で撮ったので画像が鮮明でなくて済みません(^_^;)
しばらく投稿できなかったのは、娘にアップの仕方を教えてもらうのに彼女のお休みの今日まで待っていまして…やっとできました

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