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存在の不思議、無常の力

キャリアコンサルタント、田中道博のブログです。
こちらもご覧ください。→http://www.ashimira.jp/

夏の流れ

2013年07月24日 | たわいない話
今日は午後から郊外へ出かけた。

街の景色とは違って鮮明な夏の空。鳥や虫の声、風の音などとともに「草いきれ」も感じ、いわば「ザ・日本の夏」といった風情だった。

こんな日にふと浮かんだ短編小説がある。

丸山健二の「夏の流れ」だ。

私が生まれるより前の作品で、芥川賞の受賞作でもある。

特殊な職場環境に生きる主人公の夏の日常を、乾いた文体で描写する名作だ。

そんなことを考えながら、今日という日を調べてみると、芥川龍之介の忌日「河童忌」であることを知った。

夏の日に逝った彼の忌日に思う芥川賞作品「夏の流れ」。
ひとり勝手に盛り上がる。

ここ香川県は芥川賞を創設した菊池寛のふるさとでもある。菊池は芥川と東大で共に学んだ同期。そんなこんなを巡らせながら、面白い午後を過ごした。

さて、芥川龍之介の代表作は数々あるが、私の中では「羅生門」が筆頭株である。

古典からその題材をいただく作風は彼の特徴と言えるが、これもまたそうだ。平安時代のすさんだ都を舞台に描かれる「エゴイズム」。

「人間とはなんぞや」を問いかける日本文学史上の名作である。

私は多感な頃に彼の作品と出会い、ずっと引きずっている感覚がある。
言葉にはしにくいけれど、無理矢理言語化するとこのような感じだ。

「芥川が見ている。」
つまりは、私自身の穢れや狡さを、彼こそはすべて知っていて理解しているという。

倫理観や宗教観を超えた「生身の人間」とは…。

今も彼が見つめている。

夏は夜

2013年07月24日 | たわいない話
夏は虫たちの季節。

例えばカブトムシやクワガタムシは子どもたちのヒーローで、多くの大人たちも、夏休みの思い出とセットでワクワクする気持ちが湧いてくるでしょう。

セミも夏の風物詩。数々のシーンに主に「音の記憶」として刻まれていて、海へ行っても山へ行っても、いつでもセミは夏の音響を演出します。

古来、文学にも夏の象徴として多くの虫たちが登場します。

『枕草子』序段
「夏は夜。月の頃はさらなり。闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨などふるもをかし。」

松尾芭蕉
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」

虫の命の短さと夏の盛りの短さに、その儚さを重ねあわせているところがあるのかもしれません。

さて、今日は「音の主役」セミのことです。

セミは朝から賑やかに(やかましく?)鳴いている印象があります。しかし、私が少年の頃見たセミの誕生シーンには感動を覚え記憶に残っています。静かな夜の記憶です。

「誕生」といいましてもセミは一生のほとんどを土の中で過ごすそうですので、いわば生殖のためだけに地上に出て、私たちの知る姿に「変身」します。

夜、森の中で過ごしているとあちらこちらから「チチッ」という声が。注意して見ていると木を登っていく抜け殻をまとった幼生の姿を見つけることができます。

あの抜け殻から脱出する瞬間の感動。なかなかに風流なものです。

夏は夜。蝉の命を思うも「いとをかし」ですね。

世界史からも学ぶ

2013年07月14日 | たわいない話
歴史の教科書の中で「日付」が記される日は少ない。
そのうちのひとつが今日7月14日である。

そう。今日は「バスチーユ牢獄襲撃」の日だ。1798年のフランス革命の始まりとされ、フランスの独立記念日である。

当時の国王ルイ16世はある意味歴史の被害者と言えるかもしれない。その前の国王はいわゆる「積極財政」を押し進めたため、国内は財政難に陥っていたのだ。

彼にも非はある。そのような状況にもかかわらずアメリカの独立戦争を支援するなど内政対策は万全と言えなかった。

そして「バスチーユ牢獄襲撃」の3年後には処刑されている。

彼の生活の一端を物語る逸話がある。
1789年7月14日の日記。

「何事もなし。」

狩り好きのルイ16世が、ほとんど毎日のように遊んだ狩猟の結果について記したものと言われる。
フランス革命はいわば「平和ぼけ革命」といったところか。

私たちの日常にもこういったことはないかと省みる。

会社員にとってはあるはずの会社がなくなる。
経営者にとってはあるはずの融資がなくなる。

家庭生活では、いるはずの配偶者が去って行く…

人間生活は何が起こるかわからない。もちろん想定外への準備は必要だ。しかし、それ以前にそういったことが起こらないための努力も。

王妃・マリー・アントワネットの有名なやりとり。

廷臣「王妃、民衆は飢えております。もはや今日のパンさえありません」
マリー・アントワネット「あら、パンがないのならお菓子を食べればいいじゃないの」

山々の記憶

2013年07月13日 | たわいない話
私が登山経験をハッキリと語れるのは小学校1年生の冬。大阪府最高峰の金剛山へ父と二人で登ったときのことだ。

金剛山は「霧氷の山」としても知られ、冬場はアイゼン(靴底に装着する滑り止めの金具)が必要。こういったインパクトもあって記憶に残っている。

余談ではあるが、「冬休みの思い出」として作文に書いたが、先生の評価は良くなかったと記憶している。

その後、山で寝泊まりする機会も増え、中学校の頃には夏休みの3分の1程度がテント生活だった。

その間、最も心に残っている山は小学校4年生の夏休みに父と登った北アルプスの「蝶ヶ岳」という山だ。日本アルプスの中では決して目立つ山でもないが、その景観は超一流である。

初めて見る雲海。その遙か彼方にハッキリそれとわかる富士の姿があった。そして雲の向こう側からのご来光。

八ヶ岳、南アルプス、中央アルプス、御岳、乗鞍…すべての3000メートル級が雲海の上に顔を出し陽光に照らされた。

西側正面には穂高の山々、その南方向にはシンボリックな槍ヶ岳が朝日に映えて眩しかった。その名だけは知っていたジャンダルムのギザギザも印象的だった。

思い起こすとこの日に、山に魅せられた瞬間があったのかもしれない。

他にもたくさんの思い出がある。ブロッケン現象を見た燕岳。命の危険を感じた雷の奥穂など挙げればきりがない。

さて、数々の思い出の中に、今日も嬉しい一歩だ。
行ってきます。西日本最高峰、3度目の石鎚山へ。

勉強しなさい!って

2013年07月11日 | たわいない話
私の父は厳格で「宿題したか?」や「勉強しろ!」が口癖でした。

今思えば、父自身が家庭の事情もあって大学進学を諦めざるを得ない状況だったことも影響しているのかもしれません。

そのような情況下で育った私は、結局勉強しない子供になっていました。特に小学校高学年の頃は宿題さえしないありさま。

では、どのように関われば子供は勉強するのでしょうか?親としては悩み多いことです。もちろん放任・放置では難しいと思います。

そもそも親自身が「勉強は大切なことだ」と心から思っていなければ子供の心は動きません。

私は子供が自然と勉強し出す状況を作ってやることが必要だと感じています。
ではどうすればいいのでしょうか?

様々な論調があると思いますが、以下二点を挙げたいと思います。

1.アウトプットの機会を与える
普段の関わりの中で「今日はどんなことを習ったの?教えて。」といったような関わり。そのときの親の聴く姿勢も大切です。人に語るためには自分の頭の中を整理しなければならず知識の定着に繋がります。

2.親自身が勉強する
親が心から「勉強は大切なことだ」と考えていることの証明になります。やはり子は親の背中を見ているのです。

自分の子供でなくても、子供はこれからの日本を担う大切な存在です。「2」のように大人の背中を見て育つと考えれば、社会での私たちの振る舞いも糺していかなければと感じます。

さて、猛暑の一日。今日も善く生きよう!