先般テレビで宇宙旅行について取り上げられていた。
「その日」を心待ちに、すでに予約金を支払っておられる方が多くいるらしく、彼らのネットワークまで出来て盛り上がっているらしい。
それぞれの価値観で日々を生き、どうしても宇宙へ行きたいという思いで過ごされることは自由だが、私にはその感覚がない。
このテレビ番組。セットで思い出した顔があった。
故立松和平氏だ。生前、彼がインタビューに答えこのようにおっしゃっていた。
「旅をすればするほどに、世界は広くなるのです。」
世界中を旅した氏の言葉は重い。
普通に考えれば、知る場所が多くなるほどに知らない場所が減り、世界が狭く感じられると思えるかもしれない。
しかし、そうではなくて広がるというのだ。
立松氏の「世界の広がり」とはつまり、どこまで行っても知り尽くすことはないということだ。なぜならばそこには日常があり、様々な人間模様がうごめいているからだと私は理解している。
宇宙の話に戻ろう。たかだか数分間宇宙から地球を眺めて、なにがわかるのか。そんなちっぽけな世界観・宇宙観で過ごしているのか。私なら想像力だけでそこへ行くことが出来る。
物理的なエリアの広がりよりももっと意味深いものがあるはずだ。
それは例えば「人の心」だったり「存在の不思議」だったりするだろう。
物理的に宇宙へ行くことよりも、内的な問いかけこそが人生の価値だ。こちらの「宇宙」の方が広く深い。
「その日」を心待ちに、すでに予約金を支払っておられる方が多くいるらしく、彼らのネットワークまで出来て盛り上がっているらしい。
それぞれの価値観で日々を生き、どうしても宇宙へ行きたいという思いで過ごされることは自由だが、私にはその感覚がない。
このテレビ番組。セットで思い出した顔があった。
故立松和平氏だ。生前、彼がインタビューに答えこのようにおっしゃっていた。
「旅をすればするほどに、世界は広くなるのです。」
世界中を旅した氏の言葉は重い。
普通に考えれば、知る場所が多くなるほどに知らない場所が減り、世界が狭く感じられると思えるかもしれない。
しかし、そうではなくて広がるというのだ。
立松氏の「世界の広がり」とはつまり、どこまで行っても知り尽くすことはないということだ。なぜならばそこには日常があり、様々な人間模様がうごめいているからだと私は理解している。
宇宙の話に戻ろう。たかだか数分間宇宙から地球を眺めて、なにがわかるのか。そんなちっぽけな世界観・宇宙観で過ごしているのか。私なら想像力だけでそこへ行くことが出来る。
物理的なエリアの広がりよりももっと意味深いものがあるはずだ。
それは例えば「人の心」だったり「存在の不思議」だったりするだろう。
物理的に宇宙へ行くことよりも、内的な問いかけこそが人生の価値だ。こちらの「宇宙」の方が広く深い。