
【1542年(天文11年)】
唐辛子の日本への伝来時期については、3つの説があり、そのうち最も早いのが、この天文11年の到来説である。ポルトガルの宣教師バルタザール・ガコが、のちにキリシタン大名として名をはせた大友義鎮(宗麟)に豊後で謁見した時に、唐辛子の種を献上したのが始まりとされる。江戸後期の農政学者である佐藤信淵の著書、「草木六部耕種法」での説であるが、宗麟の年令やバルタザール・ガコ一行の豊後への到来記録から、天文21年(1552年)の誤記との説が主流になっている。とくに、伝来が10年後の天文21年とすると、父親義鑑から家督を受け継いだ宗麟は、満22才の若き当主となっているのである。またポルトガル人を乗せた中国船が種子島に漂着、鉄砲が伝来した天文12年以降、実質的な南蛮貿易が始まり、ポルトガル船が九州各地にひんぱんに来航するようになったようである。宣教師のバルタザール・ガコが、天文21年の春に豊後へ派遣された記録が残されているので、この時に種を献上した可能性が高いと思われる。「日本食物文化の起源」(安達巌著 株式会社 自由国民社 1981年)等でも、天文21年の伝来とされている。また当時は、他の伝来野菜と同様に毒の有無が論議になり、食用というよりも、もっぱら観賞用として栽培されていたとされている。それにしても、この伝来説の場合、コロンブスが発見した唐辛子をスペインに持ち帰ってから、僅か50年という猛スピードで日本に伝来したことになる。世界的な大航海時代のなせる業であろうか。唐辛子のもつ、伝播力の強さであろうか。500年以上遡るが、唐辛子ドラマは、心に熱いのである!


≪江戸・東京からはじまる「内藤トウガラ史・スパイスアート展」≫
・日時:2010年3月5日(金)~3月8日(月)
10:30~17:30(5日は13:00から・8日は17:00まで)
・場所:駒沢住宅・ギャラリー櫟
(伊佐ホームズ株式会社http://www.isahomes.co.jp)
・Tel. 03-5712-5513 東京都目黒区東が丘2-13-25