兼六園は、中国宋時代の詩人、李格非(りかくひ)の書いた
「洛陽名園記」の文中からから採って、宏大・幽邃・人力・
蒼古・水泉・眺望の六勝を兼備するという意味で兼六園と
名付けられました。
兼六園は、土地の広さを最大に活かして、庭のなかに大きな
池を穿ち、築山(つきやま)を築き、御亭(おちん)や茶屋
を点在させ、それらに立ち寄りながら全体を遊覧できる「廻
遊式」庭園です。いくつもの池と、それを結ぶ曲水があり、
掘りあげた土で山を築き、多彩な樹木を植栽しているので、
「築山・林泉・廻遊式庭園」とも言われています。
徽軫灯籠(ことじどうろう)は高さは2.67m足が二股になって
いて、琴の糸を支える琴柱(ことじ)に似ているのでその名が
付いたと言われています。この灯籠は水面を照らすための雪見
灯籠が変化したものです。
「洛陽名園記」の文中からから採って、宏大・幽邃・人力・
蒼古・水泉・眺望の六勝を兼備するという意味で兼六園と
名付けられました。
兼六園は、土地の広さを最大に活かして、庭のなかに大きな
池を穿ち、築山(つきやま)を築き、御亭(おちん)や茶屋
を点在させ、それらに立ち寄りながら全体を遊覧できる「廻
遊式」庭園です。いくつもの池と、それを結ぶ曲水があり、
掘りあげた土で山を築き、多彩な樹木を植栽しているので、
「築山・林泉・廻遊式庭園」とも言われています。
徽軫灯籠(ことじどうろう)は高さは2.67m足が二股になって
いて、琴の糸を支える琴柱(ことじ)に似ているのでその名が
付いたと言われています。この灯籠は水面を照らすための雪見
灯籠が変化したものです。