凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

大外刈り

2012年06月27日 | プロレス技あれこれ
 プロレスという競技はもちろんKing of sportsであるのは間違いないが、これが不可思議なことに子供の頃からずっとプロレスを続けてきてプロレスラーになった、という例はまずない。レスラーの多くは、他のスポーツ出身である。もちろんアメフトや体操出身者なども居るが、他の格闘技からの参入が多い。
 そもそもプロレスという競技は、様々な格闘技の発展系(集大成)であるという見方も出来る。プロレスのルーツをどこに求めるのかという話は、古代ギリシャのパンクラチオンからプロレスは始まったのだ、という雄大な説から、アマレスの賞金マッチ説、サーカスの出し物説まで様々あるが、その技術的なルーツを辿れば、イギリスの「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」と呼ばれるレスリング、グレコローマン式レスリングあたりがベースとなるだろう。ギブアップもしくは相手の両肩をマットに付けることを決着とするルールであり、プロレス興行のルーツが米英であることは定説化しているので、それはもう間違いない。そこへ、参入する競技者のバックボーンから、各地に伝わる様々な格闘技のエッセンスが入りこみ、現在のプロレスがある。

 日本のプロレスにおいてもそれは同様で、特に日本では伝統的格闘技として相撲と柔道があり、その技術がプロレスへ流入した。それは、日本のプロレス黎明期に相撲出身の力道山と柔道出身の木村政彦が突出した存在であったことも寄与していると考えられる。当時の日本人レスラーはほぼ相撲ないしは柔道出身であり、ハロルド登喜がボクサーであったことくらいしか例外が無い。アマレス出身者等がプロレスに参入するのはもう少し後の時代となる。
 興行という面からは長い歴史のある相撲が日本のプロレスの形を作ったとも言え、また徒弟制度やトレーニング方式、食事などでは大いに影響を及ぼしたが、「技」の面から言えば、さほど相撲はプロレスには浸透していない。相撲は土俵から押し出す、また足の裏以外が地面につくことが勝敗の分かれ目であり、プロレスとはあまりにかけ離れていたことがある。もちろん頭突きなどは相撲も得意とするが、相撲から来た技としては、力道山の空手チョップが相撲の突き押し、張り手をルーツとしている他、鯖折り(ベアハッグはそもそも輸入技だが)やすくい投げくらいしか出てこない。天竜チョップという摩訶不思議な技もあったが。
 それに比べ柔道は、その技術がかなりプロレスに生かされた。戦後間もない頃は、柔道は現在の講道館柔道よりも以前の柔術系の技がまだ残されており、投げ技、固め技(絞めや関節技)の他、当て身技と呼ばれる打撃技まであった(講道館では禁止)。このうち、関節技については現在も腕ひしぎ逆十字固めなど、頻繁にその姿を見ることが出来る。これら柔道系の関節技は海外のプロレスにも輸出されていった。
 しかし、柔道とプロレスでは決定的な違いがある。それは、柔道は着衣で行う格闘技だということ。したがい、絞め技、投げ技においてはそのままプロレスには移行できない。もちろん頚動脈を抑えるツボであるとか、相手の体勢の崩し方、体重移動まで柔道の技術は相当に使えるのだが、アレンジが必要となる。三角絞めなど着衣とあまり関係無い技はいいが、それ以外は難しい。ことに、投げ技はそうだろう。バックドロップが柔道の裏投げをルーツとしているという説はよく言われるが、相当にアレンジされている。
 
 柔道の投げ技は、本来かなり威力のあるものである。現在の柔道はどちらかといえば護身よりも教育を旨としているようで、相手の背中を畳につけることが出来れば一本であり、怪我をしないように受身をとりやすく投げる。だが、柔道(柔術)は組討由来であり、相手を倒すために投げる技術もやはり存在している。
 コミックスの話になるが「1・2の三四郎2」で、プロ柔道の金田麻男が背負い投げにおいて引手釣手をどちらも引きつけないで、背中から落とさず垂直に頭から畳に叩きつけた。漫画ではあるが、見てゾッとした。柔道の投げは、いかようにでも必殺技になりうる。
 ただし、前述のようにプロレスは着衣がないため、相手の襟も袖も掴めない。したがって袖釣込腰などは使えない。ばかりか、ほとんどの投げ技にアレンジが必須となる。刈ったり払ったりの足技の他は、そのまま使用できるのは双手刈や俵返など。また、大腰は相手の脇に手を入れ腰に乗せて投げる。さらに一本背負いは相手の上腕を掴む。なので無着衣でもOKである。佐々木健介が「逆一本背負い」を使う。
 それ以外は掴む場所がなく、実際プロレスではあまり使われない。

 その中で、大外刈りはプロレスでも例外的に一部のレスラーが使用している。
 全日本柔道選手権を7度獲った小川直也がプロレスに転向したとき、フィニッシュ技に開発したのはSTO(Space Tornade Ogawa)だった。このネーミングは猪木とされているが全くもってヒドい。しかしながら、これはどう見ても大外刈りである。
 大外刈りの説明は不要とは思うが一応書くと、お互い正面から組み合った状態で、袖を持つ引手、襟を持つ釣手をぐっと引き胸を合わせ、同時に相手の側面に踏み込んで上体を押し込み、左に踏み込んだなら右足で相手右足を刈り(相手の膝下に自分の足を合わせて後方へ振る)、相手を後ろに倒す技である。相手は背中から床へ落ちる。
 上体の引付が強く足を高く刈れば、相手は後頭部から落ち危険な技となる。
 STOは、裸体のプロレスでは引手釣手がとれないため、引手は相手の対面する腕をとり、釣手は相手の首に回す。このことで首が固定され、受身がとりにくくなる。そして胸を合わせた際に体重を相手に乗せさらに大きく刈ることで、威力を増している。完全に後頭部を狙っている。
 ほぼ同系の技に、垣原賢人のカッキーカッターがある。Jr.ヘビーのカッキーは足を大きく振りかぶり一瞬で刈ることによってスピードを増し、超ヘビー級の小川のSTOと同様の威力を生み出している。瞬時にバタンと倒れるため、実に受身がとりにくい。
 他に佐々木健介のSTKがある。これはSTOのコピーだが、釣手を首ではなく顎にすることが異なっている。
 相手を引き付けて、後頭部を狙って後方へ倒す、ということであれば、プロレスには同様の技がいくつもある。ロック・ボトムもそうだろう。これは、足を刈って倒すのではなく上方へ持ち上げて叩きつける。体重を乗せる、ということになればスパインバスターにまで広がってしまう。方向性から言えば、チョークスラムも身体の向きは同じである。
 しかしダメージに近い点はあるにせよ、「足を刈って後方に倒す」ということが大外狩りの重要な点であり、技術的に全く異なる技と考えられる。むしろ、身体の向きは異なっているが河津落としが類似技と言える。
 
 柔道の投げ技において、大外刈りは最も「柔道らしい」技と言える。知名度は、内股や背負い投げと並んで高いだろう。したがって、柔道においてもオールラウンドプレイヤーであり自らの代名詞のような技を持たなかった器用な小川が、プロレスにおいて「柔道出身」であるというアイデンティティを前面に出すために大外刈りを選んだのはプランとして頷ける部分がある。ただ、プロレスは着衣がないためどうしても変形の「STO」とせざるを得なかったのもまたよく理解できる。
 柔道出身のレスラーは多い。僕が実際に観戦して知っている範囲でも、大物として坂口征二、さらに柔道選手として実績のある小原、武藤、経験者として村上和成、橋本、金本、健介らがいるが、この中で関節技等はともかく、柔道の投げ技を取り入れているのはわずかに健介くらい。海外に目を転じれば超大物のルスカ、ヘーシンク、そしてバッドニュースアレンらがいるが、ルスカの払い腰など凄まじかったものの、やはり絞めや関節技への布石だった。どうしても着衣の問題から、投げ技をフィニッシュに出来なかったものと思われる。また彼らには、立ち技でノックアウトを狙うという発想に欠けていたのかもしれない。寝技の方が確実である。そこが、小川の非凡さをまた浮かび上がらせる。
 日本人である僕としては、柔道技の凄さをもっとプロレスでアピールして欲しいとは願っているのだが。吉田や石井慧は総合に行っちゃったからなあ。

 柔道出身としての実績で言えば小川直也は確かにピカ一だが、かつて日本のプロレス界にはもっと凄まじい選手が居た。もちろん、木村政彦である。「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と謳われ、小川や吉田、石井はもちろんのこと、山下や斉藤でもルスカやヘーシンクでも、全盛期の木村には敵わなかっただろうとされる(誇張ではなく)。さすれば、柔道界においては世界最強だ。そういう選手が、レスラーだった時代がある。
 グレーシー柔術関連の話や、また「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」という評伝が昨年大ベストセラーとなったことで、木村政彦については昨今よく知られている。その木村が最も得意としていた投げ技が、大外刈りだった。
 木村は、実は身長が170cmしかない。これは時代を考えても、決して大きな方ではない。
 大外刈りは相手の身体を上方に浮かせないため、仕掛ける側の身体が大きいほうが体重を乗せるのに有利である。プロレス技になると「浴びせ倒す」ことになるためことさらである。190cmをゆうに超える小川直也は言わずもがな、カッキーもJr.ヘビーとすればそこそこ上背はある。木村はもっと小さい。なのに、どうして大外刈りを得意としたのか。背負い投げなど重心を低くとる技のほうが有利なのに。
 その木村政彦の大外刈りの描写が、上記評伝にいくつか書かれている。
 木村の大外刈りは、乱取りでは禁じ手にさえなったという。それは、相手へのダメージが大きすぎるからだ。まず、足を刈るときは踵で打撃を与えるが如くだったという。ふくらはぎもしくはアキレス腱にかかと蹴りを食らわすわけだ。そして一気に倒す。もちろんこれで柔道では一本だが、この踵の打撃で相手の足は壊され、さらに投げる角度が鋭いため相手は受身をとれず脳震盪を起すのだと。何という凄まじさか。
 この大外刈りに対するエリオ・グレイシーの目撃談が上記本にある。
「エリオは木村の大外刈りを見て自らの格闘技観が変わるほどのショックを受けた。エリオは実戦では投技は役に立たない、最後に仕留めるには絞め技か関節技しかないと思っていた」
 その投げ一発で対戦相手を失神させたのは衝撃的だったということである。
 有難いことに、その木村とエリオの試合の動画が残されている。こちら。エリオは、木村の投げを警戒していたにもかかわらず、大外刈りで投げられている。あのグレイシー柔術の始祖であり不敗を誇ったエリオすら「わかっていても投げられた」のであるから、これはもう防ぎようのない技なのだ。
 その木村の大外刈りは、強力な刈り足で相手のバランスを崩すばかりか、釣手で相手を押し倒すように投げている。胸を合わせて浴びせ倒す形ではないところが怖い。強烈な腕力で畳に叩きつけているのだ。そして、スピードが尋常ではない。これでは、生半可な相手であれば確実にK.O.されてしまう。エリオはその後も踏ん張ったが、結局これまた必殺の腕絡(アームロック)で腕を折られて敗れた。

 だが、この試合は柔道(柔術)である。僕はプロレスにおいて木村が繰り出す大外刈りが知りたいのだ。
 しかし上記「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」は木村の名誉回復を目的として著されており、木村のプロレス時代は黒歴史の扱いである。なので、さほど試合内容に言及されているわけではない。かと言って他に依拠する資料もないので、頼る。
 木村がプロレスラーとして活動した期間は、短い。日本に限れば、昭和29年のシャープ兄弟がやってきたシリーズだけである。しかしその試合内容の詳細はわからない。上記評伝にはわずかに腕の逆取り、腕固め、一本背負い、投げ技などと記されているだけである。そりゃ細かなことなど記録には残らないだろう。よく資料映像として出されるこの動画を見ても、大外刈りは出されていない。投げ技としては、相手がヘッドロックに来たところを大腰とみられる投げ、一本背負いを2回、さらにフロントヘッドロックからまた大腰的な投げを放っている(この技は面白い。フライングメイヤーとも異なる)。そして巴投げ。さらに、エプロンから一瞬の足払いをかけてベン・シャープに尻もちをつかせている。ここらへん、達人の片鱗が窺える。あとはヘッドシザース、ステップオーバートーホールドくらいか。このヘッドシザースはリバースで掛けていて、のちのフランケンシュタイナーの原型をみるようである。腕も固めているが残念ながらこれは必殺の腕絡ではない。
 さて、他に残されている動画はあの力道山戦である。こちらこちら
 この試合で、実は木村は大外刈りを出しているらしい。ただしその場面は残されてはいないようだ。現在出回っている動画は、木村有利の場面は全てカットされているという。非常に惜しいことである。したがって木村の技は、開始早々の一本背負いくらいしか見られない。腕固めもあるが、ハンマーロックからの不完全なアームロックへの移行であり、とても必殺の腕絡にはなっていない。
 木村は、どんな大外刈りを出したのだろうか。木村一流の必殺技である大外刈りを。
 だがその後の試合展開から見て、力道山にさほどのダメージを与えたものとは思えない。エリオに対して繰り出した、相手の後頭部を腕力でマットに叩きつけるが如くの大外刈りではなかったのだろう。
 もしもあの大外刈りを放ったならば。エリオでも投げられた大外刈りである。力道山は防ぎようがなかったはずだ。そして後頭部に相当なダメージを負うことになっただろう。そうなったら、日本のプロレスの歴史は、変わっていた。さらに「オオソトガリ」がプロレス技として定着した可能性がある。後の「STO」なんてヘンな一代きりのネーミングでは終わらず、バックドロップやブレーンバスターのような古典に昇華した可能性も、ゼロではなかった。惜しいことだったと思う。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ネックハンギングツリー | トップ | 反則技 1 »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
異議あり (変態飛行)
2012-10-10 03:25:32
格闘技未経験レスラーは少なくないし、キャッチはドイツだろ
>変態飛行さん (凛太郎)
2012-10-10 06:27:16
誰も格闘技未経験レスラーが多いなんて書いていないのに…。困ったことです。

コメントを投稿

プロレス技あれこれ」カテゴリの最新記事