鬼橋ブログ

鬼界浩巳事務所の構成員、鬼界(きかい)と橋本が書く日誌です。ブックマークからHPにも行ってみてね。

福岡

2007年03月08日 | 旅行

日直・鬼界


福岡に行った。
が、
スケジュールの都合上、
1泊2日にもかかわらず、
街を歩いたのはトータル20分もなかったので
中州にも福岡ドームにも行ってないどころか
豚骨ラーメンも明太子も食べてないどころか
見てもいない・・・

せっかく、旅行記を書こうと思ってカメラを持ってったのに
1枚も撮ってない・・・・
ちっ、つまんねえ。
福岡に行ったんだか、札幌に行ったんだか、
わかりゃしねえ。

ただ、
車で移動中、
ビルの上に、すっげえバカでかい看板があった。
小野寺昭と仲本工事が
ニコニコ微笑んでる。

は?
なんで、こんなむさくるしいオッサン使ってんの?
しかも、二人も。
わからん・・・・
と思ったら、
むさくるし笑顔の下にこんな文字が。

“電化の!工事は!○○電気工事株式会社へ!!”

小野寺昭=殿下→電化
という発想を即座にできる人間がいったい何人いる?
福岡市全域で50人くらいしかいないのでは?
すなわち、看板として無意味なのでは?
無意味を意味不明と言い換えてもいいが、
とにかく、看板本来の役目を放棄しているとしか思えない。
なのに、すっげえバカでかいの・・・。


わからん・・・・
福岡のことがさっぱりわからん・・・


イタリアぼんやり旅行 11

2006年09月11日 | 旅行
日直・橋本


 イタリア旅行記の最後に、
特に気に入った買い物、特に美味しかった食べ物を。

 イタリアでしてみたかったことの1つが「ビデオ・DVD屋めぐり」。
日本では観尽くしてしまったマルチェロ・マストロヤンニ(イタリア人俳優)の、
この先も絶対に日本では観られない映画のDVDを見つけて買うためだ。
有りました。
買いました。
つっまんなそうなコメディ。
当然、字幕なし。
話のスジすら、判らんかも。
もう少しイタリア語が上達してから観る予定。
 ボローニャの大きな広場に、
「野外映画フェスティバル」と銘打って、
大スクリーンの映画上映会場が設営してあった。
千人以上のお客が座れそうだ。
毎晩、夜10時上映開始。
会場を仕切るサクには、ズラ~ッとマストロヤンニの大写真ポスターが貼ってある。
計20枚。
1枚パチろうとしたが、どれもこれも、ヒゲを描かれていたり、目がクリ抜いてあるので、やめた。
残念なのは、マストロヤンニ特集は、前の週までだったこと。
私の滞在中は、アリダ・バリ特集。
がっくり。

 ボローニャで買った「エミリーシリーズ」の半袖・長袖Tシャツら。
エミリーという名の少々不気味なロッカー風にも見える女の子のイラストがデザインされている。
Tシャツとしてはお値段高めだが、気に入って、滞在中も何度か着た。
エレキギターとキーボードの鍵盤がプリントされている長袖は、特に気に入っている。
エミリーの顔バッジまで買ってしまった。
 同じくボローニャのブティックで見つけたカーゴパンツ。
かなりオシャレ。
こんなの日本じゃ売ってない。
「腰ばき」流行のため、股上が浅い。
これ用のパンツをはかねばなるまい・・・。
2万4千円。
 ヴェネツィア本島から水上タクシーに乗って渡ったムラーノ島で買った、
ヴェネツィアン・グラスのペンダント。
「お高い水上タクシーを無料で手配するから」とホテルのマダムが勧めるので、
話に乗り、ラッキーとばかりに行ってみると、
タクシーが着いた先は、大ガラス工場の中。
美術館ふうの館内は、展示を兼ねて売ってもいる。
強制的に、そこを歩かされる仕組み。
目ん玉の飛び出るようなお値段。
計算機を手にした販売員たちがハイエナのようにタカって来ては、
100万円のフクロウの置き物とかを売りつける。
誰が買うか、そんなもん。
そんな中、1万円弱の可愛らしいペンダントを見つけ、購入。
それを通行証のごとく、
「私は買いました」とばかりに、かざしながら、なんとか外に出た。
マダムはリベートをもらっているとみた。

 連日、スキあらば飲んだイタリアンビール「PERONI」。
記念にと買って帰って来た同銘柄の350ml缶。
缶は、
サッカーワールドカップ1994年アメリカ大会準優勝時のイタリア選手集合写真がデザインされている。 
背番号10のロベルト・バッジオのファンだった私としては見逃せない。
フィレンツェ滞在中、
「どこぞの宮殿から大統領お出まし」場面に遭遇。
群集に混じり少々待ってみたが、出て来やしない。
さすが、のんびりやの国の大統領。
道路で待機していた大統領のSPが、バッジオ似の超イケメン。
1ヶ月半の滞在中ナンバーワンのハンサムだった。

 ミラノで買ったマルニのワンピース。
10万円弱。
帰りの空港で、免税手続きの場所が、判りづらい判りづらい。
搭乗が遅れ、名前を呼び出されるハメに。 
しかし、少しでも返金してもらわねば。

 特に美味しかった食べ物。
タリアテッレ。
きしめんふうの平麺。
カルボナーラ、ボロネーゼetcと、味を替え、場所を替え、毎日、食べた。
サーモン、キノコのソースのが特に気に入った。
釜焼きピッツァ。
どこで食べてもピッツァは美味かったが、
ボローニャの名店のピッツァは特に美味かった。
オーダーしたのは「4つのチーズのピッツァ」。
ティラミス。
本場のは、断然、美味い。
食後のデザートはティラミスと決め、日々、食べ比べた。
ちなみに、1位は、ヴェネツィアの無名のレストランのティラミス。
そこでは、スカンピ(手長エビ)のグリルも美味だった。
同じくヴェネツィアの、
こちらは有名な、魚市場そばのトラットリアで食べたイカ墨のスパゲッティ。
そして、スカンピのリゾット。
名物に美味いものも有り、だ。
口惜しいのは、
ミラノ名物「オッソブーコ(牛スネ肉煮込み)」を食べられなかったこと。
帰国する日のランチに選んだのは、
エリートサラリーマン御用達の、地元で有名なトラットリア。
オッソブーコは夜にしか出せないと言われ、涙を呑んであきらめた。
が、ランチセットのメイン「牛スライス肉のツナソース」がバカウマだったので、
まぁ、良しだ。
他のテーブルでは、ビジネスマンたちが、ランチを食べながら談笑。
ワインのボトルを頼んでいるテーブルも。
日本のサラリーマンの昼飯とはエライ違い。
そして、中でも、絶品だったもの。
ミラノのドゥオモ裏にある、
パニーノ専門店「パニーノ・ジュスト」のパニーノ。
50種類以上の中から、私は、ナス・トマト・チーズのをチョイス。
あの美味さは忘れられない。
日本にも支店を出店したらしいが。
もう1つ。
サンジミニャーノで食べたジェラート。
ジェラートコンクールで金賞をとったという店だけあって、本当に美味い。
丘の上の小さな店だが、混雑していた。
そういえば、
「グッドモーニング・サンジミニャーノ」とかいう、
どう考えても「グッドモーニング・ベトナム」をパクったとしか思えぬタイトルの映画が有るらしい。
ちょっと観てみたい。

なにはともあれ、
おおいに食べ、飲み、歩き、見た、イタリア。
想い出深き1ヶ月半である。





                 
                       リミニの海岸にて


イタリアぼんやり旅行 10

2006年09月10日 | 旅行
日直・橋本


 
 最近は、リコンファーム(帰国便の予約確認)不要の航空会社が多いらしく、
出発前に旅行会社から往復航空券を受け取る際にも「必要ない。」と言われていたが、
念のため、
旅の最終地ミラノにて、
3日後の帰国に備えて、電話でリコンファームすることに。
ホテルのフロントのオッサンは、無愛想で、
およそコンシェルジュには程遠い感じ。
リコンファームなぞ頼めない雰囲気。
駅で地下鉄に乗る前に、公衆電話で済ませよう。
ミラノ中央駅構内にたくさん有る公衆電話は、
日本同様、携帯電話普及のため、ガラ空き。
使い方が判らずトロクサやってても、誰からも文句は言われまい。
コインを投入し、JALの番号を押す。
ウンともスンとも言わず。
隣の電話機、また隣の電話機へと、
次々と10台ほど電話機を替えてみるも、つながらず。
もしや、チガう番号?
地図で知った、構内の「ツーリスト・インフォメーション」を探し当て、
窓口のオジサンに、調べてもらう。
再度、公衆電話群の場所へ戻り、
電話番号を押す。
またまたウンともスンとも言わず。
どのボタンをどう押してもつながらない。
電話をかけ終えた黒人が立ち去ったあと、
すぐ、その電話機でかけてもみたが、無駄。
追い詰められた気分。
「何をどうやっても電話がかけられない」ということが、これほど恐怖とは。
四面楚歌。
こうなったら、インフォメーションのオジサンに、
公衆電話の使い方を教わるしかないな・・・。
忙しいのに、悪いな・・・。
トボトボと「インフォメーション」の事務所に舞い戻り、
さきほどのオジサンの窓口に並び、「公衆電話が使えず、」と話し始めると、
オジサンびっくり。
「公衆電話でかけたのか?
あの番号は、公衆電話からではかからない番号だよ!」
なんだ、そうだったのか。
オジサンに、
甘えついでに、
「この事務所の電話機を使わせてくれないか?通話料金は払うから。」
と遠慮がちに訊いてみた。
すると、
オジサンは、急いで、電話機のコードを延ばし持ってくると、
自らの手でボタンをプッシュし、電話をかけた。
相手に「リコンファームしたい日本人が、ここに居る」旨を伝えた後、
受話器を渡してくれた。
電話の向こうの担当者も日本人に交代し、
日本語だったおかげで、好みの座席の予約も出来た。
通話終了後、電話代を払おうとすると、
オジサンは「いいよ、いいよ、お金なんていいよ。」と、手を振り、笑った。
なんてイイ人なんだ。
親切なオジサンに、
せめて、言葉を尽くして、お礼が言いたい。
が、
実際に言えた言葉は、
「thank you! thank you very much!」
これだけ。
「命拾いしました」「あなたは恩人です」ぐらい言って、初めて、この窮地を救ってもらった感謝の気持ちが伝わるというのに。
「それほど有り難かった」「どんなに礼を言っても言い足りない」気持ちが伝えられない。
その歯がゆさに、思わず、
「もう、ほんと、thank you!」と頭を下げ、窓口を離れた。
自分の言葉足らずを省みつつ。
 帰国便の機内。
JALの日本人アテンダントによる食事・飲み物等のサービス。
日本食か洋食かを訊かれ、日本食を頼むと、売り切れだという。
だったら、訊くな。
「日本食のほうが好まれるのですねぇ?」の私の問いから始まった彼女との会話によると、
飛行機の利用客は、大半が8日~10日の日程のパックツアー客だが、
帰国便では、そのほとんどが日本食を選ぶらしい。
日本食恋しさのようだ。
こんな会話をしている間にも、隣のツアコンのねーちゃんは、早、食い終わっている、その日本食を。
会話は続く。
「私は1ヶ月半ぶりなのにな~。」
「え!!すみませ~ん!
では、日本酒が有りますので、熱燗などいかがでしょう?!」
「洋食に熱か~ん?合う~?美味い~?」
「お詫びに、わたくし、一生懸命、美味しい熱燗をこしらえて参りますので!」
「お待ちしてます。」
思ったことを思ったとおりのニュアンスで伝えられるって、イイわ~。
言葉が通じるって、ラクだわ~。
帰りの飛行機の中で、心底、そう思ったね。
ただ、
イタリア滞在中、
言葉を自由にできない不自由さの中に在って、
イタリア語でスムースにヤリトリ出来た時の、何度か味わった、あの「意思疎通の心地よさ・快感」も、また格別。
再訪に向け、
イタリア語学習を続けようってな気にもなるってもんだ。



イタリアぼんやり旅行 9

2006年09月08日 | 旅行
日直・橋本


 「たとえ言葉が話せなくても、伝えようとする気持ちがあれば、なんとか伝わるものだ。」
というのも、確かに正しいが、
その「気持ち」を正確に伝える「言葉」は、やはり大事だし、必要だ。

 フィレンツェ滞在中、
買い物をして、少々荷物が増えてしまった為、
旅に不要なものを自宅に送ってしまうことにした。
ガムテープは日本から持参した。
ダンボール箱は、たぶん郵便局で売ってるだろう。
まずは、それを買って来て、箱づめして、再度、郵送手続きに行こう。
重い箱づめ荷物を持って郵便局を探すハメにならぬよう、
ダンボールを買いがてら、郵便局の場所をシッカリ把握しとこう。
案の定、ホテルのフロントいわく「徒歩約6分」のところを、
地図と首っ引きになりながら約30分もかかって見つけた郵便局は、
さすがフィレンツェ、ルネッサンスな建物。
デカイ。
広い。
両側に5つか6つづつの窓口が並び、
はさまれた中央の奥に、売店らしきスペース。
左側の窓口らは、預貯金などの金がらみを扱い、
右側の窓口らが、郵便関係っぽい。
窓口ごとに電光掲示板で番号が表示されている。
日本と同様、番号札を持って順番待ちするシステムのようだ。
おそらく地元の人々が主であろう客たちと、
それに対応する郵便局員らは、
機能的に、スムースに、事を進めている。
ワイワイ、ガヤガヤ、イタリア語が飛びかっている。
ビビる。
日本ででさえ、公共機関では、意味なくビビる私。
そのうえ、言葉が通じないとなると・・・。
幸い、ダンボール箱を売店で買って出て行く青年を目撃。
急いで、売店へ。
イタリア語しか話せないレジのおねーさんと、お互い身ぶり手ぶりで話し合い、
ほど良い大きさの箱をナントカ手に入れた。
 1時間後、買ったダンボール箱に荷物を詰め、再び郵便局へ。
入口に設置してある発券機を見よう見まねで操作したら、番号札が出てきた。
ベンチに座り、順番を待っていると、
同じダンボール箱で荷物を送ると見えるカップルがやって来た。
入口の横で用紙を選び、「配達票」を作成している。
あ!
やはり「ゆうパック」形式で、
宛て先住所等は、送り状に書いて、それを貼って郵送するのか?!
箱に、黒マジックで直接デカデカと住所・氏名を書いて安心していたが、やはりダメか?
やっと順番が来たのに、窓口で、
「これじゃダメだ。用紙を書いたうえで、並びなおせ。」
と言われたら面倒だ。
書いておかなくちゃ。
小包郵送用の用紙は3,4種類あり、イタリア語での説明文は、まったく解読できず。
送り先の地域別とか?
迷いに迷って、結局、
カップルのをノゾキ見て、それと同じ用紙をチョイスし、記入した。
いざ順番になり、
窓口に行くと、英語は2割程度しか話せないオバさんだった。
荷物と共に、例の用紙を提出。
それを一瞥したオバさんは、引き出しから書類を出し、
「これに記入しろ。」と言う。
ズラズラとイタリア語で設問が書いてある。
送り先住所・氏名はもちろん、宿泊ホテルの住所・電話番号、
荷物の中身、価格なども書かせられた。
国名を日本語で書いたら、「イタリア語で。」と言われ、書き直し、
署名をローマ字で書いたら、「日本語で。」と言われ、書き直した。
くそ・・・。
その間、オバさんは、荷物の重量を量ったりしている。
ようやく記入し終えた数枚の書類に、オバさんは、やっとオーケーを出し、
いくつかの判を押し、
料金を述べた。
日本円で、2万3千円。カード不可。現金のみ。
げろげろーーーーーーーっ!?
たかがスパゲッティ送るのに、2万3千円かよ!?
クソ言ってんじゃねーよ!
以前ニューヨークから荷物を送った時は、
確か千円前後で送れた覚えが・・・。
ここで、冷静かつイタリア語ベラベラの人であれば、
「高すぎる。金がない。1番安く送れる方法を教えてくれ。」
と言えたことでしょう。
んが、
冷静でないうえに、
書類作成に四苦八苦し、オバさんにも迷惑をかけながら、やっと料金の支払い段階までこぎつけた人間には、
「高い。送るの、やめる。」というアイデアなぞ、
ツメのさきほども浮かばなかったです、はい・・・。
予期せぬ大出費。
がっくり・・・。
2万3千円も有りゃ、カバンの1つも買えた。
それにスパゲッティ入れて持って帰って来りゃよかった。
どうやら、
「最も速く最も安全に荷物を送るサービス満点コース」の用紙をチョイスしてしまったらしい。
補償額が高いので、書類もキビシク書かされるのだろう。
サービスなんか、いらねーんだよ!
半年後に着いたって腐らねーんだよ、スパゲッティは!
あのカップルのせいだ。
アイツらさえ来なければ。
そして、あの窓口のババァも悪い。
あの用紙を提出した時、なぜ一言「お高いですよ。」と言ってくれない?
なぜ「スパゲッティごときには、不相応ですね。」と忠告してくれない?
なぜ、
「箱にジカにマジックで住所が書いてあれば、定形外っつーことで送れますよ。」
と教えてくれない?
それもこれも、言葉の不自由さのせいなのか。
帰国すると、
「荷物に対するナントカ税不足のため3千3百円払え。」と請求書が来ていた。
悪夢だ。
疫病神だ、スパゲッティは。


イタリアぼんやり旅行 8

2006年09月06日 | 旅行
日直・橋本

 1週間滞在したヴェネツィアでは、
音楽会へ行ってみた。
教会だったのを改装したもの、誰ぞの邸宅を改造したもの、
小さいながらも一応コンサート会場として稼動している建物が、
ヴェネツィアには多い。
それぞれの会場では、ほぼ連日、コンサートが催される。
そして、
その演目は、ほぼヴィヴァルディ。
さらに、そのヴィヴァルディの中でも、ほぼ『四季』。
要するに、
毎晩毎晩、ヴェネツィア中のそこかしこで『四季』が演奏されているということだ。
ヴィヴァルディは、
ヴェネツィアに生まれヴェネツィアに生きた作曲家だ、気持ちは解る。
作曲数も多いが、どれもこれも結局『四季』ほど有名ではない。
まぁ『四季』でしょうねぇ、お客を呼べるのは。
かくいう私も、ヴィヴァルディのCDは『四季』しか持っていない。
とは言え、
その、たった1枚のヴィヴァルディは、私にとって、かなりの愛聴盤。
その好きな『四季』を、
ヴィヴァルディゆかりの地であるヴェネツィアで聴けるのは、嬉しかった。
終演時間が遅いので、ホテルに近い会場を選んだ。
前日に買っておいたチケットは、22ユーロ。
バックシート(B席)。
全席自由。
どれほどの混みようか見当もつかないので、開場20分前に行ったら、4人並んでいた。
宮殿のような造りの小さな建物の2階が会場で、
こじんまりした舞台を正面に、
パイプ椅子を400脚ほど整然と並べてある。
結局、お客の入りは6割程度だったが、
早めに行ったおかげで、
A席・B席合わせて1番聴きやすそうなB席の最前列ド真ん中に座れた。
男性3名・女性4名、総勢7名の演奏者の衣装は、
モーツァルトやポンパドール夫人ふう。
宮廷音楽会の再現っつーことでしょう、おそらく。
クソ暑いのに。
無理しちゃって。
汗、ダラダラかいてましたよ。
冷房、無いから。
開け放された舞台奥のたった1つの窓からは、風はソヨとも入って来ず。
黒いドレスを着た、
(遠目には)美人ヴァイオリン・ソリストにのみ、
扇風機の風が当たっている。
首、回してやれよ、首を、扇風機の。
汗をかいているのは、お客も同様だ。
私の隣に陣取ったドイツ人家族の太ったオヤジは、
時間が経つほどに、どんどん汗臭くなっていく。
チラと盗み見ると、顔面がヌラヌラと汗で黒光りしている。
なんだ、その顔は。
それがクラシックを聴く顔か?
この家族の子供ら3人も含め、お客の何割かは、
多少は風が通るのか、涼を求めて、部屋の最後方へと、
演奏中にもかかわらず、どんどん避難。
私の周囲もスッカリすいた。
そのオヤジと私だけが、不自然に寄っついたまま。
お互い、
「この真ん中の席、離れてなるものか。きさまが退け。」か。
1つ隣へズレることすら、せず。
暑さで視界がボヤ~ンとしてきた頃、
特に好きな「冬」の第2楽章が始まった。
きたきたきたきたきた!
待ちに待った「冬」第2楽章。
と、
隣のオヤジが、こともあろうに、それに合わせて鼻歌を。
くそ!この汗くさナチス野郎!
しかし、
いくつかの楽器で奏でる音を、たった1つの口でまかなうのは、しょせん無理なこと。
追いきれなくなったオヤジは、鼻歌をあきらめ、
今度は、人差し指で、ちっちゃい4拍子を取り始めた。
なぜジッと聴けない?
ま、オヤジが、てめぇの腹の前で小さくプチ指揮をしているぶんには、
それほど実害は無い。
目を閉じて聴こう。
おそらく無名の演奏者たちなのだろうが、
ヴィヴァルディの故郷ヴェネツィアで聴く『四季』は、
私の心に響いた。
涙が出てきた。
周囲はガラ空きにもかかわらず、結局最後までピッタリくっついたままの私とオヤジは、
演奏終了後、誰よりも大きな拍手をいつまでもいつまでも送った。
外に出ると、
夏は夜9時頃まで明るいイタリアの夜も、さすがに暮れ、
街灯がポツンポツンとロマンチックに灯っている。
広場のバールでは、その時間になっても、人々が楽しく飲み、しゃべっている。
缶ビールを買い、水路の手すりに腰を下ろし、月を眺めながら飲んだ。
ヴェネツィアの良さを実感できる、いい晩だった。

 そう、
この「ヴェネツィアの良さ」を実感するために、
ホテル変更を決断したのだ。
当初、宿泊予定のホテルは、ヴェネツィア駅から1つ離れた駅にあるホテルだった。
ヴェネツィア本島にある同クラスのホテルよりも低価格。
列車で10分あまりの、たったの一駅だ。
高すぎるわりに快適でないホテルも多いと言われる本島を避け、
このパターンでヴェネツィアを楽しむ旅行者も多いらしい。
そうしてみるか。
出発前に日本で予約しておいた。
しかし、実際に行ってみて、私は後悔した。
確かに、このパーターンの旅行者は多く、
なんの問題もなく楽しんでいる。
だが、
私は、そうはならなかった。
1泊し終えた時点で、
「私は、本島に滞在しない限り絶対にヴェネツィアを心から満喫することは出来ない」
そう強く感じた。
たとえ一駅であったとしても「通う」のでは、だめなのだ。
その街で、住むように「寝起き」しなければ、良さは解らない。
あと6泊する予定のホテルをキャンセルすることに決めた。
7泊分の代金は、すでに支払済みだ。
返金はしてもらえそうもない。
が、金の問題ではない。
そうと決まったら、荷造りは早い。
あっけにとられている従業員に、
「本国での緊急事態発生のため帰国する」と、
別に言わんでも言いウソの理由を告げ、
ホテルを後にした。
ヴェネツィア駅の案内所で、
「高くてもいい。ヴェネツィアという街を満喫できる良いホテルを。」
と頼み、
その通りのホテルを紹介してもらった。
わずか1週間の滞在ではあったが、
その素敵なホテルを拠点に、ヴェネツィアを思う存分に楽しむことができた。
観光客で溢れかえるヴェネツィアにがっかりする人も多いだろうが、
私には、忘れ得ぬ街だ。



イタリアぼんやり旅行 7

2006年09月04日 | 旅行
日直・橋本


 旅行に出発する前から不安材料だったイタリアの「トイレ事情」だが、
実際、厄介だった。

 第一に、数が少ない。
トイレには事欠かず、駅やデパート、その他各種大型店などでの「使いたい放題」が当たり前になっている日本人にとっては、
しかも、私のようにトイレが近い人にとっては、
もう、悩みのタネだね、ああ少ないと。
デパートなんていうスグレモノは、無い。
食事や休憩のために入った飲食店で、その都度、借りておく他ない。
大観光地のくせに、トイレの絶対数が不足している。

 第二に、金がかかる。
無料で入れるトイレは、マレだ。
一部の美術館・博物館のトイレ。
これらは有り難い。
比較的、綺麗で使いやすい。
他には、「人、住んでんのかよ。」っつーよーな寂れた駅の、
レイプ覚悟で入る腐れ便所ぐらいか。
あとは、もう、金金金、金が無いと入れない。
大きな、ターミナル駅は、トイレ代も高い。
人の弱みにツケ込みやがって。
イタリア旅行の初日、最初に降り立ったローマ・テルミニ駅では、
駅のトイレまでもが有料だとは思わず、
さっさと入口を通り抜けたところ、
背後から大声で「ミス!」と呼び止められた。
驚いて振り返ると、
入口に小机を置き、イスに座って、
金勘定しつつ見張り番をしているオッサンがにらんでいる。
「いくらだ。」と訊くと、
「60だ。」と、数えている金に目を戻しながら、横柄に答えた。
高ぇ。
たかがオシッコに80円も出せるけ。
より安いトイレを求め、駅構内の探索を試みたが、
広い駅にトイレはソコ1箇所しかなく、
仕方なくスゴスゴと戻り、
負け犬のごとく、オッサンに60セントを払ったのだった。
しかし、
人間、飼いならされるもんだ。
その後、
「金さえ払えば、オシッコが出来る。有りがたやー。」と、
「トイレを発見できた」こと自体に感謝してしまう体になってしまった。
ローマからちょっと足を延ばして出かけたアッシジを散策中、
路地に「トイレ」の看板を見つけたので「入っておこう」と行ってみると、
個室が2つきりの狭いトイレの入口では、
オッサンがイスに座って居眠りをこいていた。
「公衆便所の見張りはオッサン」が決まりなのか?
「いくらだ。」と訊くと、
「いくらでもいい。」と答える。
試しに、5セント出すと、
「ダメだ。」と言う。
10セントに替えてみたら、
首を横に振る。
そこに20セントを足したら、
「いいだろう。」というふうに頷いた。
じゃ、
いくらでもよくないんじゃん。
30セントなんじゃん。
自分のスグ横の個室のドアをアゴで指し「入れ。」と促す。
居るのかよ、そこに、オッサン。
まったく、やりにくい。
相場は50セント。
ミラノ駅とヴェネツィア駅は、最も高く70セント(約100円)だ。
右には、各種チップ用・及び乞食にあげる用のコインがジャラジャラ、
左には、トイレ代のコインがジャラジャラ。
左右のポケットの中のコインは、毎朝、欠かさず補充。
常にポケット内の小銭の数を気にかける、
私は小銭にとりつかれた女。
行ってみなさい、イタリアへ。
きっと、そうなります。

 第三に、カギがぶっ壊れている可能性が高い。
「便器の位置が高い場合、子供のように足がプランプラン宙に浮く」、
「便座が無い場合、座らずに、中腰で、命中させる」
など、不具合は多々あるが、
最たる困難は、「個室のカギがかからない」だ。
以前、日誌にも書いた、
「眼科医院へ行った折、待合室のトイレのドアの不具合対処法として、
ドアノブにマフラーの端っこを結わえ付け、もう片方を口にくわえて、
便器から遠いドアを他人に開けられぬようにして用を足した」
という荒業も経験済みだが、
カギの壊れたトイレが、ここまで多いと、閉口だ。
便器とドアが至近距離の場合、
開けられぬよう、片手ででもドアノブをつかんで引いてれば、
まずは大丈夫だが、
問題は、パンツやGパンを両手であげている時だ。
ミラノ滞在中に出かけたコモ湖畔のバールでのこと。
ビールを飲み、帰り際、
「トイレを使ってもいいか?」と頼んだ。
このフレーズは確実にイタリア語で言える。
「もちろんだ。」と、店の奥のトイレを指差すオヤジに礼を言い、
いざ、トイレに入ると、カギが壊れている。
オヤジに「カギが無い。」と訴えると、
「大丈夫だ。俺が、ここで見張っている。」と、事も無げ。
「そう言うアンタが心配なんだ。」とも言えず、
ドキドキしながらトイレに入った。
している最中はドアノブから片時も手を離さず、
パンツとGパンをあげる時は、
片足のツマ先をドアと床の間に差し入れ、ドアを固定するという方法を取った。
こういった対策無しにカギの壊れたトイレで無防備に用を足してる人が、
ドアを開けられてしまった場面は、何度か目撃した。
開けられたほうのオバさんではなく、
開けてしまったほうの妙齢の美女が、
「オーマイゴッ!」と小さな叫び声をあげていた、あの時は、
美女は、いったい、どんな光景を目にしてしまったのだろう。

 壊れているのは、カギばかりではない。
フィレンツェ滞在中に出かけたサンジミニャーノのバールで借りたトイレは、
直径30cmほども有るトイレットペーパーカバーが、
突然、はずれ落ちて来て、
わけも解らず、私は、その重い金属のかたまりを肩にしょって用を足した。
当然、壊したと思われるだろうから、逃げるように立ち去った。
ボローニャから足を延ばして行ってみたフェッラーラという街では、
大学の学食のトイレを、こっそり拝借。
やたら広い個室に、便器がポツンと1つ。
静かで、誰も来なさそう。
男便所か女便所かも不明だが、
いいや、とにかく借りてしまえ。
便器の位置が異様に高く、
ほとんど、逆・立ちションベンともいえる姿勢で、
それでも、し終えて、ひと安心。
んが、
それもつかの間。
水を流す方法が判らない!
しまった!
イタリアは便器洗浄パターンが多種多様なため、
あらかじめ確認してからスルようにしていたのだが、
慌てていたので、スッカリ忘れていた。
便器周辺には、レバー、ペダルなど、それらしきものは見当たらない。
少し上の位置のカベに、
黒いゴムで覆われたボタンが有ったので押してみたが、水は出ず。
やばい。
今、人が来たら、どうなる?
「おい、早く出ろよ。
こいつ、なかなか出て来ねーでやんの。
ウンコしてんのか?」
とか言って、男子学生たちが騒ぎ出したら、どうなる?
皆でドアを蹴破りかねない。
やばいぞ、クソ恥をかくぞ。
と、なにやらタンクっぽく見えなくもない装置から、1本のヒモが。
これだ!
これぞ、地獄のクモの糸。
ヒモに飛び付き、思いっきり引いた。
ジャーーーーーーーーーーン!!!!
大音量で、館内に響き渡る非常ベル。
非常ベルのヒモだった。
うげーーーーーーーーーーっ。
駆けつけてきた係員らしき女性が、
イタリア語で何か言いながら、ドアをノックするので開けた。
まずは非常ベルを止め、その後イタリア語でどんどん話しかけてくる女性係員に、
「水が出ない。」と繰り返し言い、
「オシッコが流れない。」とジェスチャーで訴えるのだが、
まったく聞く耳持たず。
にもかかわらず、
「大丈夫だ、全て了解した。」的な態度で、
私をトイレの外へと導き、笑顔を見せ、そして行ってしまった。
便器内のオシッコは、あのままかい。
なにが大丈夫なのか?
どのように了解したのか?
どうなるのだ、私のオシッコは。
ふと見るとドア上部に、「身障者用」の札が。
係員は、私を
「間違って身障者用のトイレに入り、
非常ベルのヒモを引いてしまったオッチョコチョイ」
と見なしたようだ。
まさかオシッコを流せなかった人とは思っていまい。
故障していることも判ってはいまい。
どうなったのだろう、私のオシッコは。

イタリアぼんやり旅行 6

2006年09月02日 | 旅行
日直・橋本


 「イタリア人は、ひとなつこい」というのは、
よく言われていることだが、
確かに、そういうところは有る。
最初はガンを飛ばしてるとしか思えぬような顔をしていながら、
ひとたび挨拶を交し合うと、
もう、まるで昔からの知己のように親しく話しかけてくる。
ギロッとにらんでいるからといって、
「このイタ公。やるならやってやろうじゃねーの。」と、
早まってはいけない。
彼らは顔がクソ濃いうえに、
「この人とは仲良くなれるかなー?」と、
小1のガキさながらの心理状態でサグリを入れているので、
こちらからすると、ムカつく顔に見えるのである。
「チャオ」でも「ブォンジョルノ」でも、
とにかく、こちらから挨拶を一発かましさえすれば、
もうオッケー。
「わーい、この人、いい人だー。ボクたち、お友だちー。」と、
なついてくる。
幼稚園児並の行動パターンと言っていい。
が、
たいした能力もないくせに知識人を気取り、気持ちの良い挨拶ひとつしようとしないバカな野郎たちより、よっぽどイイぞ、イタリア人。
「持ってる、他人との距離感」「他人との距離の置き方」が、
根本的に、日本人とはチガうのだろう。
 
 イタリア人は、
列車の発着の遅れや変更などに対しては、
慣れやあきらめもあるのだろうが、
特にイライラしたりもせず、
「まぁ、仕方ないんでなーい?」的な、
ふところデカイ態度なくせに、
いざ列車が自分の降車駅に到着する際のスタンバイの早さは、普通じゃない。
到着まで、あと15分も有るっつーのに、
そそくさと出口に向かう。
なぜか、この点のみ、せっかち。
皆が皆、そうなので、ドア付近は大混雑。
あふれた人たちは、車両の通路に並ぶことになる。
重い荷物をかかえ、
通路に順序良く立ち並んで、到着までの残り15分間を待つのだ。
なぜ座って待たない。
理解不能。
そんな時も、おしゃべりなイタリア人は、しゃべり通し。
私の座席のヒジ掛けに、ちゃっかりケツを乗せたバァちゃんが、
嫁と孫2人と共に、通路で楽しげに立ち話。
「仲のいい嫁姑じゃん。」
と感心しているうちに、駅に到着。
私も降りるので、席を立ち、バァちゃん家族のあとに続いた。
ホームに降りると、バァちゃんと3人は、別方向へ。
連れじゃねーのかよ。
家族同士でしか生まれ得ぬような親密さを見せた4人が、
実は、まったくの赤の他人。
てっきり夫婦かと思っていた、バスの2人席に仲良く座ったカップルも、
ただの行きずり。
なんだ、その馴れ馴れしさぶりは。

 アドリア海に臨むリゾート地リミニへ出かけた折のこと。
夕方、帰途に着くべく、
海岸そばの停留所で、駅へ向かうバスを待っていた。
木かげのベンチに座っていると、
浅丘ルリ子の化粧をほどこした左幸子、
要するにバケモノじみた(注:イタリアでは普通顔の範ちゅう)オバさんが、
私の隣にドンと腰を下ろし、
ザバと脚を組み、
ブワーと溜め息をつき、
そして、私にこう言った。
「タバコちょーだい。」
おめぇは私の友達か?
もしや、おめかしした乞食?
イタリアでは、タバコの値段は日本の約2倍だ。
もらいタバコ専門のタカリか?
面倒なので「持ってない。」と答えると、
「使えねー、この女。」という感じで、
私にさっさと見切りをつけ、
通りすがりの兄チャンに、
「ちょっと、タバコ。」と声をかけた。
立ち止まり、ごく当たり前のようにタバコを出し、1本くわえさせ、
火まで点けてあげる兄チャン。
「どうもね。」と礼を言うオバさんに、
「ああ。」という感じで頷いてみせた兄チャンは、
スタスタ去って行った。
あ、そう。
普通のことなのね。
見知らぬ他人に「タバコくれ」と馴れ馴れしく声をかけるのは、
たいしたことじゃないみたい。
どうってことないことみたいよ。

 フィレンツェのミニ・スーパーマーケット。
入り口そばの冷蔵庫に並んでいるペットボトルの水を選んでいると、
店に入って来た少年に、イタリア語で話しかけられた。 
13,4歳。
Tシャツ・短パン姿の、ごく普通の少年。
明らかにジプシーではなさそうなので、
話を聞こうと試みるも、まったく理解できない。
少年は、
なぜか、左こめかみのあたりから、ひとすじ血をたらしながら、
手のひらに乗せた数枚の小銭を私に示し、
何かを説明している。
もしや、サッカー少年きどりの乞食か?
流血乞食。
少年の訴える内容が、9割方、解らず。
「わからない。」と言うと、
少年は、あきらめ、
少し離れた主婦のところへ行き、話しかけた。
了解し、少年に小銭を渡す主婦。
少年は礼を述べ、冷蔵庫から缶ビールを選ぶと、会計を済ませ出て行った。
どうやら、
「ビールを買いたいんだが、少々足りないので、融通してもらえないか?」
ということだったらしい。
あ、そう、そういうこと。
見知らぬ他人に「金くれ」とオネダリしても、
たいしたことじゃないみたい。
どうってことないことみたい。
ほんとか?

 ローマ・ヴァチカン美術館、システィーナ礼拝堂で。
ミケランジェロの「最後の審判」が描かれた部屋は、
えらいことになっていた。
各国の観光客で埋め尽くされ、ごった返している。
映画『禁じられた遊び』のラスト・シーン、
あるいは、
ガス室に送られる前に集められた収容所のユダヤ人状態。
天井高く、広い部屋は、
温泉場の大浴場のごとく声が響いて、うるせー、うるせー。
「みんなで騒げば怖くない」方式で、
美術館内と言うことも忘れ、皆、しゃべり放題。
警備員らの「静かに!静かに!」の注意も、まるで無視。
こんなに人が集まって静かにできるか、ばーか。
だったら、入場制限しろ、ばーか。
部屋の壁に沿ってベンチなぞ設えてあるもんだから、
ますます「お休憩場所」化。
皆さん、思う存分、リラックス。
今に、誰かを撃つね、警備員は。
やっと見つけたベンチの空席で一休みしていると、
関西弁のオバちゃん5人グループが、
「空いてへん、空いてへん」と騒いでいるので、
「よかったら、どうぞ。」と席を立って譲った。
「サンキュー、ベリーマッチ!」と礼を述べるリーダーに、
「どういたしまして。」と返すと、
「あらら?!日本人!?」とビックリしている。
さっきから日本語話してるだろうが、私は。
そうと判ったオバちゃんたちは、まるで親戚のオバちゃんのような親しさであれこれ話しかけてくる。
しまいには、
自分らの「関空発8日間のイタリア・パックツアー」の全貌まで話し出す。
大阪のオバちゃん。
その馴れ馴れしさは、
イタリア人と共通の性質によるものなのか、あるいは・・・?

イタリアぼんやり旅行 5

2006年08月31日 | 旅行
日直・橋本



 イタリア滞在中、私が宿泊した各ホテルの朝食は、
概ねビュッフェ・スタイルだったが、
全てのホテルで、コーヒーは、
コーヒーメーカーでではなく、
毎朝、好みのものをリクエストし、その都度、淹れてもらえた。
カフェラッテ、カフェマッキアート、カフェエスプレッソなど、
コーヒーの種類は多い。
最初に2週間滞在したローマのホテルで、
毎朝日替わりであれこれ試した結果、
どれも美味いが、特にカプチーノが美味く、
以降、帰国までの1ヵ月半、
どこのホテルでも、
カプチーノを2杯飲むのが朝の習慣になった。
 ことのほか美味いカプチーノを淹れてくれたボローニャのホテルでの或る朝。
1杯目のカプチーノと共に焼きたてクロワッサンを味わっていると、
「ブォンジョ~ルノ~!」
と言いながら巨体の男がレストランに入ってきた。
びっくりした。
異様に低く、異様にデカく、異様にイイ、その声。
オペラ歌手が「ブォンジョ~ルノ~!」と歌いながら登場したのかと思った。
待てよ。
ここはイタリアだ。
オペラの本場だ。
オペラ歌手だという可能性は大ありだ。
下半分が真っ黒いヒゲでおおわれたその顔は、
そういわれれば、三大テノールのひとりパヴァロッティに似ている。
朝っぱらからグレーのスーツを着込んだ、その百貫デブさ加減もソックリ。
オペラ歌手以外で、こんな風体のヤツが居るか?
入り口そばのテーブルに座っていた年配の夫婦が、
「ブォンジョルノ。」と挨拶を返すと、
再度「ブォンジョ~ルノ~!」と返す、歌うようなバリトン。
間違いない。
正真正銘、本場イタリアのオペラ歌手だ。
私の横を通り過ぎる時、私も「ブォンジョルノ。」と挨拶すると、
バカが、また
「ブォンジョ~ルノ~!」
と歌いやがった。
声がデケーんだよ!
各テーブルの人たちに、いちいち、
「ブォンジョ~ルノ~!」と言ってるここは、
おめぇのディナーショー会場か?
いいから早く席に着いて、食え。
と、一番奥のテーブルで一人静かにカフェを飲んでいた女性のもとへ。
連れのようだ。
だったら、なぜ、
一緒に部屋から出、一緒にレストランに来ないのか?
一晩ベッドを共にし、
デブのあまりの暑苦しさに耐えかね、女は一足先に来たのだろうか?
キスを交わす2人。
オペラ歌手は、ひとり、料理の並んだカウンターへ行き、
女と自分、2人ぶんの食物を物色。
パンやら何やらを持ってテーブルに戻るたびに、
女に何かを言われ、
カウンターとテーブルを行ったり来たり。
女にアゴで使われている。
ジャム。バター。ジュース。
ひとつ取っては戻り、また来てはひとつ取りしている。
このバカ。
一度に取れないのか?
デカイ図体に、小鳥の脳みそ。
恐竜と一緒だな。
声は素晴らしいが、
脳が足りないイタリアのオペラ歌手。

 10日ほど滞在したフィレンツェのホテルは、
メディチ家がかつて所有していた館だそうで、
確かに、
貴族の屋敷そのままの内装は、
ルネサンス期にタイムスリップしたような錯覚を起こさせる。
ホテルのメイドの制服も、
スカートの丈といい、エプロンのデザインといい、
かの時代風で、雰囲気作りもバッチリだ。
が、
元は人んち、しかも貴族んちだけあって、間取りが複雑。
階段の位置も各階同一ではなく、
私のような方向音痴にとっては、まるで迷路のようだ。
チェックインの際、
朝食をとる部屋の場所をフロントで訊くと、
「説明できないから、誰かに訊け」と言われた。
朝食の場所どころか、
渡されたカギの番号の部屋にさえもたどり着けず。
途方に暮れていると、
メイドが通りかかった。
ホテル従業員の中には、イタリア語しか話せない人も多い。
イタリア語で「部屋に行けない」と言うと、
「ついて来い」と言う。
途中、
食堂のような部屋を通ったので、
「ここで朝食を取るのか?」と、再度イタリア語で尋ねると、
「そうだ」と答え、
一拍おいて、
メイドは、私にこう訊いた。
「イタリアーナ(イタリア人か)?」
きさまは、めくらか?
私のどこをどう見たらイタリア人なんだよ!
自分とチガウだろ、顔が。顔の作りが。
バカなのでしょうか?イタリア人は。

 ローマで、
毎週日曜日に開かれるノミの市があるというので行ってみた。
ひとり3ユーロの入場料を払って、
露店が立ち並ぶ広場に入場する。
かつては大盛況だったらしいが、
今は、出店数も減ったようで、少々寂しい感じだった。
だが、せっかくなので、何か買ってみたい。
60年配の小柄なオバさんが開いてる露店で、
赤いバラのペンダントトップを見つけた。
家にある手持ちのチェーンに合わせたらどうだろう。
「5ユーロ」の手書きの値札が付いている。
ノミの市では値切るのが当たり前だと聞いたが、
生まれてこのかた「値切る」ということをしたことが無いので、
値切り方が判らない。
とりあえず、オバさんの了解を得てから品物を手に取り、
死ぬほど考え込んでみせた。
オバさんは、
「これの何が問題なんだ。」と訊いてきた。
しめた。
ここで、
到底ムリな、できっこないナンクセをつけてダダをこねれば、
「仕方ない。マケましょう。」となるんでしょ?
そこで、私は、
バラにくっ付いていた、
バラとチェーンをつなぐための部品である銀色のリングに着目。
「問題は、このリングだ。
バラの色と同じ、赤いリングがいい。」
と言った。
オバさんは、
「そんなのあるわきゃない。」
と突っぱねた。
私が、
「しかし、銀色だと目立つから、イヤだ。」
と、さらにゴネると、
「じゃ、こうすればいい。」
と、私の手から赤いバラを取り、リングを手でヒネリ取ってしまった。
「ほーら、どーだ。これで問題はなくなった。」
どーすんだよ。
リング無しで、どうやってチェーンにつなげるんだよ。
バカですね、イタリア人。
値切る気力も失せた私は、
満足げなオバさんに5ユーロを渡して、ぶっ壊われたペンダントトップを買った。

イタリアぼんやり旅行 4

2006年08月29日 | 旅行
日直・橋本

 暴言を吐こうが、イタリア人は、やはり親切だ。
人がいい。

 フィレンツェからボローニャへの移動のため、
フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅へ。
発着版を見ると、
乗車する列車の発車ホームが、変更されている。
「イタリアでは、ホーム変更・発着時刻変更は茶飯事」という事実は、
数回の移動を経て、すでに承知していたので、
もう腹も立たなかったが、
あせるのは、あせる。
見ると、
変更になったホーム14番線には、すでに列車が停車してい、
ホームには人が居ない。
皆、乗車し終えているのだ!
ということは、
いつ発車してもおかしくない状況ということだ。
イタリアでは、列車の発車を知らせるベルは鳴らさない。
そんなものは、無い。
なんの前ぶれもなく突然ドアが閉まり、人知れず発車する。
しかも、発車予定時刻なぞ有って無いようなもので、
いつ発車するかは、
カケだ、カケ。
カンだ、カン。
「まずい。あの列車の発車は近いぞ!」と私のカンが働き、
でかいスーツケースをゴロゴロころがし、走った。
走りながら考えた。
「だが、待てよ。
こういう変更に次ぐ変更に対処するために、
早めに駅に来たはずなのだ。
いくらイタリアでも、予定より20分も前に発車するようなムチャをするか?」
が、
相手はイタリアの列車だ。やりかねない。
ホームの中ほどにある電光掲示板で、停車中の列車の情報を確認すると、
「通過駅ボローニャ」とある。
乗れ、乗ってしまえ。
指定席の車両まで、また走った。
10号車入り口には、そこをふさぐように、うさんくさい男が立っていた。
赤いTシャツにGパン、
口ヒゲを生やし、林家ペーのような髪型。チビで色黒。
「通してくれ」とイタリア語で言うと、
「乗るのか?」と訊く。
「そうだ」と答えると、
「持ってやる」と言い、
ホームからステップ4段ほど高い車内へ、
スーツケースを引き上げ、運び入れてくれた。
もしや、こいつは、ドロボウか?
イタリア悪人図鑑によると、
荷物デッキが近いドア付近に待機し、
発車まぎわに、スーツケースを盗んで逃走するという手口のドロボウが多いらしい。
荷物置き場の空きスペースは、すでに3段めにしか無く、
それを見た林屋ペーは、
超重量級のスーツケースを持ち上げ、載せてくれた。
チビのくせに。
さてはスーツケースの重さから中身を推測したな?
ペーの前で、
自転車用チェーンを2本、ガシッ、ガシッと、
スーツケースと棚の棒につないでみせた。
これを切断する手間を考えれば、ペーも、もはや手は出すまい。
安心して、指定席へ。
すると、そこには、すでに乗客が。
出た。
イタリア悪人図鑑パート2「他人の席は私の席」。
こういうヤツらは、有無を言わさず、どかす。
「これを見ろ」と、指定席の切符を突きつけたら、
「これも見ろ」と、向こうの切符を突きつけられた。
・・・あらら?
列車番号がチガう。
どうやら、今、乗車している列車は、
相手の切符に印字されている番号の列車のようだ。
やばい。
チガう列車に乗ったらしい。
慌てて出口へ走り、スーツケースのチェーンをはずす。
ペーが、
「降りるのか?」と訊くので、
「そうだ」と答えると、
「下ろしてやる」と言って、スーツケースを床に下ろしてくれた。
さらに、ペーは、
「降りるんだな?」と念を押し、
私のスーツケースを持ってホームに降りると、「切符を見せろ」と言った。
切符を盗むのか?と思ったら、
通りがかった駅員に確認のうえ、「これは、次の列車だ」と教えてくれた。
なんだ。
ペー、すごく、いい人じゃん。
それにしても、
イタリアの列車のシステムは、本当に困りものだ。
早めに行ったら行ったで、トラブルに見舞われる。

 その後、無事乗車した、そのボローニャ行きの列車の中でのこと。
個室タイプの6人席で、窓際の私の真向かいに座っていたのは、
初老の女性。
連れはなく、ちょっと金持ちふう。
私が着席する際、組んだ脚をほどこうとしないので、
「失礼。」と声をかけたが、返事をしない。
脚も組んだまま。
くそババァ。
改めて見ると、
顔がこわい。
普通にしてる顔が、すでにガンつけ顔。
外人は、若い頃はいいが、年をとるとグロテスクな顔になりますね。
負けてたまるかと、こちらもガンをつけ返す。
このままボローニャまでガンの飛ばし合いか?
と思っていたら、
ババァが、いきなり、
「暑いか?」とイタリア語で訊いてきた。
イタリア人だ。
突然の質問に驚いたが、「暑い」の意のイタリア語は知っていたので、
「大丈夫だ」と答えると、
個室の出入り口ドア上の、スイッチや調節ツマミなどが並んだ操作器を指差しながら、なにやらイタリア語でしゃべり出した。
前回も書いたとおり、
イタリア人は、早口で、まくしたてるようにしゃべる。
このバアさんも、しかり。
何かを説明しているのは判るが、内容は、まったく理解できず。
英語で聞き返してみるが、
そこはイタリア人。
自分の知らない言語は、無視。
聞かなかったことにするようだ。
「ラチがあかない」とばかりに、バアさんは立ち上がり、
「来い。」と私をいざない、操作器の下へ。
結局、エアコンの温度調節の仕方を教えたかったようで、
私が「了解。」とイタリア語で言うと、安心した様子で席に戻った。
「ご親切に有難う。本当に有難う。」
と重ねて礼を述べると、
「イタリア語が上手だ。」
と誉めてくれる。
「とんでもない。ほんの少し言葉を知ってるだけだ。
本当は、話せるようになりたいのだが。」
と言うと、
「大丈夫。話せるようになる。」
そう言って、バアさんは初めて笑顔を見せた。

 気候の良い時期、イタリアでは、
インサイド・ルームの他に、店の前に設えたアウトサイド・テーブルがあるレストラン・トラットリアの場合、
「エアコンが効いた店内がいい。」と、客が主張しないかぎり、
外のテーブルへ案内するのがサービスのようだ。
気持ちの良い外で、おおらかに食べるのがイタリア流らしい。
実際、
体裁だけ真似た日本のレストランのアウトサイド・テーブルとは違って、
心底くつろいで食事できる。
ボローニャで最初の夕食を楽しんだレストランも、
立ち樹を活かしたテーブル配置の、洒落た、
しかも、とても美味しい料理を出す店だった。
さすが、グルメの街と言われるボローニャ。
フラっと入ってみた店でも、これだけ満足できるのだ。
会計を済ませ、席を立つ段になり、ちょっと困った。
隣の丸テーブルで食事中の5人家族のうち、
私側に背を向けている1人に、立って椅子を引いてもらわねば、
どうやっても出られないのだ。
父さん・母さん・0Lのねーちゃん・高校生の弟・妹という感じだが、
高校生の妹が、
骨折したかなんかで、左足首にギブスをはめ、松葉杖だ。
そんなにまでして外食したいか?
悪いことに、そのビッコの妹に立ってもらわねばならないのだ。
仕方ない。
知り得る限りのイタリア語の「へりくだり」及び「謝罪」の言葉で、
最高の礼を尽くして、通してもらうことにしよう。
なんでもいいんだ、謝りゃ。
「すみません。ごめんなさい。
本当にすみません。お許しください。」
謝りゃいいんだ、なんでも。
だが、
5人はキョトンとし、
「すごく謝ってるよ?この人。」
と、怪訝そうに顔を見合わせている。
「通して頂けます?」
と私が言うと、
次の瞬間、全員、一斉に立ち上がり、
「プレーゴ(イタリア語で‘どうぞ’の意)!」
総立ちで、
「プレーゴ、プレーゴ!!
どんどんプレーゴ!!」
父なぞは、
娘の松葉杖をひっつかみ、そのツエの先で、
私の行く道筋を指し示してくれてさえいる。
いい人たちだ。

イタリアぼんやり旅行 3

2006年08月27日 | 旅行
日直・橋本


 イタリア人は、早口だ。
そして、よく、しゃべる。

 ヴェネツィアからミラノに移動する列車で、
向かい合う4人席に同席した、イタリア人の青年2人組み。
18,9歳か。
この片方が、しゃべる、しゃべる。
最初、
「イタリア語を勉強中の私には、
これは、いいリスニング・レッスンになるぞ」と思ったが、
甘かった。
本当に、口を閉じない。
昨日の彼女とのデートの報告のようだが、
コーラとチップスを食い続けながら、1秒たりとも沈黙しない。
その青年の口から機関銃のように放たれるイタリア語は、
いつしか、イタリア語に聞こえなくなってくる。
未体験ゾーン。
これほどの言葉数を間断なく聞かされると、
人は気が狂うのではないか?
動悸が激しくなり、頭に血が上りきった。
「うるせーーーっ!!」と叫びそうになる自分を抑え込むのに、
超人的なエネルギーを要した。
かつて見たこともない「異常に口数が多い男」を、
この手で絞め殺すサマを、列車に揺られながら夢想し続けた。
拷問のような2時間半あまりであった。

 ボローニャからヴェネツィアへの移動の列車は、
個室のようになっている6人席。
隣は、30歳前後のイタリア人カップル。
にわかに欲情するのか、
途中、思い出したようにキスなぞしつつ、
これまた、2人でしゃべりっぱなし。
早口で声が大きいイタリア人同士の会話は、
たまに口論しているのかと見紛う時もあるが、
このカップルも、
まるでケンカしているようだな。
と思ったら、
本当に、いつのまにかケンカしている。
見るからに険悪なムード。
あまりの気まずさに、
思わず、向かいに座っている黒人と顔を見合わせ、
意味不明の作り笑顔を交わした。
なんだよ、なんだよ、どうしたんだよ。
ついさっきまで、
「ヴェネツィアに着いたら、スパゲッティ・ボンゴレを食うか、
それともスカンピのリゾットを食うか」と、
仲良く相談してたんじゃねーのかよ。
気がつくとケンカ。
あなたたち、おかしいです。
ちょうど、その時、検札が。
カップルは、切符を持っていなかった。
「この場で払え」と言われたが、
彼氏の持ち金が少なく、
「まけてくれ」と訴えるも、
答えは、当然、「ノー。」
仕方なく彼女が支払った。
車掌が去ったあと、つかみ合いのケンカになっていたが、
それにしても、なぜ、急にケンカになったのか?
イタリア人のことだから、何の気なしに、相手に何か暴言を吐いてしまったのだろうか?

 イタリア人は、よく、暴言・汚言を吐くらしい。
そういう類のフレーズも多いそうだ。
日本語では言えないような暴言を、
ケンカとも言えないほどの、ちょっとした口論程度で、
相手に対してガンガン言ってしまうらしい。
「日本語では言えない」ようなフレーズか・・・。
ってことは、「クソ食って死ね」以上ってことですね?
一体、どんなフレーズなんでしょう。
ワールドカップ決勝の延長戦で、
イタリア人選手の暴言にドタマにきたジダンが、
その選手に頭突きをかまして退場になったが、
その時のイタリア人選手の発した暴言は、
どうやら、ジダンの母親らを卑しめる暴言だったそうだ。
英語の「son of a bitch!」の数倍強烈なものだろうか。

 ドゥオモに昇り、眼下に広がるフィレンツェの街並みの美しさを堪能した折に見た青年2人組。
片方は、かなりカワイイ顔をしている。
恐竜のヌイグルミを抱き、
もう片方の青年が向けるカメラに、何度も何度も納まっている。
イタリアのオカマ。
恐竜は、彼氏からの贈り物だろう。
仲良く並んで、手すりから景色を眺めている2人。
と、カメラを持ったほうの彼が、オカマくんに、何かを言った。
すると、オカマくんは、
イヤイヤをし、泣きべそをかいてスネてしまった。
一体、何を言ったのかな?
オカマへの暴言。
見当がつかない。
「きゃー、高ーい、こわーい!」とか言ったオカマくんに、
「おめーは、ケツの穴が、ちっせーんだよ!」とか?

 同じドゥオモで。
やはり絶景をバックに、順に写真を撮り合っているティーンエイジャーのグループ。
そういうグループに必ず1人は居る、仕切る女。
そして、大概がブス。
このグループを仕切るミケーラも、例に漏れず。
そのミケーラは、どうやらファビオを好きなようだ。
ファビオは、明らかに美人のジュリアを好いている。
ジュリアのケツばかり追っているので、バレバレだ。
だが、ミケーラは、判らんらしい。
ファビオが、
「写真、撮ってあーげる!」と、
皆に言ってるふうを装って、明らかにジュリア狙いで言うと、
お呼びでないミケーラが「はーい!」と、
勢い込んでファビオのカメラの前に。
立つやいなや、ファビオは、ミケーラに言った。
「おめーじゃねーよ!!○○○○○×××××!!」
この後のミケーラの落ち込みようから考えると、
○○××は、かなりの暴言だったと想像できるが、
一体、なんと言ったのか。
「ドゥオモから飛び降りて死んでしまえ!」とか?
そりゃ、ひでぇ。