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個別指導塾 ONE-S(ワンズ)のブログ

堺市上野芝にある個別指導塾です。進学から補習、不登校の子どもの学習サポートなど、さまざまな子どものニーズにこたえます

そろそろ口だけではなく本気で変えていきましょう

2018-03-10 10:45:45 | 教育問題
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

いよいよ明後日は公立入試! もう少しだ、みんな頑張れ!

今日は学習ではなく、学校という場所での「いじめ」について考えていきたいと思います。

みなさんは、「いじめた」あるいは「いじめられた」という経験はあるでしょうか? 直接的ではなくてもそういう場面を見たことがあるという人の方が多いのではないでしょうか。

「いじめ」の問題というのは、なにも子ども社会だけでなく、大人になってからも数多く存在します。むしろ大人社会の方が多いかもしれません。そう考えるとこの人間社会から「いじめ」そのものをなくすというのは非常に難しいかもしれませんが、だからといて「いじめ」問題についてこのまま放っておいていいはずもありません。

私はここで何度も書いているように、私の中学校は多くのヤンキーがいました。ヤンキーたちが学校で絶対的な権力を握っており、もちろん先生たちも彼らに対しては厳しく指導できてませんでした。この中学校の先生たちでは、自分に何かあった場合、絶対に守ってくれないという確信がありましたので、私なりにいじめられない方法を考えました。

私には小学校のときに仲の良い友だちがいました。彼は体も大きくケンカもとても強い子でした。中学校に入ってからはどんどんヤンキー化していき近寄りがたくなっていったのですが、彼は中学校のヤンキーグループの中でも確固たる地位を築いていましたので彼と仲良くすることが私自身の安全を守るために唯一の道だと思い、学校内で彼と会うと勇気を出して親しげに声をかけてみました。彼はヤンキーにはなっていましたが、私には以前と同じような感じで接してくれたので、その効果は絶大でした。こんな強い〇〇君と仲良く話してる友達なんやから、こいつには手を出さんとこといった空気がはっきりと感じることができ、私は無事に3年間を乗り切ることができました。本当に彼のおかげだったんです。

私の場合はこのように運よく危機的な状況に追い込まれることはありませんでしたが、昔も今も「いじめ」に苦しんでいる子どもは本当にたくさんいます。毎年のように「いじめ」が原因で自殺したというニュースを目にします。自分の命を捨てたくなるほど子どもたちを苦しめている「いじめ」を放っておくわけにはいきません。

「いじめのない学校を」「いじめはよくない」「いじめをなくそう」などと言葉で表すのは簡単です。私はこれらのフレーズにとても大きな違和感を覚えます。簡単に言葉に出しているけど、本当にその覚悟はあるのでしょうか?と。真剣に「いじめ」を学校からなくそうと必死に取り組んでいますか?そんな簡単なものじゃないですよ、キレイごとだけ言うのは、もうやめましょう。

「いじめの事実を知らなかった」よく聞く学校の言い訳ですね。確かに現在はスマホの普及もあり、「いじめ」の方法も変わってきており、発覚しにくい面はあるでしょう。ですが、暴力や暴言、嫌がらせなどの「いじめ」は圧倒的に多く、それが発見できない学校のシステムこそが一番の欠陥ではないでしょうか。教室で殴られたり嫌がらせをされているにもかかわらず、「いじめ」の事実を先生が知らないってどういうことでしょうか。

また「いじめられる方にも問題がある」こんなもんあるはずないでしょ!どんな理由であれ、集団で1人をいじめていいわけがありません。いじめる側に正義なんてあるわけがない!

いじめられた子どもは、それにずっと耐えるか、耐えきれなくなったら不登校になったり、転校したりします。どうして、いじめられた子がそんなことをしなければいけないのでしょう。いじめた側は、なんの罪にも問われず、のうのうと毎日学校に来ては、また次のターゲットを探しています。反省もまったくせず、むしろ自慢げに周りの人間に語ってるかもしれません。

もし学校以外で同じことをすれば、傷害罪などの犯罪になるはずです。どうして同じことをしても学校なら、なんのペナルティーもないのでしょうか。こんなこと、絶対に許してはいけません。

本気で学校から「いじめ」をなくしたいのであれば、それなりの覚悟を持って取り組まなければなりません。「いじめられた被害者」の子どもが学校にいけなくなったり、転校したりしなければいけないような腐ったシステムではなく、加害者側の生徒を学校から追放し、同じような過ちを犯した子どもが集まるような学校をつくり、そこに強制的に行かせるような、そこまでしないと、「いじめ」なんてなくならないでしょう。

「いじめているつもりはなかった。」などとふざけた言い訳ができないように、監視カメラをいたるところに設置し、証拠を残せるようにするのも1つの方法だと思います。

学校が安全な場所であるからこそ、親は子どもを学校に行かせることができるんです。今のような学校の体制では、安心して子どもを預けることができません。

人の道から外れたことをすれば、罰則を与えるというのは当たり前のルールです。それも、タバコを吸うだとか髪の毛を染めるなどと比べてはるかに悪質で、「いじめ」は人の命を奪うかもしれない、人の人生を狂わせてしまうかもしれない、とても卑劣な行為です。そんなことを教えるところが学校ではないのでしょうか。そんなことさえ教えることができない学校なんて、存在価値はありません。

「いじめをなくすよう努力します」そんな言葉を何回口にしても何も変わりません。根本的にシステムの見直しが必要です。学校が正しい場所であるために、安心できる場所であるために、私たちみんなが、もっとこの問題を重要視して、解決に向けて取り組んでいかなければならないと思います。

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どこを目指してるんですか?

2018-03-08 10:51:00 | 教育問題
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

1.2年生の学年末テストも終わり、残るは公立高校受験だけとなりました。また少し寒くなってきたから、体調管理しながら一緒に頑張っていこうぜー!

今日は各中学校の採点の仕方のことです。この問題についてはもう何年も前から私は怒っていますが、まったく減らないばかりか増加しているのでと思います。

最近はネット上でも、なぜこれが正解ではなくて不正解なんですかといった例がいくつも挙げられていますので、ご覧になられた方もいるかと思いますが、本当によくわからない採点をする先生があちこちに多くいます。

国語の問題で漢字のトメやハネを厳しく採点しているのはよく見かけますし、メディアなどでも取り上げられ問題視されていますね。文化庁などでが、そこまで細かくせずに正解にするようにというようなことを伝えていますが、ほとんど減っていません。書道のテストならわかりますが、国語のテストでそこまで細かくチェックする必要があるでしょうか。百歩譲って、漢字の書き取り問題では細かく採点するのはいいとしても、、たとえば「主人公はなぜそう思ったのですか。30字程度で説明しなさい」のような設問であっても、漢字の書き取りと同じく細かく文字を採点する意味がわかりません。この問題では、主人公がなぜそう思ったのかを文章を読み取り、30文字程度でまとめることができるかを確かめる問題です。漢字のトメ、ハネがきちんとできているのかを確認する問題ではないはずです。ほぼ完璧な内容で書いた答えでも、その中の漢字のトメ、ハネが間違っていると不正解とする教師がいます。いったい何が目的なんでしょう。

別の学校では、こんなこともありました。数学の問題でアルファベットでbと書くと数字の6と間違いやすいので、筆記体のbを使う子も多いですよね。するとこの数学の先生は、筆記体のbの最後のトメの角度がおかしいからと言って、全問不正解にしました。


これはヤバいですね。そして、テストを返した後の残り時間で、生徒たちに筆記体のbの練習をさせたんです。これはなんの拷問でしょうか。さらに、こんなのもありました。√ の線が短く数字がはみ出してしまっているという理由で不正解になっちゃうんですね。こんな感じです。

このような人が、子どもたちに数学を教えていていいのでしょうか。

社会では国語と同じく、よく漢字指定の問題がありますよね。しかし、それこそ国語の漢字問題ではないのだから、少しくらい文字が崩れていても、そこが問題ではないですよね。

これはなぜ不正解だかわかりますか? 「うかんむり」から文字がはみ出してしまっているから、らしいです(-_-;)

こんな例は山ほどあります。テスト前に必死で寝る時間も惜しんで勉強した子どもたちの努力が、こんな形で無駄にされてしまっていては、そりゃあ子どもたちもやる気をなくしますし、腹も立ちますよね。

そもそも定期テストというのは、子どもたちの理解度などを確かめるのが目的ですよね。こんな小さな不備を見つけて減点していくという方針では、本質からどんどん遠ざかってしまいます。

もし、先生がこれからの高校受験なり検定試験などの採点基準が厳しく、そこで不正解にならないようにという考えてされておられるのなら、せめて違った方法で子どもたちに伝えてあげてほしいですね。「高校受験の採点基準では、この書き方は不正解になる可能性が高いから、次からは気をつけなさいよ。今回は〇にしたけれど、次同じ書き方したら×にするよ」ぐらい言えないのでしょうか。そうでないと、子どもたちは、「なぜこれで不正解になるねん!めっちゃムカつくわ!」と怒りの感情しか湧いてこず、「次から気をつけよう」なんて思わないです。

そしてするなら学校全体でしないと意味がありません。採点基準が先生によって違っていては生徒が混乱するだけですから、各教科の先生同士でしっかり話し合って採点基準を明確にする。そして、どの教科の先生も黒板に書く文字は。きれいに丁寧に正しく書く。国語のテストで不正解になるような文字を、先生が授業で黒板に書いてはおかしいですよね。

先生は簡単に生徒の答案に×をつけるかもしれませんが、子どもたちにとっては、その1点や2点がものすごく大きいんですよ。生徒がその答えを覚えたり、解けるようになったりするまで、どれほどの時間を費やしたと思いますか?何も書いていない白紙の答案と同じ扱いにすることに抵抗は感じませんか? 子どもたちの頑張りに負けないように、必死で試験問題を作っておられますか?適当にそのへんの問題集から問題を寄せ集めて作ってませんか?

頑張った子どもたちが正当に評価され、後味の悪くならないような採点になることを願っています。

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この異常な状況をどう思っているのでしょうか?

2018-01-27 11:38:09 | 教育問題
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

最近では、ほとんどの中学生が塾に通っていますし、小学生でも塾や公文・英会話などの勉強関連の習い事をしている子もかなりの割合でいます。このような状況を批判したいわけでもなく、逆にそれによって私たちのような塾の仕事が成立しているわけですから、歓迎すべきなのかもしれません。ただ、私が異常だと思うのは、これほど多くの子どもたちが塾に通い、たくさん勉強しているにもかかわらず、全体として学力の平均が以前と比べて上がっているとは思えません。それどころか逆に下がってきている感じさえします。

いったい何が原因なのでしょう? 子どもたちからすると学校で勉強させられ、さらに塾でも勉強させられ、そんなにしているのに学力が伸びない。これが子どもたちにとって非常に大きなストレスになっているのではないでしょうか。

まず、大きな原因として考えられるのは、これまでも何度か触れてきた学校での勉強が無意味になってきていることです。子どもたちがよく、「勉強のしかたがわからない」と言っていると思いますが、これは勉強したくないことの言い訳ではなく、本当にそうである場合が多いのです。

たとえば、学校では定期テスト前に提出物をさせられます。ほとんどの科目の問題集が渡されていて、その問題集の試験範囲の部分を解いて、答え合わせもして提出させるのです。でもこれって有効な勉強でしょうか? 学力の高い子どもは、わからない問題があっても解答の解説を読めば理解できるでしょうし、彼らにとってはいい勉強になるでしょう。ですが、そういった一部の学力の高い子ども以外は、解説を読んでも理解できません。ではどうするのかというと、赤ペンで解答を丸写しします。数学なら途中式も含めて全部写さないと点数が引かれてしまいますので、なぜそうなるのかの意味も分からず解答を丸写しします。学力の低い子どもは、そういった問題がほとんどですので、問題を解いている時間よりも、解答を丸写ししている時間の方が圧倒的に長いのです。

こんなにも時間をかけて一生懸命提出物をしたのに、テストの点数が悪い⇒勉強のしかたがわからないとなってしまうのです。実際に塾に来られる生徒さんも、「勉強のしかたを教えてほしい」「提出物のわからないところを教えてほしい」という子はかなりいます。問題集を解いて、自分で丸つけをして理解できるくらいなら、そもそも学校の授業なんて必要ないですよね。学力差もかなりあるのに、同じ問題集をさせていることや解答を丸写しさせていることに対して、本当にこれで生徒たちの学力が上がると信じている先生はいるのでしょうか?

夏休みなどの長期休みの宿題にしてもそうです。渡された宿題の9割も解答を丸写ししている生徒もいます。もっとひどいのは、たとえば学校で作文や感想文の練習を1度もしたことがないのに、宿題に作文や読書感想文を出します。どうやって書けというのでしょう。

授業の英語では、教科書の単語と文法だけの勉強しかしていないのに、渡された問題集には長文や英作文がどっさりあります。これを学校の授業で得た知識だけで解けというのでしょうか?

つまり、学校は宿題や提出物という形だけにとらわれていて、まったく子どもたちのことなんて考えていません。生徒たちに渡している問題集を全ページきちんとチェックしたうえで選んでいるのかどうかもあやしいです。その背景には「学校できちんと教えることなんてできない。塾で教えてもらえばいいんじゃないか」という気持ちもあるかもしれません。もしそうだとしたら、学校の授業なんてなくせばいいんですよ。学校での授業のかわりに塾で勉強するようにすれば、どれほど効果的な勉強ができるか、どれほど子どもたちのストレスが減少するか、そこを意識しない限り、ますます学校の存在意義がなくなってしまうと思います。

「学校は勉強だけするところではない」確かにそうでしょう。でしたら勉強はすべて塾にまかせてください。勉強以外のことを学校でしてください。これだけ多くの子どもたちが学校に息苦しさを感じ、勉強嫌いになっているのは異常です。これほど多くの勉強をさせているのに、これだけ多くの勉強についていけていない子どもが存在しているのは異常なんです。

ここまで学校批判するのは、やはり私は学校でなければできないことはたくさんあると思っているからです。勉強面も含めてあくまでメインは学校であるべきなんです。塾はあくまでサブでサポート的な存在であるべきなんです。これが逆転していることが大きな問題であることを、教育関係者はしっかりと受け止めて改革を進めていってほしいと願います。教育は子どもたちのためにという原点を忘れないでほしいです。

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チャレンジテストを終えて

2018-01-23 10:42:03 | 教育問題
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

今月11日に、中1と中2のチャレンジテストがありました。このテストに関しては、ブログで何度も書いてきましたが、どう考えても早く廃止にした方がいいなと思います。

チャレンジテストというのは、簡単に言うと「子どもたちの学力を正当に評価するため」のテストです。大阪の公立高校の入試では、内申点と本番のテストの合計点数で合否が決まります。内申点は中学校の先生が生徒のテストの結果や提出物、授業態度など総合的に判断し1~5点の点数を各科目つけます。内申点と本番のテストの合計で合否が決まるわけですから、この内申点が合否を左右するものであることは確かです。

定期テストや実力テストは中学校によって、その問題は異なります。ですから、難しいテストもあれば簡単なテストもあります。各中学校でバラバラのテストを受け、そして各学校の先生が評価をつけます。そのような条件でつけられた点数が公平なものかどうかといわれれば、決して公平ではないと言わざるを得ません。先生によって評価の仕方も異なるでしょうし、学校全体のレベルによっても変わってきます。そういった学校間の格差をできるだけなくそうと導入したのが、このチャレンジテストなんです。

私は以前にも書いたように、こういった制度を導入することに関しては基本的には賛成なんです。やはり子どもたちの進路を左右する受験というものが、運不運などではなく、できるだけ公平な評価で決められるべきだと考えているからです。しかし、やはりこのチャレンジテストが良い方法だとは思えません。

1年間子どもたちが定期テストや提出物などで頑張ってきたことが、このチャレンジテストのたった1回の結果で変わるかもしれない、チャレンジテストには含まれない副教科の内申点もチャレンジテストの結果で変わる可能性があること、そしてチャレンジテストの内容が中学校の定期テストで出題されるような、また本番の入試ともまた方向性の異なるような問題が多いこと、チャレンジテストを受けていない子どもも多くいること、子どもたちや保護者の方々にチャレンジテストの影響をきちんと説明できていないことなど、数え上げればきりがないほどチャレンジテストには欠点が多くあります。

ただ、これは私が教育委員会などのホームページでチャレンジテストの仕組みを読んだ感想であり、また私と同じように、チャレンジテストに反対している人たちとの会議で思ったことですので、もしかしたら私が勘違いしていて、もっと深い狙いがあるのかもしれません。

私はこのブログで何回も書いてきているように、考えが偏ることなく、そして決めつけることなく頭を柔軟にしなければなりません。このチャレンジテストの件については、私はずいぶんと偏ってしまっていたかもしれません。なぜなら、このシステムを作った人たちの意見を聞いていないからです。批判をする前に、この人たちの意見を聞かないとフェアではありませんよね。一方の言い分しか聞いていないのですから。

そこで、できるだけ早い段階でチャレンジテストのことについて、聞いてみたいと思います。以前、電話で少し尋ねてみたのですが、あまり詳しくは教えていただけなかったので、また近いうちにお話をお伺いさせてもらおうと思っています。お忙しい中で、私のような個人塾にいちいち対応している時間はないかもしれませんが、子供たちや保護者の方々がこの受験制度を理解できていないというのは、大きな問題です。受験生はもちろん、中学生の多くは不安がっています。その不安を少しでも軽くできるよう、チャレンジテストのことを細かく教えてください、よろしくお願いします。

チャレンジテストの制度を採用した方々の意見を聞いた上で私が考えたことなどを、またここで書きたいと思っています。



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学力低下と貧困

2017-12-14 10:43:25 | 教育問題
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

学力低下の問題と貧困の問題は密接な関係にあるといわれています。つまり、生活していくためにぎりぎりの収入であるため、子どもの教育費、塾などの習い事に行かせる余裕がなく、その結果塾に通っている子たちとの学力差が大きくなってしまうという問題です。確かに現在は、幼児教育や小学校の低学年から塾に通っている子どもも少なくなく、一方でまったく習い事をしていない子どももいるため、二極化が進んでいるといわれています。

ある調査では、小中学生で基本的な知識や能力が身についていない子どもの多くは、いわゆる貧困家庭の子どもであるという結果も出ています。なるほど、そうでしょう。塾などで勉強を教えてもらい、そしてまた自宅でも勉強できる環境が整っている子どもと、塾に通えず、自宅には静かに勉強できる部屋もなければ、勉強する机もない子どもとでは、だんだんとその差が広がっていくのは明らかです。

しかし、私はこの問題を考えるときに、いつもいくつかの疑問点がわいてくるのです。

1つ目は、塾にもいかず、家で勉強できるような環境がない子どもが、府内のトップの進学校に合格するというのは確かに難しいでしょう。しかし、小中学校で身につけるべき基本的な学力が身についていないというのは、はたして貧困だけが問題なのでしょうか?私が中学生のときには、塾に通っている子は半分いたかどうかの割合だったと思います。ですが、塾に通っていない子も、たとえば読み書きができないとか、主語述語がわからないとか、九九ができないとか、代金を求める簡単な算数の文章題ができないとか、そんなことはありませんでした。にもかかわらず、今は塾に通えない子どもの多くがそうなってしまっているということは、学校での教育が機能していないということではないでしょうか。もともと学習塾は、学校の勉強よりも、もっと高度な勉強をしたいという子どもや、学校の授業で少しわかりにくいところがあり、授業の補習のような形で利用する子どもが通っていた場所で、学校の授業がまったくわからず、1から勉強するような場所ではなかったはずです。なぜなら、基本的な部分は学校の授業でみんな理解できていたからです。

2つ目は優先順位の問題です。貧困家庭といわれている家庭の中には、子どもの教育費を出すことはできていないが、自分の遊びや趣味にはお金を使ったり、家族みんながスマホを持ったりしているところもあります。その分を教育費にまわせば、十分に塾に通わせることができる家庭もあるんです。何を我慢するのかは各家庭の価値観ですが、私は子どもの教育費というのは、ほぼ確実に返ってくる投資だと思っています。もちろん度を過ぎたようなことをする必要はありませんが、基本的な学力・能力を身につけているだけで今後の人生は大きく変わるはずです。高校を卒業するまでの18年間より、それから後の人生の方が圧倒的に長いわけで、それまでの18年間をどのように生きてきたかで大きく変わるのは間違いありません。自分のことは我慢してでも、子どものためにというのが親として最低限の役目ではないでしょうか。逆に、そうではなく本当に朝から晩まで必死に働いて、なんとか子どもを幸せにしようと頑張り、それでも教育費までは出せないという家庭も多くあります。そういう家庭こそ支援が必要で、その基準が曖昧なまま支援を行おうとするから難しくなってしまうのです。本当に支援が必要な家庭にそれが届かないというのが一番大きな問題です。

3つ目は、どうしてそういう状況になってしまったのかということです。予期せぬ不幸などによって、苦しい生活になってしまった家庭もあるでしょう。しかし、まったく無計画に自分たちの都合だけで子どもを産み、子育てを放棄し、子どものことよりも自分のための時間を優先している家庭も多く存在します。子どもを育てていくというのは、気力・体力はもちろん、時間やお金も必要となります。その条件が整っていないにもかかわらず、簡単に子どもを産み、その結果子どもが苦しんでいるのです。こういった子どもたちは、低学力になることが多く、そのため就職などで不利になってしまいます。まさに負の連鎖です。このような家庭に支援をしても、親の意識が変わらない限りは支援は無駄になりますし、その効果は薄いと思います。子どもの人生は、親で大きく変わるのです。その覚悟や決意を持って子育てするべきだということを教えていくことが、支援するよりも必要なことだと思います。

私は少子化が日本にとって良いことなのか、良くないことかはわかりません。ただ1つ、親から愛情をあまり受けずに育った子ども、必要な学力や能力が環境が原因で身についていない子ども、そういった子どもたちが増加していくのはよくないことだと確信しています。ですから、生まれた環境だけで人生がほぼ決まってしまうことのないように、支援すべきところにはしっかりと支援していき、そしてこれから親となる人たち(今の子どもたち)には、子育ての大切さ・大変さをしっかりと教えていくような仕組みをつくっていかなければなりません。

大人が子どもの可能性を消してしまってはいけません。子どもが私たちの未来をつくっていくのですから。

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