個別指導塾 ONE-S(ワンズ)のブログ

堺市上野芝にある個別指導塾です。進学から補習、不登校の子どもの学習サポートなど、さまざまな子どものニーズにこたえます

何ができるかなんて考える前に

2018-09-28 10:35:54 | 活動報告
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

7月と9月に、ひきこもり問題に取り組んでおられる先生からお誘いがありました。どんなお話かというと、今現在ひきこもっている当事者、その家族、またひきこもりのことをよく知らない一般の人、そういった様々な人に対して、ひきこもりの当事者や、元当事者が何か発信できるものがないのか、それを話し合う場に誘っていただいたのです。

具体的には、元当事者で現在は社会に出ることができている私のような人や、今現在ひきこもっている人たちの、いろいろな想いを本で出版しようか。ひきこもっていることの辛さや苦しかったこと、ひきこもりになった原因、どうやって社会に戻ったか、振り返って見てどう思うか、今どれくらい苦しいのか、それぞれの立場や状況によって、伝えたいことも異なってくるでしょうし、話したくないこともたくさんあるでしょう。ですから、こういった内容を書いてくださいではなくて、一言でも何か言いたいことがある人には自由に書いてもらおうという主旨です。

ただ本を出版といっても、それほど簡単にはいきません。自分の気持ちを書くこと、それも苦しかったことや苦しいこと、それらを本の出版のために書くとなると、いったいどうやって書いてくれる人を集めていくのか。そもそも、今の時代本を出版したとして、それが読んでもらいたい人たちに届くのかどうか。

これから何度もミーティングを重ねて、その方向性を話し合い、細部まで詰めていかなければなりませんので、いつ頃出版できるのかわかりません。

それでも私はできるだけこのプロジェクトに関わっていきたいと思っています。

私はONE-Sを立ち上げてから、有難いことに講演などを依頼されることが増えましたが、基本的にはそういったオファーがあれば全部受けていこうと思っているのです。

それは私なんかよりも、もっと話も上手で経験が豊富な方なんてたくさんいる中で、私に声をかけてくださった。その気持ちにできるだけ応えたい。そして、何かを経験していくことは、私自身の成長につながり、きっとこれからの私の人生の大きな財産になる。また、今現在、ひきこもりや不登校で苦しんでる本人やその家族が私の話を読んだり聞いてりしてほんの少しでも気持ちが楽になれば、これほど嬉しいことはありません。そんな理由から私は参加させてもらっています。

ひきこもりや不登校という言葉は、ネガティブな印象でしょう。ですから今現在そういった状況の人やその家族は元気もないでしょうし、明るい未来を想像できないかもしれません。もともとひきこもっていたり不登校だったりした人も、それは思い出したくもない過去であったり、他人にそのことは絶対に話したくないという人も当然多いでしょう。だってそのことをカミングアウトしたとたんに変な目で見られたり、同情されたりすることもあるからです。

私自身はひきこもりの過去をそれほどネガティブなものと考えていません。もちろんその頃にもう一度戻りたいなんてことは思わないですし、できれば戻りたくありません。あの頃の苦しみは今もはっきりと覚えています。ですが、その道を通ってきて今の私があるわけですし、あの頃の自分を否定したり隠したりすることは今の自分を否定するような気がして、基本的に当時のことは何でも話すことができます。だから「ひきこもり時代の話をしてください」と言われても、無理をすることなく話すことができます。

ですがだからといって、みんな同じようにしてくださいなんてことは私には言うことはできません。「ひきこもり」や「不登校」という言葉で表すとみんな同じカテゴリーに分類されるのでしょうが、ひきこもった年齢やその理由、どのようにそれを自分の中で処理しているのか、人生においてどの程度の存在だったのかは、1人1人まったく異なっているのですから。

そういう意味では、私が本で書いたり、話をしたりしたところでそれが、他の人の参考になんてならないかもしれません。「じゃあ伝えても意味がないし、やめとこか」

いや、そうじゃないんです。1時間話をしたとして、何も伝わらなくて当たり前なんです。しかし、話を聞いてくれた人たちの中の1人でもいい、その1人が私が1時間話したうちの、たった一言でも心に響くものがあったり、何か参考になったり、何か元気を出してもらえるきっかけになったり、そんなことが10回に1回でもあればとても嬉しく幸せなことなんです。

「何ができるのだろうか?」「こんなことしても意味ないかもな」などと考える前に、まずは行動をおこすことが大切です。動いてみてわかることってたくさんあります。動いたからこそ得ることができるものもたくさんあります。人の役に立つということはそういうことではないでしょうか。

来月も講演の依頼をいただいております。今からすでに緊張していますが(笑)、私が経験してきたこと、私が今考え感じていることを素直に話してこようと思っています。何か1つでも、安心や元気をお送りできることができるように一生懸命話してきます。

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夢や目標を見つけるのも人生の楽しみの1つですよね

2018-09-21 10:41:01 | 教室から
こんにちは。堺市西区上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

秋分の日か近づいてきて、日中はまだ蒸し暑いですが、朝晩はずいぶんと涼しくなってきましたね。「夏の間は、暑いし熱中症になったらいけないんで、涼しくなってから再開しよう」と自分の都合のいい言い訳をして逃げていたウォーキングをいつから始めようかと考え中です。考えてる暇があれば、早く始めろよって自分でも思うのですが(笑)。「週に2,3回ウォーキングをする」というハードルの低い目標ですら継続・達成するのはなかなか難しいもんです。


大人たちは子どもに言います。「夢や目標を持ちなさい。それに向けて頑張ることが素晴らしい。それもほとんど努力なしに到達できる目標ではなく、もっと高い目標を持ちなさい」と。

確かに正しくて良いことなのでしょう。でもこれってしんどくないですか? 息苦しいというか、堅苦しいというか。「夢や目標がない自分はどうすればいいのだろう? 将来の夢は?って聞かれたときには無理やり何か答えないといけない。高い目標を持たないと成長できないって言われるけれど、そんな高い目標なんて自分には持てないよ。ああ、やっぱり自分はダメな人間なんかな。」

いやいや、そんなことないんですよ。まだ中学生や高校生の段階で夢を持つことなんて難しいですよね。特に現実的にものごとを考える子であれば、よけいに夢を持ちにくくなります。それに夢なんて人に言われて持つものなんかではなくて、そして別に何個も持つ必要もなくて、これから人生を歩んでいく中で、何か1つ「これだ!」というものに出会えることができればそれは幸せなことだと思います。そういうものに出会えたときには、きっと自然に頑張ることができるはずです。私がバイトもすぐ辞め、就職した仕事もすぐ辞めたのに、この塾の仕事と出会えてからは全力投球で頑張れているように。

目標にしてもそうです。すぐに達成できそうなところを目標にして何が悪いのでしょうか?だれもがみんな、高い志を持って目標達成のためには努力を惜しまず頑張れる人間ではありません。しかも「勉強する」ということに関しては頑張れない子の方が多いと思います。というのも、この勉強の先に何があるのか、それが見えていない子にとっては勉強する意味がわかっていない中でどうやって目標をつくれというのでしょうか?

〇〇高校に進学して、〇〇大学の〇学部で勉強し、卒業後は〇〇で働くという明確なプランがあれば話は別です。はっきりとその道筋は見えているので、多少高い目標だったとしても頑張れる可能性は高くなるでしょう。しかし、そうでない子にとっては、勉強というのは「なんとなくできた方がいいとは思う」という程度で、勉強する理由も「親に怒られるから」「点数が悪いとバカにされるから」といった消極的なものですので、高い目標を設定したところで、すぐに気持ちが負けてしまい途中であきらめてしまいます。こういう子をみると情けなく感じる方もおられると思いますが、そうじゃないんです。自然な反応なんです。

ちょっと手を伸ばせば届くようなところに目標を置いて、それに向けて進んでいくというのも私はとても素晴らしいことだと思います。「そんなことでは成長しない?」そんなことありません。少しずつ少しずつ成長しているんですよ。比較的簡単な目標であっても、それを達成したときの喜びや充実感はきっと得ることができるのです。それが自己肯定感につながり、大きな成長につながっていきます。初めからキツイ目標にしてしまって、達成できなかったときの挫折感や敗北感を味わい、それがきっかけで学校にいくことができなくなるかもしれない、そんな大きなリスクを背負う必要なんてないんですよ。

不登校の子どもが、月に1回だけ学校に行く。教室に入らなくてもとりあえず校門をくぐってみる。この目標だって素晴らしいですよね。今までまったく行くことができなかった子どもが、月に1回でも行くという目標を立てたのですから。目標達成できれば、それが月2回に、週に1回にとなっていくかもしれません。目標達成できなかったとしても、またもう一度やり直せばいいんです。何回だってやり直すことはできるんです。

子どもって1人1人まったく異なった能力や特徴を持っています。当たり前のことですが、この当たり前のことを大人は忘れがちで、全員に同じものを求めようとしてしまいます。同じ年齢であっても成長速度も何もかもし違うわけですから、その要求に応えることができない子どもがいて当然なんです。大切なことは、他人と比較するのではなく、しっかりとその子と向き合うことだと思います。

私は塾の講師で生徒たちに勉強を教えています(たまに雑談も入りますが)。学力は生徒によってずいぶんと差があります。生まれ持っての能力の差もあれば、努力の差もあります。ですから全員に同じことなんてまったく求めていませんし全員に同じ教え方なんて絶対にしません。それぞれが目指す着地点にたどり着けるように、最も効果的なサポートをしよう、そう心がけています。何も先が見えていない生徒とは一緒に探せばいい。どっちが上でどっちが下なんて次元の話ではありません。子どもたちをサポートするということは、何かを押し付けるのではなく、一緒に歩んでいくことだと思います。

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実は単純な疑問ではなくて否定してるんです。だから反発します。

2018-09-13 10:33:14 | 教室から
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

みなさんは、これまでの人生で何回ケンカしましたか? 兄弟ゲンカや同級生や友だちとのケンカ私は数えきれないほどしてきました。きっとみなさんも同じでしょう。原因なんてものは、今となってはまったく覚えていないような、ほんの些細なものだったのでしょうが、精神的に幼いときは冷静に判断もできなく、ついつい感情的になって衝突しちゃうものなんですよね。

ただ、ケンカといっても年の離れた相手とのケンカは少し事情が異なってきます。子どもだった頃、親や先生と衝突したことはありませんか?ケンカになるまではいかなくても、めちゃくちゃ腹が立ったことはありませんか?

私は中学生までは、それなりに親の言うことに従っていましたし、反発することもありませんでした。それは親が一番してほしいと思っている勉強をきちんとしていたため、親もそれほど口うるさくなかったですし、衝突することはほとんどありませんでした。学校の先生とは中学校になってからはうまくいかず、ひんぱんに腹が立つことがありました。私が気が弱かったのと、そして先生に逆らうと内申点が下げられてしまうという恐怖から直接口に出して反発することはありませんでしたが、私が先生たちのことを嫌っているというのはほとんどの先生は気づいていたと思います。

私が中学校の先生を信頼できなかったのは、生徒によって露骨に態度が変わったからです。ヤンキーに対しては何も言えずヘラヘラしてる先生が、私のような大人しい(当時は)生徒に対しては厳しい言葉を放ってくる、ときには暴力さえも。自分たちのストレスを私たちで発散しているように当時の私は感じていました。ヤンキーたちが何か問題を起こすたびに学年集会が開かれ、授業がつぶれ体育館に集められるのですが、そこには問題を起こしたヤンキーの姿はありません。それにもかかわらず、先生は「もう二度とこんなことをしてはいけないぞ!」と長々と説教するのです。まさに拷問でした。

まあ、この類の文句はいくらでも出てくるのでこのへんにして(笑)、大人に反発するときはもう1つのケースがあります。

「なんでそんなことするの!?」「なんで勉強しないの!?」「なんでできないの!?」
こんな言い方をしていませんか?

これって言葉だけ見ると、why(なぜ)?という疑問文なのですが、意味するところ理由を尋ねるつもりなど全くなく、ただ否定をして相手を責めているのですね。
つまり「あなたは、どういう理由があってそんなことをしてるの?」ではなく、「そんなことをしてはいけないでしょ!」なのです。
「あなたが勉強をしない理由はなにかあるの?」ではなく「勉強しないといけないじゃない。勉強しなさい」なんです。

これは子どもにとっては、ただ責められているだけに感じるので反発してしまいます。私も高校生になってからは、こういう言葉で親や先生と何度も衝突しました。ずいぶんと遅い反抗期でした。

高校生になってから勉強もしなくなり、親からは「なんで勉強しないの!?」と責められることが多くなり「勉強する意味が今はわからん。次の目標もないし。しかも受験勉強頑張って合格したばっかりやん。ちょっと燃え尽きたんやって。今は勉強よりも遊んで青春したいんや」という気持ちでしたが、「なんでしないの!?」という言い方をさせるので私の方も感情的になり「うるさいねん!ほっとけや!俺のしたいようにやらせろや!」などと言い返すことが増えました。学校の先生に対しても同じような感じでした。

子どもが大人の思い通りに行動しないことなんてよくあることですし、こうしてほしいと願っていることと逆のことを言ったり行動したりすることには何らかの子どもなりの理由があるのです。それは大人からしてみたらほんの些細なことで、しょうもなく思うかもしれませんが、子どもにとっては大きな理由なんです。子どもなんですから、子どもっぽい理由で当たり前なんです。

それなのに頭から否定するような言い方をされるから、子どもはますます心を開かなくなり、反発してしまうのです。まず、じっくり話を聞いてあげることが本当に大切なことなんです。ちゃんとその理由を聞いてあげることが大切なんです。

「私はこう思う。それはあなたの将来のことを考えて、こうした方がいいと思うから。でもあなたは今できていないよね?どうして?」と上から説教したり押さえつけたりという関係ではなく、対等の目線で話をする、そして人生の先輩としてアドバイスをするということができれば理想的ですよね。

勉強を教えるときに「なんでこれがわからないの!?」これは最悪の言葉です。「あなたは勉強できない子だよ」と言っているのと同じだから。子どもがわからないということは、教える側に問題があるのです。教える側に技術と熱意がないから子どもが理解できないのです。親の場合はついつい言ってしまうこともあるでしょうが、できるだけ言わないようにしてほしいと思いますし、塾の講師や学校の先生は、絶対に生徒に言ってはいけません。わかってくれないなら自分の技術をもっと磨こうとするべきです。この言葉がどれだけ子どもを傷つけ、やる気を失わせてしまうかを考えれば、こんなことを言う人は教育者として失格だと思います。


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それぞれの5点

2018-09-06 10:54:24 | 教室から
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

小・中学生の頃はそれなりに勉強もでき、「もしかして天才かも」とイタイ考えを持っていましたが(笑)、高校に入ってからは見事に打ちのめされました。私より学力の高い子なんていくらでもいましたし、「ああ、これは絶対に敵わないな」と戦意喪失するほど、私とは歴然とした力の差がある子もたくさんいました。彼らはただ勉強ができるというわけではなく、なんといえばいいのか、頭がいいのですね。生まれ持った才能というか、努力だけではこの差は埋まらないだろうと気づきました。

私は大学受験で2浪しながらも、第一志望に合格することはできませんでした。もう1年勉強していたら…?そう考えることはほとんどありませんでした。というも、受験勉強はもう十分やるだけのことはしましたし、これ以上長く続けたところで多少の上昇は見込めたかもしれませんが、合格までは届かなかったはずです。これが私の限界でした。

この差ってなんだろうと考えたときに、これは努力の差ではなく頭の差なんだと感じました。頑張っても追いつくことができないもともとの能力の差、遺伝の力なんだと思いました。現在でもまだ十分にはわかっていないことも多いようですが、中学生の学力の40%ほどが遺伝で説明できるという専門家もいます。

ですが少なくとも残りの60%は遺伝ではなく生まれてからの環境や努力で差がつくということですよね。私は中学生を指導することが多いのですが、おそらく能力はあるのだろうけれどもテストの点数はよくないという生徒はよくいます。いい能力をもらって生まれてきたのだけれども、それを発揮できていないのですね。原因はいくつもあると思いますが、今回はそのうちの1つについて話をしようと思います。

学力の高い子は勉強に対する意欲も高く勉強時間も多いですが、そうではない子は意欲も低く勉強時間も少ないです、そうなると当然、両者の学力差はますます広がってきます。どこでこの差が生まれてくるのでしょうか?

まず簡単な話で、テストで95点とった子がいたとします。「もうあと5点で100点だ。次こそ頑張って100点を目指そう!」
うん、これはよくわかる。モチベーションはさらに上がるでしょう。

テストで5点しかとれなかった子はどうでしょうか。「100点まであと95点もあるわ。こんなん無理に決まってるやん!もう勉強やーめた!」
うん、これもよくわかる。目標が遠すぎて何をどうしたらいいのかわからなくなるんですね。

つまり、学力の差が広がる原因の1つはこれなんです。勉強するから成績がいいというよりも、いい成績をとるから勉強がはかどるんです。


「それならば、5点しかとれない子が10点取れたときにはいっぱい褒めてあげてモチベーション向上させればいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、そんなうまくはいきません。もちろん20年間私はこれを実践してきました。しかし、子どもはわかっているんです。「褒めてくれているけれど、所詮自分の点数はたったの10点なんだ。周りと比べて自分の点数は低すぎる。勉強しても自分の力はこんなもんやな」と。

ですから、10点や20点の点数の子に「もっといっぱい勉強しなさい!」と言ってもするはずないのです。「やってもできない。どうせいくら頑張っても50点くらいしかとれないはずや。」と諦めてしまっているのですから。

「あの子はよく勉強するしエライわー。あんたもあの子を見習いなさい」そんなこと子どもに言ったことはありませんか?勉強する子は確かにエライのでしょうが、おそらくお子さんも90点を初めからとれていれば、同じように勉強していたはずですよ。

こう考えると、やはりスタートが肝心ですね。よいスタートをきれれば、自然と勉強に対する意欲は高まり結果的によい成績となりやすいです。ですから子育ての段階からの子どもとの接し方というのは大切だと思います。バリバリの英才教育なんて必要ないと思いますが、いろんな能力を伸ばしてあげるためにも一緒に遊びながら学ぶという時間は必要でしょう。

また、能力的にどうしても80点や90点がとれない子もいます。それは生まれもっての能力の問題かもいれません。そういう子どもに勉強や学力がすべてだという価値観を植え付けてしまうと、まったく自己肯定できない人間になってしまう恐れがあります。勉強することは確かに大切だと思いますので、勉強をさせてあげる方向で間違いはないのですが、点数だけにこだわりすぎてしまうと、本来育つべき向上心がなくなってしまい、何かをやり遂げるという力も身につきません。

勉強以外のことで何か子どもが自信を持って生きていける拠り所をいっしょに探してあげること、それさえできれば、自分はダメな人間なんだと自己否定することなく、30点から40点に点数が上がれば素直に喜ぶことができ、勉強のモチベーションもしっかり維持できるようになります。

どうしてもテストの点数だけに目がいってしまいますが、もっと広い視野で、もっともっと先の子どもの将来を見据えて、子どもと関わっていくことが大切だと思います。子どもを頑張らせることと苦しませることは、まったく違うことですので。

最後に、台風の影響で大阪は大きな被害を受けました。辛かったり、しんどかったりしますが、しっかり前を向いてみんなで力を合わせて乗り切っていきましょう!




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またいつか元気になり前向きな気持ちになることを願っている

2018-09-01 10:35:35 | 教室から
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

夏期講習も終わり、2学期が始まりました。
受験生はそろそろ志望校を決めていく時期ですね。オープンスクールに行ったりしてより多くの情報を集め、もちろん私もそれを提供して一緒に決めていきます。ただ、こうして一生懸命探して、そしてそのために頑張って勉強して合格できた高校であっても、いざ入学してみると自分が想像していた学校とは全然ちがうってことは残念ながらありますね。ですがそうなったからといって絶望する必要なんてなく、そこで何か楽しみを見つける方法もありますし、そこを離れて別の場所に移る方法もあります。

こういうことは中学受験の場合はもっと多くなります。なぜなら小学生がそんな将来のことまで考えて学校選びをすることなんてできないからです。小学生の頃は中学受験の勉強をしていると学校の勉強なんて退屈になり、いい意味で優越感に浸れるでしょう。それがますます心地よくなり、また塾などに通った場合は他の受験生に負けたくないという強い気持ちから勉強に熱が入り、何時間も勉強します。「できるだけ偏差値の高い学校に合格したい」中学受験をする子どもたちが持つ自然な感情です。そして本人も親も、大学への進学率も高い中高一貫校へいけば高校受験もしなくていいし、大学受験に向けて無駄のない勉強もできるし、ますます学力が伸びると信じて中学受験をするのです。

でもその道は決して甘くはありません。まず受験戦争を勝ち抜いてきた子どもたちが集まる学校ですから、当たり前ですがレベルが高く、入ってからの競争はさらに厳しくなります。小学校での優越感なんてものはなくなり、勉強についていくので必死になります。膨大な課題が与えられ、授業の速度も大学受験を見据えてますのでめちゃくちゃ速く、ちょっと気を抜いてしまうと取り返しがつかなくなってしまいます。

中学生になり、精神的にも成長し、また視野も広がってきます。これまで勉強以外ほとんど何もしてこなかった子が、何か勉強以外のことに興味を持ち始めます。ふと周りを見ると、公立中学校に通う同年代の子は、クラブに遊びに恋愛にと、なんだか青春をしているのに自分は勉強しかしていない。このまま中学を卒業してもそのままエスカレーターで高校に行くことになるからまだまだ自由になるまでは長いなあと、高校受験してみようかな、そんな子どもも多いのではないでしょうか。

中学を辞めて他の高校を受験するというのはかなり勇気のいる決断です。ですがそのリスクを負ってでもチャレンジしたいとなったら基本的には応援してあげるべきだと私は思います。ただ私立中学校からの公立高校への受験となると、内申点のつけ方も公立中学校とはまったく異なりますし、不利になる点が多く、厳しい道のりであることに変わりはありません。

私は中高一貫校を否定しているのではありません。優秀な人材を育成するためには効果的な勉強プログラムですし、設備も充実していて環境は文句ありません。問題なのは中学受験で燃え尽きてしまった子や、勉強についていけなくなった子が行き場を失ってしまうことなんです。厳しい勉強にも耐えることができ、能力も高く、中学・高校と成績は優秀で、一流大学に合格できる子にとっては、こういう学校の存在は本当にありがたいのだと思います。しかし、半分以上の子はその競争から脱落してしまっているという現実をもっと私たちは知るべきです。

「中高一貫校だから勉強もレベルが高く、中学から大学受験を意識した授業をしてくれるから安心だ」なんて思ってはいけません。現実は高校受験なしで高校に上がれるため、中3になっても特に受験勉強をせず、受験勉強をするようになる公立中学校の3年生に学力で負けてしまう子がたくさん出ます。中学生になったときにあった圧倒的な差が、わずか2年ほどで追いつかれそして追い抜かれてしまうのです。

大学進学実績なんてのも当てになりません。多くの中高一貫校が、いくつかのコースを設けています。一番上のコースの生徒が大学の合格実績を稼いでいるだけで、そうではないコースの子は宣伝しているような大学には行けないのです。この学校に所属している限り大学進学は安心だなんてのは大きな間違いです。

中学受験がいけないものではなく、大きなリスクを負うものなんだと知っておかなければなりません。私立中学に合格したからもう大丈夫なのではなく、そこからが始まりなのです。勉強についていけなくなった生徒は、学校側からしたら大学の合格実績の役に立たないという判断をされてしまう可能性もあるので、ひどい扱いを受けることもあります。そして傷ついた子どもは不登校になったり、やる気を完全になくしてしまったり、そんな子がたくさんいます。

今、このような状態になっているすべての子どもたちが、何かそこで目標を見つけたり、違う道に光を見出してそっちに方向転換したり、いつか元気になり前を向いて歩いていくことができることを心から願っています。みんなまだ10代なんだ。ちょっと頑張りすぎたり、自信を打ち砕かれたりで疲れてるだけなんだ。これからきっと君たちにとってそれぞれが進むべき道が見えてくるはずだから、下を向いてばかりいずに、たまにでいいから上を向いて頑張れ!



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