個別指導塾 ONE-S(ワンズ)のブログ

堺市上野芝にある個別指導塾です。進学から補習、不登校の子どもの学習サポートなど、さまざまな子どものニーズにこたえます

どうして君はスーツを着てこないんだ?

2018-04-28 10:41:57 | 教室から
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

私は、塾で仕事をしているときはスーツではなく、普通の服装です。考えてみればこれまでスーツを着たこともほとんどなく、実はネクタイも結べません。友人の結婚式などでネクタイをしなければならないときは、動画でネクタイの結び方を見ながら、悪戦苦闘しています(笑)

仕事でスーツを着ない理由が特にあるわけでもありませんが、着る必要性を見つけることができないのは確かです。仕事前に塾でパソコンで問題を作ったり、コピーをしたりという事務作業はもちろんですが、授業が始まってからも生徒たちの席と席の間を移動して、立ったり座ったりしますからラフな服装の方動きやすいですし、なにより疲れません。

あまりにもふざけた格好をしているのなら問題ですが、仕事の効率を第一に考えるならば私の選択肢にスーツはありません。あくまでも私の塾での話ですので、もちろんスーツを着るべきだと判断する場所へ行くときにはちゃんと着ます。

もう20年ほど前になりますが、私が塾を立ち上げようとしていたときに、たとえば問題集はどこで買えばよいのか、どんな宣伝をすればよいのか、どんな形式にすればよいのか、ほとんど何もわからず困っていました。そんなとき、知り合いの人が、その当時の有名塾の上層部の方を紹介してくれました。「塾を始めるんやってな。俺でわかることやったら何でも教えるよ。晩飯でも食べながら話しようか」と優しく誘ってくれました。

当日、お店で待ち合わせをして、ご挨拶をして席についたのですが、その方の一言目が「スーツぐらい着てこいよ」だったのです。カチンときましたが、ひきこもりをようやく脱出したばかりの私にそこで言い返せるような勇気もなく、「はあ、すいません」としか言えませんでした。確かにこちらはその方に貴重な時間を使わせ教えてもらう立場ですが、なにも就職の面接の場でもなく、場所も居酒屋でしたのでスーツで行く必要性を感じなかったのです。「目上の人間と話をするんだから、スーツを着るべきや。スーツ持ってないんか?」とさらに第2弾がきましたが、もうめんどくさくて「はい、持ってません。明日買いに行きます」と適当に返事しました。

その後のお話も、詳しくは言えませんが「絶対にこうするべき」「これからは絶対にこうなる」「それは絶対に失敗する」と決めつけた言い方ばかりでしたので、だんだんと聞くのが嫌になってきて早く家に帰りたくなりました(笑)

もちろん私よりずいぶんと年上で、しかも大きな塾の上層部の方でしたので、自信もあったでしょうし、これから塾業界に飛び込んでいく私のような若輩者に気合を入れてあげよう、失敗しないようにアドバイスをあげようと言ってくれたのでしょう。それは私にもわかりましたので感謝の気持ちはありました。ただ、スーツのことを含めて、正直「なんだか考え方が古いなー」と思ってしまいました。

その後、私は塾を立ち上げましたが、塾の形式や方法などは全部自分で考えました。この方のアドバイスを聞いた時に「これは違うな。これは古いな。これは私には合っていないな」と思ったことで、私自身で考えるきっかけになりました。これが今の塾でも基本方針となっています。

年齢が違うということは、育ってきた環境がまったく違うわけですから、考え方が異なっていて当たり前なんですね。それも20歳以上離れていたらなおさらです。親と子ども、先生と生徒、上司と部下、どちらもがお互いのことを理解できないのが自然です。それを無理やりどちらかの側に押し込もうとするから衝突が起きて、ややこしいことになってしまうんです。

決して礼儀を軽んじているわけではありません。ルールや規則を守らなくてよいと言っているわけでもありません。私も以前、塾の講師のアルバイトを募集したときに、応募してくれた学生を私が面接したのですが、彼は「です、ます」すら使わずに、いきなりため口で話してきました。面接開始からわずか1分で強制終了して追い返しました。「こんな子と一緒に働きたくない。こんな子に大事な生徒を任せることはできない」と思ったからです。彼からしてみたら「このおっさん、考え方が古いなー」と思ったからかもしれませんが、これが世代間のギャップからくる衝突なのかもしれませんね。

他人の場合はこうして、考えが違えば二度と会わなかったらいいだけですし、仕事も自分の考えに合った会社を選べばいいだけです。しかし、親子関係というものは、考えが合わないからといって、簡単に離れることなんてできません。子どもの方が一般的にいろんな面で幼いでしょうから、大人の方から子どもの考えや気持ちを理解しようと歩み寄ってあげることが必要かもしれません。子どもが主張していることの中には、ぱっと聞いただけでは「なんじゃそれ?そんなんあかんやん」というものばかりでなく、よくよく考えると「そうやな。それも一理あるかもな」というものもあるはずですので、最初から否定するのではなく、一度子どもの立場になってじっくり考えてあげることで、子どものことをより理解できるかもしれませんよ。

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ただの作業ってしんどいですよね

2018-04-26 10:52:45 | 教室から
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

新年度が始まったと思ったら、もうすぐゴールデンウィークで、それが終わればいよいよ最初の中間テストです。ということは、そろそろ中間テストに向けての問題作りを始めないといけない時期で少し焦っています(笑)

ONE-Sでは、通常の授業も生徒によって使用する問題集やプリントは異なりますが、それはテスト対策の勉強も同じです。学校で出される課題(ワークやプリント)を中心に勉強する生徒もいれば、それらが終わり、さらに深く勉強する生徒もいます。ただ、英単語や社会の語句暗記のプリントは、ほぼ全員に私が作ったものを渡しています。提出物に追われている生徒も、テスト前日にそのプリントで勉強してくれれば、一夜漬けでもいくつかは暗記できるでしょうから。

といっても、この暗記がなかなかうまくできない子もたくさんいます。覚えることができない子には、勉強時間が足りていないタイプと、覚える気がないタイプとにわかれます。

社会で教科書30ページほどを、一度読んだくらいで覚えるなんてほぼ不可能ですよね。ですから、「教科書とノート1回読んだけれど、覚えられへん」という生徒に対しては「そんなん当たり前やん。もう1回読んで、そこの範囲のテスト作るからそれで覚えていこう」と返事をします。暗記するにはまず時間が必要であることをわかってもらわなければなりません。

しかし、勉強時間はある程度とっているのに、覚えることができない子もいます。これは覚える気がないタイプです。覚えようとしないので当然覚えることができないのですが、どうして覚えようという気持ちにならないのでしょうか?いろんな原因が考えられますが、1つは暗記の勉強が作業となってしまっていて、ものすごーく苦しくてつまらないものになっていることです。だれもが経験があるかと思いますが、たとえば漢字の練習を10回ずつ書くという宿題。10個の漢字を10回ずつ書くとなると100個も書かなくてはいけませんので、意識高い系の子ども以外は早く宿題を終わらせたいので、覚えようとせず、ただ100個の感じをひたすら書いてるだけという作業になっています。当然それで覚えることなんてできません。

こうした宿題だけではなく、テストなどのやり直しなどでも同じように間違えた問題の答えを何度も書かせたりします。ただの作業をしているだけで、子どもたちの頭には何も残らず、ただただ疲労感だけが残ってしまいます。そして、暗記する勉強というのは、とてもしんどく疲れるもので、少しも楽しくないんだという思考になり、テスト勉強でも暗記はしんどいものだという意識が強くなっていますので、頑張って覚えようという気持ちになれないんですね。「覚えるだけの勉強だから簡単だよ」と思われる方も多いでしょうが、こうした間違った勉強方法をさせ続けた結果、簡単な勉強ができなくなってしまっている子どもが増加しているんですよね。

私は学生時代、暗記した方法は線を引きながら声に出して読むという方法でした。「すごいですねー」と言われることもありますが、すごくもなんともなく、私は何度書いても覚えることができなかっただけなんです。手が疲れるだけでこんな非効率的な方法はないと考え、他の方法をいろいろ試しているうちに、自分にとって覚えやすい方法を思いついたのです。

また前述したように、試験前には試験対策用のプリントを作成します。教科書が変更されるたびに、社会の地理はずいぶんと変わりますし、習う英単語や熟語も変わります。年齢的に新しいことが覚えにくくなっていますが、自分で教科書を読みながら問題を作成していくうちに自然と覚えてくるのです。私の頭がいいわけではなく(暗記能力に関しては生徒の方が優れているはずです)、効果的な覚え方をしているのです。ただの作業ではなく、教科書を読みながら、どれが重要な語句なのか、どれがテストで出題されやすそうかを考えて問題を作り、そしてその解答も作っていきます。そうした流れの中でポイントが整理されていき、自然と頭の中に入ってくるのです。

少なくとも何度も同じことを書かせるという作業を押し付けることはベストとは思えません。自分が学生時代にしてきた方法であり、これまでもずっとこの方法でしてきたのだから、一番効果的だと考えているのなら、もう一度真剣に考え直してほしいと思います。おそらく、先生たちはそういう方法でうまくできた人たちが多いでしょうから、よかれと思ってさせているのでしょうが、作業をさせることによって逆効果になってしまっている子どももたくさんいるということを知ってほしいです。

当たり前ですが、塾では基本的に作業はさせません。小テストを増やしたり、直接何度も生徒に質問して答えてもらうという方法もとっています。まだまだ十分ではないでしょうが、作業させるよりは生徒たちの負担も少なく、効果も高いと思います。学校で教えてもらうことや方法がすべて正しくベストなわけではなく、いろんな可能性を試すべきだと思います。学校のやり方が合わない生徒や学校ではできないことを教えていくことは塾の大切な役目だと信じ、せっかく勉強するのですから、生徒たちにより効果のある勉強をしてもらいたいと思っています。


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前向きな気持ちになれる場所

2018-04-24 10:34:37 | 活動報告
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

先日、狭山市での会議に出席してきました。会議といっても、そんなに堅苦しいものではなく、ご飯を食べながら、ときには冗談を交え、楽しく真面目に話す場でした。

昨年から3ヶ月に1度ほどのペースで行われていて、私も第1回目からずっと参加させていただいております。参加されている方々は、さまざまな活動をされています。私と同じ学習塾をされている方もいますし、NPO法人として、ひきこもりの子や不登校の子の支援を行っている方、貧困家庭や発達症の子どもの支援をしている方などが来てくれています。

私は学習塾の講師として、実際に多くの子どもたちと接しながら、さまざまな理由で苦しんでいる子どもたちの現状を知ることができ、彼らに何ができるのかを毎日考えて仕事をしています。高校受験を目指してバリバリ頑張っている生徒も多くいますし、不登校の生徒や、勉強がわからなさすぎて困っている生徒など、いろんなタイプの生徒がいます。まず彼らに対して私ができることは学習のサポートです。それは学力が高い・低いは関係なく、学校に通っている・不登校も関係なく、それぞれの目標や能力にあわせて、彼らや彼らの保護者の方と対話を通じて、勉強の方針を決めていきます。

その目標が〇〇高校に合格することであったり、学校の勉強についていくためであったり、勉強に興味をもってもらうことであったり、それはもちろん生徒によって異なりますが、1人1人の目標にあった教え方をしています。勉強が中心ではなく、私と話をしたり相談することが主であることもあります。ですが、それを繰り返しているうちに、彼ら自身が自ら目標を見つけ進んでいくことができ、私はそのサポートをするのです。

ですから、私の基本方針は、学力が高いとか不登校とか関係なく、勉強することを通じて生徒とともに何かを見つけ、一緒に歩んでいくというスタイルです。そうしたスタイルで生徒たちと接しているうちに、今現在どのような問題が教育現場で起きているのか、子どもたちは何を考え、何に不安を持っているのか、どのように対応していけばいいのか、そんなことがだんだんとわかってくるようになりました。

しかし、教育問題や子どもの勉強についてのことは伝えることができますが、それ以外の分野について相談されたときに、私の知識では答えることができません。そうなったときに、志が同じであり、本当に信頼できる、その分野の専門の方とネットワークをつくっていれば、そちらにつなぐことが可能になり、困っている子どもやその保護者の方を1人でも多くサポートすることができます。

またそれだけなく、こうして集まって話をすることによって、いろんな情報を共有でき、知識が増え、それをまたたくさんの人に還元できることができるようになります。私が感じていることをみなさんにお伝えすることで、問題意識を共有でき、またみなさんの話を聞くことで今まで知らなかったことがわかるようになり、じゃあこの問題を解決するにはどうしていけばいいのかという建設的な話がすすめることができるようになるのです。

そして私にとって一番大きいのは、本当にみなさん一生懸命で、真面目で、頑張っておられます。そんな方々と一緒に話をさせていただくだけで、私自身もとても元気や勇気をもらえますし、「よし、頑張ろう!」という気持ちが自然と湧き上がってくるのです。まだまだ私もこれからいろんな意味で成長をしていかなければなりませんが、こういった同志の方の力を借りながら、自分の理想を追い求めていきたいと思います。

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もっと影の部分も伝えなければ

2018-04-21 10:46:35 | 教室から
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

私たちは生活している中で、いろんな情報を手に入れることができています。しかも友人との会話や何気なくつけていたテレビなどから自然と頭の中に入ってきます。こうしたたくさんの情報の中から、特に気になることやもっと知りたいことがあれば、本を買ったり、インターネットで調べたり、講演会を聞きに行ったりと積極的に情報を集めますよね。

私も塾の講師ですので、よりよい指導ができるようにと様々な教育問題について調べたり、講演会や勉強会に参加して知識を増やしたりしています。「なるほど、そうなんや」と新しい発見で役に立つことが多いのですが、それらをすべて正しいものとして疑いもなく受け入れることはしないようにしています。

小中学生をもつ親なら、「子どもの勉強について」「子どもの将来の就職について」「大学について」など、これらの情報にはとても敏感ですよね。もちろんこのことは、まったく悪いことではなく、子どものことを気にかけてあげないような関わり方と比べると、子どものためにいっぱい情報を集めようとすることは素晴らしいことです。ですが、いつも書いているようにバランスが大切なんです。

わかりやすいところでいくと、よく「子どもを東大に合格させた親の勉強のさせ方」「東大生の勉強のしかた」「東大生の勧める本」みたいなものがテレビなどで紹介されますよね。確かに現実に東大に合格しているわけですから、なんらかの相関関係はあるのでしょう。ですがそれをバイブルのように信じて、子どもにそれをさせても同じ結果が出る可能性は極めて低いでしょう。なぜなら生まれ持った能力、性格、環境すべてが異なる人間なのですから、違う結果になるのは当たり前なのです。

それでも東大に合格することが人生の最大目標であり、そこがゴールだと考えているのならば、そういうのを信じてそれを実践するのがもしかしたら一番の近道かもしれません。ですが、そうじゃないですよね。私が言いたいのは、東大生や東大生を持つ親が紹介する勉強方法が間違っているとか、信じてはいけないとかいう話ではなく、光の部分だけ見ていてはいけないということです。

東大生や東大を卒業した人の中には、これまでの人生をものすごく後悔している人もいるかもしれません。勉強ばかりではなく、もっと他のこともしておけばよかった。本当は別の人生を歩みたかった。こんな人の声はあまり表にはでてきません。私たちの耳に届いているのは、光の部分だけで影の部分は届いていないのです。だから、そうすることによるリスクやデメリットではなく、メリットの部分だけに注目してしまいます。

「昔、ちょっとヤンチャしてたけれど今はちゃんと働いているよ。でもヤンチャしてた時期があってその経験を生かしてるから成功してるんや」これもよく聞きますね。「暴走族やヤンキーとして若いころ騒ぎまわっていたから今があるんや」と聞いて「そうやなあ。人間少しくらいヤンチャしてた方がいいかもな」なんて、そんなことありませんよ。確かにそういう生活をしていた人の中には、社交性が発達し、人脈が広がり社会に出て満足する生活を送れている人もいるでしょう。ですが、その後ろには、「なんで俺は若い時にあんなことしていたんだろう。もっと真面目に勉強しとけばよかった。もっと真面目に生きていればよかった」と後悔している人もその何倍もいるのではないでしょうか。ですが、そんな人の声は表には出てきません。

右脳を鍛えることが大切だと広まれば幼児教室に通い、水泳がいいとなればスイミングスクールに通い、大学受験に有利だと聞けば中高一貫校の受験をし、私たちはこうした情報に流されやすくできています。それらが間違っているわけではなく、おそらくほとんどの情報は効果もあり、正しいことの方が多いのでしょう。しかし、その良い面だけを見るのではなく、デメリットもしっかりと考えてから決めていくべきだと思います。

こんなテレビ番組があったような気がしますが、成功した人の話を聞くだけではなく、失敗して後悔している人たちの話を聞くことも大切だと思いますし、私はこちらの方がより貴重なように思います。失敗して後悔している人は話したがらない人が多いですから、その人の話を聞ける機会も少ないのです。そうすると自動的に光の話ばかりを聞くような環境になってしまいます。

学校などでも講演で来てもらう人は、有名な成功者がほとんどです。しかし、「こんなことしてたら、こんな苦労をすることもあるんだ」「華やかに見えていた世界だけど実際はこんなに厳しいものなんだ」そんな影の部分を大人ではなく、子どもに教えていくことも、とても意味のある大切な教育ではないてしょうか。

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だれのための支援? そこは慎重に議論しなくては

2018-04-19 10:39:54 | 教育問題
こんにちは。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。

以前から国会などで議論されていましたが、先日文科省は妊娠した高校生の学業継続支援を強化することを決めました。

これまで妊娠した高校生は、学校から自主退学をすすめられることが多く、高校中退という形となってしまうため、就職で苦労してしまい、子どもの貧困につながっているからという理由で、体育の授業の実技に参加しなくてもよいなどの措置の他、過去数年間にさかのぼって、復学を望んでいれば就学支援金を案内するなど学びやすい環境を整えるという方針です。

いろいろな意見はあるかと思いますが、私は学校が自主退学をすすめるのはしかたのないことだと思います。やはり他の生徒への影響を考えると、そうせざるを得ないという学校もあるでしょう。また、しばらく休学して落ち着いてから復学という手段をとることもできます。厳しい言い方をすれば、それらを承知で妊娠したのですから、「みんなと同じ時期に卒業したい!もっと考慮してほしい!託児所をつくってほしい!」と要求ばかりするのは、さすがに虫が良すぎるのではないでしょうか。

いろんな事情で、高校進学をしていない子どもや、高校中退をしている子はたくさんいます。彼らの中には高卒認定試験を受験し、高校卒業と同等の資格を得て、大学や専門学校に進んでいる子もいます。ですから、本当にやる気があれば、そういう方法もあるんです。一生懸命勉強を頑張って、高卒認定試験に合格すればいいんです。逆にそれくらいの気持ちがなく、子育てなんてできるのでしょうか。

そもそも、子どもを産んで高校に通い続けて卒業したり、大学や専門学校に進学するということは、子育ては誰がするのでしょうか。育児には、お金も時間も愛情もたくさん必要です。それほど大変な育児と学業の両立なんて簡単にできません。よほどの覚悟と決意が必要です。

今や高校も多様化しており、通信制の高校もたくさんあります。全日制の高校に通わなくても、高校を卒業することはできます。つまりは本人の気持ちの問題、やる気の問題、自覚の問題です。

ですが、だからといって支援しないというのは間違っていると思います。というのも、高校生というまだなにものでもない状況で出産するというのは、大きなリスクを伴い、苦労するのはある意味しかたがありません。しかし、生まれてくる子どもには何の責任もありません。子どもが必要な愛情を注がれず、必要な教育も受けさせてもらえず(ここでの教育とは幼児教育とかたいそうなものではなく)、そんな状況で成長していく子どもの将来に光を見つけることは私にはできません。

私が学生の頃、友人が「日本ってめっちゃ公平な国やな。いくら生まれた家が貧しくても、勉強して東大にでも入れば、一発逆転できるんやもんな」と言ってました。確かにその通りです。家柄とか関係なく、そうなれば一流企業に就職できたり、官僚になれたりして社会的地位も収入も高いものが得られます。ですが、そのスタートラインにすら立ててない子どもが年々増加していることをもっと国は気づくべきです。小学校に入学するような年になっても、まったく勉強の環境など整っていない子がたくさんいるんです。経済的な貧困とともに問題なのは、「人とのつながりの貧困」です。たとえば、周りにアドバイスしてくれたり、そういう知恵を与えてくれる人がいればいいのですが、それがいないのです。だから負の連鎖が続いていくのです。

経済的に苦労している人に、就学のため・進学のため・育児のためという形でなんらかの支援金を渡したとしても、それを自分の遊びに使ってしまっている人がどれほど多いことか!

一生懸命頑張っている人、特に子どもたちの将来のためにはもっと支援が必要です。ですが、その支援の仕方をもっともっと考えていかなければなりません。本当に必要なところに届かなくては意味がありません。こんな簡単な政策で「これで子どもの貧困対策はできた。しかも少子化対策にもなるし」などと思っているのなら大きな間違いですね。

生まれた瞬間から、その子の人生がほぼ決まってしまうようなことは絶対になくしていかなければなりません。そのために必要なこととはなんでしょうか?本当に必要な人に届くような支援はもちろん必要ですが、私は学校教育をもっと幅広い知識を身につける場所に変わっていくべきだと思います。せっかく義務教育というものがあり、全員に教えることができる唯一の機会なのですから、そこでもっとこれから生きていくために必要な知識・知恵を植え付ける場所になっていくべきです。歴史の年号を覚えるよりも子どもを育てることの大変さや大切さを学ぶことの方が重要なのではないでしょうか。音楽の記号を覚えるよりも、もっと自分の将来について考える時間をつくり考える力を養うことの方が大切なのではないでしょうか。必要な科目や分野は残していく、そうでない部分はバッサリ捨てて、新しいものに変えていく勇気が必要だと思います。それは、小学校からの英語やプログラミングの導入では決してないと私は思います。

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