ナガルコットからバス&ミニハイクでチャングナラヤン、
そしてタクシーで旧都パクタプルへやってきました
私とガイドのサンタ氏は日の出前からの活動ですが、
目くるめく郷愁漂う光景に疲労も忘れドンドン進みます。
妻と娘も休養十分、力強く追いかけてきます
我ら一行そろって、すっかり中世のどっかの町へタイムスリップ
何見てるのかな?
村の寄り合い?
大家族?
ただ暮れ往く日を惜しむがごとくでした。
古都の風情溢れる路地裏に人々の暮らしがい築いていました。
井戸と陶器や真鍮の水桶が順番どり?
気が付けば陽はすっかり落ちていました。
カトマンズ市内へ戻る車中、全員一致で再訪と決定したのでした。
旅には予定変更はつきもの、まっ、いいか
翌日のパクタプル
朝から職人さん達は忙しそうです。
ろくろを起用に足で回しながら・・・
ネパールもアジアの他の国と同様に、男ってもんは・・・
パクタプル中心のスクウェア―に到着
長方形の広場の一角を占めるカフェ3階の窓際席
カフェからの眺望
中世の街並みがまだ残っていたのですね。
❶
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ニャタポラ寺院だったかな?
❸
古民家風のカフェ
ニャタポラ寺院を見学に行った妻と娘が私を撮影していました。
3階左の窓際席でスケッチしているところです。
見学を終えて妻たちもお茶してます
広場の盟主だった寺院が・・・
私たちが訪れてから8年後、
2015年4月25日
大地震が起きてしまったのでした。
震災後の悲惨な光景
(1)
(2)
(3)
もうこんなレンガ造り風景、
古都の風情溢れる路地裏は再現されないのだろうか?
再現されないのだろうか?古都パクタプル入場門
(4)
瓦礫を掘り返す人々
(5)
ネパール大地震に先立つこと4年、
2011年3月11日
日本も、大地震を被りました。
人の営みと安寧を一瞬にして奪ってしまう地震に対して人間はいかに無力なことか!
この理不尽さこそ天災の所以か。
巣篭って何日になるかなあ~ まだ1ヶ月かあ~ 長くなるね
一人娘の大学卒業祝いの家族旅行にネパールにへ行きました。スケヂュールはすべて私が立てたものです。
1日目で、ネパールの物価の低さに驚き、宿をすべてキャンセルして9割低い安宿に変更したり、旅先も現地で決めたり、
ガイドのサンタさんには悪かったけど、事前取り決めの1日3000円はのガイド料を1000円に値引きしたりで、
しかし、その交渉中に彼は、「ガイド料0円、タダでいいよ」っていってくれたり、
何故かって聞くと、「僕も楽しんでいるから」ってニンマリ、ドヤ顔
彼は日本語学校の先生で、給料が低いので校長からもせいぜいアルバイトで稼ぐようにと進められているようだった。
でもカースト上位の彼はお金持ちらしくて、
旅先でつい単独行動(スケッチ)をとってしまう私に対し残った妻と娘をいろんなところに案内したり、
毎夕食での酒盛りと、妻と娘をホテルに送り届けたあとの私との飲み歩きなど私たち以上に楽しんでいた風でした
でも帰りの空港で残りの現地のお金はすべて彼にチップしました。
エレベスト街道やジョムソン街道、アンナプルナ回廊等行きたいところはたくさんあります。
欲は切がありません。一つ、ノーダラー街道を歩けただけで良しとしますかね。
しかし、サンタ氏の言うノーダラー街道ってホントにノーダラー
13年前の写真はこれでおしまいです。
次は何にするか古い画像探索を続けます。