3月始めの頃 お隣の町にある『神楽茶屋 』さんが外装の改修をしていると思っていたら
そのうち、指定管理者が変わり
駐車場の左側を造成し始め
チラシが入りました。約4ヶ月間閉店していたことになります。
開店日を忘れていましたが、偶然通りかかった日が開店日でした。交通指導員が車の出入りを指示するほどの盛況でした。
先を急いでいたので通り過ぎ、帰りは帰宅を急いでいたのでスルーしました。
夫と期日前投票の帰りに寄ってみました。外装もきれいになり、駐車場も広くなり 目玉は佐伯から届く新鮮な魚でした。
広い駐車場の角に新しい看板がありました。
敷地の片隅に石碑がありました。
石碑の字が読めません。どうにか解読すると
『自由民権の先駆者
後藤 純平碑』?
この人の名前を知りませんでした。
1850-1877 明治時代の代言人(弁護士)。 嘉永(かえい)3年生まれ。明治3年生地の豊後(ぶんご)大分郡で日田一揆を指導し逮捕される。6年出獄して法学をまなび,のち大分県中津で代言人(弁護士)となる。西南戦争がおきると,増田宋太郎らとともに中津隊を組織し西郷軍にくわわる。鹿児島の城山で降伏し,明治10年10月20日処刑された。28歳。
店内でイカを求めたら 威勢の良いおじさんが『サービスや、これ持って行きな』とカマスを二匹、小アジを三匹もくれました。なんと気前のよいおじさんでしょう。なんか悪いので 食品を買い足しました。
お食事処が広くなり、刺身やフライや海鮮丼や生しらす丼が目玉のようです。いつか食べに行きましょう。
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