ゆのひらんおばちゃん Part3

創業70年の土産屋を 2023年3月末で閉めました。『夫婦で余生を どう生きるか』を模索していきます。

ピアノの思い出

2024-09-21 | 思い出
その昔 60年くらい前 ピアノを習っていました。小学校の四年間くらいでしょうか。姉が習っていたので 私も習わせてと無理を言ったのだと思います。

土曜日の放課後 小学校にピアノの先生が来て下さり、習っている子供は、ピアノの上に自分の楽譜を重ねて 順番を待ちます。

初歩の赤バイエルから 黄バイエルへ


それが終わると『ツェルニー、ハノン、ブルグミューラー』の三冊を一曲ずつ進め その後『ソナチネ1、ソナチネ2 、ソナタ…』に進みます。

中学生になり 部活のバスケットの方が性に合っていて ピアノを辞めました。それでも ブルグミューラーの曲は指が覚えています。


同級生の一人は中学生になっても辞めずに 県立高校の音楽科に進み、さらに地元の芸術文化短期大学に進み ピアノ教師になりました。初心貫徹した同級生です。


私の娘二人も同じように ピアノを習わせました。昔と同じように 土曜日の午後 小学校にピアノの先生が来てくれていました。

なまじ親がピアノの経験者だと『こんなことが出来ないの?弾けないの?』と厳しくなり娘達には嫌な思いをさせました。今だから そう言えるのであって、当時は上達させようと一生懸命でした。

ピアノを習った母親は、子供にピアノを習わせない方が良いと思います。娘も孫にピアノをさせる気もないようです。

夫の両親が娘達に買ってくれたスタンドピアノは今の家には運ばず 昔の店の片隅に置いてあります。

先日の『湯平温泉復興応援ライブ』で利用されたようです。役に立てて良かったです。



BS放送の『駅ピアノ』を弾いている人に憧れます。『エリーゼのために』くらいではだめです(*_*)

(先日の再放送は 神戸vol.3 西神中央駅でした。鈴さま、ご覧になったでしょうか?)








お盆に思う

2024-08-15 | 思い出
お盆に入りました。

お仏壇は いただいた『ほおずき』と『小菊』と『お迎え団子』で お盆を迎えました。

お迎え団子は あずきを煮る予定から


簡易な方法へとチェンジ…義母がいたら嘆きますわ。


二泊三日で来ている孫二人にお参りを促すと 小4のお兄ちゃんは『僕お参りしたよ』に成長を感じました。それでも 改めて年長さんの妹と一緒に手を合わせてくれました。

13日は孫二人にお留守番させて 近くの初盆の家にお参りに伺いました。おじさんの後を追うように おばさんが続き お二人の初盆でした。

無人となった家に 息子さん夫婦や親戚の方が 初盆のしつらえをなさっていました。正装された遺族が並ばれ 湯茶と菓子の接待、故人の昔話を語り お土産をいただき、玄関まで皆様で お見送りいただきました。田舎に住んでいないのに 息子さんご夫婦が 立派な初盆の供養をされました。ご両親も喜ばれているでしょう。

今年は初盆家が多く それも旅館が5軒もあり、そちらには早目に対応させていただきました。

義母の初盆を思い出しました。あれから 早7年。まだ店は営業中で お参りの方がみえると店から家に走ったものでした。あの頃は走れたのです😌

初盆のお参りから家にもどると 下の孫女が 寂しかったのか、不安だったのか 飛び出て来て まとわりつきました。しっかり者なのか?甘えん坊なのか? わからない時があります。









我が家には ミニ台風が来ていて居間は『しっちゃかめっちゃか状態』です。片付けても片付けても すぐ元通りです。

地域の初盆のお宅に参りました。

故人が好きだった『ゆでもち』

2024-08-04 | 思い出
当地の最長老のお爺さんが亡くなりました。99歳でした。昨年、車の運転免許証を返納したばかりでした。

今年の春だったか、郵便局に来たついでと言って納骨堂の年会費を持って来てくれました。

家はかなり上にあるので車で送らせてもらいました。昔は大きな藤棚の下に住んでいましたが、水害後に別の場所に引っ越していました。

その家の下で降りていただくと『この階段の手すりは わしが作ったんで』と うれしそうに話してくれました。それが最後の会話でした。

町の方に引っ越した ある方から『あの お爺さんに何かあったら知らせてね』と言われていたので連絡をしました。その方も葬儀にみえていました。

湯平に来るたびに お爺さん宅に会いに行かれていました。よほど恩義があったのでしょう。昔 お爺さんと住まいが近かったそうです。

斎場で『お爺さんは ゆで餅が大好きだったから お供えに作って来たの』と言い、夫にも二枚渡して下さいました。お別れの日に そんな心遣いが出来る人に私もなりたいと思いました。



義父も甘いものが好きでしたから お仏壇に供えました。その後私達で いただきました。

湯平を離れても、湯平に心を寄せてくれて ありがとうございます。






引っ越しから一年経ちました

2024-06-26 | 思い出
昨年3月末で70年続いた店を閉めました。



そして 昨年6月26日に そばにある 両親が建てた家に引っ越して丸一年経ちました。あっという間の一年でした。

祝 引っ越し一周年。 無事に過ごせました。


大きな家具や家電8個以外は 二人でぼつぼつ運びました。よく頑張りました…夫が。





食器棚が一番大変でした。二人で上下に分解して運び出し




どうにか搬入しました。


自宅のガレージの中は 荷物だらけでしたが


いまだに これだけ片付いていません。レコードとか、本とか、リカちゃん人形とか、リカちゃんハウスとか…



必要なくても捨てられないものが たくさんあるのです。まだまだ断捨離の道半ばです。

『道の駅回り』をしている場合か?








昭和の遺物⑤扇子

2024-04-05 | 思い出
倉庫の中から出てくるわ 出てくるわ 古い扇子。



おじさんが多い中、おばさんが一人いて そのおばさんが若い頃から縫い物や華道や日舞をやっていたとか。

祖父母は女の子がうれしくて『蝶よ花よ』と育てたのかもしれない。早くに亡くなったので 私は会ったことがありません。

家紋(剣方喰=けんかたばみ)入りの扇子や




エジプトの古代絵のような柄の扇子の端っこには 電話番号が記されているが、北九州時代の古い電話番号だろう。湯平の番号ではない。




この2本だけ残し あとは捨てました。昔に思いをはせながら 捨てる作業が続いています。

義父さん 義母さんがするべき断捨離を息子夫婦が今やっています。

あの世から『それは捨てるな』と言っているかもしれない。