2009年2月8日の記事
第3幕は第1幕と同じように始まるが、一つの新しい次元が付け加えられる
今度は否認の必要がずっと大きくなっていて、しかも直ぐに実行されなければならない
人がギャンブラーを助けたことを否認し、ギャンブラーの仕事が危うくなっていることを否認する
とりわけギャンブラーは家庭に問題を起こしたことを一切否認する
実際ギャンブラーは「この騒ぎや、なじりあい、ごたごたは、全部お前たちのせいだ」と家族を責める
しかしながらギャンブラーは自分のギャンブリングが引き起こした失敗に気付いている
ギャンブラーの罪と悔恨は耐え難いほどのものになっている
否認を達成する為に、次のような手を使うギャンブラーもある
石のような沈黙
ギャンブルのエピソードに関わる一切について話すことを拒絶する
ある者は家族でさえ、沈黙に留まるよう命令する
何故ならその記憶はあまりにも苦痛に満ちているから
一方である者はオープンに告白することを許可する
しかしギャンブラーと「挑発者」はその罪を決して忘れない
適当な時間が経つうちに、家族はどんなものであれ、自分たちなりの規準に自ら適合させる
ギャンブラーは「もう絶対にギャンブルはしない」
イネイブラーは「もう二度と助けてあげない」
犠牲者は「今度ギャンブルのエピソードがあったらもう我慢出来ない」
挑発者は「こんな状態では一緒に生活していくことは出来ない」
この状況で口にされるこれらの一切の言葉は現実とは全く逆である
「イネイブラー」「犠牲者」「挑発者」は同じことを前にも言ったが実行しなかった
このことの結果は、ギャンブラーの罪の意識と失敗したという感覚を増大させる
ギャンブラーの即効性の安楽の知識は、その必然的な結果の記憶をはるかに凌駕する
ギャンブラーの心の奥底には、今度こそギャンブリングをコントロールしてみせよう
かつてそう出来たように、最高の恩恵を手に入れよう
こうして第3幕では必然の出来事が起こる
ギャンブラーはまたギャンブルを始める
彼等が賭けを始めることで、この劇は終わりにならない
観客席に座っている人たちは、劇というより三本立ての映画を観ているように感じる
幕が下りないのに、劇は突然第1幕に戻るからだ
この劇は何年も何十年も繰り返される
登場人物は年老いていくが、台本や演技には変化がない
あったとしても殆どない ~否認という名の回転木馬より~
登場人物達は自ら回転木馬を回していることに気付いてないんですよ。
「あれ?知らない間にまた第1幕に戻ってるやん」
観ている方は飽き飽きしますよね。
演じている我々は辟易しております。
回復の鍵は第2幕にあります。
第2幕で述べたようにそれそれの登場人物が演じてしまえば、第3幕は突然第1幕に戻ってしまいます。
既にギャンブラーがギャンブルをコントロール出来ないことは証明済みです。
第2幕においてのみ、否認による悲劇の回転木馬を止められる可能性があるのです。
第3幕は第1幕と同じように始まるが、一つの新しい次元が付け加えられる
今度は否認の必要がずっと大きくなっていて、しかも直ぐに実行されなければならない
人がギャンブラーを助けたことを否認し、ギャンブラーの仕事が危うくなっていることを否認する
とりわけギャンブラーは家庭に問題を起こしたことを一切否認する
実際ギャンブラーは「この騒ぎや、なじりあい、ごたごたは、全部お前たちのせいだ」と家族を責める
しかしながらギャンブラーは自分のギャンブリングが引き起こした失敗に気付いている
ギャンブラーの罪と悔恨は耐え難いほどのものになっている
否認を達成する為に、次のような手を使うギャンブラーもある
石のような沈黙
ギャンブルのエピソードに関わる一切について話すことを拒絶する
ある者は家族でさえ、沈黙に留まるよう命令する
何故ならその記憶はあまりにも苦痛に満ちているから
一方である者はオープンに告白することを許可する
しかしギャンブラーと「挑発者」はその罪を決して忘れない
適当な時間が経つうちに、家族はどんなものであれ、自分たちなりの規準に自ら適合させる
ギャンブラーは「もう絶対にギャンブルはしない」
イネイブラーは「もう二度と助けてあげない」
犠牲者は「今度ギャンブルのエピソードがあったらもう我慢出来ない」
挑発者は「こんな状態では一緒に生活していくことは出来ない」
この状況で口にされるこれらの一切の言葉は現実とは全く逆である
「イネイブラー」「犠牲者」「挑発者」は同じことを前にも言ったが実行しなかった
このことの結果は、ギャンブラーの罪の意識と失敗したという感覚を増大させる
ギャンブラーの即効性の安楽の知識は、その必然的な結果の記憶をはるかに凌駕する
ギャンブラーの心の奥底には、今度こそギャンブリングをコントロールしてみせよう
かつてそう出来たように、最高の恩恵を手に入れよう
こうして第3幕では必然の出来事が起こる
ギャンブラーはまたギャンブルを始める
彼等が賭けを始めることで、この劇は終わりにならない
観客席に座っている人たちは、劇というより三本立ての映画を観ているように感じる
幕が下りないのに、劇は突然第1幕に戻るからだ
この劇は何年も何十年も繰り返される
登場人物は年老いていくが、台本や演技には変化がない
あったとしても殆どない ~否認という名の回転木馬より~
登場人物達は自ら回転木馬を回していることに気付いてないんですよ。
「あれ?知らない間にまた第1幕に戻ってるやん」
観ている方は飽き飽きしますよね。
演じている我々は辟易しております。
回復の鍵は第2幕にあります。
第2幕で述べたようにそれそれの登場人物が演じてしまえば、第3幕は突然第1幕に戻ってしまいます。
既にギャンブラーがギャンブルをコントロール出来ないことは証明済みです。
第2幕においてのみ、否認による悲劇の回転木馬を止められる可能性があるのです。
自分でやると断言したので途中で投げ出す事も出来ない。
テキストとパソコンのキーボードを交互に見ながら悪戦苦闘しております。
最後の章は一冊のテキストだけでは書き上げられません。
ちょい時間が掛かるかなあ・・・
サザエさんが始まるまでにはアップしたいなあ。
仕事よりしんどいわ。
病み上がりなのに・・・・・
鼻血ブーさせない様に休み休みしながらやーろおっと!
髄膜炎は恐ろしい病気なんですね…お兄さんそれからはなんともなかったんですか?
ギャンブルって社会人になるまで男の人は必ずするものだと思っていました(汗)父親もするし、今まで付き合った人もしてましたし、周りの男友達も、旦那もしてます!
勿論、競馬も好きでしてます、どちらかといえば競馬のほうが好きみたいで二人息子がいるんですがどちらの名前にも馬という漢字が入ってますf^_^;
それでなんですが…一ヶ月ぐらい前『武〇士』のカードを見つけてしまったんです(汗)
旦那に聞き出せずにいます…
付き合っている時にも何社かのカードを見つけたことがありますが、その時は付き合っているだけでこちらに何の被害もないので見て見ぬふりだったんですが…今はそうはいきませんもんねぇ…
なんか相談みたいになってすいません!
体には気をつけてblogの更新して下さいね!(^^)!これからもお邪魔させてもらいます☆
おまけに読破まで。
時間掛かったでしょう。
私って短く簡潔に書けないもんだから。
お疲れ様でした。
髄膜炎について。
兄の場合、髄膜から脳にまでウィルスがいっちゃいましたので、意識が戻ってからもおかしな言動が1ヶ月近く続きました。
無理もないんですよね。40度以上の高熱が約1ヶ月間も続いたんですから。
同じ年に従兄弟が同じ病で2人も亡くなっておりました。
もう祖母も両親も神仏に祈れと医師にまで言われ、家の中は誰が悪いか、その犯人探しばかりでしたもの。
結局兄は発病後2ヶ月で退院となりました。
その後の兄ですが、英語の単語を見事全て忘れ去っていました。
「Ⅰ・MY・ME」まで忘れちゃったんですよ。
大学に入る為に兄は英語はきっぱりと諦め、フランス語とドイツ語で勝負に出ました。
そのお陰でみんなから遅れること2年で無事希望の大学に進学出来ましたよ。
でもね、情緒面に置いて若干問題は今でも残っています。
所謂キレやすくなったんです。
それも分からなくもないんですね。
後遺症で記憶が曖昧になってしまっている上に、新しい事は覚えられても古い事はその分消えていくらしいです。
もどかしさからイライラが募ってしまうのでしょう。
でもね、あの時母が直ぐに・・・
言うまい、言うまいと思っても、病気前の穏かな顔をして笑っている兄の写真を見ると、ついその言葉が口からこぼれそうになります。
さて、カードの件ですが・・・
今では信販会社と同じくらいの金利になっていますけど、元金を完済させるまでにいくら利息を払うのか?それが分かってない利用者がどんなに多いか。
お聞きになりたいお気持ちはよく分かります。
でもね、聞いても正直に告白しませんよ。
借金する事に抵抗のない人間なんていませんから。
(家のローンは別ですよ)
正当性のない借金の場合が殆どですから、この「否認の回転木馬」みたいに否認されてしまいます。
苦しいとは思いますが、私がこのシリーズ最後に書き上げようとしている、第2幕の新脚本を参考になさってみて下さい。