ギャンブル依存症と戦うんだ!

ギャンブル依存症の元夫との戦いの記録です。

ギャマノン関連の記事

2018年03月30日 | ギャマノン
「オッサンはギャンブル依存症かも知れない」

そう思うようになったのは、オッサンがディーラーのサービスマンから営業になってからでした。
サービスマン時代は営業所内で接客していましたし、仕事内容もオッサンに合っていました。
ストレスを感じることがないので、休日パチンコ屋に行ったとしても、私が仕事から帰宅するまでには切り上げ家で待っていました。
しかし営業に異動してからは、休日と言えば朝から晩までずーっとパチンコ屋に行きっ放し。
最初の半年はサービスマン時代の顧客に販売することが出来たので成績も良かったのですが、それ以降はノルマすら達成できずにいました。
その頃には勤務時間中もパチンコ屋に入り浸っていたでしょうから、当然の如く車は売れない。
あの当時最も不愉快だったのは、オッサンから「俺がパチスロに走るのはお前のせいだ」と責められたことでした。
私「オッサンの思考回路をどうなっているんだ?」
その疑問を解明するために私はギャマノンに通い始めたのでした。
当時の記事をアップしますので、興味のある方は参考になさって下さい。

ギャマノンに初参加

ギャマノン参加2度目

ギャマノン参加3度目

ギャマノンに行ってきました

そんな私がギャマノンに通う理由

ちょっと嫌気、ギャマノン

私が仕事帰りに通えるギャマノンは当時一つしかありませんでした。
当初はそこしか参加していませんでしたが、職場が移転したことで通えるギャマノンの数が二つに増えました。
その後同じチェアマンが私の実家近くに新たなギャマノンを立ち上げて下さったので、休日にも参加できるようになりました。
しかし「ちょっと嫌気、ギャマノン」に登場する女性が原因で、徐々にギャマノンから足が遠のいていきました。

私はつくづく思います。
ギャンブルってギャンブラー本人の力だけでは回って行かないんだなって。

ちょっと嫌気、ギャマノン

2009年10月25日 | ギャマノン
2009年10月25日の記事

ギャマノンに通い始めて1年が経ちました。

歩みのペースは人それぞれ。

それで良いと思っている私です。

しかしすごい熱血漢で立ち向かう人がいて、ちょいと辟易状態なんです。

ギャマノンには12のステップがあります。

①受容「我々は家族の問題に対して無力だと認めた」

②希望「我々より偉大な力が、我々の考え方や生き方をまともなものに戻してくれると信じる様になった」

③信仰「我々の意思と命の方向を変え、我々が理解したこの力の配慮にゆだねる決心をした」

④正直「探し求め、恐れることなく、生き方の棚卸表を作った」

⑤勇気「自分自身に対し、また家族に対し、自分の誤りの正確な本質を認めた」

⑥やる気「性格上の欠点を取り除いてもらう心の準備が完全にできた」

⑦謙虚「自分の短所を変えて下さいと、謙虚に自分が理解している神に求めた」

⑧真摯「我々が傷つけた全ての人の表を作り、その全ての人達に埋め合わせをする気持になった」

⑨行動「その人達を傷つけない様に、機会ある度に直接埋め合わせをした」

⑩警戒「自分の生き方の棚卸を実行し続け、誤った時は直ちに認めた」

⑪霊性「自分が理解している神との意思的触れ合いを深める為に、神の意思を知り、それだけを行っていく力を、祈りと黙想によって求めた」

⑫分かち合い「自分のあらゆる事にこの原理を実践する様に努力を続け、このメッセージを他の人に伝える様に努めた」

※「神」という言葉が随所に出てきますが、特定の神をさしているものではありません。
もともとアメリカにてアルコール依存患者とその家族の為に作られたテキストなので「神」と称しているだけです。

さて、何故嫌気ムード満々になっているのか?です。

私自身、ようやく⑧から⑨の段階へ移行している途中です。

最初にこのテキストを読んだ時、①だけしか理解出来ませんでした。

「我々は無力である」

はいその通り。実際、無力であったし、現段階でも無力感バリバリ。

しかし毎週通い続け、家でもテキストを読み返ししていく中で、徐々にステップが進んでいきました。

そのお陰でオッサンの全てが分かった時でも、冷静にいられたのです。

それでも新しいメンバーが増えていくにつれ、聞きっぱなしが鉄則のミーティングであっても、当時の自分と重ねあわせる瞬間もあります。

メンバーの悩みや苦しみに共感し、肩を抱き涙する時もあります。

そ・こ・で・です。

私より少し前に参加したメンバーの1人が、先に陳べた様に熱心過ぎると言うか、アレコレ口出しするんですわ。

本来は聞きっぱなしなんですよ、ソレが鉄則なんですから。

それなのに「あなたはまだまだね」とか「私の場合・・・」など、己を全面に出し過ぎるんです。

あー面倒くせ~ こういうでしゃばりが一番苦手~

確かに長きに渡り、ギャマノン運営に心血注いで下さっている方々には頭が下がる思いです。

敬服しますよ、本当に。

でも彼女の場合、なんか違う。

「私もあの人達の様に尊敬されたいわっ」テ・キ・ナ?み・た・い・な?

あーもう嫌っ!ほんとに嫌っ!

ギャンブル依存症は回復すれど完治しない病であると言われています。

患者本人はずっと仲間に支えてもらいながら、昨日も今日も明日もと必死になって戦い続けています。

そして私達家族は彼等を見守りつつ、自分自身の人生は自分自身の意思により大切に生きようというのがギャマノンの主旨であります。

途中でスリップもあるし、先は長いんです。

長年チェアマンとして重積を担って下さっている方々は非常に勉強熱心ですし知識も豊富です。

求めれば気持ち良く教えて下さいます。

但し強制はなさいません。

温かい目で見守り続けて下さっています。

なのに彼女。何を勘違いしてんだか。

ギャンブル依存症の陰には共依存も潜んでいます。

それがギャンブル依存症に拍車をかけてしまっているんです。

彼女、本当に棚卸し出来ているのかいな?

依存する矛先を、依存症の夫からギャマノンメンバーに変えただけじゃないの?

悪いけど、そんな風にしか見えないわ。

そんな私がギャマノンに通う理由

2009年09月03日 | ギャマノン
2009年09月03日の記事

昨日、乳癌の事では消極的な発言をした私ですが、ギャンブル依存症を家族に持つ会「ギャマノン」には今でも参加しています。

何故か?

答えは一つ。

依存症を通して、自分の心を解放するのがギャマノンの主旨だから。

結婚によって、お互いの生活習慣や性格による価値観の違いが露見するものです。

違って当然で、ではその違いをどうやって歩み寄っていくかがキーワードになります。

しかし日本の場合、多くの夫婦をみていると、どうやら補い合う関係とは言い難い。

どちらかが一方的に相手を補い、もう片方は相手からの助けを享受している関係が多々見受けられます。

結局うちの様に「もうこれ以上相手に合わせるのは嫌だ」となります。

この状態を「性格の不一致」で片付けてしまう傾向にあるんですよ。

傍目から見ると

そこまで付き合う必要ないじゃない

とか

嫌なら嫌って言えば良いじゃない

となるでしょう。

しかし当人は必死こいてます。

私が何とかしなければ

とか

私さえ我慢すれば

などと日本人特有の辛抱を美談にすり替えようとする節があります。

んなもん、代わりっこないですよ。

だって享受している側はそれが当たり前だのクラッカーになってんだもん。

ごくごく自然な状態だと思っています。

この差は実に大きい。

そこでハタと気付いた私。

何故なんだろうと。

何故私は自分の感情に鈍感になってしまったのだろう。

きっと向き合うのが恐かったのだろうと思います。

ギャマノンでは自分の幸せを見つけるお手伝いをしてくれます。

チェアマンはじめ、通う皆さん、心に何かを抱えています。

夫・妻・両親・子供

依存症に陥った家族は違いますが、自分の立ち位置をどうすれば良いのか、一緒に摸索するんです。

生い立ちから依存症の家族との出会いにまで遡る事もあります。

これを棚卸と言います。

救われているのは、実は依存症本人ではなく、我々家族なのです。

勿論これらの出来事も乳癌と同じく人により答えはマチマチです。

しかし薬では治せないものなので、仲間の意見を聞く事は非常に有効的です。

問題は相手ではなく、自分の心の中に住む闇の部分。

これを1人で棚卸するのは非常に苦痛を伴います。

だから仲間の手助けを必要とします。

一緒に学び、共に成長する為の場「ギャマノン」なのです。

ギャマノンに行ってきました

2009年03月22日 | ギャマノン
2009年03月22日の記事

おはようございます。

昨日、久々にギャマノンに行ってきました。

私が通っている会場はとてもアットホームで和やかな雰囲気。

チェアマンの女性をはじめ、皆さんとても穏かな方ばかり。

ここはGAも同じ場所で同じ時間帯にミーティングが行われています。

ですからご夫婦や家族でそれぞれに参加なさっています。

ギャンブラー本人のみお一人でGAに通っていらっしゃる方は大勢いらっしゃいますが、その家族が単身で通っているのは私だけです。

その分、気が楽っちゃー楽ですよ。何でも言えますからね。

さて、久しぶりに出てみると新しいメンバーさんも参加されていました。

ここが賑やかになるって言うのは複雑な心境です。

出来ればいつの日か無くなれば良いのにと思いますもの。

ここに来る人がいなくなる。即ち、ギャンブル依存症がいない世の中だということですものね。

顔ぶれが代わったり増えたりすると、ギャンブルにまつわるエピソードも増えると思われますか?

答えはノーです。

関係者の名前や年齢が違うだけで、辿る道筋は同じなんです。見事なくらい。

違うのはGAに繋がろうと最初に思ったのが本人か家族の意思か。

前者は本人が依存症だと認識し自主的に参加なさったケース。

後者は家族がGAとギャマンの存在を知り、本人を説得して繋げたケースです。

どちらのケースが多いのか。どちらの場合が良いのか。

私は参加してまだ月日が浅いのでその答えは持ち合わせていません。

でも本人が自覚し積極的に参加している方が良いと思いたい。

そして後者でも、いずれ前者の様になってくれると信じたい。


①何故暫くここに来れなかったか

②オッサンがスリップしてしまった

私は今回、上記の話をさせて頂きました。

①に関して。皆さん、よーく分かるよーと仰ってくれました。

それでもこうしてまた参加出来るだけ復活したこと激励下さいました。

②に関して。「勿体無ーい!」が第一声。

次ぎにそれは想定内の出来事であり、本人が一番分かっているはずとの事。

実際そうなんですよね。オッサンはギャンブル歴24年ですよ。易々と止められませんわ。

止められていたら、そもそも依存症になってないし。

加えてギャンブルのみならず、度重なる交通違反を繰り返す行為もお話しました。

これらの行為が私の心境にどの様な影響を与えるか。

アディクションを手放そうと気持を切り替えても切り替えても、グーッと後ろ髪を引っ張られてしまう。

イコール、オッサンは全然反省しとらんのじゃないか?

イコール、オッサンは本当に置かれている現状を理解しとんのか?

と、猜疑心がムクムクと湧き上がってくるんですと打明けたんです。

皆さん一同「そうなんだよねー」ウンウンと頷く。

ギャンブル依存症は一生の病気です。治りません。

だから劇的な変化を期待してはいけないし、望んでもいけません。

それは否認と言う名の回転木馬のシリーズでも書きました。

でもなぁ~近道しようとは思わないけれど、果てしなく続く線路はないんだもん。

どこかに終着駅はあるんじゃないか。

私が望むのは

オッサンの心からの謝罪と反省しているという真摯な態度。

ではその先は?

その先。その先には何が待っているんだろう。

彼が一生、ギャンブル依存症と戦う姿なのか。

彼が一生、ギャンブルとは無縁の生活なのか。

私がとるべき姿やあり方は?

戦う彼を支える妻なのか。

依存症を受け入れ温かい目で見守る妻なのか。

終着駅があるとしたら、それらの答が見つかってからでしょうか。

ギャマノン参加3度目

2008年12月21日 | ギャマノン
2008年12月21日の記事

昨日は初回に行ったミーティング会場に参加しました。

たまたまいつもの会場を借りられなかったという事で、近くの喫茶店に集まりました。

いつもはテーマに沿って話をしますが、今回は好きな話をして下さいという事で、ざっくばらんな雰囲気の中、楽しい一時を過ごしました。

この席でうちのオッサンがようやくGAに繋がる決心をしたと報告した時、皆さん本当に喜んで下さいました。

うちの場合、他の皆さんと違い、オッサンの仕事の関係上、参加する会場が違うんですと言うと、ある方が仰いました。

夫婦や家族が繋がる場合、案外それぞれが違う会場に参加する方が回復が早いと聞きますよと。

GAもギャマノンも基本は、聞きっぱなし、言いっぱなしが大前提です。

夫婦で同じ会場、同じ時間に参加していると、どうしても気兼ねして言いたい事が言えないケースが多い。

しかし違う会場だと参加メンバーが全く違うので、双方の気持が漏れ聞こえる事もないし、他人から奥さんはこう言ってたよとか、ご主人はこんな風に感じているみたいだよ、みたいな事も入ってこない。

ああー確かにそうだよね、吐き出したい思いを気兼ねせずに言える事は良い事なのかも知れないと私も思いました。

オッサンが初参加するのは年末最後のミーティングになろうかと思います。

オッサンのペースで参加していけたら良いなあと思うし、またオッサンが居心地が良いと感じれば自ら時間を作ってでも赴くだろう。

それぞれがそれぞれのペースで自己を見つめ直し、明るく前向きに生きていく術を学び実践していけたら、形はどうであれ、それが最善だと思った私でした。





ギャマノン参加2度目

2008年12月14日 | ギャマノン
2008年12月14日の記事

根性で風邪を治し、今日は前回とは違う会場でミーティングに参加しました。

会場が違うと当然メンバーも代わり、前回とまた雰囲気も違っていました。

今回のテーマは‘受け入れる’でした。

私の場合、どちらかと言うと今までオッサンを野放し放置プレー状態でした。

だから然したる意見が陳べられませんでした。

脅迫的ギャンブルはもはや他人ではどうしようも出来ない。

よって回復の12ステップの一番最初は「無力である」事を知るところから始まります。

次ぎに「ゆだねる」となります。

これはすなわち「相手を受け入れる」事に相通じます。

しかしこれがなかなか難しい。

脅迫的ギャンブラーの家族を何とかしようと、パートナーや家族は摸索し行動に移し続け、結果、心が枯渇していきます。

私も現在この状態であります。

無力なのは承知した。

では次はゆだねるとあるが、しかし目の前の借財はどうする?生活費はどうする?

なんとかギャンブルを止めさせよう、とそればかりに躍起になってしまうのです。

ステップ2ではこう教えてくれています。

「われわれに出来る事は、悪戦苦闘を止める事だ。何の憂いもわだかまりもなく心を開けば、内なる平安を自覚する先駆けとなる」



うーーーむ

これが今の私にはとーーっても難しいの。

だから毎日ステップ12まで読んでいるんだけど、この2の段階でつまずいているので、ちっとも先に進めない私なんです。












ギャマノンに初参加

2008年12月07日 | ギャマノン
2008年12月7日の記事

ギャマノンの存在は前から知っていた。

ようやく心の準備が整い、初参加の運びとなった。

知っている人も多いので詳しい事は省くが、知りたい人は下記のギャマノンのHPを覗いてみて下さい。

http://gam-anon.jp/index.html

私が参加した会場は同じ時間にGA(脅迫的ギャンブラーの為の自助グループ)とギャマノンのミーティングが行われている。

圧倒的にGAに参加する人の方が多く、ギャマノンのメンバーはごく少数だった。

初参加と言う事もあり、私により多くの時間を割いて下さった。

皆さん真剣に耳を傾け私の話を聞いて下さった。

私は自分で言うのもなんだが仕事柄、人前で話す事が得意。

今回は、淡々と時には笑いも挟みながら、今までの経緯を完結に説明するに留まった。

ミーティングが終了するとフリートークの時間になる。

そこではもっとざっくばらんな会話になるのだが、その時に居合わせた皆さんから一様に言われた事。

あなたはユーモアがありますね。最初にここへ訪れる方は、皆さんとても思い詰めていらっしゃるのに、もうまるでギャマンの意思をある程度理解されている様にお見受けしますよと言われた。

私は一瞬答えに躊躇してしまった。

内心はここに来るまでにかなり悩み、決して悟りも開けていなければ、平常心でもないし、ましてや自虐ネタみたいに笑いを取るつもりもなかった。

何故そんな風に思われてしまったのだろうか・・・

何故・・・実は私には何故自分がその様な態度で話が出来るのか、その答が分かっている。

それは私の父が買い物依存症で、70代後半に亡くなる直前まで依存症であり続けたから。

その土台というか、バックボーンがあるが故に、オッサンのギャンブル依存症に対しても、そんなにオロオロせずにいられるのである。

お見事。とそう思う他なかった。

長きに渡って家族のギャンブルに苦しむ人達は、とても洞察力がある様にお見受けした。

ここなら私も救いを求められると信じ、しばらく続けようと思った次第です。