ギャンブル依存症と戦うんだ!

ギャンブル依存症の元夫との戦いの記録です。

そんな私がギャマノンに通う理由

2009年09月03日 | ギャマノン
2009年09月03日の記事

昨日、乳癌の事では消極的な発言をした私ですが、ギャンブル依存症を家族に持つ会「ギャマノン」には今でも参加しています。

何故か?

答えは一つ。

依存症を通して、自分の心を解放するのがギャマノンの主旨だから。

結婚によって、お互いの生活習慣や性格による価値観の違いが露見するものです。

違って当然で、ではその違いをどうやって歩み寄っていくかがキーワードになります。

しかし日本の場合、多くの夫婦をみていると、どうやら補い合う関係とは言い難い。

どちらかが一方的に相手を補い、もう片方は相手からの助けを享受している関係が多々見受けられます。

結局うちの様に「もうこれ以上相手に合わせるのは嫌だ」となります。

この状態を「性格の不一致」で片付けてしまう傾向にあるんですよ。

傍目から見ると

そこまで付き合う必要ないじゃない

とか

嫌なら嫌って言えば良いじゃない

となるでしょう。

しかし当人は必死こいてます。

私が何とかしなければ

とか

私さえ我慢すれば

などと日本人特有の辛抱を美談にすり替えようとする節があります。

んなもん、代わりっこないですよ。

だって享受している側はそれが当たり前だのクラッカーになってんだもん。

ごくごく自然な状態だと思っています。

この差は実に大きい。

そこでハタと気付いた私。

何故なんだろうと。

何故私は自分の感情に鈍感になってしまったのだろう。

きっと向き合うのが恐かったのだろうと思います。

ギャマノンでは自分の幸せを見つけるお手伝いをしてくれます。

チェアマンはじめ、通う皆さん、心に何かを抱えています。

夫・妻・両親・子供

依存症に陥った家族は違いますが、自分の立ち位置をどうすれば良いのか、一緒に摸索するんです。

生い立ちから依存症の家族との出会いにまで遡る事もあります。

これを棚卸と言います。

救われているのは、実は依存症本人ではなく、我々家族なのです。

勿論これらの出来事も乳癌と同じく人により答えはマチマチです。

しかし薬では治せないものなので、仲間の意見を聞く事は非常に有効的です。

問題は相手ではなく、自分の心の中に住む闇の部分。

これを1人で棚卸するのは非常に苦痛を伴います。

だから仲間の手助けを必要とします。

一緒に学び、共に成長する為の場「ギャマノン」なのです。