新潟久紀ブログ版retrospective

新潟独り暮らし時代15「自由な生活時間の下でのバイト三昧(その3)」

●自由な生活時間の下でのバイト三昧(その3)

 マイカーのある生活を一度経験してしまうと車無しでは耐えがたくなるものだ。アルバイトの目的は、「就活を見据えて多様な経験を得るため」から「次の車を手に入れるため」に代わり、短期間で集中して稼ぎが上がる勤め先を探した。しかも悪天候の季節にアシが無いのでアパート周辺で…。となると、夜の水商売が必至だった。
 アパートから1kmほどにあり郊外に向かう国道沿いに開店したカラオケスナックが、夜間のウエイターのバイトを探しているという話が舞い込み、大学のクラブ活動の仲間2人とローテーションで一人週3日ほどのシフトに入ることになった。大学2年の12月からは、愛車購入資金だけを考えて酔っ払い相手を続ける決意をした。
 カラオケスナックでのバイト開始の12月上旬は、雪国新潟とは言え沿岸部の大学周辺は積雪も比較的少ない方なので、四輪を失ったとはいえ残る二輪の相棒であるヤマハRX50で暫く通えると考えていた。ところが勤務2日目にして、夕方の出掛け時点では曇りだったが23:00頃に帰ろうと店の通用口を開けたらすっかり雪景色になっていた。
 それでも路面凍結はしていないので、雪国育ちを嘗めるなとばかり、スターターをキックしてエンジンを回す。バッテリーが弱くなっているのか前照灯もテールランプも明暗を繰り返し、恐る恐る雪の国道に乗り出す気持ちを更に心細くさせる。
 アパートまでの途中に鉄道をアンダーパスする上り坂があるのだが、案の定、雪道で滑ってバイクは転倒し、私もその下敷きとなり歩道側の側溝付近で倒れ込んだ。国道とはいえ車通りの無いタイミングは自損事故で済む点では助かったのだが、仰ぎ見る夜空からしんしんと降る雪の侘しさは、このまま埋もれてしまいたい気分にさせた。
 転倒時に膝や肩を路面に打ち付けたであろうが、雪の冷たさによる麻痺なのか負傷直後は痛みを感じなかった。エンストしたバイクを放置して去るわけにもいかないのでなんとか起こすも、前輪を挟むサスペンション軸がねじれてタイヤが斜めを向いてしまう。それでも何とかヨロヨロと押し進めることがてきた。
 ヤマハRX50は知る人ぞ知る原付バイク離れした大きな車体であり、コケたために押して歩くことを余儀なくされたこの時は、さすがにそれが恨めしかった。普通に歩く何倍もかけてアパートに辿り着いくと午前様になっていた。明るい部屋で衣服を見るとすり切れて、膝などは結構な出血だ。バイト用の黒ズボンは自前だったので余計な出費になるなあとため息がでた。
 事故で失った四輪に続き、転倒して不具合が生じた原チャリもアパート敷地内の駐輪場で雪に埋もれてしまうと修理に出す気にもなれず事実上の廃車となった。大学2年生のこの冬も3年連続となる豪雪となり、吹雪の日も多い中で、私は昼間の授業か夜のカラオケスナックくらいしか出掛けなくなっていった。
 ※カラオケスナックでのバイトの思い出はこちらをクリック

(「新潟独り暮らし時代15「自由な生活時間の下でのバイト三昧(その3)」」終わり。仕事遍歴を少し離れた独り暮らし時代の思い出話「新潟独り暮らし時代16「自由な生活時間の下でのバイト三昧(その4)」」に続きます。)
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