新潟久紀ブログ版retrospective

仕事観の形成と就職するまで編7「カラオケスナックウエイター」

<仕事観の形成と就職するまで編7>---------------------
●カラオケスナックウエイター

 自由な手足であるクルマを失ったため、大学の近くで徒歩で通えて単価も良いバイトを探していたのだが、大学が市街地から郊外の砂丘地帯に移転してまだ10数年程度の当時、周辺の商業的開発は遅れていて、良い働き先が無かった。そんな折りに、アパートから徒歩10分圏内でのカラオケスナック開店に合わせたウエイターのバイト話が舞い込んだ。
 その頃は大学から少し離れると直ぐに田畑が広がる環境。農家など地元民の遊興や社交の場を狙い当時成長著しいカラオケスナックを開店するとは、さぞ眼力がある経営者なのだろう。17:00バイト入りで24:00まで、夜間なので単価も悪くない。ウエイターの心得もあるし、これは上手い話だと二つ返事で乗った。
 基本的にセット料金定額制で、ウイスキーのミニボトル1本と氷とミネラルウオーターの水割りセットが付き、つまみは惣菜の大皿を一カ所に並べたバイキング方式。カラオケ歌いたい放題が込み込みで、ビールや日本酒、焼酎など若干のオプションがある。ウエイターは給仕のほか水割りなどを作ったり、カラオケ操作のアシストや拍手をしたり、時々頼まれてデュエットしたりといった程度で、さほど面倒な作業はない。素人が大声で唸る演歌を勤務時間中に笑顔で我慢してさえいられれば、単価に見合う仕事だ。
 私のことを、生活苦でやむなくバイトする苦学生と思ったのか、毎晩のように訪れて何か対応する都度チップだと言って500円玉をくれる中高年の男性客がいた。何か商売人らしい話しぶりだが、ニヤリとするばかりでなかなか本業を明かさない。そんな一癖も二癖もありそうなお客達が数名いたほかは、想像どおり、大学周辺の農家や商店主らが順次出入りし集う健全な客層と雰囲気だった。
 経済学部で経営を学ぶうちに起業にも関心があった私は、しっかりしたマーケティングによる店舗の広さやサービスの内容の設定、経営展開だなあと感心していた。バイキングの総菜を安くともいかに見栄え良く仕上げるか、中途半端に余った酒などはどう処理するか…現場で目の当たりにした良くも悪くもここには書けないような、現実味のある綺麗ごとばかりではない、様々な実務的運営ノウハウも含めてだ。
 経営者と話をしてみたいなあと思っていたが、店は雇われママである人のよさそうな、それでいて我の強そうな小太りの中年女性が実務を仕切っていて、社長はたまにしか来ないという。それでも、勤め始めてしばらくしたある晩、ママから、接客で自分は外せないので、二階にいる社長にビールを持って行ってやって、と声掛けが…。
 建物は一階に店舗用のフロアや厨房があり、二階は水回りも整って生活可能な構造になっていた。住み込んでいた雇われママは社長の愛人だとも漏れ聞いていて、ママは学生バイトが二階の社長との空間に立ち入るのを始めの頃は避けていたが、私を含め大学生3人交代のバイト達が誠実に勤めているうちに、いよいよ信頼してきたらしい。
 かくして私は、瓶ビール2本とグラス、店の総菜バイキングから見繕った小鉢など盆にのせて二階へと階段を上る。閉まった襖越しに「ビールお持ちしました」と言うと「おうっ、入れ。」との応答。襖をあけるとそこには、股引姿で団扇をあおぐ角刈りで恰幅の良い50歳代と思しき男性が。挨拶して視線を上げると、上半身裸で首に掛けたバスタオルの端から立派な"彫り物"がお目見えしていた。
 「バイトか。ご苦労さん」の声掛けがあった程度で、直ぐに店に戻りなさいという雰囲気だったので、ましてや経営に関する会話などできようもなく、速やかに部屋を引き上げた。その筋の入れ墨を見たのは初めてではなく、驚くほどのことではなかったが、気になっていたことが色々と府に落ちるようになってきた。
 派手な店舗を片田舎に急に開いて毎晩のように相当な客の出入りがある…。バイトをしていく中で、カラオケスナックの経営展開はシンプルなようでいて、何か素人が安易に手出しできるものではなさそうな"凄み"のようなものも感じていた。地元や関係筋との根回しなどが滲み出るように感じる雰囲気はこれだったのか。多くの屈託のない客たちの中に紛れ込んで見られた、どこかヤバさを直観させる男たちは"そっち"関係の者だったのか。
 一事で万事を推し量るつもりはなく、水商売も多様だと思うが、何か本筋でない「力技」でも持っていないとやって行くことのできない業界なのではないか…。喫茶店でのバイト時代に知り合った業界関係者との体験も含めて私は勝手に思い込んでしまった。バイトそのものは大学3年生の終わりまで1年以上勤め、当初の目的だった二台目の中古車"ランサーEX1400"も入手できたので、就活への本腰を理由に円満に辞めさせてもらったが、その後にスポットでのバイトオファーがあっても、本職として引き込まれそうな恐れを感じて請け負うことはしなかった。縁が切れて暫くしてから例の"500円チップの男"が"〇〇〇の売人"だと風の噂に聞いた…。

(「仕事観の形成と就職するまで編7」終わり。「仕事観の形成と就職するまで編8「工事現場誘導員」に続きます。)
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