何故だろう
どうしてだろう
苦しむ必要が無いのに苦しんでる
真の苦しみに比べたら
それは自己憐憫のような
どうしようもない代物
ある本で読んだ
想像力を働かせるには
被害者より加害者の視点に立つこと
そうしないとたちまち沈黙が襲ってくる
悲しみが涙が後悔が怒りが
漂い締め付ける
じゃあ加害の側に立ってみようじゃないか
訪れなかった成功、そして、やってくる挫折
労働、怠惰、勤勉、他者からの視点
逃れられない、もう手にすることは出来ない
命を大切に
標語のようなメッセージだな
だけど、それと異なる原理で生きている人間もいる
そいつのことを、怪物とでも呼ぼうか
野次馬に過ぎない
第三者ですらない
当事者の方へ送る言葉は無い
どうしょうもなかったんだよな
いつのまにか自分の姿を彼に重ね合わせている
何を変えればいい
何処に帰ればいい
これが限界なのか
受け入れてくれる場所がほしい
それでも他人に縋るしかない
小さな僕
大きな彼ら
それぞれの自分
幸せを転がして生きている
泣き声に気付かないようにして