ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

コロナに向かう 81歳

2020-05-09 15:43:33 | 素晴らしい人
 ▼ ついに私の街に春が来た。
桃も梅も桜も一斉に咲いている。
 白木蓮も紫木蓮も辛夷(コブシ)も、みんな咲いた。
当然、我が家のジューンベリーも。
 そして、柳、ナナカマド、カラマツの新緑が、
柔らかな陽を受け、綺麗だ。

 当然、日の出も早い。
それに誘われ、私の目ざめも早くなる。
 いい天気の日は、しっかりと準備を整え、
6時半にはランニングスタートだ。

 どこを走っても、行きかう人はまばら。
「3密」の心配など要らない。
 でも、この陽気だからか、それとも自粛生活だからか、
ランナーとすれ違うことがある。

 みんな若い。
多くは、イヤホンを耳にしている。
 私が挨拶しても、耳に届かないのか、
視線すら合わせないこともしばしばだ。

 だけど、近づいてきたランナーが
私の左腕にあるオレンジ色の腕章を見た。
 「おっ、ガードランナーズだ。
お疲れっす。」
 さっと一礼して走り去った。

 『走りながら、子どもやお年寄りの見守りを!』。
そんな趣旨に、「私でよければ・・」と、
腕章をつけて走っている。
 それをねぎらう飾らないひと声だ。

 「何もしていないに等しいのに・・」。
それでも、快晴の青空を見上げたくなった。
 誰も見ていないことをいいことに、少し胸を張った。
きっとアカゲラだろう。
 どこかから、ドラミングが空に響いていた。
頬をなでる春風が心地いい。 
 
 そして、自宅まで残り1キロ余りの日だった。
予報よりも早くに、暗い雲が漂った。
 すぐに雨が降り始めた。

 いつもより早足だったからか、
これ以上のスピードアップはきつかった。

 濡れはじめた歩道の先を見た。
上下黒にピンクのシューズのランナーが、向かってきた。
 その距離が、みるみる近づいた。
私が速いのではない。

 明らかに軽快な走りだ。
距離が近づき、雨の中でも、
若い女の子だと分かった。
 ショートカットの頭がすっぽりと湿っていた。

 すれ違う一瞬、目が合った。
「おはようございます」。
私の挨拶に、彼女は、明るい笑顔を作り、
「おはようございます。」と応じた。

 すかさず私は続けた。
「雨だから、足元、気をつけて!」。
 その言葉の最中、
彼女は私の横を走りぬけた。

 だが、背後から明るく弾んだ声が届いた。
「はーーい。ありがとうございまーす!」。

 間もなく自宅だと思いつつ、
その声が氷雨ではなく、春雨だと思わせた。
 急に、足がスイスイと進む。
一瞬、年齢を忘れていた。「春だ!」。

 ▼ そんな春爛漫の朝が、その後一転する。
人と出合うことを避ける現実が強いられている。
 「今日までの努力が水の泡にならないように!」。
殺し文句を聞かされると、
小心者は、ことさらじっと閉じこもっていようと思う。

 だけど、心は真逆。
余計に明るい話題が欲しくなる。

 大先輩が高齢を押して、定期通信を送ってくれる。
ついつい笑いがこぼれる川柳があったりする。
 半年程前、こんな記事が載っていた。

 何年か前の「笑点」でのことらしい。
つい吹き出しながら、読み返した。
 
  *    *    *    * 
 
    18歳と81歳の違い

 道路を暴走する 18歳
   道路を逆走する 81歳

 心がもろい 18歳
   骨がもろい 81歳

 偏差値が気になる 18歳
   血糖値が気になる 81歳

 受験戦争を闘っている 18歳
   アメリカと闘った 81歳

 恋に溺れる 18歳
   風呂で溺れる 81歳

 まだ何も知らない 18歳
   もう何も覚えていない 81歳

 東京オリンピックに出たいと思う 18歳
   東京オリンピックまで生きたいと思う 81歳

 自分探しの旅をしている 18歳
   出掛けたまま分からなくなり皆が探している 81歳

 「嵐」というと松本潤を思い出す 18歳
   鞍馬天狗の嵐寛寿郎を思い出す 81歳

 ドキドキが止まらない 18歳
   動悸が止まらない 81歳

 早く「二十歳」になりたいと思う 18歳
   出来ることなら「二十歳」に戻りたいと思う 81歳

 恋で胸を詰まらせる 18歳
   餅で喉を詰まらせる 81歳 
 
  *    *    *    *

 ▼ さて、飲食店を営む私の兄のことだ。
同じく81歳である。
 「笑点」が取り上げた81歳とは違う。

 コロナの最中、電話がきた。
今も、毎朝、魚市場へ行く。
 培ってきたキャリアで、鮮魚を選ぶ。
確かな目利きの評判は、時々私も耳にする。

 その81歳が、受話器の向こうで弱音を吐く。
「コロナの最初の頃とは全然違う。
お客さんが来ないんだ。
 参っているさ。」

 どこの店も同じだ。
でも、今までどんな不況も乗り越えてきた。
 だから、今回も何とかできると知恵を絞ってきた。
少々自信もあった。
  
 「だけどなあ、店を開けていても、
誰も来ないんだ。
 俺はさあ、人がいて、
その人にものを売りたいんだ。
 そうしていたんだ。
だけど、それができないのさ。」

 兄の人生の支えと無念さを、
受話器はそのまま語っていた。
 胸が熱くなった。

 「なあ、頼みがあるんだ。
テイクアウトっていうのか、それを始めたんだ。
 それをインターネットで宣伝してくれないか。」

 兄は、私ならできるだろうと言う。
期待に応えたかった。だが無理だった。

 落胆の声が、
翌日もその次の日も耳から離れなかった。
 「俺はさあ・・ものを売りたいんだ。
そうしていたいんだ」。

 81歳でもなお、前を向く。
コロナに負けず、進もうとする。
 『18歳と81歳の違い』など論外だ。

 数日後、
『テイクアウトを始めました。
こんな時、ご自宅で、当店のお味はいかがですか?!』
 そんなタイトルに、
お持ち帰りメニューと写真を載せたチラシを作った。

 「店先に置いたり、来店した方に配ったり・・。」
50枚程を兄の店に届けた。
 今、私にできること・・?。そのくらい・・・。

 『頑張れ! 81歳!』




  春 真っ盛り  だて歴史の杜にて

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