銀河夜想曲   ~Fantastic Ballades~

月が蒼く囁くと、人はいつしか海に浮かぶ舟に揺られ、
そして彼方、海原ワインのコルクに触れるを夢見、また、眠りにつく……

湛然たる水平線

2007年08月26日 23時58分36秒 | 散文(覚書)
額の汗が音もなく

在るか無きかの蟀谷(こめかみ)に落ちる度

私は

海にいる

深き滄溟に沈み行きながら眉宇に手を翳し

在るか無きかの水平線を

懸命に

仰ぎ見る



この広い海に投げ入れた煙草の音を

あなたは

どこで聴いている

遥かこの海のどこにいても

あなたは

その小さき名残を耳にする事ができるか

駒の足掻に則して

その痛みを胸に妬く事ができるだろうか



あなたの鎖骨には

私の唇がピタリと合う

浮き出た骨をなぞる度

私の唇は一寸の闇を従え

あなたは震えた

それが私の生きる証で

夜も朝も無に帰す愉悦だった

しかし

母なる海のどこに鎖骨があるというのだろう



さもありなん

首筋を這わせた上唇と

胸の狭間を這わせた下唇を嘲笑うかのように

鎖骨の窪みに はらりと落ちた一本の毛髪

震えたあなたの弾みで零れた

一片の哭

それだけが本当の蒼さを知っていて

ただ

その事だけが憎かった



心臓と心臓を重ね合わせ

溶けゆく時の倦怠と恍惚を

共に味わい尽くしたあなたは

もう

酔い醒めの水ではない



私の足元に広がる海底が

再び暗さを帯びてゆく

日差しはここまで届かない

夏の気配が

薄らいでゆくのだ



振り返った私の背中に

また

水平線が落ちた