銀河夜想曲   ~Fantastic Ballades~

月が蒼く囁くと、人はいつしか海に浮かぶ舟に揺られ、
そして彼方、海原ワインのコルクに触れるを夢見、また、眠りにつく……

恋一夜

2006年10月06日 01時20分58秒 | 散文(覚書)
恋することを忘れてしまった私には

どうやって傘をひらいたのかさえ思い出せない

秋の虫たちが蛍に別れを告げても

月明かりに星明かりは

眉宇に化粧を零すというのに



梨の生る木にもたれてみては

ほのかな甘い匂いをそっと抱いて

胸で鳴く虫たちへ与えてみた

さすれば果汁は雨に抱かれ

やがて虫は微睡(まどろ)み

一献の泥濘となりゆく



果たして

十の河があったとして

そこには一の砂塵もない

あるのはただ

ひたすら煙る雨向こう

河に投げ打つ身の粛清



透明の傘に広がる

幾夜の水滴よ

おまえたちが流れる度に

私の手は濡れるのだ

握り締めても握り締めても湯気を昇らせる握り飯のように

私の手は白く

この心臓に白く蒸留するのだ



私の耳にかかる

たったひとつの毛帽子よ

おまえが目蓋に口付ける度に

この手は震えるのだ

払い除けても払い除けてもまとわり付く幻影のように

私の手は紅く

胸の峡谷で紅く震えるのだ



星の滴が雨の名残りとなって

この手に余る傘に堕ちた時

私はその涙の筋間から

また星の瞬きを瞳に映し

何物も聴こえない鏡のピアスに

さらざら

さらざらと

両の耳たぶを差し渡す



すぼめた傘は

もはやひらけない

ひらくのは

私の雨向こう

雨彼方



あなたは梨の香りを

そこに嗅ぐだろうか