JR中央線の日野駅の裏手に坂下地蔵堂がありました。
お地蔵さんが沢山一か所に集まっています。
ところが、その写真がとれてませんでした。
そこでGoogle Mapより、以下をお借りしました。
旧甲州街道はここで中央線に遮られてしまいます。
ただ、昔はここに踏切があって、旧甲州街道は続いていたそうです。
地蔵堂の隣の飯綱権現社
その階段下にある小さな石仏群
街道を若干戻り、日野駅前通りのガードをくぐって線路の反対側にまわり昔あったであろう踏切のあたりへ戻ります。
そこは大阪上通りというようですが、坂道であって、昔の街道の名残の石仏群がありました。
さらに走ると国道256号と合流します。
そして、商業用自動車を製造する日野自動車が見えてきます。
私の会社は運送会社なので日野のトラックには大変お世話になっています。
日野のトラックは値段の安さ、燃費の良さ、故障の少なさ、等々、他社のトラックより優れていると思っています。
ただ、いつも思うのですがトラックの値段は毎年確実に上がっていき、それに伴って運賃が上がっていけば良いのですが、そうならないのが現実でなるべく買い換えないで長く使用する運送業者が増えているように思います。
こういう右肩上がりでない時代のトラックは必要以上のものはオプション装備にして、シンプルで安価な合理的トラックを生産すれば売れるように思います。
(たとえば、パワーウィンドウは助手席側はあると便利ですが、運転席側は手動式でまったく問題ありません。)
日野自動車の正門
国道256号線は高倉町のあたりで国道20号線(甲州街道)と合流し、浅川にかかる大和田橋をわたるのですが、旧街道は渡ってすぐ右折します。
浅川を渡る(いいジョギングコースが川沿いにあった)
右折して、すぐに目に入る、なんか気になる富士ノ山食堂というラーメン屋
板橋に富士ノ山食堂というドカ盛りの食堂があるとは聞いたことがあるのですが、…。
それの系列店でしょうか?
富士ノ山食堂は、現在、事業再生したのでしょうか?富士力食堂という名に変わっているようです。
とくわかりませんが、とりあえず、そのデカ盛り動画があったので添付します。
(食べ方が綺麗じゃありません)
【デカ盛り】富士ノ山食堂のマウンテンチキンカツカレー余裕で完食!!
しかし、画像から見えるマウンテンチキンカツカレー(大)が980円という値段なんですが、
採算とれるんですかね?
チキンって、そんなに安いか?
さらに、その先すぐに左脇の細い道に入っていくのですが、公園がありその辺りに竹の花一里塚があったようです。
竹の花一里塚跡
そのとなりに永福稲荷神社(竹の鼻稲荷神社)がありました。
この辺りが八王子宿の入り口らしいです。
この神社境内に力士像が立っています。
力士八光山権五郎
-----以下、案内板より---
八光山権五郎は江戸時代中期(寛延、宝暦)に活躍した八王子出身の力士です。身長六尺三寸(百九十一センチ)体重不詳、嶋屋という絹問屋の後継ぎで商売をしながら相撲をとっていました。当時は大坂、京都で勧進相撲が盛んに行われていました。現在のように相撲協会はなく、相撲が開かれる場所へ自前で出かけて行き日本各地の力自慢腕自慢が、日本を東西に分けて地元出身地を背負って対戦しました。その時の番付には八光山の出身地は「江戸」とのっています。八光山は八王子から相撲が開かれる場所へ旅立つ前には、必ず稲荷神社へ参拝し旅の安全と必勝を祈願し亦帰郷した折にも境内で勧進相撲を奉納しました。当時の力士は現在の力士が締めている半分位の丈で出来ている化粧回しを締めたままで柑撲をとりました。
相撲は神事と深いかかわりがあることから、五穀守護の神「倉稲魂命」の神前で願いを込めて相撲を奉納したものとおもわれます。八王子史実を著してある塩野適斎の桑都日記には、八光山権五郎が神明の霊徳によって天下第一の力士になれば、神祠を再造して永くこの所において相撲を興行し神を祭ると祈誓し、故郷を辞し去って三都及び四国九州を遊歴し、強くカのある者に逢えば相撲を試み、遂には敵する者が無く、これを賞され時の天皇から御盃と錦のまわしを賜り、帰郷後稲荷神社境内で相撲を興行したと記録されています。
力士八光山権五郎が六十二歳で没した後、毎年八月二日には近郷の力自慢によって相撲が奉納されるようになりました。
---------
化粧まわしを締めたままで相撲をとっていたとは知りませんでしたね。
江戸時代半ばに動きの妨げになるということで取り払われたらしいです。
さて、八王子宿です。
飯盛旅籠→八王子遊郭となった地域でもあり、そして機織(はたおり)業の町でもあります。
市守大鳥神社
八王子駅入口交差点にある「将軍の孫」ブロンズ像
小さな子供が、ぶかぶかの軍靴を履いて、敬礼している姿がなかなか可愛いですね。
明治45年から続く歴史のあるお店、割烹「坂福」
店の外に人力車があって、かなりお値段が高そうにみえるが、見た目とは違い、日替わりランチは税込1,000~と非常にリーズナブルらしいです。
すき焼きが主のお店の様で、食べログで検索すると平均予算が夜は6000~8000円でした。
荒井由実の実家、1912年創業の荒井呉服店
(本当の店は改装中?らしく、これは仮店舗かな?)
幕末期、横浜開港により絹が主要な輸出産品となると、八王子は生糸・絹の一次生産地として、また関東各地から横浜へ送り出す輸送の中継地として栄えたそうです。
そして、維新後も引き続き生糸貿易の中継地として隆盛しということで、荒井呉服店はその名残でしょう。
荒物加島屋(城所荘蔵商店)
----八王子見て歩記より抜粋----
店蔵が建てられたのは、今から120年前の明治20年(1888年)。当時の加島屋様は、専売制だった塩やせっけん・油など日用雑貨の卸問屋でした。建築された時は、今より横幅が狭かったそうですが、その後、右側の間口を柱1本分増築して現在の姿になりました。商いをする場所として、また、商人をめざす若者を住み込みで学ばせていたので、別名「加島屋学校」とも呼ばれていました。何人もの若者がここで読み書きそろばんを身につけ、巣だっていったのです。
---------
創業125年のこんにゃく屋、中野屋
国道に沿ってしばらく走ってきましたが、長房団地入口交差点で鍵手のように曲がり細い道になります。
その曲がり角は日本橋より13番目の一里塚である散田一里塚跡です。
散田というのは、この辺りは田んぼが散らかっていたかららしいです。
そこには2つの石碑が立ってました。
昭和二年新道開設当時の甲州街道のマンガ風の景色となんかの歌が刻まれてます。
高尾山道標
写真ではよく見えませんが、右高尾山、左真覚寺の文字とかいてあります。
ここから、こんな感じで高尾まで単調な道が続きます。
大変、暑い日なので単調な道は疲れました。
(つづく)
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お地蔵さんが沢山一か所に集まっています。
ところが、その写真がとれてませんでした。
そこでGoogle Mapより、以下をお借りしました。
旧甲州街道はここで中央線に遮られてしまいます。
ただ、昔はここに踏切があって、旧甲州街道は続いていたそうです。
地蔵堂の隣の飯綱権現社
その階段下にある小さな石仏群
街道を若干戻り、日野駅前通りのガードをくぐって線路の反対側にまわり昔あったであろう踏切のあたりへ戻ります。
そこは大阪上通りというようですが、坂道であって、昔の街道の名残の石仏群がありました。
さらに走ると国道256号と合流します。
そして、商業用自動車を製造する日野自動車が見えてきます。
私の会社は運送会社なので日野のトラックには大変お世話になっています。
日野のトラックは値段の安さ、燃費の良さ、故障の少なさ、等々、他社のトラックより優れていると思っています。
ただ、いつも思うのですがトラックの値段は毎年確実に上がっていき、それに伴って運賃が上がっていけば良いのですが、そうならないのが現実でなるべく買い換えないで長く使用する運送業者が増えているように思います。
こういう右肩上がりでない時代のトラックは必要以上のものはオプション装備にして、シンプルで安価な合理的トラックを生産すれば売れるように思います。
(たとえば、パワーウィンドウは助手席側はあると便利ですが、運転席側は手動式でまったく問題ありません。)
日野自動車の正門
国道256号線は高倉町のあたりで国道20号線(甲州街道)と合流し、浅川にかかる大和田橋をわたるのですが、旧街道は渡ってすぐ右折します。
浅川を渡る(いいジョギングコースが川沿いにあった)
右折して、すぐに目に入る、なんか気になる富士ノ山食堂というラーメン屋
板橋に富士ノ山食堂というドカ盛りの食堂があるとは聞いたことがあるのですが、…。
それの系列店でしょうか?
富士ノ山食堂は、現在、事業再生したのでしょうか?富士力食堂という名に変わっているようです。
とくわかりませんが、とりあえず、そのデカ盛り動画があったので添付します。
(食べ方が綺麗じゃありません)
【デカ盛り】富士ノ山食堂のマウンテンチキンカツカレー余裕で完食!!
しかし、画像から見えるマウンテンチキンカツカレー(大)が980円という値段なんですが、
採算とれるんですかね?
チキンって、そんなに安いか?
さらに、その先すぐに左脇の細い道に入っていくのですが、公園がありその辺りに竹の花一里塚があったようです。
竹の花一里塚跡
そのとなりに永福稲荷神社(竹の鼻稲荷神社)がありました。
この辺りが八王子宿の入り口らしいです。
この神社境内に力士像が立っています。
力士八光山権五郎
-----以下、案内板より---
八光山権五郎は江戸時代中期(寛延、宝暦)に活躍した八王子出身の力士です。身長六尺三寸(百九十一センチ)体重不詳、嶋屋という絹問屋の後継ぎで商売をしながら相撲をとっていました。当時は大坂、京都で勧進相撲が盛んに行われていました。現在のように相撲協会はなく、相撲が開かれる場所へ自前で出かけて行き日本各地の力自慢腕自慢が、日本を東西に分けて地元出身地を背負って対戦しました。その時の番付には八光山の出身地は「江戸」とのっています。八光山は八王子から相撲が開かれる場所へ旅立つ前には、必ず稲荷神社へ参拝し旅の安全と必勝を祈願し亦帰郷した折にも境内で勧進相撲を奉納しました。当時の力士は現在の力士が締めている半分位の丈で出来ている化粧回しを締めたままで柑撲をとりました。
相撲は神事と深いかかわりがあることから、五穀守護の神「倉稲魂命」の神前で願いを込めて相撲を奉納したものとおもわれます。八王子史実を著してある塩野適斎の桑都日記には、八光山権五郎が神明の霊徳によって天下第一の力士になれば、神祠を再造して永くこの所において相撲を興行し神を祭ると祈誓し、故郷を辞し去って三都及び四国九州を遊歴し、強くカのある者に逢えば相撲を試み、遂には敵する者が無く、これを賞され時の天皇から御盃と錦のまわしを賜り、帰郷後稲荷神社境内で相撲を興行したと記録されています。
力士八光山権五郎が六十二歳で没した後、毎年八月二日には近郷の力自慢によって相撲が奉納されるようになりました。
---------
化粧まわしを締めたままで相撲をとっていたとは知りませんでしたね。
江戸時代半ばに動きの妨げになるということで取り払われたらしいです。
さて、八王子宿です。
飯盛旅籠→八王子遊郭となった地域でもあり、そして機織(はたおり)業の町でもあります。
市守大鳥神社
八王子駅入口交差点にある「将軍の孫」ブロンズ像
小さな子供が、ぶかぶかの軍靴を履いて、敬礼している姿がなかなか可愛いですね。
明治45年から続く歴史のあるお店、割烹「坂福」
店の外に人力車があって、かなりお値段が高そうにみえるが、見た目とは違い、日替わりランチは税込1,000~と非常にリーズナブルらしいです。
すき焼きが主のお店の様で、食べログで検索すると平均予算が夜は6000~8000円でした。
荒井由実の実家、1912年創業の荒井呉服店
(本当の店は改装中?らしく、これは仮店舗かな?)
幕末期、横浜開港により絹が主要な輸出産品となると、八王子は生糸・絹の一次生産地として、また関東各地から横浜へ送り出す輸送の中継地として栄えたそうです。
そして、維新後も引き続き生糸貿易の中継地として隆盛しということで、荒井呉服店はその名残でしょう。
荒物加島屋(城所荘蔵商店)
----八王子見て歩記より抜粋----
店蔵が建てられたのは、今から120年前の明治20年(1888年)。当時の加島屋様は、専売制だった塩やせっけん・油など日用雑貨の卸問屋でした。建築された時は、今より横幅が狭かったそうですが、その後、右側の間口を柱1本分増築して現在の姿になりました。商いをする場所として、また、商人をめざす若者を住み込みで学ばせていたので、別名「加島屋学校」とも呼ばれていました。何人もの若者がここで読み書きそろばんを身につけ、巣だっていったのです。
---------
創業125年のこんにゃく屋、中野屋
国道に沿ってしばらく走ってきましたが、長房団地入口交差点で鍵手のように曲がり細い道になります。
その曲がり角は日本橋より13番目の一里塚である散田一里塚跡です。
散田というのは、この辺りは田んぼが散らかっていたかららしいです。
そこには2つの石碑が立ってました。
昭和二年新道開設当時の甲州街道のマンガ風の景色となんかの歌が刻まれてます。
高尾山道標
写真ではよく見えませんが、右高尾山、左真覚寺の文字とかいてあります。
ここから、こんな感じで高尾まで単調な道が続きます。
大変、暑い日なので単調な道は疲れました。
(つづく)
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NPO法人ネイチャーズは、走Run会名誉会長、ウィンドサーフィンの師匠の山下光哉さんが運営する若者のためのNPO。
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