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インド洋の涙スリランカ、オッサン心の旅(紀元前の都アヌラーダプラ、その2…原始の森)

2016年04月19日 | インド洋の涙スリランカ、オッサン心の旅
静かなElephant Pond






Samadhi Buddha Statue
森の中に何故かポツンとある「瞑想する仏陀」の像。
昔は、背後に菩提樹があったらしい。
寺も何もない原始の森に、質素に、ヒッソリとあるのはブッダらしくて、美しい仏像にみえた。




森の中で見かけた猿回し、兼コブラ使いである。

コブラ使いはシギリヤロックにもいた。
スリランカじゃどうなのかわからないが、インドじゃ、いちおうコブラ使いの職業は禁止されている。
というか、インドでは2000年以降、野生生物保護法の適用が厳格化され、動物に芸をさせて金を儲ける行為は禁止されているのだ。

だから、コブラ使い、猿回しも禁止である。
したがって、25万人いた彼らは失職の憂き目にあい、物乞いになっていった。
彼らは絶滅危惧職人なのである。
(3年前の時点では、観光地バラナシではよく見かけたから、実際にはインドを代表する伝統芸能の灯を消さないよう見逃しているのだと思う。)

なお、コブラ使いの笛の音はコブラには実はあまり聞こえてないそうだ。
あれは、エンターテイメント性を高めるための笛であるとのこと。→蛇使い
この笛の音楽的力量は、ものすごく差があるように思う。
全くメロディがなく、ただプープー鳴らすだけの人もいるし、素晴らしい曲の人もいる。
俺の場合は次の動画のような見事な演奏のコブラ使いはまだ見たことがない。


なお、コブラの毒牙は抜いてあるので噛まれても大丈夫らしい。




Abhayagiri Dagoba(アバヤギリ大塔)
アヌラーダプラのダーガバの中では最大のものだ。
紀元前1世紀にでき、スリランカでは珍しい大乗仏教の総本山であったが、12世紀以降、上座部仏教(小乗仏教)の国になったため、寂れてしまった大塔である。
だから、遺跡として残っている。
つい最近まで、下の写真の様であった。




その大塔の周囲にブッダの像が菩提樹の下に置かれていた。
なんとなく、姿や背後の菩提樹が美しいと思い写真を撮った。

ただ、全体をみて思ったのは、菩提樹は意外に葉っぱが多くなくて、日陰度が良くない気がした。
葉の隙間から、つよい日差しが零れてしまう。

ブッダが、瞑想したとき、猛暑だったら、激しい雨だったら、はたして悟りの境地を楽しむことができるだろうか?、と妄想した。
これが、常に楽したいと思う俺ならば、こんもりと葉の生い茂った樹の下にするだろう。
流石にブッダはそういう邪念がないのだ。


『釈迦』1961年(昭和36年)三隅研次監督の日本映画の一部(悟りの場面)
-------釈迦 (映画)(ウィキペディアより)一部、抜粋-----
当初本作は、大々的な海外ロケを敢行する予定であった。しかし、企画段階でインド、セイロン(スリランカ)、ビルマ(ミャンマー)、タイ、パキスタン、ラオスの6仏教国から「仏陀を汚し、仏教徒を侮辱している」との猛抗議を受け、不穏当な部分のカットを要求され、海外ロケは中止となった。
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Queen's Pavilion of King Mahasen's Palace.
ここに下の写真の、有名なムーン・ストーンがある。

人が集中して、みている場所がそうだ。


Moon Site
ムーン・ストーンである。
スリランカでよく採れる宝石のムーン・ストーンとは全く関係ない。
僧院に入る玄関にある敷石である。
もちろんだが、僧院の中に入る前に裸足でのる神聖な玄関マットのようなものだ。

1番外側が炎、2番目は象、馬、獅子、雄牛、3番目はなんかの植物、4番目は鳥、内側はハスの花だ。
輪廻転生を意味しているらしい。


その意味とは何なのか、調べてみた。
次のあるブログにこう書いてあった。

アヌラーダプラ⑦ 月明かりで見るムーンストーン より抜粋
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一番外側に彫られているのは「炎」で、限りない人間の欲望です。
その内側には4つの動物。
「ゾウ」は誕生、「馬」は老齢、「ライオン」は病、「牡牛」が死で、思い通りにないものの象徴で、輪廻を意味します。
「花をくわえた鳥」は、良いことだけを選び取り、中心にある「蓮の花」で天国へ導かれます。
玄関マットと違って、踏むことで心が清められるのです。
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へぇー、なるほど。




Ratna Prasada (大聖堂)
ここはアヌラーダプラ時代末期に王と僧侶の間で争いのあったところで、5階建ての建物があった。


Ratna Prasadaのガードストーンは有名らしく、8世紀のものでスリランカで最も美しいといわれているそうな。
でも、雨ざらしではまずいんじゃないかな?


そのガードストーンを横から見たところ
舌の長い動物はなんだろうか?
キリン?カメレオン?トカゲ?ヤモリ?


Main Refectry(大食堂)
5000人の僧侶の食堂である。
食堂の中央には日時計(sun-dial)があったと案内用の石碑にかいてあった。


カレーを提供するために用いられたものらしい。
カレーの代わりに雨水が溜まっていた。
どんなカレーを食べていたのだろうか?


ライスを提供するために用いられたものだ。
当時のお坊さん5000人分のライスを入れた。超長い石の「おひつ」である。

石の大容器だから石が一度温まれば保温性も相当高いだろう。
大きな丸い容器でなく、長い容器だから、各自が食べる分をとるセルフサービス方式だったに違いない。

今の大学や大企業の食堂のように、当時、大勢の僧侶たちが、この大食堂でワイワイと
「今日の大僧正の話は、やけにながかったなあ!」
などと、話をしながら御飯とカレーを並んでとり、食べていたのだ。
果物もあったであろう。

なんとなく、ハリーポッターの映画で大食堂でのシーンが連想され、黄色い僧服をきたお坊さんたちが、厳しい修行の合間に一斉に食事をしている、なんとも、華やかで壮大なる様子を連想したのだった。



Elephant Pond
長さ159メートル52.7メートル、深さ9.5メートルの大きさである。
象が入るプールではなく、5000人のお坊さんたちが入る沐浴場である。

ここは「地球の歩き方」には説明が載ってない沐浴場だ。

だが、この沐浴場脇の遺跡群も含めて、アヌラーダプラで一番気に入った場所である。

人気のない静かな場所であるが、池の脇は、かつては賑やかな街?、大僧院?であったろうと思われる遺跡がある。

ここは、宿の主人が一番いい場所だと薦めてくれた場所である。
ここに来て良かった。
まさに聖地という感じがした。


上の写真の、Elephant Pond脇の道を自転車で行けるところまで行ってみた。
両脇に残った遺跡跡から当時の建物や人々の行き交う様子を妄想しながら、ドンドン森の奥まで行ってみた。

奥まで行くと、今は人気など全くないが、当時は賑わいのある寺町であっただろうと思うような場所になった。
そこは熱帯のジャングルの中で、人々に忘れられたような遺跡の空間であった。
まるでインディージョーンズになったかのような気がするのだ。

ここで、水を飲みながら、しばらく木陰で休んだ。
静かで、時間が止まっている。

原始の森に埋もれた神秘的な場所である。

素晴らしかったので、周囲をゆっくりとグルリ回った長い動画を撮った。
だが、NGであった。
全く、撮れていなかった。
写真はどうかというと、写真よりも動画の方が雰囲気が伝わると思ったので、写真は1枚も撮らなかった。

だから、俺の記憶の中にだけしか残らなかった。
本当に悔しい。

せめて、池のすぐ脇の遺跡の写真を載せよう。

Enterance Pavilion


丸い水道管
素焼きの陶管(焼き物の土管)である。
現代でも環境負荷が小さい素材だとして土壌浄化法に利用されたりもする技術だ。
(多孔性な構造のため、外表面に付着した地中水や微生物を管内に導入できる)
 
現代の陶管(舟越工務店ブログより)


石組の水道
この寺町は水路のネットワークがあって、池に注ぎ込むようにできていると思われる。


(つづく)




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