五劫の切れ端(ごこうのきれはし)

仏教の支流と源流のつまみ食い

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ポール牧さんの自殺 其の壱

2005-06-19 10:06:31 | 法話みたいなもの
今回は玄奘さんのお話から横道に反れ、先日のポール牧さん自殺から仏教について考えることにします。

喜劇役者 ポール・牧さん 芸人・僧侶行きつ戻りつ
……1941年、北海道の最北に近い天塩町の禅寺に生まれ、10歳で出家した。58年、僧侶の道をあきらめて上京、芸能界に入った。故・関武志さんと「コント・ラッキー7」を結成したのは68年。関さんが亡くなった亡くなった後も、テレビや舞台に出演し、全身でリズムをとりながら指を鳴らす「指パッチン」で人気者になった。芸能活動の傍ら96年、兄の死をきっかけに再び仏門に入った。周囲の支援で、茨城県鹿嶋市に「一道寺」を新築し、住職に。経営は厳しかった。……「一道寺」を訪ねると、正門は閉じられ、広い境内に人の姿はなかった。歩いていたら、黒っぽい犬が近づき、体を寄せてきた。寺が建立された3年ほど前、境内に迷い込んできた野良犬だ。「捨てられた犬を拾うと幸せになれる」とポールさんが世話をし、「ゲスト」と名付けたという。(小泉信一)
2005年5月31日 朝日新聞より


■この追悼記事を書いた小泉さんという人が、どんな人なのかは知らないけれど、とても気になる箇所が幾つか見受けられます。「本当の~」とか「本来の~」などと、軽々しく仏教に修飾句を付けて大上段に構えたことは書けませんが、チベットに定着して今も活き続けている仏教文化に少しばかり接した経験が、この記事に違和感を抱かせるのだと思います。
故人となったポール・牧さんのご冥福をお祈りしますが、或る日本人僧侶の自殺という事で、この「事件」を考えて見たいと思います。

■この記事で、最も気になるのは、「10歳で出家……僧侶の道をあきらめて」と「兄の死をきっかけに再び仏門に入った」という箇所です。戒律を受けて出家するのは、どの仏教国でも共通の決まりですが、戒律はインドの地を仏教が離れてから、それぞれの地域を通過しながら変化し続けました。最も深刻な変化を見たのは、他ならぬ日本です。それを全面的に肯定して、現在の日本仏教が存在しているわけですが、奈良仏教として定着した時、更に最澄さんが新しい「戒壇」を設立しようとした時に、日本の仏教界でも「戒律」が大問題となりました。その後、最澄さんが開いた天台宗を基盤として鎌倉仏教の名僧達が次々と「和風仏教」を提唱して活発に動いた結果、江戸時代の政治と密接に結び付いた精神文化として現代にまで伝わっている各宗派の戒律は、往時の痕跡を僅かに残しているだけのようです。

■チベット仏教の場合は、原始仏教・上座部仏教が定めた戒律を遵守していて、優婆塞戒・沙彌戒・具足戒を順に授かりながら、学習と修行を進めて行きます。その度に、生活に関する制限が段階的に厳しくなるわけですが、一人前の僧侶として認められるのは具足戒を受けた時からです。そして、驚くべきことに、般若学・倶舎学・中観哲学と難しい仏教学を修めた後、最後に学ぶのが「律学」というカリキュラムを守っているのです。律の中に仏教の真髄を見るということなのでしょうし、律に込められている深い意味を再認識しながら日々の修行生活を点検しながら死を迎えるまで、その律を学び続けるのです。

■途中で、「とてもじゃないが、もう耐えられない!やってられない!」という気分になってしまったら、それまでに授かった戒律を、それを授けて下さった師匠に直接「返却」しなければなりません。授かった戒を順番を遡(さかのぼ)るように返すのですから、丁度、フィルムの逆回しのような儀式を行なうようです。こうして返却された戒は、師匠の元に「一時預かり」として保存され、もう一度出家を決意した時に再び授かる権利が残るのです。

■この習慣は、最古の戒律書にも有りまして、釈尊の周りに教団組織が生まれた時から、世俗の生活から逃れる方便として消極的な考え方で気楽に出家する困った連中が出現したので、釈尊が定めたことになっています。誰でも、一時の気の迷いで清浄な出家生活に憧れるものだ、と釈尊は的確に観察しておられたようです。更に、一瞬も止まらずに変化し続ける人の心の本性に関しても良く理解されていて、「還俗(げんぞく)」も一時の気の迷いや、諸般の事情による場合が考えられるから、スリー・アウト制度を定めておられます。つまり、正式な受戒と戒の返還の儀式をして、出家集団を出たり入ったりするのを、二回までは認めたのです。さすがに、三度目は許されません。「出家を舐(な)めてはいけません」という教えのようです。

■もしも、戒の返却儀式をしないで、欲望を解放してしまったら、その段階で破戒者となってしまいますから、再び出家は出来ないのです。師匠に隠れて破戒生活を送っても、結局は厳しい出家生活には耐えられませんから、しらばっくれていても、結果は同じことになります。チベットも釈尊が定めた戒律を完璧に守っているというわけではなく、高原の遊牧民にとって肉食(にくじき)を禁じられる事は餓死を意味しますから、チベットのお坊様は、羊肉を修行を助ける「薬」として食べています。そんな特例も有りますが、基本的には上座部(小乗)戒を良く保存しているのです。特に、ダライ・ラマ猊下やパンチャン・ラマ猊下が所属しているチベットの最大宗派の「ゲルク派」は、その名前自体が「厳格に戒律を守る者」の意味を持つほどに、出家者に対して高度な倫理性を要求します。

■日本の出家制度は、各宗派によって大きく異なるようですから、戒律に関しては仏教の伝統から大きく逸脱しているとしか言えない状態です。出家と在家の区別がほとんど無いような宗派もあるようですし、髪型や衣装、或いは暮らしている住宅だけが違っているだけ、という宗派も有りますなあ。チベット仏教では、「生活」全般に亘る俗世間の人々との大きな違いが有りますから、在家信者は出家者と接する時には、いろいろと気配りしなければなりませんし、子供の時から身に付いた出家者に対する礼儀作法にしたがって行儀良くしています。その点、日本での出家者は、尊敬の対象にはなっていないようで、とても仏教国などとは言えないでしょうなあ。

其の弐につづく。
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