朝日新聞書評 松本仁一(ジャーナリスト)「希代の指揮者の並はずれた情熱」

2008年11月18日 | 指揮者 朝比奈隆伝 取材日記
01年10月24日、朝比奈隆は93歳で指揮台に立ち、大阪フィルハーモニーを指揮した。指揮台にあがれず、団員の肩を借りた。タクトはほとんど動かなかったが、演奏はすばらしかった。その年の暮、朝比奈は死んだ。

大阪フィルを育て、54年にわたってそれを指揮してきた男の評伝である。

朝比奈は音楽学校を出ていない。京都大学法学部卒、もう一度入りなおして文学部である。京大オーケストラでたいしてうまくないバイオリンを弾いていた。音楽歴はそれだけだ。

その男が大阪フィルを創設し、ベルリン・フィルなど欧米の交響楽団を指揮し、世界的な指揮者となっていく。それはなぜなのか。著者は8年にわたって本人を追い続け、80人を超す関係者と会い、その経緯を明かしていく。

約70年前、日本の西洋音楽は黎明期で、アマチュアでも参加できる世界だった。意欲さえあれば技術なんてあとからついてくる。そんなダイナミックさがあった。

その時期、オーケストラに並外れた情熱をそそぐ人間がいた。それが朝比奈だった。情熱がそのまま実績となった時代ー。

日本のオーケストラ史の扉を開いた人物を書くことで、著者は時代のダイナミズムをいごとに描き出している。