朝比奈取材旅行へ

2007年09月27日 | 指揮者 朝比奈隆伝 取材日記
いまから関西に向かいます。
朝比奈隆伝の最終取材。
いろいろ秘話が出てきたなあ。
このまえの講演会で、つい斉藤秀雄の話にもなったが、彼がピアニスト井口基成らと「子供のための音楽教室」を創設して、子供たちで弦楽合奏を始めたとき、「大人に相手にされなかったから子供を相手にオーケストラをつくろうとしている」などと、陰口をたたかれていたのだが、朝比奈をしらべていくと、まあ、オーケストラをまとめるということのたいへんなこと!

斉藤が子供相手に・・なんていわれたのも、納得してしまった。
教師、教育志向の斉藤がオーケストラをボイコットされた話は、私の本の「嬉遊曲、鳴りやまずー斉藤秀雄の生涯」にくわしいが、朝比奈だからこそ、50年もひとつのオーケストラに君臨できたのだろう、と思った次第。


いやはや。オーケストラをまとめられれば、一国の総理がつとまるのでは、とつくづく思いますよ。

第43回府中市市民芸術文化祭 文化講演会

2007年09月19日 | 指揮者 朝比奈隆伝 取材日記

 第43回府中市市民芸術文化祭  

   文化講演会

 「小澤征爾の受けた教育」

日時  9月23日 (日曜日 祝日)

  午後1時30分より3時30分 

場所  京王線駅府中駅ビル内 グリーンプラザ大会議室

主催  府中市民芸術文化祭 実行委員会

主管 府中市文学研究会


ということで、講演をします。


この府中市文学研究会の代表は、わたしが現在執筆中の朝比奈隆の弟さんの奥様小島さんです。

朝比奈隆は、じつは小島家の人間だったのですが、生後まもなく朝比奈家にもらわれていったのです。本人は朝比奈家の長男だと中学になるくらいまで知らずに育ってきました。小島家は近所であり、実の弟小島義彦とは小学生のころからよく遊んでいたそうです。
「たかちゃん」「よっちゃん」と呼び合い、朝比奈がはじめてレコードを聴いたのも小島家のよっちゃんの家でした。

よもやふたりが実の兄弟だったとは。幼い朝比奈も小島義彦も知らなかったのです。


そんなことに始まる取材を小島さんからさせていただきました。
朝比奈の音楽の原点がわかります。

今度講演する府中に小島さんは在住しております。府中には市民交響楽団がありますが、そのオーケストラをつくったのは、朝比奈の母校京都大学のオーケストラに所属した北岡徹さんでした。北岡さんは京大オーケストラで朝比奈の指揮で演奏をしたこともあります。私の本にも、当時のお話や写真などで協力してくださいます。
そんなこんな、いろいろなご縁が府中とできました。
当日は、小島さんほか、北岡さん、オーケストラの方々などおみえになるとのこと。質疑応答の時間もあるので、小澤さんの受けた教育をはなれ、日本の音楽界の話などにもおよぶかもしれませんね。



 

朝比奈隆というカリスマ

2007年09月05日 | 指揮者 朝比奈隆伝 取材日記
「君に書かずにはいられない」の主人公の篠島春枝さんより、すっぽんスープが届いた。
 追いかけて電話もあり、「これをのんだら元気になるような気がするのですよ」とのこと。
 彼女は94歳である。スープをさっそく冷蔵庫で冷やしてのんでみる。その効果だろうか、暑さででろんでろんになった頭がしゃきっとしてきた。このブログまで書いてしまったという次第である。

朝比奈伝執筆の台風前夜。朝比奈というカリスマは、まったくたいへんな存在であった。
そのカリスマ性に生前、わたしも取材にて接していた。しかし、すべてのものに陰陽がある。長いつきあいの大阪フィルハーモニーのメンバーの証言から朝比奈の実像をえぐりだす作業も佳境である。