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そろそろ旅に 松井今朝子

2011年05月21日 | 読書
かなりの長編で分厚い一冊だったが、
読み進むにつれて面白く、加速度がついて、
終りの三分の一は、MRドーナッツでコーヒーのお替りを頂きながら、
一気に読ませてもらった。

弥次さん北さんで有名な、江戸時代後期の戯作作者十返舎一九の物語。
もともとは駿府の武士の家に生まれながら、
家を飛び出て、江戸、大阪、そして江戸と遍歴を重ねて、
特異な個性で、二度も商家の婿養子となる。
大阪では浄瑠璃作家、江戸では戯作作家に転進し、
当時のベストセラー作家(山東京伝)の延長線の作品から、
やがては「東海道中膝栗毛」で独自の境地を開いて、
日本の文学史に名を残すことになる。

松井さんの小説に親しむにつれて、
江戸時代の文化がどんなものであったのか、大変興味をそそられる。
子供の頃に聞いたが、昨今は使われなくなった言葉にいくつも出会った。
耳で聞いたことのある言葉が、「こんな漢字の単語だったのか!」
という場面に何回か遭遇した。

いつの時代もというより、江戸のある時代から、印刷技術の進歩と相俟って、
作家は大衆の求める作品を提供して来たものらしい。
現代の読者に江戸時代の戯作がそれほど面白いものではない(と思う)が、
少ない読書人口しかない当時にあって、
人まねではなく、読者の新しい欲求に答える作品を編み出してゆく営みが、
生活を支えるには程遠い職業だが、とても興味深い。

この世に生まれて、これこそが自分の人生で、生きた証だと言えるような、
何かをつかむのは本当に難しい。なんて事を言える柄ではないが、
この年齢になって、何か一つでも・・・と願わずにはいられない気持ちになった。

前回読んだ「東洲しゃらくさし」に出てきた、蔦谷重三郎がこの本でも登場する。
一代で大きな版元(現代で言う出版社)を作り、
優れた作家を世に送り出した情熱的な出版人として描かれている。
東洲斎写楽は謎の絵師と呼ばれているそうだ。
松井さんの小説も一つの仮説で書かれているが、
最近のヨーロッパでの研究で謎が明かされそうだとの番組を
先日NHKでやっていた。

「東洲しゃらくさし」「そろそろ旅に」どちらの作品からも、
江戸時代後期の日本の庶民文化を、楽しく垣間見させてもらった。
浄瑠璃、歌舞伎、戯作、自分のジャンルが少し広がったようで嬉しい。

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