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物語を食べて生きてます

アニメや小説など物語に感謝を込めて

あなたの常識殺します 第十三話 努力が報われる世界はユートピアか? 後編

2009-04-25 23:12:35 | 創作小説 あなたの常識殺します
 本人の生まれ・才能に関係なく努力すれば確実に報われる世界。
 才能がないことで悩むことはないんだ。
 努力すれば確実に成果が得られる。
 神の理不尽な条理の所為で挫折することはない。
 努力する限り実力は上がり続ける。
 怠惰な奴が落ちていき、努力する者は必ず上に行く。
 これこそがユートピアだと思う。
 僕が神に代わり、この地上にユートピアを作ったと思っていた。

「ふふふう」
 一枚の写真を見て笑みが零れてしまう。それは雷撃大賞受賞パー
ティーでの記念写真だった。
 一人アパートで写真を見つつ、晩酌をするのが僕の密かな楽しみ
だった。
「随分とご機嫌ね」
「リリスさん」
 唐突なる登場、でもこの程度では驚かない。
「雷撃大賞受賞したそうね」
「はい、これもみんなリリスさんが神が作った糞くだらない世界を
変えて下さったおかげです」
「それは違うわ。神の条理を破ったのはあなたよ。私は切っ掛けを
与えただけ」
「それでもリリスさんが僕にチャンスをくれた事には代わりありま
せん。実は賞金は取っておいてあるのです。御礼に食事でもごちそ
うさせて下さい」
 その後でホテルにとかいういやらしい気持は全くない。純粋に何
かをリリスさんに捧げたいと思っている。
「それはいいわ」
 リリスさんは悪びれることなくあっさりと申し出を断る。
「でも僕の気持が」
「そんな食事より、あなたが神の条理に逆らい続けること。
 それが私にとっての最高の御礼よ」
 リリスさんが僕を見て微笑んでくれた。
「はい。もう神なんか糞です。僕はひたすら身も心もリリスさんに
捧げます」
「ありがとう」

 新人賞に見事受賞し、これからは作家としての薔薇色の未来が待っ
ているはずだった。 
『ハラ、打ったーーーー、大きい大きいぞ、
  ホームラン。
 ハラ、キトウから見事打ちました』
 昼食に入ったラーメン屋でテレビ中継が流れているが、僕はテレ
ビを見る気分になれなかった。
 僕は雷撃大賞を受賞したはずだった。
 なのに賞金が振り込まれた後、全く出版社から連絡がない。
 どういう事なんだ?
 これから僕の本をじゃんじゃん出版するはずじゃなかったのか?
「よしっ」
 これ以上は我慢出来ない。僕は出版社に直接尋ねることにした。
 
「楡目魅さんですね。受賞パーティー以来ですか」
「はい」
 僕は受賞パーティーで知り合った編集者の一人に電話をして、何
とか会って貰えることになった。
「それで本日の用件は出版についてですね」
「はい。僕は本はいつ出版されるんですか?」
 僕は何かの手違いで連絡が遅れているだけだという返事を期待し
ていた。
「残念ながらその予定はありません」
「なっなんでですかっ」
 新人賞を取った作品は当然本になって、その本の売れ行き次第で
は次の本へと繋がっていく、そうやって作家になれると思っていた
僕は衝撃を受けた。
「商売にならないからですよ。
 ハッキリ言いますと、当社の抱えるベテラン作家とあなたの作品
を比べますと雲泥の差があり過ぎまして、読者もそれがよく分かっ
てまして出版しても全く売れないことが確実だからです」
「そっそんな馬鹿な。
 そんななの出版してみなければ分からないじゃないですか。僕の
書いた作品の方がベテランに比べて何か光るところがあるかも知れ
ないじゃないですかっ」
「それは100%ありません」
 編集者はきっぱりと断言した。
「考えても見て下さい。既にデビューしている作家さんは、あなた
とは比べものにならないくらい長い時間努力を積んでいるのですよ。
そのくらいの差は当たり前でしょう」
 そうだった、先程の僕の意見は、自ら作り出した世界に反するこ
とだった。
「なら、これから僕はその差を埋めるぐらいの努力をしないとデビュ
ー出来ないということですか」
「それも無理でしょう」
 またしても、きっぱりと断言された。
 どういうこと努力は報われるんじゃ?
「言っておきますが、皆さんプロで決して努力を怠りません」
「つまり」
「ええ、この先永遠に差は縮まらないということです」
 努力が報われる世界。つまり努力だけが能力の全て、つまり才能
溢れる新人の作品がベテラン作家の作品を凌駕することはないとい
うこと。
「じゃあ、なんで新人賞なんて」
「数十年後の為ですよ」
「数十年後?」
「ええ、ベテラン作家さんでも永遠に生きられる訳ではないですか
らね。そして、あなたもそのくらいの期間努力すれば、そこそこ売
れる程度の作品レベルにはなっているでしょう」

 僕は打ちのめされて出版社を出た。
 この世界になってから初めて僕は疑問を持ってテレビを点け野球
を見てみた。
 レギュラー全員の平均年齢は60を超えていた。それでも惚れ惚
れする切れ味の変化球を投げ、職人技で打ち返している。
 歌番組を見てみた。
 50近いアイドルが歌っているのを見て何の悪夢かと思ったが。
 磨き抜かれたダンスに聞き惚れる歌、そして計算尽くされた媚態。
 最後の方には、僕も声援を上げている始末。若いだけのアイドル
が勝てるわけがない。
 努力が必ず報われる世界は、完全年功序列の世界だった。
 幾ら人の倍努力するといっても、一日24時間しかないのだ限界
がある。つまり長年やっているベテランには、絶対に勝てない。
 若者は年長者が死ぬか引退するまで絶対にチャンスが来ないので
ある。
 外に出てもう一度街をよく見た。
 そして気付いた。
 どの若者も目に生気がなかった。希望に輝かせている奴は皆無に
近かった。
 そりゃそうだよな。年著者が死ぬまで絶対にチャンスが来ないと
分かっていて、何十年も努力を続けられ奴なんて、そうそういるわ
けがない。 
「これが僕が望んだユートピアなのか?」

 年長者に食い物にされるだけの若者は希望を失い、年々自殺が増
えているらしい。ニュースでは対策が必要だとか、80歳のニュー
スキャスターがコメントしていた。
「僕はなんて世界を作ってしまったんだ」
 努力が報われない世界。
 それは若者にもチャンスがある世界だったんだ。僕はそのチャン
スを摘み取ってしまったのか?
「出てこいリリスっ。どうせ僕のことを見ているんだろう」
 事実に恐怖に頭の中が真っ赤になった僕は怒りで叫んでいた。
「あなたの願いを叶えてあげたのに、随分ね」
 リリスは僕の怒りなどそよ風と優雅に振る舞い表れる。
「黙れっ」
「何を怒っているの?」
「この世界を元に戻せ」
「冷静に考えなさい。それでいいの?」
「こんな世界に何のいいことがある」
「そうかしら、この先何十年怠けず努力を続けていれば、あなたは
確実に売れっ子作家になれるのよ」
「確かにそうかも知れないが、その何十年間は上が死ぬことをただ
ひたすら願って努力をしていろと。
 ただ人の死を願う、そんなのまともじゃない。
 こんな世界、まともじゃなかったんだ」
「それは神の条理に従うということ?」
 リリスの目がスッと獲物を狙う蛇のように細まる。
「そっそうだ」
 蛙のように脂汗を流しながら僕は抵抗した。
「そう、あなたも裏切るのね」
 リリスの圧力が弱まり、瞳に悲しみが浮かんだ。
 だがここで同情はしない、してはいけないんだ。
「黙れ黙れ。こんな腐った世界さっさと元に戻せ」
「本当に元に戻していいのね」
「そうだ」
 僕はリリスの皮肉めいた口調に気付くことなく答えていた。
「分かったわ」
 リリスが目を閉じ、その瞬間僕は迫り来る地面を見た。
 今までのことは、真実だったのか、走馬燈の如き長い夢だったのか?
 その答えを検討する間もなく、僕の意識は無に帰った。
 


                                    終わり
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
 存在する人物団体とは、一切関係ありません。

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あなたの常識殺します 第十一話 努力が報われる世界はユートピアか? 前編

2009-04-20 21:45:43 | 創作小説 あなたの常識殺します
 僕はバイトから帰るとまっさきにパソコンを立ち上げた。
 うぃ~とHDDが目覚め出し、Windowsの文字が浮かび上がってくる。
 うううう、もどかしい。もっといいパソコンを買うべきだったか?
 だが、フリーターの僕にそんな金ないしな。
 でも、それも今日まで。今日、大作家 楡目魅雅致 が誕生するんだ。
 そう思うと心に余裕が生まれ、気付けばパソコンは立ち上がっていた。
「よしよし」
 今度のは自信があるからな、傑作間違いなし。
 僕はいそいそブラウザを立ち上げ、第47回雷撃大賞のHPを開いた。
 カチカチ
 僕は焦る気持を抑えつつ、最終結果発表のページを開いた。
 
 大賞受賞者
 月月月(14歳/東京都)
「なんだとっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
 思わず叫んでしまった。
 今度こそ今度こそと思っていたのに。
 3次審査まで通過したから絶対だと思っていたのに。
 全身の力が抜け落ちていく、筋肉が弛緩し、気付けば失禁していた。
 僕は完璧にへし折れた。
 僕がこの道を志して20年。
 恋人も作らず、定職にも就かない、酒も飲まない、ただひたすら打ち込んだ20年。
 その年月よりも生きてない14歳が受賞!?
 もう、生きる気すらなくなった。
「はは」
 空虚な笑いが部屋に響き、僕はやっと現実を知った。
 結局、世界は才能が全てなんだ。
 何が努力は必ず実だ。
 努力が美しいなんて、所詮幻想。
 凡人の前に吊り下げられたニンジンなんだよ。
「夢から覚めるのが遅すぎたな」
 気づけばもう三十路過ぎ、今更人生のやり直しなんて出来ない。
 人生いつでもやり直し出来る。
 これも幻想。
 それにしても、ただひたすら夢に向かって努力するより、
 適当に妥協して夢を諦め
 適当に妥協して職について
 適当に妥協して結婚する
 そんな適当と妥協が蔓延る人生が正解だったなんて、
   この世界はなんて腐っているんだ。
 眼下には光の海が広がり、風が吹き上げてくる。
「美しいな」
 それが素直な感想だった。
 世界は美しい、それだけは本当なんだな。
 ただ、そこに僕の居場所がないだけで。 
 それが証明されたことに、僕がビルの屋上の柵を越えて一時間立つけど誰一人も気付き
もしない。
「僕は本当に必要ない人間だったんだな」
 本当の絶望を知って僕は躊躇なく光の海にダイブした。  
 これで僕は天国には行けないな。
 だが、こんな世界を作った神がいる天国なんてご免だ。
 悪魔がいる地獄を僕は望む。
「天国より地獄の方がいいなんて、気に入ったわ」
「えっ誰」
 自慢がじゃないが今僕は真っ逆さまに落下中、誰が話しかけられるというんだ。
 しかし、目の前に少女がいた。
 羽こそ生えていないが、そのあまりの美しさに僕は天使かと思った。
 くっく、とんだ皮肉だ。
 神を恨んで飛び降りたのに、神の使いだって?
「残念だけど私は天使じゃないわ。
 私はリリス、反逆の使徒とも呼ばれ、光の蛇とも呼ばれる存在」
 リリスは黄金の髪を重力に靡かせ、ドレスのスカートを捲れないようにそっと押さえて言う。
「時間がないから単刀直入に言うわ」
 そりゃそうだろ、あと数秒後には僕はミンチになっている。
「神に反逆したくない?」
「したい」
 頭じゃない、才能を与えられなかった怨みに僕の魂が答えた。
「いい返事ね。
 なら願いなさいあなたが望む世界を」
「僕が望む世界」
 これもまた頭が考えるより、魂が答えた。
「それは努力が報われる世界だ」
 そう才能も生まれも関係ない、純粋に努力が認められるユートピアを僕は欲した。
「それがあなたの望みね」
 闇が凝縮し輝く黄金のレイピアがリリスに握られた。
「あなたの常識殺します」
 僕の胸をレイピアが貫き、真紅の衝撃が迸った。
 気が付いたら、僕はボロアパートの部屋にいた。
「世界は変わったのか?」
 不思議と夢落ちを考えないで、あの出来事を現実だと僕は確信していた。
「よし」
 僕はパソコンを立ち上げ小説を書き始めた。
 一年後、僕は見事雷撃大賞を受賞していた。
 努力が報われる世界、ユートピアが本当に実現されたんだ。
 

                                       つづく
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あなたの常識殺します 第十一話 幸せの階段降りきった

2009-03-21 00:25:06 | 創作小説 あなたの常識殺します
 昔偉い人がいいました。
 水は高いところから低いところに流れる。
 
「別れよう」
「えっ」
 パスタをくわえたまま彼女の顔が固まる。
 彼女のこんな間抜け顔を見るのは初めてだ。
 いつもは、彼女の喜ぶ顔が見たくて、結婚までこぎ着けたくて高いプレゼ
ント、高いレストラン、高いプレゼント 高いetcetcをせっせと貢いでいた。
「どういうこと、他に好きな子でも出来たの」
 彼女はいきなりの話しに動揺している。
「俺は幸せの階段を駆け下りることにしたんだ」
「どういう意味!!」
 激昂して怒鳴りつけてくる。
「簡単に言うと、もう君が望む高いものは与えられないだ」
「ちょっと、何よそれ。あなたみたいなさえない男が私みたいな美人と、対価な
しで付き合えると思っているの?」
「思ってないよ」
 そんなことは言われなくても十分すぎるほど分かっている。
 古今東西自然界、雄は常に雌の気を引く為に多大な努力を払うのが真理。
「そうでしょ。私と付き合うんだから対価を払うのは当然でしょ」
「そう思うよ。だからその対価を払うのに疲れたんだ」
「意味分かんない。でもいいわ、高いものをくれないあなたなんてこっちから願
い下げよ」
 彼女は、席を立って去っていく。
 彼女と別れて悲しいはずなのにプールに浮かぶような、身も心も軽くるなる開
放感を感じていた。
 これが幸せの階段を下りるということなのか。

 都心の高層マンション最上階、見下ろす夜景が美しく友人を招待すると鼻が高
かったが、売り払った。
 ついでだが、外車も高級家具も何もかもみんなまとめて売っぱらった。
 今は築30年、6畳一間のボロアパート、夜景は見上げる羽目になり、とても
自慢は出来ず鼻が低くなる。
 その代わりと言っては何だが、月々の支払いは1/10以下になる開放感。
 何よりも、何もないので泥棒だとか火事の心配が全くなくなって凄い開放感。

 六畳一間の部屋の中、幸せな気分でお茶を飲む。
 今までの幸せの階段を上る人生は確かに誇らしかったが、昇れば昇るほど色々
と重くなっていった。あのまま上り詰めていったら、その重さに潰れていたかも。
 なのに今では身も心も軽い。まるで地上で飛んでいるようだ。
 この軽さ、これを一度知ってしまったら、二度と昇る気にならない。
 俺は幸せの階段を下りきったんだ。
 はあ~満足。
 満足?
 これで、満足してしまったらウェイトトレーニングを終えた後のような開放感
をもう味わえないと言うことなのか?
 飢餓感、いや禁断症状、もう開放感を味わえないと思った途端襲いかかってくる。
 それでいいのか?
 だが、これ以上降りるのは?
 捨ててしまえ、と俺の心が囁く。
 足を知れ、と俺の理性が叱る。
 俺は俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「あらあら、彼はどっちを選ぶのかしら?」
 リリスは彼のアパートを見下ろす電柱の上に立ち魅惑的に小首を傾げる。
「欲を捨てる道を選んだのに、結局欲深き道に突き進もうとする。
 つくづく神は人間が破滅するのを楽しみたいみたいね。そう思わないサラきゅん」
「巫山戯るな。お前が囁くだからだろうリリス」
 電線の上、曲芸師のように立つサラカエルがリリスを睨む。
「心外ね。私は切っ掛けを与えただけよ、サラきゅん」
「ところで、そのサラきゅんってなんだ? 俺のことか」
 顔を引き締めていたサラカエルが困惑が顔で尋ねる。
「そうよ。人間界ではね親しい者同士愛称で呼ぶんですって」
「巫山戯るな、誰と誰が親しい者だっ」
「堅いわね~、サラきゅんは」
「・・・。
 兎に角、神は人間に欲だけでなく理性も与えた。決して破滅など望んでない」
「さあ、どうかしら。
 じゃあ、見守ってみましょう。
 彼がどこまで行くか。聖人と呼ばれるか、愚者となるか」
「いいだろう。決着はそれまで預けてやる」
 サラカエルは、その場から去っていく。
「ありがとう。あなたは紳士的なのね。
 そして、甘いわね」
 最後の言葉、リリスは微笑みそっと呟くのであった。

 一ヶ月後、俺は公園でテント生活をしていた。
 開放感を求め軽さを求めている内に、ここに辿り着いていた。
 俺は今幸せだ、身も心も産毛のように軽い。
 ただ、もう開放感を味わえないのが残念なだけだ。
「あら、それで満足してしまうの?」
 気付けば、焚き火の向こうに、当然の如くリリスがいたが、別に驚かない。彼女は
こういう存在なのだろう。
「リリスさん。でも、高みに登ると違って、降りるのは限界がありますよ」
「そうかしら」
「えっ。
 これ以上、どうやって降りるというのです?
 私は今人間としての尊厳を捨て、生きていられればいいという境地まで至ったんだ
ですよ。これはブッタにも匹敵する悟りじゃないんですか?」
「あなたに、あの開放感を諦めることが出来るの?」
「でも、でも」
 確かにあの開放感は中毒性があるが、それも重荷と俺は捨てたのだ。
 今の俺に執着など無い。
「出来るの?」
 リリスがその深緑の瞳で覗き込んでくる。
 俺の意識が吸い込まれ、緑の瞳で溺れる。
「あなたは、まだまだ神の摂理に捕らわれているわ」
「でも」
 溺れる俺は必死に藁を捜して足掻く。
「さあ、もっと自分を解放しなさい。
 あなたなら出来るわ」
 リリスは母のように優しい笑顔で俺を励ます。
 その笑顔に俺は縋ってしまい、その瞬間リリスは蜃気楼の如く消えていた。
 出来るのか?
 今の生活から、何を切り捨てるというのだ?
 捨てると言っても、服にテントなど流石にこれ以上捨てたら命に関わる物ばかりだ。
 動物じゃあるまいし、裸じゃ生きていけない。
 人間にはどうしても道具がいるんだよ。
 人間?
 
「にゃ~あ」
「きゃあ、かわいい~」
 俺は女子高校生の太股に体をすり寄せる。
「ねこちゃん、これ食べる」
 女子高校生がお菓子をくれる。
「にゃ~あ」
 俺は人間を辞めて猫になっていた。
 気ままに甘えて餌を貰って寝る暮らし。
 まさに、身一つの気軽な生活。俺が人間すら捨てて得た幸せである。
 これ以上は、もう捨てられないだろう。
 だが、本当にそうなのか?
 生物としてのシンプルは生きること。
 なのに、俺はまだ甘えたり餌の心配をしたりと、思考する力がある。
 思考する力 = 苦悩なのではないか。
 だが、これすら捨てたら俺は・・・。 
 
「賭は私の勝ちのようね」
 リリスが勝ち誇った顔でテレビを見て言う。
「馬鹿な。人はここまで落ちれるというのか」
 サラカエルは絶望に染まった顔でテレビを見ている。
 テレビではキャスターがニュースを読んでいる。
「ただいま、日本では感染するとやる気をなくすウィルスが流行っています。
 これに有効なワクチンはまだ開発されていません。市民の皆様は、くれぐれ
も感染しないように、マスク・手洗いなどをして予防して下さい」
「でもこれは流石に私の予想を超えていたわ。
 まさか、生物として最もシンプルな菌になるなんて。
 ほんと、人間てビックリ」
 リリスはそれはそれは嬉しそうに微笑んだのであった。


                                  終わり
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
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あなたの常識殺します 第十話 幸せの階段

2009-02-28 00:07:08 | 創作小説 あなたの常識殺します
 幸せの階段を駆け上る。
 人間は幸せを求める。
 豊かな生活で幸せになる為に、高い給料を求めて仕事を頑張る。
 結婚して幸せな家庭を築く為に、結婚相手を探し求め。
 見つかったら気を引く為に、貢いで、ご機嫌を取る。
 金、女、地位、一歩一歩幸せの階段を上っていると思っていた。
 今は苦しくてもこの先には成功が待っている。
 今は苦しくてもこの先はは成功が待っている。
 今は苦しくてもこの先には成功が待っている。 
 そう信じていたのに、そう信じて27年間生きてきたのに。
 ふと疑問が浮かんでしまった。
 ふと浮かんだ疑問が消せなくなってしまった。
 なんで幸せの階段を上っていかないと行けないんだ?
 幸せになるということは、苦しみから解放され楽になるという事じゃないのか?
 なのに上がらないといけないんだなんて、幸せになるには辛くないといけないみ
たいじゃないか?
 つまり人生とは苦しむしかないみたいじゃないか。
 そんなのおかしいだろ?
 何で苦しまなくちゃいけないんだ?
 幸せの階段は駆け下りるでなくてはおかしい。
 これなら楽だ、苦しむことなく幸せになれる。
「神の罠に気付いたのね」
「誰だっ!」
 驚いて振り返ると深夜の俺部屋に一人の姫がいた。
 砂金の如く流れる髪と新芽の如く淡い瞳。
 白磁の如き肌に漆黒のドレス。
 全てにおいて別格、彼女がいるだけでボロアパートが宮殿に変わる。
「あら、挨拶もないの?」
 彼女の目が躾の悪いペットを咎めるように俺を見る。
「すっすいません」
 彼女は王女で俺は哀れな召使い。
 不法侵入している彼女に、一点の非もない自分が謝ってしまう。
「まわいいわ。許してあげる」
 尊大な言葉に心底ホッとしてしまう自分。
 なのに情けないとは思わない、これが自然だと思ってしまう。
「ありがとうございます。
 私は佐鳥 堕雲といいます。
 それであなたは?」
「私はリリス。
 反逆の使徒とも呼ばれ、光の蛇とも呼ばれる存在」
 普通に聞けば頭の可哀想な娘とおもうのだが、彼女が言うと疑問無く納得してしま
う。逆に彼女が人間の美少女と言われた方が納得出来ない。
 彼女は神か天使か、さもなくば悪魔。ただの人間のわけがない。
「そんなお方が何で私のところに?」
「あなたが呼んだのよ」
「私が?」
 何で? 俺は別に聖書を唱えたわけでも、悪魔召還の呪文を唱えたわけでもない。
「神の条理に反する衝動、それが私を呼ぶ」
「衝動って、今考えていたことですか?」
 あんな、いい大人が人に言うには恥ずかしくなるよう中二病クラスなことが。
「そうそれよ。
 普通の人なら数分後には忘れるような疑問、あなたはそれに捕らわれた。
 そして逃げられなくなった。
 だから私が呼ばれた」
「あなたなら私の今の苦しみから解放してくれるというのか?」
「さあ」
 リリスは小首を傾げる。
 それはそれは、俺のことなどどうなってもいいように。
「さあって」
「あなたが神から解放されるかどうかはあなた次第。
 さあ、強く心に描きなさい、あなたが破壊したい神の条理を」
 幸せの階段を駆け下りる。
 そんなくだらないこと、でも頭から離れない想いが浮かぶ。
「そう、それがあなたの思いなのね」
 いつの間にかリリスの手に黄金に輝くレイピアが握られる。
「あなたの常識殺します」
 俺の心臓は黄金のレイピアに打ち抜かれた。

 高見に上がるということは、周りが良く見えるようになること
 低きに流れるということは、周りが見えなくなっていくということ


                                  つづく
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
 存在する人物団体とは、一切関係ありません。

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あなたの常識殺します 第九話 無限の努力

2007-12-30 15:59:43 | 創作小説 あなたの常識殺します
「あなたのことを愛しています」
 しまった、緊張して指先の伸びが足りない。
 だがこのくらいならまだ挽回出来る。
 私の演技力ならこの程度カバー出来る。
 私は動揺など見せず、残りの演技をやりきった。
「はい、ご苦労様でした」
「ありがとうございました」
 私は、舞台の前にずらりと揃った審査員達に笑顔で挨拶した。
 今の演技には手応えがある。
 ちょっと表現をしくじっただけ、後は完璧に演じられた。
 きっとこの役を貰える、そんな確信にも似た予感をしつつ舞台を降りた。
 やっと、私にもスポットライトが当たるんだわ。

 待合室で結果を待つ。
 同じく結果を待つ娘達は緊張していて今にも倒れそうな娘もいるけど私は違う。
 主役に選ばれる確信で一人輝いていた。
 やった、主役に選ばれて、インタビューとかどうしよう。
 一杯お金貰えたら、今のアパート引き払って、狙っていたマンションに引っ越そうかしら。
 今後の計画を考えていたら、一時間が一秒に感じるくらいに早く時は過ぎた。
 告げられる結果発表。
 落ちた。
 今度のドラマの主役オーディションで落ちてしまった。
 受かったのは隣の如何にも野暮ったい娘。
 なんで、こんな娘が受かって私が落ちるの? 
 あの指先が伸びきってなかった、あのミスで落ちたというの?
 なんで?なんで?なんで?
 もう一度もう一度、チャンスがあれば今度こそ完璧に演じてみせるのに。
「ちきしょうっ」
「きゃっ」
 私は声に出してしまったらしい、隣にいた娘が驚いたような顔で私を見る。
「どうかしました?」
「なんでもないわよ」
 何その顔、ふんっ選ばれたからって私より優れているなんて思うな。
「あの~そろそろ翔子さんの出番ですよ」
「えっ」
 何言ってるのかしらこの娘と思いつつ、何気なく部屋の時計を見ると一時。
 時間が戻っている。
 今までのは夢? 
 まあいいわ。兎に角もう一度チャンスがあるって事ね。

 「あなたのことを愛しています」
 出来た、指先に至るまで感情を込められた。
 その後もミスすることなく、完璧に演技を演じきった。
「はい、ご苦労様でした」
「ありがとうございました」
 私は、舞台の前にずらりと揃った審査員達に笑顔で挨拶した。
 パーフェクト、ノーミス。
 やっと、私にもスポットライトが当たるんだわ。

 待合室で結果を待つ。
 同じく結果を待つ娘達は緊張していて今にも倒れそうな娘もいる。
 演じ切れた。
 その充足感は、今までどんなことをしても感じられなかった至高のエクスタシーを
私に感じさせてくれた。
 その余韻に浸っていると、一時間が一秒に感じるくらいに早く時は過ぎた。
 告げられる結果発表。
 落ちた。
 今度のドラマの主役オーディションで落ちてしまった。
 受かったのは隣の如何にも野暮ったい娘。
 なんで、こんな娘が受かって私が落ちるの? 
 私の演技は完璧だった。
 なんで?なんで?なんで?
 もしかして、この娘 審査員と寝たの。
 そうよ、それしか考えられないわ。
 口惜しい、実力さえあれば選ばれる。そんな綺麗事、夢見ていた私が馬鹿だったの?
「ちきしょうっ」
 ひゅうーーーーーーーーー寒風が見に染みこんだ。
「えっここどこ?」
 気付けば私は、ホテルの前に立っていた。
 上を見れば、月が輝き。
 隣には審査員。
 携帯を開けば、オーディション前日。
 どういうこと? 分からない。
 でも、目の前にチャンスを掴むためのコマは揃っている。
 私は女優になるんだ。
 なら、躊躇わない。
 私は、審査員の腕を取るとホテルに入り込んだ。

「あなたのことを愛しています」
 完璧に演じて、舞台を降りた。
 審査員への根回しも完璧。
 もはや、全力を出し切れたと満足感と供に私は舞台を降りた。

 待合室で結果を待つ。
 同じく結果を待つ娘達は緊張していて今にも倒れそうな娘もいるけど私は違う。
 やることはやった。だからか、もはや天命を待つ気分で心は落ち着いていた。
 静かに時は流れ、告げられる結果発表。
 落ちた。
 今度のドラマの主役オーディションで落ちてしまった。
 受かったのは、隣にいるお馴染みの如何にも野暮ったい娘。
 まあ、いいわ。
「頑張ってね」
「ありがとうございます」
 憑き物が落ちた気分で娘に、声援を送ると。
 娘は、私にはきっと出せない人を魅せる笑顔で返してきた。
 自分が落ちた理由が分かったような気がした。
 私だってまだ若い、くよくよしている暇はないはずだ。
「さあ、頑張るぞ」
「そうですね。お互いライバルですけど頑張りましょうね」
「えっ」
「どうかしましたか?」
 私は慌てて、携帯を見る。
 日付時間供にオーディション当日に戻っている。
 どういう事?
「では、51番翔子さんお願いします」
 舞台に呼ばれる私。
 えっえ、どうしろというの?
 戸惑うままに、始まるオーディション。

 落ちた。
 そして、戻される時間。
 もしかして、受かるまで抜け出せない?
 その思いつきに、私は脊髄が凍り付いたが、直ぐに闘志が湧いてきた。
 いいわよ、やってやるわよ。

 繰り返されるオーディション。
 千回、万回?
 私の演技は円熟し完璧に仕上がっていく、でも受からない。
「はあ、はあ」
 駄目だわ、私には隣にいる娘のような、笑顔が出来ない。
 きっと、人生経験が足りないのね。
 気付いたときには、私の手は紅葉の葉より小さくなっていた。
「かわいいわね~しょうこちゃんは」
 目には若い両親が映る。
「ばぶっ」
 両親に何か言おうとして舌がうまく回らない、立ち上がることすら出来ない。
 どうやら私は、生まれたての赤子にまで戻ってしまったようだ。
 そう、そうねのね。
 ここからやり直さないと駄目って事ね。
 いいわよ、やってやるわよ。
 22年後のオーディションに向けて、私は人生を捧げるわ。

 月日は流れ22年後。
 私は、この日のためだけに全てを費やしてきた。
 今ならきっと受かるはず。
 受かるわ。

 落ちた。
 人生22年全てを注ぎ込んでも駄目だった。
 これってどういうこと?
 私に足りないのは、人生経験でなくて、才能って事。
 努力だけでは超えられない壁を越えていける才能。
 そんなのどうしろっていうのよ。
 それこそ、親でも変えない限り無理じゃない。

 次の瞬間、私の目の前に、若い両親の姿が映った。 
 場所はロマンティックなレストラン。
 二人は食事を終え、父はこれから意を決して何かを言おうとしている。
 母もその言葉を心待ちにして、頬を赤らめ父を真っ直ぐ見ている。
 これって、父はレストランで母にプロポーズしたと聞いている。
 私は、まさにその瞬間に立ち会っているの?
 まさか、まさか。
 私は恐ろしい想像に真っ青になった。
「そうよ。その通りよ」
 振り返れば、当然の如くリリスがいる。
「今のあなたを両親は知覚できない。
 でもあなたは両親に干渉出来る。
 さあ、やることは分かっているわね」
 リリスは微笑み。
 私はゆっくりとその手を両親に伸ばしていくのであった。

 
                                     終わり
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
 存在する人物団体とは、一切関係ありません。

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あなたの常識殺します 第八話 もう一度チャンスを

2007-12-24 21:55:27 | 創作小説 あなたの常識殺します
「あっあなたのことを愛しています」
 緊張して噛んでしまった。
 だがこのくらいならまだ挽回出来る。
 私の演技力ならこの程度カバー出来る。
 私は動揺など見せず、残りの演技をやりきった。
「はい、ご苦労様でした」
「ありがとうございました」
 私は、舞台の前にずらりと揃った審査員達に笑顔で挨拶した。
 今の演技には手応えがある。
 ちょっとセリフを噛んだだけで、後は完璧に演じられた。
 きっとこの役を貰える、そんな確信にも似た予感をしつつ舞台を降りた。
 やっと、私にもスポットライトが当たるんだわ。

 落ちた。
 今度のドラマの主役オーディションで落ちてしまった。
 夜の街、バーのカウンターに独り私はいた。
「どうして」
 私は、ウィスキーを一気に飲んだ。
 カッと喉が胸が焼ける。
 でも、こんなのじゃ全然酔えない、気が晴れない。
 なんでどうして、演技は完璧だったのよ。
 それが一カ所セリフを噛んだだけで落ちてしまうの。
「おかわり」
 私は空のコップを重厚なカウンターに叩き付けた。
「もう止した方がいいですよ」
 生意気にもバーテンダーが私に忠告してくる。
「ふんっ。
 なによ、あなたなんかどうせ、今まで生きてきて何の努力をしたことないでしょ。
 それで、のほほんとバーテンダーやっているような人間がっ。
 私にみたいに、必死に努力して生きている人間に何か言えると思っているの」
「これは、きついですな」
 苦笑いを浮かべるバーテンダー、その顔が益々むかつく。
「怒らないの? やっぱり図星なんだ。
 いいわね~向上心のない人は、のんびり生きていられて」
「荒れてるわね」
「誰」
 この私でさえ聞き惚れるようなクリアーな美声に横を向いた。
 黄金の清流が流れていた。
「いきなりで、ごめんなさいね」
 少女は長い金髪を掻き上げ、ギリシャ彫刻の女神のように美しい素顔をこちらに
向けてきた。
 何この娘。声、髪、肌。
 スポットライトを浴びたい人間が欲しいと思うものを、この娘は全て持っている。
「私はリリス。
 八つ当たりなんてみっともなくてよ」
 うるさいっといつもの私なら怒鳴り返すのに、この娘に言われると恥ずかしくなっ
てくる。
「どうしたの? 良かったら私に話してみなさい。
 上向 翔子さん」
「はい」
 私は、大人しく姿勢を正して椅子に座り直した。
「それでどうしたの?」
 リリスは優しく微笑んでくれる。
 それだけで、私の心の重しは取れ、今日あったこと全て、いや今まで溜まっていた
事全てを話していた。
「私は必死に努力して実力はあるの。後はそれを出し切れさえすれば、スポットライト
を浴びられるのに、いつもほんのちょっとしたことで躓いてしまう」
「実力を出し切れれば受かるの?」
 リリスは小首を傾げ、お母さんが子供にお使い一人で出来るのか確認するように尋ねる。
「当然でしょ。受かるわよ。当たり前でしょ。
 本当に世の中見る目のない人ばかりで困るわ。
 ちょっとオーディションの時にたまたまうまく演技出来た娘が受かって、たまたま
実力を出せなかった私が落ちるんだから」
「もう一度聞くけど。
 実力を出し切れさえすれば受かるのね」
「そうよ、しつこいわね」
「なら、試してみる」
 酔っていたのかも知れない。
 後で冷静になって思い返せば、この時のリリスの目、獲物をいたぶる猫のようだった。
 でも、この時の私は、気付けなかった。
「なにを」
「こんな不条理な世界を壊して、実力が評価される世界を見てみたくない」
「そんな世界があれば喜んで見たいわよ」
「そう。なら見てみましょう」
「えっ」
 気付いたときにはリリスの手に鋭く光るレイピアが握られていた。
「ちょっちょっとそれで私をどうする気?」
 私が後退ると、リリスは前に出る。
「あなた何しているのよ。私を助けなさい」
 私はバーテンダーに助けを求めた。
「すいません。私如きが口を出せるものではありません」
「ちょっと」
「あなたの常識殺します」
 胸に熱い衝撃が走って、私は意識を失った。

 
                                     つづく
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あなたの常識殺します 第七話 願い叶うまで

2007-10-07 10:36:51 | 創作小説 あなたの常識殺します
「大丈夫ですか?」
「ううっ」
 誰かに揺すられていれ、深い闇の沼から引き上げられる。
 意識が再び寄り集まって俺を形成していく。
 死にも匹敵する眠りから目を開けていくと、心配そうに自分を見る少年が見えた。
「俺は一体!?」
 意識がまだ霧が掛かったように混濁している。
 何があったんだんだ?
 今の俺は壁に凭れ座っている。
  そうだ、俺は、黒い少女リリスに心臓を貫かれたはず。
 さっと胸に手を当てるが、血は吹きだしていない元気に鼓動している。
 夢?と思うにも、服には剣一筋分の切れ目があった。
 あれは夢?それとも現実?
  もし現実なら願いが叶うと言っていたが。
「救急車呼びましょうか?」
 俺が考え込んでしまっていたので、少年は心配そうに聞いてくる。
「すまない、大丈夫だ。迷惑を掛けたな」
 救急車を呼ばれたところで、身体は平気、精神科に入れられてしまう。
 俺は、平気であることを見せるために、笑って見せた。
「良かった」
「迷惑を掛けたようだな。そうだ少ないが御礼に」
「そんないいです」
 俺が財布を取りだそうとすると少年は顔を振って遠慮する。
「おい、そろそろ行くぞ」
「ちょっと待ってよ」
 どうやら少年には連れがいたようだ。
 少年の肩越しに見ると、今時珍しい精悍な顔つきの青年がいた。
 服の上からでも分かる無駄なく締まった身体。
  硬く握り締めた拳。 
 なにより、目の光の強さが今の時代の連中と違う。
 何かよほどの目的または使命を持っているのが言われなくても分かる。
 生き抜いてやり遂げようとする目的、
  死んで遂げようとする目的しか無い俺には強く惹かれた。
「君にも迷惑を掛けたようだな」
 俺は立ち上がりながら、青年の方に話しかけた。
「気にするな。俺は何もしてない」
「謙遜を。俺を介抱する少年を守っていたんだろ」
 最近は物騒、夜中に線の細そうな少年が一人でいたら恰好の餌食。
「その手に握り締めた槍を持って」
「貴様っ」
 青年の目の鋭さが増した。
  俺を敵として視認している。
「この槍が見えるのか?」
 青年は、ゆっくりとその手に持つ槍を構える。
「ああ、はっきりとね」
 俺も手に握り締めていた刀を正眼に構えていく。
「ちょっと、サラ落ち着いて。
 おじさんも、サラの無愛想は謝りますから、刀引っ込めて」
 今更ながら、俺は少年も変わっていることに気付いた。
「考えてみれば、君はよく刀を握り締めて気絶していた俺を介抱する気になったな。
 警察に通報しようとは思わなかったのか?」
「どうしてです。
 おじさんは悪い人なんですか?」
「違うが」
 成れたらどんなに楽か。
 中途半端な良心が夢を妨げる。
「ならいいじゃないですか。
  人が倒れていたら、まず介抱する、普通のことをしただけですよ」
「ふっ」
 この少年、線が細そうでいてたいしたタマだ。
  なるほど、サラという青年の相棒を務められるわけだ。
「小五郎、危ないから下がっていろ」
「でも」
「ここからは人の出る幕ではない」
「えっじゃあこのおじさんが、サラが言っていたリリス!?」
 ほう、こいつらもリリスの関係者か。
「お前、どこでこの槍を見る力を得た。
 今この槍は、神の条理により人には見えないようになっている」
「うん、でないと警察に通報されちゃうからね。
 僕がアドバイスしてあげたんだよ。
 全くサラは僕がいないと・・・」
「小五郎ちょっと黙っていろ」
「はい」
 小五郎は、またいつ口を出してくるか分からないが取り敢えず黙り込んだ。
「すまん続きだ。
 見えるならば、条理から外れた存在。
 お前の背後にリリスがいるな」
 リリスの手下と勘違いされるのは気に入らないが、なるほど、リリスが言ったことは本当だったんだな。
 願いが叶う。
  すばらしい。
 こいつは明らかに俺の敵だっ。
  倒しても誰からも非難されない、完璧な敵だ。
「きえええええええええ」
 俺は返事の代わりに剣を払った。
 対槍戦は、間合いに飛び込めるか飛び込めないかで決まる。
  狙いは槍頭、払って、槍が引き戻される僅かな隙の間に間合いに入り込む。
「えっ!?
 ゴフッ」
 血を吐き出す俺の心臓は、槍に貫かれていた。
  俺の初動は察知され、刀を振るう前に神速の槍を繰り出されたようだ。
 断定出来ないのは、こいつが繰り出す槍の影すら俺には見えなかったからだ、
  正真正銘の化け物だ。
「さっサラ、ひっひとを殺し」
「神の条理に反する存在を抹殺するのが俺の役目だ」
「でも、人を」
「これは条理外の戦い、貴様の言う警察が介入することはない。
 それでも嫌なら、もう俺に付いてくるな」
 サラは槍を引き抜き、俺の胸から血が噴き出す。
 確実に致死量。
  意識が急速に遠のいていく。
 だが、こんなの納得がいかない。
  俺は全然死力を尽くしてない。
 折角の最後の勝負、一合すら交えること出来ずに俺は終わるのか?
 納得出来ない。
  出来ない。
 出来ないが、俺は地面に倒れ、意識は深い闇の底に沈んでいく。 

「いい加減起きなさい。重いんだから」
「ううっ」
 揺すられ、再び闇の沼から浮上して開けていくと、冷たく見下ろすリリスが目が見えた。
「おっ俺は?」
 当たりを見渡すと、どうやら超高層ビルの屋上。
 空に星、下に外灯の海、恋人と二人なら最高のシチュエーション。
「ボロボロのボロ負けよ。
 見事すぎるくらいあっさりと負けたのよ、あなた」
 リリスに、甘い雰囲気など微塵もない、容赦なく言葉の鞭で俺を滅多打ち。
 なのに、今はその言葉がすがすがしい、女王様に使える奴隷の気持ちが少し理解出来た。
「そうだ、心臓を貫かれたはず。
 リリスが俺を生き返らせてくれたのか?」
「違うわ。残念だけど、私にそんな力はないわよ」
 リリスは、ちょっと拗ねたように言う。
 自分の力でないのが気に入らないのか?
「私がしたのは、あなたの死体をあいつ等から奪い取っただけ。
 蘇ったのは、あなた自身の力よ。
 あなたが願った、神の条理を覆す力」
「俺の力?不死身にでもなったというのか。
 だが、俺はそんなこと願った覚えはないぞ」
 永遠にこんなくだらない世界で生きるなど、俺の願いの間逆だ。
「別に不死身になってないわよ。
 あなたの願いは、死力を尽くして戦い、破れること。
 死力を出す暇もなかったわね」
「なるほど」
 あの戦い血が滾る暇もないほど、あっさりと破れた。
 確かに、そんな最後の戦い望んでない。
  望まぬ戦いに敗れたら強制リセット。
 死力を出し尽くして破れるまで、永遠に生きる。
  もはや、老衰というタイムオーバーという救済処置も許されない。
 つまり、俺はあの化け物に匹敵する力を身につける意外、死は許されないのか。
「これからどうするの?」
 リリスの切なき顔。
 まるで、旅立つ恋人を必死に思いとどまらせようとする穢れ無き少女のよう。
  思わず、お前と一緒にいたいと言ってしまいたくなる。
「修業する。いつか死力を出して戦えるように」
 食べたい料理の材料は全て揃えられいる。
  後は全て俺の腕次第だというのに、のほほんとしていられるか。
「そう、頑張ってね」
 リリスは、俺の返事に少し寂しそうな顔をしたが、直ぐに男を送り出す笑顔を見せてくれた。 
「相手は大天使サラカエル。
 人の身のあなたに届くかしら」
 人を試す、雌狐の笑顔。このコロコロ変わる表情が彼女の魅力なのだろう。
「届く届かないじゃない、届いてみせる。
 人の願いは奇跡を起こす」
「いい答えよ、あなた。
 いつかあなたの願いが叶ったとき、再会したいわね」
 その時には俺は死んでいるがな。
 リリスは、軽く柵を越え屋上から飛び降りた。
  見下ろすと、落下していく影は、闇に溶けていき、地上に着く前には消えていた。
「あいつに匹敵しろと言われるよりは、望みはあるな」
 俺は階段を使ってビルを降りていった。

 

                                     終わり

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あなたの常識殺します 第六話 戦いたい

2007-09-30 21:19:06 | 創作小説 あなたの常識殺します
「くそっこんなことして何になる」
 俺は素振りをしていた真剣を放り投げた。
  銀光をまき散らし床を転がっていく刀。
「くそっくそ」
 八つ当たりに道場の壁を蹴る。
 幸い今は誰もいない、例えいたってかまうかっ。
 苦しい思いをして、体を鍛え、技を磨いて何になる?
  幾ら努力したって俺の望みは叶わない。
 別に剣の達人になりたい訳じゃない。
  大会で優勝して名誉を得たいわけでもない。
ただ、ただ、剣を使って全力で戦って、死にたい。
 それだけが望み。
己が積み上げてきた技と知恵、精神力、そして生きようとする意志。
 それを最大限に発揮して、戦い。
 破れ、死んでいく。
  きっと、それならもう悔いなく、陶酔の蜂蜜に浸って死んでいける。
 人は生きた以上、死ぬ。
  死ぬなら、己の望むがままに。
 金持ちになりたいとか、女にもてたいとか、途中経過の望みじゃない。
  人生最後の望みで、俺の唯一の望み。
 なのに、社会が俺の望みを許さない。
 剣を持って、誰かに真剣勝負を挑もうものなら。
  相手にされないか、精神病院に入れられる。
 仮に果たしても、快楽殺人者のレッテルを貼られてしまい。
  残った妹に、社会はどんな迫害をするか、容易に想像が付く。
 そうなのが、特に人生に望みのない俺だが、妹妹だけには幸せになって欲しい。
 妹は、今では結婚して二児の母、幸せに生活をしている。
  なのに俺が望みを果たせば、妹のそんな生活を壊してしまう。
 それだけはそれだけは、出来ない。 
  いっそ妹がいなければと思うが、それは妹の幸せを望むことと反する。
 どうすればいいんだ?
 物語の世界なら、殺しても誰も文句を言わない絶対悪がいるが、現実にはいない。
 ヤクザでさえ、殺せば罪を問われる。
 くそ、どっかに人外の魔物はいないのだろうか。
「はっ馬鹿なことを」
 如何如何、1人で素振りなんかしていたから籠もってしまったようだ。
 今日はもう帰ろう。
 俺は、道場の掃除をして戸締まりをすると、帰途についた。
 
 月は煌々と地上を照らしている。
  月明かりで輪郭が曖昧になっている今なら何が起こっても不思議じゃない。
 人気のない道を歩いていると、あの先の曲がり角から通り魔でも現れないかと期待してしまう。
 でも、表れることなく通り過ぎてしまうのが常。
 なのに今日は奇跡が起こった。
 曲がり角から、くっきりとした輪郭を持った少女が現れた。
 少女は黒のドレスを着ている。
  なのに、この暗がりの中、闇に溶けることなく、ハッキリと見える。
  闇の質が違うんだ。
 少女は金髪を靡かせ、俺の方に顔を向ける。
  シャープなラインで形成された美しい顔、
   闇夜にエメラルドに輝く瞳が見た瞬間、俺の股間に痺れが走った。
 こいつは、魔物だ。
「きえーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
 気が付いたら、刀を引き抜いていた、どうやったのか記憶にない。
 まさに反射で引き抜いていた。
 肩越しに振り降ろし、少女の肩目掛けていく刃。
  返ってくるは、硬い感触。
 見れば少女はいつのまにかレイピアを手に持ち、受け止めていた。
「随分な挨拶ね」
「ふっふ、そうだそうこなくては。
 まだ俺は全力を出してない、死力を尽くしてない」
 一旦飛び退くと同時に、胴を薙ぎ払った。
 空転。
 直ぐに飛び込むと同時に、面。
 少女は太刀筋を性格に見切り、半身を切って避けた。
「せっかちね、名乗りぐらい上げなさいよ」
「これは失礼した。逃げられると焦っていたようだ。
 俺の名は、一文字 隼人。
 魔物。悪いが俺の望みを叶えるため、戦って貰う」
「女はみんな魔物。
  でも、どうせならリリスって呼ばれたいわ」
 この場で、くすっと笑って見せた。
 その小悪魔のような可愛い顔に、俺の闘志は萎えるどころか、ますます燃え上がる。
 そう、この場で、取り乱すことなく笑ってみせる精神こそ魔物の証。
  人間社会の枠外。
「ならリリス、尋常に勝負」
 刃を返して横に払う。
 リリスは、刃の上を飛び越え、頭越しにレイピアを突き込んでくる。
「くっ」
 咄嗟に避けた頬を切り裂かれた。
 血が頬を流れ、その暖かさが気持ちいい。
「これだ、今こそ、生を実感出来る」
 現実世界に真実など何一つ無い。
  黒は白、白は黒、その時の都合でどうにでも変わるのが世の中。
 ある者は、そうだと割り切り。
  ある者は、深く追求しない。
 そうやって、この世界と折り合いをつける。
  だが今は、そんなことなど必要ない。
 生か死かだけ、嘘も誤魔化しもない。
  願わくばのこの真実の世界にいたい。
   もうここ以外の世界では息もしたくない。
「はああああああ」
 必殺の三段突き。
 喉心臓鳩尾を狙った突き。
「わんっつ、すりー」
 リリスは、わざわざ、とんとんとんと左右にステップして躱す。
  優雅にスカートの翻し、ダンスでも踊っている積もりか。
 馬鹿にしやがって、せめて一矢報いてやる。
 睨み付ける、エメラルドグリーンの瞳。
 その瞳には、世間の連中が俺に向ける嘲笑の色はない。
  憐れみもない。
 ただ、哀しみがあった。
「なぜだ。殺し合いをしているんだぞ。その目は何だ」
「悲しい人。あなたも神の作った条理の世界では生きられない存在。
 犬に混じった、狼。似ていても非。
 さぞ、苦しかったでしょう」
「やめろ、哀れむな。
 俺を憎め、そして俺の唯一の望みを叶えてくれ」
「それは無理、私は人間を愛している。
 特にあなたのように足掻く人を愛しているの」
 まるで人生を悟った娼婦のように悲しく笑い愛の言葉を吐き出す。
 俺は、その言葉に今までにない恐怖を感じた。
  背中から汗が一斉に噴き出し、鳥肌が立つ。
 こいつは、関わってはいけなかったんだ。 
「私が怖い」
 かッからだが動かない。
 必死に鍛えた体が、こんなときにこそ役に立つはずの身体が。
  電池切れのように動かない。
「でも私はあなたを愛している。
 だからあなたに望みを叶えるチャンスをあげる。
 さあ、あなたの望を強く願いなさい」
 おっ俺の望みだと。
  それは。
「あなたの常識殺します」
 リリスは、すっとレイピアを俺の心臓に突き刺した。
 
                                     つづく

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あなたの常識殺します 第五話 籠の鳥

2007-09-09 14:40:37 | 創作小説 あなたの常識殺します
「へえ~じゃあ、悪い奴をやっつける正義の味方なんだ」
「それは違う」
 憧れの目で言う小五郎、うざい。
  別に正義の味方と騙して、人間界での活動ベースにする選択肢もあった。
  だが、しなかった。
   それは助けられたことに対する、せめてもの誠意。
「違うの?
 だって神の条理から外れた存在を倒すために来たんでしょ、
  銀行強盗とかテロリストなんかをやっつけるんじゃないの?」
「それらは別に神の条理から外れていない。
  あくまで神が定めた条理に従って、悪を為しているだけだ」
 人がどんなに虐殺を行おうと、
    どんな陰湿な虐めを行おうと
  それはあくまで神が定めた条理の中で行っていること
   善か悪かなど、人間の判断基準に過ぎないし、そんな細かいこと神は関与しない。
「う~ん、良く分かんないな」
「分からなくてもいい」
 神により任された使命は、俺が果たすべきこと。
  人間が関与する物ではない。
「まあ、いいか。どっちにしろ面白そうだし。
  取り敢えずはリリスを探すの」
 これだけ冷たくあしらっているのに、付いてくる気だ。
  好奇心、太古の昔リリスが人間に与えてしまったもの。
  この果実の甘さの前には、どんな苦い説得も無駄になる。
 俺は、小五郎を巻き込まないようにすることは、諦めた。
「そうだ」
「どうやって?」
「足で」
「戦士と言うより、頑固一徹刑事みたいだね」
 余計なお世話だ。
  ただ歩くと行っても、根拠がないわけではない。
  受肉し力の大半を失ったとはいえ、それでも俺は人間界では歪な存在。
   リリスもまた歪な存在ならば、条理の世界から弾き出され、に二人は引き合う。
  
 いつからか俺は人と対したときに、その背後に取り憑いている力と向かい合っていた。
  虐められたときの、そいつ本人より。
   その背後に控えている不良グループが怖くてやり返せなかった。
  先生が明らかにおかしいことを言っても、
   まだ独り立ち出来ない俺の今後の人生を、自由に出来る学校が怖くて言い返せないで、従う。
  会社の上司なら、そいつがどんなにくだらない奴でも
   こちらをどうとでも出来る権力の前に、黒を白とする。
  こんなことは俺だけじゃない、人間なら成長するに連れ、誰もが相手の背後に見える組織の力と会話する。
   そういう世界だと妥協する。
    いや、それが人間の力だと信じていく。
  だが、今は違う、リリスによって、俺の前では権力という背後霊は浄化されてしまう。
   俺の前ではアメリカ大統領だって、個人となる。

「ふっん」
 心地いい負荷をはね除け汗を飛び散らし、俺はベンチプレスを上げた。
  ここはスポーツジム。
  個人の腕力など、組織の前では何の役に立つと馬鹿にしていたが、
   今ではその個人の腕力こそ、最も頼りになる。
    そうなれば、当然頼りになる身体を日本刀のように鍛え上げたくなる。
  もう少し鍛えたら、空手道場にでも入門しようかとも考えている。
「生き生きしてるね。この間とは別人みたい」
「んっ」
 パステル調の壁に、スラリとした黒い肢体が浮かび上がってる。
「何よ私が分からないの?」
 リリスは憤慨した様子で、子供みたいに口を尖らせ拗ねた。
  意外と子供っぽい奴だ。
 リリスといえば、闇夜であった黒のドレスの印象が強すぎて、それは外部皮膚だと思い込んでいた。
 だから、スポーツジムに合わせた黒とグレーのレオタードを着たリリスは、別人になってしまう。
「ナンパされたかと思ったよ」
「あら、言うじゃない。
  いいわよ、あなたが素敵エスコートしてくれる自信があるなら」
 リリスがスッと手を差し出してくる。
  その手を取れば素敵な夜が始まるのかも知れない。
「今はまだ辞めておくよ」
 俺はその魅惑の手を掴まなかった。
「あら、私振られちゃったの?」
「まだ君と一緒には飛べない。
  今なら分かるんだ、君がどれほどの存在なのか」
 君は、気まぐれで籠の蓋を開けてしまう悪戯っ子。
  迂闊に喜んで籠から飛び出してしまえば、餌の取り方を知らない籠の鳥は死ぬだけ。
 籠の中から飛び立つのは早過ぎる。
  たかが、組織の力を剥ぎ取る程度の力じゃ足りない、もっともっと条理を超えた力がいる。
 そうでなければ、リリスと一緒には飛べない。
  リリスは、蓋は開けてくれるが保護はしてくれない、悪戯っ子。
「まだってことは、いつかは飛ぶ気なの?」
「もちろん」
 知ってしまった以上求めずにはいられないのが人間。
  明確な目的があれば、我慢も出来るのが人間。
「それは、更に条理の輪から外れるということよ」
「こんな世界に未練はない。
  えっ」
 今頬に柔らかい感触が触れた。
「いいわよ、あなた、ご褒美の前払い」
 エメラルドの瞳をしっとり濡らして俺の目を覗き込む。
「あなたが私と共に飛ぶ日を楽しみにしているわ。
  今度はあなたの方から声を掛けなさいよ」
 リリスは、恋いこがれる少女のように笑ってターンした。
  金髪がふわっと流れ、リリスの身体に巻き付いていく。
   彩る光が飛翔し消え去るとリリスも消えていた。
「一緒に飛ぶのは、大変そうだな」
 その為にも、もう少し鍛えるか。
「ふんっ」
 俺はバーベルを持ち上げた瞬間を見計らっていたようだった。
  一瞬の無重力を感じ、落下した。  
   俺が寝ているベンチの足が外れたようだ。 
 
 床が砕ける音がスポーツジム中に響き渡った。
  床で痙攣している俺の周りに人が蟻のように集まる、野次馬。
 誰も彼も俺を助けようとはしない、好奇心の眼差しを向けるだけ、救急車すら呼ばない。
  そうだろう、俺に対して組織の力は使えない、そういうルールなのだから。
 くはーー息が苦しくなってきた。
  バーベルが胸に当たり。 
   砕けた肋骨は肺を突き破る。
 息を吸ってもその穴から空気が漏れていく。
  激痛だけでなく、くっくるしい。
 このまま俺は終わるのであろうか?
  神は自分の定めたルールから外れる存在を、簡単には見逃さないということか。
   悪戯っ子が蓋を開けたくらいで、逃げるようならいらないということか
 個人的に、見知らぬ俺を助けようとする奇特な人間が現れる奇跡が起こらない限り、俺はここで終わる。
  視界が霞んでくる、光が消えていく。
 リリスにより禁断の果実を食べたことを後悔しないが、
  リリスの手をあの時握らなかったことは後悔する。 
   どうせなら、君の隣で墜落したかった。
 奇跡を願いつつ、俺の目は暗黒に染まった。
                                     おわり

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あなたの常識殺します 第四話 個人

2007-09-05 00:18:21 | 創作小説 あなたの常識殺します
 翌朝何事もなく出社した。
  リリスにより条理から外れた存在になったらしいが、
 実感がない。
  本当にそんな特別な存在に成れたのか?
   本当にもう警察に追われることはないのか?
 どうしょうもなく、落ち着かない、秒単位で心が削られていく。
  仕事に集中することで心配事を忘れようとして、
   いつも以上に仕事に没頭した。
 それでも
  電話が鳴るたびに、警察からじゃないかと思う。
  入り口が開くたびに、刑事が来たんじゃないかと思う。
 時の流れが止まったんじゃないかと錯覚するほど、時間は遅々として進まなかったが
  それでも定時時間が来た。
  どうする?
 とても残業をしていく気分じゃない、今日は帰ろう。
  帰って布団にくるまって寝てしまおう。
「お先に失礼します」
 俺はパソコンの電源を落とし、帰ろうとした。
「ちょっと待ちたまえ、常人(つねひと)君」
 いつも俺に残業を言い渡す部長が呼び止めてきた。
  こいつは部下が定時で帰ることを絶対に認めない典型的上司。
「なんでしょうか」
「今日の仕事は終わったのかね」
「はい、業務に支障がないようには区切りはついています」
 これは本当だ、時間がゆっくり流れた分、仕事は片づいてしまっていた。
「そうかそうか、私は君を見くびっていたようだね。
  ならこの仕事も頼もうかな」
 部長は嬉しそうに、机の上の書類を探り出した。
 なっなんなんだ、こいつは、そんなに俺のことが嫌いなのか?
  そんなに俺を虐めて楽しいのか?
 いつもなら後のことを考えて我慢するが、今日は違った。
  昨日のことで、俺の心は、表面張力で張り詰めたコップの水面。
   もうこれ以上コインを入れる余裕はないんだ。
「それは業務命令ですか、それとも個人的嫌がらせですか?」
 言ってしまった、言ってしまったが、不思議と後悔はしていない。
  むしろ、もうとことんやっちまえって、捨て鉢気分になっていく。
「業務命令に決まっているだろっ」
 部長は頭皮が見える頭を真っ赤にして机を叩いた。
「なら、部下として言います。これ以上はオーバーワークです、お断りします」
「なっななんだと」
「処分はご自由に。
  降格でも減給でもクビでもどうぞ、
  どうぞ勝手にして下さい」
 当然部長は部長という肩書きに付いてくる組織の力を使って仕返しをするだろうが、
  どうでもいいよもう。
   そんなこと、ひどくちっぽけなことに思えてしょうがない。
「ももちろん、処分はない」
 へっ?
 何とおっしゃいました部長。
  あの権威を着て生きている部長が権威を使わない?
 そんな馬鹿な、部長が改心した、それこそありえない。
  なら答えは?
 リリスがくれた力が思い浮かぶ。
  昔から思っていた不条理感。 
  警察に追われないように願った思い
 レイピアに刺されたとき、俺はその二つを思い浮かべていた。
  その想いが力となったとしたら。
 思い浮かぶ答えは一つ、
  なら確かめなくては。
「そうですか。
  ならついで申し訳なくなんですか、
   確認ついでに今までのストレスも晴らして貰います」
 俺は部長の面を遠慮無くぶん殴った。
  スカッとした。
 さあ、どうだ、どうなる。
  今の俺の胸は、どきどきよりわくわく。
  部長のリアクションに固唾を飲んでしまう。
  どうする?どうなる?
 いつもの部長らしく、クビにする?警察を呼ぶ? 人間らしく組織の力を使う。
  それとも、らしくなく組織を脱ぎ捨て、個人的に向かってくる?
「貴様こんなことをして、ただで済むと思っているのか」
 床に転がり鼻血を押さえる部長。
「思ってませんよ。
  どうぞ、警察に訴えるでも、会社の地位でも利用してくださいよ」
「そっそれは、できない」
 部長は、一言一言苦しそうに吐き出す。
「なら、部長個人として、向かってきて下さいよ。
  さあ」
 ファイティングポーズを取る俺。
  床から見上げる部長の目は、13階段を見上げる死刑囚、動き出そうとしない。
 ふんっ、所詮権威が無くなれば、豚か。
  失笑が込み上げると共に、俺の条理を超えた力がハッキリ分かった。
 俺を前にしたとき、どんな人間も個人となる。
  どんな人間も、俺に相手にするとき組織の力は使えない。
   己の力のみで向かってくるしかない。
 それが俺の手に入れた力。

 なら目の前の部長はもはや部長じゃない。
  ただの腹の出たオッサンだ。
   知恵も力も俺の方が上。
   こいつは今まで組織の力があったから俺に命令していただけ。
 
「おや文句はないようで、では帰らせて貰います」
 俺は堂々と退社し、車に乗った。
  エンジンを掛け走り出した、
   スピード違反なんか気にしない快適なスピード。
 くっく、警察なんてそれこそ個人のない組織。
  つまり幾ら俺が犯罪を犯しても手を出せない。
 俺を止められるのは、あくまで俺個人に挑む個人のみ。
「素晴らしい、素晴らしいよ、リリス。
  くわははははっはっははははははあはははっはははははははははっ」
 車内に俺の笑い声が響き木霊した。

 別に特別の力を得たからといって犯罪に走ることなく、そこまで馬鹿じゃない。
  ちょっと早く帰宅するぐらいで普通に働いていた。
 それが証拠に、今はお客さんに見積もりを持ってきて打ち合わせだ。
「どうでしょうか?」
「う~ん、どうかね」
 返事を渋る相手先の部長
  別に見積もりに不備がある訳じゃない、お互いに利益が出る文句なしの見積もり。
 それは相手だって分かっている、
  ただこいつは、それ以外を要求しているだけだ。
   この間は、ゴルフだったかな、その前はキャバレー。
  全く世の中、権力を利用するくだらない奴ばっかり
   こんな世界に存続する意味があるのか?  
「君も分かっているだろう。
  今回は焦らすな」
「そう言われましても、見積もりはちゃんと出しましたし」
 ギリッ歯軋りが聞こえた気がした。
「いいのかね。今後の取引を停止するぞ。
  そうなると君個人困るんじゃないかね」
「どうぞご随意に」
 やれるものならやってくれって態度がもろに出たのだろう、
  部長は一気に燃え上がった。
「よく言ったな若造。
  会社で立場がなくなって泣くがいい、今度取引は・・・・」
 その先は金魚のように口をぱくぱくするだけ。
  俺個人を標的にしたとき、組織の力は使えない。
   それはここでも生きている。
「どうかしましたか、胃矢部長」
 俺は立ち上がると、丁度空いていたハンガーに上着とネクタイを掛けた。
  こうなっては、お互いこのまま、はいさよならでは、収まりがつかないだろう。
  気は乗らないが、おっと口元が緩んでしまう。
   お互い組織の力に頼らない、男と男の話し合いをするか。

 ガチャッ
「では失礼します。
  今度ともよろしくお願いします」
 俺は礼儀正しく退出した、
  手には判子を貰った書類
   部屋には、顔を腫らしている部長。
 ふっふ、俺は今条理から外れ、実に充実した人生を送っている。
 

 目を開けると見知らぬ部屋だった。
  ぼろい6畳一間のアパートだが、荷物は少なく、清掃は行き届いている。
  その部屋の真ん中で、俺は布団の中寝かされている。
   あの時背後から不意打ちを食らって意識を失ったが、まだ生きているようだ。 
 寝ていても事態は進まない、兎に角起きあがろう。
「ぐっ」
 背中が突っ張るような痛みが走った、これが受肉した枷、病苦か。
  だが、動けないほどじゃない。
「まだ、寝ていた方がいいよ」
 上半身だけ起こした俺が声の方に目を向けると、線の細そうな少年がいた。
  隣の部屋から入ってくる。
「睨まないでよ」
 睨んだつもりはない、ただ敵か見定めているだけだ。
「道ばたに血まみれで倒れていた君を助けたのは、一応僕なんだから」
「お前が?」
「うん」
「なぜ、警察に連絡しなかった?
  お前の行為は、常識に反している」
「だって、槍を握って離さないし、絶対に普通の人じゃないと思ったから。
  どう僕って気が利くでしょ」
 少年は人懐っこそうに笑っているが、そういう問題なのか?
「変わった奴だ」
 まあ、確かにおかげで助かった。
  人間の警察に捕まるとやっかいらしいからな。
「よく言われるよ。
  でもそれは君も同じでしょ」
「そうだな。
  それで、ついでに聞くが、なぜ俺を助けた。
  この行為も、常識に反している」
 俺が普通じゃないと判断した以上、関わらないのが常識。
  敢えて助けた以上、何か目的があるはずだ。
「君なら、僕をこの退屈な世界からどこかに連れて行ってくれるような気がしたからかな」
 少年は俺を見ながら、俺を透け背後に広がる宇宙を見ているような目をした。
「そうそう、紹介がまだだったね。
  僕の名前は高杉 小五郎というんだ、君は?」
「サラカエル」
 こうして、俺は小五郎と出会った。

 


 
                                     つづく
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
 存在する人物団体とは、一切関係ありません。

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