キリッキリッ。
原価計算、よし。
経費計算、よし。
利益率、よし。
客先名、よし。
語尾脱字、なし。
完璧だわ。
でも、もう一度チェック。
キリッキリッ。
原価計算、よし。
経費計算、よし。
利益率、よし。
客先名、よし。
語尾脱字、なし。
判子の欠け、なし。
書類にしみ、なし。
今度も完璧だわ。
でも、念のためもう一度チェック。
キリッキリッ。
キリッキリッ。
原価計算、よし。
経費計算、よし。
利益率、よし。
客先名、よし。
語尾脱字、よし。
判子の欠け、なし。
書類にしみ、なし。
書類の角、折れてない。
パーフェクトに完璧だわ。
キリッキリッと締まって隙無し。
「見積書です」
「はい、ご苦労様」
私は、一日掛けて仕上げた見積書を課長に提出した。
課長は私の書類にざっと目を通す。
「はあ~、いつもながら締まった出来ね」
感嘆の吐息と共に課長が言う。
「ありがとうございます」
「でももう少し手を抜いてもいいから早くできないかしら」
カチンッ
「何を言うんです課長。
手を抜くなんて、そんなこと出来るわけ無いでしょ。
今世の中は役人、政治家、ゼネコン、みんな手を抜いて楽すること
ばかり考えています。課長もそんな世の中の悪しき風潮に流されろと
いうのですか」
「いえそうじゃないのよ。でも抜くところは抜かないと・・・」
「そんな考えが欠陥住宅を産むんです。
これ以上言うのなら、この会社を内部告発します」
「ごめんなさい、言い過ぎたわ」
課長も私の誠心が通じたのか、真っ青になって謝ってくれた。
うん、いいことした。正義は勝つ。
「ちょいとお邪魔しますよ~課長書類出来ました~」
折角正義を為していい気分なのに、水を差す湯流霧だ。
湯流霧が提出した書類がチラッと見えたが、目眩がした。
なにあのゆるゆるの書類、隙だらけじゃない。
なんでこうもっと締めないの。
「はあ~、いつもながら緩い出来ね」
溜息と共に課長が言う。
可哀想にこんな部下じゃ苦労するわね。
よし、ここは私が一肌脱ぐか。
「なんなのこの書類、あなたやる気あるの」
私は課長の手から書類を取り上げると、可哀想な課長に代わって湯流霧
に注意をした。
「なんだお前っ。お前に言われる筋合いはないぜ」
「あるわよ。あなたみたいないい加減な人がいるのは迷惑だわ、不愉快だわ」
「酷いわ」
湯流霧はいきなり泣き出した。
何!?この男プライド無いの。
「泣くな」
「酷いわ酷いわ。
世の中優秀な人だけ生き残って、ドジな人間は死ねばいいと思っているのね。
差別だわ、人権問題だわ。
訴えてやる」
訴えると言ったの? この抜け作が? この隙のない私に?
「いいわよ。受けて立とうじゃない」
隙無く論破して、丸裸にしてやるわ。
「辞めて二人とも、そんなことされたら上司である私が責任取らされるじゃない」
「大丈夫です。私は負けません。このゆるゆる男を会社から追放してやります」
課長も心配性だな、この私が負けるわけがない。
「こんな締め付ける秘密警察みたいな女、会社から追放してやる」
全く何なのこいつ、文句だけは人一倍言うのね。
「はあ~お願いだから辞めて。
どうしてあなた達は頭のネジが一本多かったり少なかったりで、丁度良くないの」
「なんですって」
ヒステリックに湯流霧。
「課長それは、どういう意味です」
湯流霧はともかく私まで侮辱するとは許せない。
「りんりん」
りんりん?
可愛い声に足元を見ると、トリプルテールにまとめたピンクの髪をした10歳くらい
の少女がいた。
「かわいい~」
湯流霧が抜けた事言っているがこればっかりは同意する。
愛らしい子犬のような瞳。
モチのようにプニプニしていそうな頬。
セーラー服もよく似合ってる。
可愛い、今すぐ連れ帰って自分の娘にしたくなるくらい可愛いわ。
「お嬢ちゃんどうしたの?」
「リンは魔女ッ娘天使りん。
溜息あるところ参上して悩みをすばっと解決りん」
あらあら、テレビの魔法少女ものに影響されているのかしら。
「ちょっと誰なの子供を連れて来たのわ」
課長が部内に声を掛ける。
「違うりん。リンは溜息の原因を解決に来たりん」
ふんっと胸を張って言うリンちゃん、そのいじらしさ可愛い~。
「あらそう、なら私の溜息の元をなんとかしてよ」
課長は子供の相手をしていられるかと投げやりに言う。
「分かったりん。
くるくるくるくる~くるくるりん」
可愛く躍り出すリン。
その背に純白の翼。
その頭に黄金に輝く天使の輪が表れる。
えっ手品、それとも本当に天使?
「マジカルドライバー」
リンの手に虹色に輝くドライバーが表れた。
「おねえちゃん」
「なあに」
私はリンの高さまで屈んだ。
「ズバッと緩め」
高速で突き出されたドライバー。
避ける暇なくドライバーが額に突き刺ささり、先端が頭蓋骨のある部分
にカチッと嵌った。
「グリッグリッと回しましょ」
頭蓋にめり込まれたドライバーが回される。
激痛が脳天脊髄尻と直行で駆けた。
「がああああ」
何でこんな激痛で私ショック死しないの?
「ぐりっぐりぐりりりと回しましょ」
頭蓋骨が緩んでいく。
なに何!?激痛が緩んでいき、ぎゅっと締め付けていたコルセットを外すような
開放感。
視界の輪郭が、デジタルのように明確だったのがアナログのようにぼやけていく。
「ぽんっと外しましょ」
リンがドライバーを引き抜くと同時に、何かが頭から抜けた。
「ひいいいいい」
俺は腰が抜けたのか床にへたり込んでしまった。
逃げたくても逃げられない。
そう言えばサキさんがピンクの天使には気を付けろと言っていたような。
これば、この娘がそのピンクの天使なのか?
「次はお前だりん」
掛け声と共に、俺の額に突き込まれたドライバー。
「グリッグリッと回しましょ」
リンがドライバーを回す事に俺の頭蓋骨に少しずつめり込んでいく。
「こっかが」
ぐりぐりといたぶるように激痛が徐々に上がっていく。
「ぐりぐりっと回しましょ」
頭蓋骨が締まっていく。
なんだ、上がる激痛と共に、ゴムの服を着せられたような拘束感。
アナログのようにぼやけていた輪郭が、デジタルように明確にきっちりしていく。
「ぐぐぐっと締めましょ」
リンがドライバーを引き抜くと同時に、何かが頭にカチッと嵌った。
「わっわ私の部下達に何をしたの?」
課長は震える声でリンに尋ねた。
「頭のネジをあっちから抜いて、こっちに締めただけりん」
「そっそんなこと」
「できるりん。なぜならリンは魔女ッ娘天使りん。
これあげるりん」
リンは課長にドライバーを差し出した。
「これで適当に締めて緩めて調整するりん。
だから二度と溜息ついちゃ駄目りん。
今度ついたら・・・」
リンが可愛い顔でニコッと笑う。
でもその笑顔に課長は凍り付く。
「はい、二度と溜息はつきません」
課長はドライバーを受け取ると、敬虔な信者のように誓った。
その後。
「課長見積もりです」
湯流霧が私に見積書を出す。
「う~ん、まだ堅いわね。締めすぎたからしら?
湯流霧くん、頭ちょっと出しなさい緩めるから」
「はい」
差し出された額にドライバーを突き刺し、くるくる回す。
「よし、暫くはこれで仕事してみて」
「了解しました」
湯流霧は机に戻っていく。
あれ以来、部下二人の調整が私の日課となってしまった。
緩めて締めて丁度良くしても、一日放っておくと直ぐネジが勝手に
緩んで来たりしてるので、毎日のメンテナンスが大変。
でも、溜息はつかないわ、頑張って二人を導かないと。
加減を間違えて部下が溜息をつきようものなら、ピンクの悪魔が来
てしまう。
それだけはそれだけは、いや。
終わり
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
存在する人物団体とは、一切関係ありません。
では、感想待ってるリン。
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