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物語を食べて生きてます

アニメや小説など物語に感謝を込めて

あなたの常識殺します 第三話 唆すは光の蛇

2007-09-01 12:39:29 | 創作小説 あなたの常識殺します
 月光に冷やされクリアな空気に美しい金属の音色が響く
  音色は美しいが、旋律としては失格
   リズムに成ってない、ただ打ち鳴らされる音が響く
「はっ」
 銀髪の青年が空気すら穿つ槍の一突きを放つ。
  音より速く伸びゆく穂先、数瞬後には、美しい音色を奏でる。
   槍の穂先を弾き返し音色を響き合わせたのは、黄金のレイピア。
「あらあら、踏み込みが甘いんじゃなくて。サラカエル」
 微笑、冷笑、音速を超える槍を放った相手への敬意は全くなし。
「黙れ、リリス。
  人の魂を惑わすお前を神に代わって、消滅させる」
 一旦飛び退き間合いを取ると、
  くるっと回して弾き返された槍を構え直すサラカエルと呼ばれた青年。
  銀髪を逆立て、ストイックに締まった顔付きをしている。
   俳優にでも成れそうだが、その出で立ちは蒼い詰め襟で古風、似合い、華がある。
「あらやだ、人聞きの悪い。
  私は、神のよって枷を嵌められた霊魂を解放するだけ、自由を与えているのよ。
 悪いことかしら?」
 指を唇に当てて小首を傾げる、その仕草。
  恋人に、浮気を軽く許してとねだるようでもある。
「悪!!」
「あっそう」
 リリスは交渉の余地のない会話に溜息と共に、肩をすくめる。
「まあいいわ、あなただって、受肉したんですもの。
  餓え、病苦、老い、死が背中に付きまとい。
  空を飛べなければ、時間も移動出来ない。
   そんな神の枷を嵌められた人間の苦しみがその内分かるわ」
「・・・・」
 サラカエルの返答は無言、神を侮辱する言葉に返答したくないのか、
  反論出来ないのか。
「それと、そんなところに立っていると危ないわよ」
 リリスはクスッと悪戯子猫のように笑った。

 深夜の郊外、家々の明かりはもう消え始め寝静まり出す頃。
  俺は車を走らせていた。
 別に深夜のドライブを楽しんでいるわけではない、仕事帰りなだけだ。
  もうくたくただ。
 毎日毎日毎日毎日、残業残業残業。
  いい加減倒れそうだ、いやむしろ倒れて楽になりたい。
 そんな鬱なことを考えていたのが悪かったのか。
 深夜なので油断して、スピード少し出していたのが悪かったのか。
  ヘッドライトに青年が映って、咄嗟にブレーキを踏んだときには、重い衝撃につんのめった。
 やややややややややっやっっやっっっっっっっっや  
  やってしまった。
 人生が終わった。
  いやそれより、早く助けないと。
  生きていてくれさえいれば、何とかなる。
 俺がシートベルトをしたまま、ドアノブに手を掛けると
  ドアが閉まる音が助手席からした。
「?」
 助手席を見ると、見知らぬ少女がいつのまにか乗り込んでいる。
  深夜のピアノの発表の帰りかっ、と疑いたくなる黒のドレス。
   胸元から覗ける美しい鎖骨に流れる金の滴。
 大変なことをしでかしてしまった時だというのに
  人命救助より、欲情の気持が込み上げてきてしまう。
 さらと髪を揺らして少女がこちらに向いた。
  若葉のように初々しく生命に溢れた緑の瞳で俺を見ると、唇を開いた。
「ちょうどいいわ、車を出して」
 少女の命令に、俺は今まで馬鹿にしていたM男の気持を十全に悟った。
  だが、それに溺れるほど俺はまだ弱くない。
「何を言っているんだ、人を轢いたんだたっ助けないと。
 それに君は何だ?」
 やるべきことと疑問を同時にぶつけた。
「アレは人じゃないから助ける必要はないわ。
 私はリリス、光の蛇」
「???」
「な~にその顔。示して答えてあげたんだから私の命令を聞きなさい。
  さあ、車を出して、取り敢えずあなたの家でいいわ連れて行って」
 それだけ言うとリリスは、窓の外に向いてしまった。
  言うことを聞かないからそっぽを向かれてしまった。
   そんな悲しい気持が込み上げた。
 それにリリスがいいと言うのだから、いいのだろうと
  やはり気が動転していたのか、理屈にならない理屈に納得して、
   逃げるようにアクセルを踏み込んだ。

 やってしまった。
  家に帰って畳にへたり込んで第一に思ったことだった。
 人を轢いただけなら事故だが、逃げてしまっては犯罪だ。
  なんでだ、まじめに働いていただけなのに犯罪者になってしまったんだ。
「何を黄昏れているの?」
 気楽に覗き込んでくるリリス。
  こいつ、こいつさえ唆さなければ。
「お前のせいだっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
 罪の意識から逃れるため、怒りにまかせ、欲情に逃げようとした。
  美しいが小柄な少女、余裕だ、その認識は甘かった。
 俺の手が少女の一掴みできそうな肩に届く前に、
  喉がぐちゃっとした。
  リリスが軽く拳で俺の喉を突いただけなのに、
   カウンターとなって酬いの威力となった。
「うごごごごっごごお、うげあがわ」
 痛みと呼吸困難にのたうち回る俺を、冷たく見下ろすリリス。
  終わった、唯一共犯者という仲間まで失った。
 気持が身体を抜け落ち地の底まで沈んでいく。
「くすっ、弱い人、私の美しさにひれ伏さないで、下劣な感情をもよおすなんて。
  でも私は、そんな感情に素直な人間も好き。
 あなたは一応、悪漢に襲われていた私を助けてくれたナイト。
  一度は許してあげるわ」
 その言葉に心は軽くなった。
「ほっほんとですか」
 人は感情に振り回される人間と子供と馬鹿にする。
  でもリリスは好きと言ってくれる。
「ほ・ん・と。
  だ・か・ら、御礼を上げる」
 御礼、そんなの別にいらない、許して貰っただけで十分。
「そう言わないで、あなたに神の条理を破る力をあげる」
「条理を破る力?」
 意味がよく分からない。
「う~、そうねこの世界は神が定めたルールで成り立っている。
  そのルールを破っても、反則にならない力かしら」
 ルールを飛び出す。
  それはサッカーでキーパーでもないのに手を使っても反則にならないとか。
「そう、そうよ。いい例えだわ」
 顔を輝かせ俺を褒めてくれる、
  それだけで生きていて良かったと感動してしまう。
「でもどんな力を上げるかは、私には選べない。
  そんな力を望むかは、あなたが選びなさい。
 さあ、思い描きなさい」
 どうする?どうする?
  そんな怖そうな力なんて、いらないけど。
   ここで望まなかったら、リリスは怒る、今度こそ捨てられる。
  旧約聖書、イブにリンゴを食べるように唆した蛇の話が思い浮かぶ。
   結末を知っている。
  でも、俺は望んでしまった。
「そう、それがあなたの思いなのね」
 リリスの手に黄金に輝くレイピアが握られる。
「あなたの常識殺します」
 俺の心臓は黄金のレイピアに打ち抜かれ、
  ガラスをバットで叩き割った爽快な痛みが全身に走った。
 
                                     つづく
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
 存在する人物団体とは、一切関係ありません。

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あなたの常識殺します 第二話 受験 その2

2007-08-30 19:51:52 | 創作小説 あなたの常識殺します
 夏が終わり学校が始まった。
  教室に入ると、久しぶりの顔、まあ親しい鈴木と田中が馬鹿話をしているが見えた。
「おはよう」
「おはよう」
 僕の挨拶に挨拶だけ返すと鈴木は、もう僕に興味がないとばかりに顔を背けた。
  何か冷たいな。
「何の話をしてるの?」
「夏にあった全国模試の結果についてだよ」
 遊びほうけていた僕は、そうかそんなのがあったな~と思った。
  リリスに出会わなければ僕も、そのテストを受けて、偏差値に一喜一憂してたはず。
  それを人ごとのように感じることが出来るなんて、
 もしかして、これが優越感?
  いままでずっと平々凡々、なので感じたことないが、この気持がそうなのか。
「調子はどうだったんだ?」
 ちょっと、上からの物言い。
「大学に行けるお前には関係ないよ」
 その鈴木の一言でふと思う。
  みんなを高見から見ていた視線でなく
  みんなを外れから見ている視線かも。

 授業が始まった。
  進学校の授業なので結構先生も気合いを入れてくる。
 ウトウトなどしたら、罵声が飛ぶ。
  でも夏休みをだらけて過ごした僕に久しぶりに授業はきつい。
  夏バテと重なって、座った途端頭の回転が鈍くなり重くなる。
   このまま机に伏してしまいたい。
   でも怒られる。
「木村っ!!」
 ほら来た、怒声の勢いで一気に眠気が飛ばされた。
「眠いなら保健室にでも行ってろ。受験に関係ない奴はいてもいなくてもいい」
 教師は言い切った。
  高校は大学に行くために勉強する機関でなく、高等教育をする為の機関。
  だが教師の一言は、そんな建前など無視している。
  大学を目指して勉強する集団に、しなくても大学に行ける奴は邪魔らしい。
   ならこっちも遠慮なくそうさせて貰おう。
   大学に行ける以上、高校なんて卒業資格さえ貰えればいい。
 そう強気に思った。思えた。
  勢いで立ち上がり、歩き、教室の入口まで来る。
  戸に手を掛ける。
  誰も何も言わない止めない。
  教師も席に戻れとも言うどころか、こっちを見てすらいない。
 弾き出されたおはじき、
  ふとそんなことを思い付いてしまい
   そのイメージを消せないまま、教室を出た。
  
 放課後、別に誰からに言われたわけでもないが、逃げるように学校から出た。
  学校には居場所がない。
  どこにいても余所者だと感じてしまう。
   受験という首輪から解き放たれ、自由になったのになぜこんなにも不安を感じてしまう?
 
  この世の中、権力も特別な才能もなく、受験勉強もしなくても
   大学に行ける者は僕1人、そう僕1人、僕だけなのだ。
  権力があるなら、ふんぞり返って開き直り。
  才能があるなら、胸を張って誇れる。
  受験してなら、普通みんなと同じ
   でも特別、条理から外れた特別性だけの者は、どうする?
   狼が犬の仲間に入れなくても、何とも思わないように
    僕も成れればいいのに
     僕は、狼になったのに心は犬のままだった。

 これという特別なイベントが発生するわけでもなく、緩やかに時が流れていき
  朽ち果てていく家屋のペンキのように、徐々に徐々に僕はみんなから剥離していくのを感じる。
   受験勉強から解放され、有意義な高校生活を送るはずが、特別な存在故の孤独感に苛まれる。
  何をしても、心が浮いている気がして落ち着かない。
   このままじゃ、おかしくなりそうだ。
 受験勉強が辛くてもいい、
  自由が無くてもいい
   誰か僕を仲間に入れてくれ。

 引き籠もりだし、ゴミ箱と化している部屋で僕は、参考書を発掘した。
 僕はあんなに辛かったのに、再び受験生という仲間に入れて貰うため、机に向かって参考書を開く。
  久しぶりに見る数学の問題は、暗号のようで文の意味を理解するのにすら困難だった。
   でも逃げるわけにはいかない、もう一度仲間に入れて貰うには、このくらいの苦労、苦しみじゃない。
「今更勉強してどうするの?」
「ひいいいっ」
 恐怖で全身の力が抜けて、椅子からずり落ちて背後を見ると、リリスがいた。
  あの日見た美しいまま、でもその顔は無表情に凍り付いている。
「どどどっどどどどうやって中に?」
 部屋のドアは当然鍵を締めていた、窓だって閉めていた。
 この世の存在なら入って来れないはず。
「そんなことは、どうでもいいでしょ。
  それより折角ユニークなる存在に成れたのに、放棄するというの?」
 目がすっと細まる。
  気に入らない人形を壊すか壊さないか、見る子供の目。
  粗相をした奴隷を処刑するかしないか、見る貴族の目。
 わさわさ
「ぼっ僕には、耐えられない。受験勉強をしないで大学いくなんて卑怯なマネに耐えられない」
 そう、そうなんだ僕は卑怯なマネに耐えられないんだ。
  決して、特別な存在として、みんなの輪から飛び出すことに耐えられないんじゃない。
「はあっ、小さい男」
 そんな僕の気持ちなど見透かす、靴に付いた塵を払うような目で僕を見る。
 わさわさ
「神の条理を破壊する力で、大学に行くことを願ったのも小さいけど。
  その程度のユニークにですら耐えられないなんて、なんて小さい男なの。
 本当に付いてるの?」
 ちらっと僕の男の部分を見て失笑。
  その顔、その顔、そのかおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。
「うるさいうるさい、黙れ」
 僕は机の引き出しからカッターナイフを取り出していた。
  刃を引き出しリリスに突き付ける。
「あらやだ逆ギレ」
 リリスは、口元に手を寄せたりして怖がっているフリをするが、
  目は怖がってない、むしろ小馬鹿に見ている。
 わさわさ
「僕を元に戻せ」
「本気?」
 一転、まるで恋人に捨てられまいと必死に訴える悲しみの目。
  情に流されるな、目の前の存在は人間じゃない。
 わさわさ
「本気なの?」
 鼓動が止まってしまうほど怖い視線、だがここで負けてはいけない。
  どんなドラマだって、困難を克服した先に未来があるんだ。
 バンッ、止まりそうな鼓動、自ら左胸を叩いて体を動かす。
「本気だ、戻せ」
 わさわさ
 啖呵を切った僕の足に何かじゃれつく猫のようなものが触れた。
「!!」
 いつの間にか部屋の床一面が、リリスの黄金の髪に埋め尽くされていた。
  黄金の渦、黄金の海。
 いつの間にか僕はそのまっただ中にいた。
「ひいいいいいっ」
 足が足が黄金に飲み込まれていく。
「あなたも、私を裏切り神の条理に従うというのね」
 目が目が嚇灼に染まっている。
  気付かなかった。
 リリスは無表情でも小馬鹿にしているのでもなく、
  超新星のような怒りを必死に押さえていたんだ。
「たかだか、受験なしで大学に行く。
  その程度のユニークにすら耐えられず、私を裏切り、神に従うのね」
 こッ腰から下、飲み込まれた身体の感覚がない。
  痛みもないけど、何にも感じない。
 むっ無、僕の身体が無になっていて。
  こっこわい、仲間外れにされる孤独感なんか比じゃない。
「行く行きます、大学に行きます。
  ユニークになります、だから助けて」
 恐怖に僕の口は許しを請うていた。
  情けないが、無になる恐怖には勝てない。
「あら」
 リリスは目をぱちくりさせた。
「ほんと?」
 幼女が母親に約束を確認するように聞く。
「なる、なります」
「もう、いじわるなんだから。
  あんまり女の子を焦らすもんじゃないわよ」
 リリスは、全てを許してしまえる笑顔で屈むと、僕の頬を突いた。
  コロッ 僕は転がった、視界が横になる。
 それでも許してしまえるほど、リリスの笑顔は心をとろけさす。
「でも、ちょっと遅かったかもね」
 それだけ言うと、リリスは消えた。
  そして首だけとなった僕だけが部屋に転がっている。
   首だけでも大学に行けるのだろうかと? そんなことを考えていた。

 空には星々を従え、月が煌々と輝いている。  
  銀光が降り注ぐ道を、黄金の髪を靡かせリリスは歩いている。
 その表情は憂い。
「はあ~つまらない男だったわ」
 リリスは、その息を吹きかけてもらえば光栄と思えるほど、気品に溢れる溜息を吐く。
「次はもっとビックな男に出会えないかしら」
 憂いの表情に期待の表情を少々混ぜて、月を見上げ歩いていく。
  銀の光が降り注ぐ道、リリスは、どこかに去っていく。

 
                                     終わり
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
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あなたの常識殺します 第一話 受験 その1

2007-08-27 21:41:02 | 創作小説 あなたの常識殺します
つまらない
  退屈だ
なんで僕だけがこんなに頑張らないといけないんだ。
 みんな海だ山だデートだと一度しかない青春を謳歌しているのに
なんで僕は塾になんて通っているんだ。
 なんで貴重な時間を大学に行くためだけに使わないといけないんだ。
いやだ
 いやだ
  いやだ
こんな窮屈な世界なんて嫌だっ!!!
 こんな僕だけが窮屈な不条理な世界なんかぶっ壊れろ。

 灰色に染まった塾の時間が終わり、帰路につく。
  黄金に世界が染まる逢魔が時、左右の壁に挟まれ僕の影はアスファルトに真っ直ぐ伸びる。
 堅い感触が返ってくる、いつもの通り道
  流れる風景にワクワクはなく
   レールのように僕を決まった場所に運んでいく。
「ちきしょうっ」
 目に付いた小石を蹴飛ばし、石が転がる先に、黒いハイヒールを見た。
 ふと視線を上げると、地面を切り裂くように伸びる影の先、黄金に輝く髪を靡かせた少女が立っている。
  シャープに整った顔
  腰まで届く癖毛のない金髪
  漆黒のドレスから覗ける肌はシルク。
   全てのパーツに隙が無く、
    人間の形をした別の存在かと思ってしまう。
 少女の黄金の瞳が、獲物を前にした蛇のように細められ
  僕は生まれて初めて射竦められる経験をした。
  目が合っているだけなのに動けない、蛇を前にした蛙のように動けない。
「神が作った世界は退屈かしら?」
 少女は眼光をふっと和らげ、僕の気も抜ける。
  その抜けた隙間に、少女の妖艶な微笑みが入り込んでくる。
  退屈だって?退屈だともこんな世界、おさらばしたいくらい、破壊したいくらい。
「そう、その衝動、神の世界を越えられるかしら。
   いいわ、あなたに世界を越えるチャンスを上げる」
  チャンス、何のチャンスだよ。
   そもそも、あなたは何なんだよ?
「あら、ご免なさい、挨拶がまだだったわね。
  私はリリス、反逆の使徒とも呼ばれ、光の蛇とも呼ばれる存在。
 さあ、強く心に描きなさい、あなたが破壊したい神の条理を」
 僕が壊したい世界の条理、そんなの決まっている。
 何で大学行くのに勉強しなくちゃいけないんだ。
  いいじゃないか、好きな大学に行かせてくれよ。
   俺だって青春を謳歌してみたいんだっ。
「そんなこと、これは見込み違いだったかしら」
  失笑、リリスは失笑とばかりに口元を綻ばせた。
「ぐっ」
  僕は拳を固め一歩前に出ていた。
   相手が少女だろうと関係ない、いや少女だからこそか、怒りは抑えきれない。
「ごめんなさい、失礼だったわね。
  レディーとしてはしたないマネをしました」
   リリスが小さい頭を下げて謝る。
  金砂のように方から流れる髪を見て美しいと感じてしまい、怒りは蒸発した。
「あら許してくれるのね」
 いや、その怒りがなくなれば、少女に笑われた気恥ずかしさだけが残る。
「それに私のこと綺麗だと思ってくれたのね。
  ありがとう」
 未だかつて異性にお世辞など言ったことない僕。
  それが、こんなに美しい少女に、褒めた御礼を言われて思考が舞い上がる。
 うきうきする。
  所詮僕の不満なんて女の子にちょっと笑顔で話しかけられたくらいで氷解してしまうくらいのもの。
   なのにリリスは容赦なかった。
「いいわ、なら私も約束通りチャンスを上げる」
 拒否する間もなく、目の前にリリスが立っている、その手に神ですら貫きそうなレイピアを持って。
「あなたの常識殺します」
 胸に火傷を負ったかのように熱い衝撃が走った。
「ごふっ」
 レイピアを伝わる僕の血で、リリスの手が真っ赤に染まる。
「うふっ、お休みなさい」
 手に付いた血を舐め取るリリス、
  その怪しく美しい光景が瞼に焼き付くと僕は意識を失った。

次の日の朝。
 目覚めると、高く積み上げたダルマ落としをスコーンと落とされた気分がした。
 この気持は何だろう?
 気になるが、ゆっくり考えている暇はない、早く食事して夏期講習に行かないと。
  台所に行くと、僕の朝食は用意されてなかった。
「なんだよ、母さん。僕の朝食ないじゃないか」
「あら悟郎起きたの。てっきり遅くまで寝ていると思ったから」
「はあ?」
 お前が無理矢理夏期講習に入れたんだろうが、さぼると怒るクセになんだその態度。
「もしかして、夏期講習に行くのかい」
 母が何でそんなことをするのかと、まるで登山家になぜ山に登るのかと尋ねるように聞いてきた。
「あったりまえだろ」
 むかついてしょうがないが、怒っている暇はない。
  兎に角簡単でもいいから何か食べないと。
 パンを焼き、急いで腹に詰め込むと、僕は急ぎ塾に向かった。

 なんとか夏期講習一時限開始時間ギリギリに滑り込めた。
「ふうっ」
 席に座り、一息吐く頃には講師が来た。
  またいつもの日常が始まる、そう思うと重く感じる身体で椅子の脚が曲がってしまいそうだ。
「おっなんだ木村来てたのか」
 講師は僕を見るなり呆れるよう言う。
  なんて奴だ金を払ってきている生徒に向かって言う言葉じゃない。
「ここは、大学を目指して勉強する者達が集まる場所だ。
  どこの大学にでも行けるお前がいると、みんなの目障りだ、出ていってくれないか」
 講師は不条理なことを、さも常識のように言う。
  僕も朝から感じていた疑問に答えを貰ったすっきりした気分になっている。
 そうだ、僕は何もしなくても、行きたい大学に行けるんだ。
  そんな不条理が、僕の中では常識となっている。
「もう、お前は勉強しなくても、東大だろうが早稲田だろうが行けるんだから、ここにいなくていいだろう。
  夏期講習代は返還するから帰ってくれ」
 教師の言うことはもっともだ。
  僕は一言も反論することなく塾から追い出された。
  どうしよう?
 手元には帰ってきた夏期講習代で金はある。
 日はまだ高い。
  金と時間を手に入れた。
  なら願い通り青春を謳歌するまで、僕はワクワクして街に繰り出していた。

 
                                     つづく
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
 存在する人物団体とは、一切関係ありません。

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