本人の生まれ・才能に関係なく努力すれば確実に報われる世界。
才能がないことで悩むことはないんだ。
努力すれば確実に成果が得られる。
神の理不尽な条理の所為で挫折することはない。
努力する限り実力は上がり続ける。
怠惰な奴が落ちていき、努力する者は必ず上に行く。
これこそがユートピアだと思う。
僕が神に代わり、この地上にユートピアを作ったと思っていた。
「ふふふう」
一枚の写真を見て笑みが零れてしまう。それは雷撃大賞受賞パー
ティーでの記念写真だった。
一人アパートで写真を見つつ、晩酌をするのが僕の密かな楽しみ
だった。
「随分とご機嫌ね」
「リリスさん」
唐突なる登場、でもこの程度では驚かない。
「雷撃大賞受賞したそうね」
「はい、これもみんなリリスさんが神が作った糞くだらない世界を
変えて下さったおかげです」
「それは違うわ。神の条理を破ったのはあなたよ。私は切っ掛けを
与えただけ」
「それでもリリスさんが僕にチャンスをくれた事には代わりありま
せん。実は賞金は取っておいてあるのです。御礼に食事でもごちそ
うさせて下さい」
その後でホテルにとかいういやらしい気持は全くない。純粋に何
かをリリスさんに捧げたいと思っている。
「それはいいわ」
リリスさんは悪びれることなくあっさりと申し出を断る。
「でも僕の気持が」
「そんな食事より、あなたが神の条理に逆らい続けること。
それが私にとっての最高の御礼よ」
リリスさんが僕を見て微笑んでくれた。
「はい。もう神なんか糞です。僕はひたすら身も心もリリスさんに
捧げます」
「ありがとう」
新人賞に見事受賞し、これからは作家としての薔薇色の未来が待っ
ているはずだった。
『ハラ、打ったーーーー、大きい大きいぞ、
ホームラン。
ハラ、キトウから見事打ちました』
昼食に入ったラーメン屋でテレビ中継が流れているが、僕はテレ
ビを見る気分になれなかった。
僕は雷撃大賞を受賞したはずだった。
なのに賞金が振り込まれた後、全く出版社から連絡がない。
どういう事なんだ?
これから僕の本をじゃんじゃん出版するはずじゃなかったのか?
「よしっ」
これ以上は我慢出来ない。僕は出版社に直接尋ねることにした。
「楡目魅さんですね。受賞パーティー以来ですか」
「はい」
僕は受賞パーティーで知り合った編集者の一人に電話をして、何
とか会って貰えることになった。
「それで本日の用件は出版についてですね」
「はい。僕は本はいつ出版されるんですか?」
僕は何かの手違いで連絡が遅れているだけだという返事を期待し
ていた。
「残念ながらその予定はありません」
「なっなんでですかっ」
新人賞を取った作品は当然本になって、その本の売れ行き次第で
は次の本へと繋がっていく、そうやって作家になれると思っていた
僕は衝撃を受けた。
「商売にならないからですよ。
ハッキリ言いますと、当社の抱えるベテラン作家とあなたの作品
を比べますと雲泥の差があり過ぎまして、読者もそれがよく分かっ
てまして出版しても全く売れないことが確実だからです」
「そっそんな馬鹿な。
そんななの出版してみなければ分からないじゃないですか。僕の
書いた作品の方がベテランに比べて何か光るところがあるかも知れ
ないじゃないですかっ」
「それは100%ありません」
編集者はきっぱりと断言した。
「考えても見て下さい。既にデビューしている作家さんは、あなた
とは比べものにならないくらい長い時間努力を積んでいるのですよ。
そのくらいの差は当たり前でしょう」
そうだった、先程の僕の意見は、自ら作り出した世界に反するこ
とだった。
「なら、これから僕はその差を埋めるぐらいの努力をしないとデビュ
ー出来ないということですか」
「それも無理でしょう」
またしても、きっぱりと断言された。
どういうこと努力は報われるんじゃ?
「言っておきますが、皆さんプロで決して努力を怠りません」
「つまり」
「ええ、この先永遠に差は縮まらないということです」
努力が報われる世界。つまり努力だけが能力の全て、つまり才能
溢れる新人の作品がベテラン作家の作品を凌駕することはないとい
うこと。
「じゃあ、なんで新人賞なんて」
「数十年後の為ですよ」
「数十年後?」
「ええ、ベテラン作家さんでも永遠に生きられる訳ではないですか
らね。そして、あなたもそのくらいの期間努力すれば、そこそこ売
れる程度の作品レベルにはなっているでしょう」
僕は打ちのめされて出版社を出た。
この世界になってから初めて僕は疑問を持ってテレビを点け野球
を見てみた。
レギュラー全員の平均年齢は60を超えていた。それでも惚れ惚
れする切れ味の変化球を投げ、職人技で打ち返している。
歌番組を見てみた。
50近いアイドルが歌っているのを見て何の悪夢かと思ったが。
磨き抜かれたダンスに聞き惚れる歌、そして計算尽くされた媚態。
最後の方には、僕も声援を上げている始末。若いだけのアイドル
が勝てるわけがない。
努力が必ず報われる世界は、完全年功序列の世界だった。
幾ら人の倍努力するといっても、一日24時間しかないのだ限界
がある。つまり長年やっているベテランには、絶対に勝てない。
若者は年長者が死ぬか引退するまで絶対にチャンスが来ないので
ある。
外に出てもう一度街をよく見た。
そして気付いた。
どの若者も目に生気がなかった。希望に輝かせている奴は皆無に
近かった。
そりゃそうだよな。年著者が死ぬまで絶対にチャンスが来ないと
分かっていて、何十年も努力を続けられ奴なんて、そうそういるわ
けがない。
「これが僕が望んだユートピアなのか?」
年長者に食い物にされるだけの若者は希望を失い、年々自殺が増
えているらしい。ニュースでは対策が必要だとか、80歳のニュー
スキャスターがコメントしていた。
「僕はなんて世界を作ってしまったんだ」
努力が報われない世界。
それは若者にもチャンスがある世界だったんだ。僕はそのチャン
スを摘み取ってしまったのか?
「出てこいリリスっ。どうせ僕のことを見ているんだろう」
事実に恐怖に頭の中が真っ赤になった僕は怒りで叫んでいた。
「あなたの願いを叶えてあげたのに、随分ね」
リリスは僕の怒りなどそよ風と優雅に振る舞い表れる。
「黙れっ」
「何を怒っているの?」
「この世界を元に戻せ」
「冷静に考えなさい。それでいいの?」
「こんな世界に何のいいことがある」
「そうかしら、この先何十年怠けず努力を続けていれば、あなたは
確実に売れっ子作家になれるのよ」
「確かにそうかも知れないが、その何十年間は上が死ぬことをただ
ひたすら願って努力をしていろと。
ただ人の死を願う、そんなのまともじゃない。
こんな世界、まともじゃなかったんだ」
「それは神の条理に従うということ?」
リリスの目がスッと獲物を狙う蛇のように細まる。
「そっそうだ」
蛙のように脂汗を流しながら僕は抵抗した。
「そう、あなたも裏切るのね」
リリスの圧力が弱まり、瞳に悲しみが浮かんだ。
だがここで同情はしない、してはいけないんだ。
「黙れ黙れ。こんな腐った世界さっさと元に戻せ」
「本当に元に戻していいのね」
「そうだ」
僕はリリスの皮肉めいた口調に気付くことなく答えていた。
「分かったわ」
リリスが目を閉じ、その瞬間僕は迫り来る地面を見た。
今までのことは、真実だったのか、走馬燈の如き長い夢だったのか?
その答えを検討する間もなく、僕の意識は無に帰った。
終わり
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
存在する人物団体とは、一切関係ありません。
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