ニノアキ日記@goo

パソコン・PDA情報、子供を見て気付いたこと、仕事のこと・・・・・何でも日記です。

ドラえもんの貯金箱

2005年11月07日 23時44分34秒 | 子供
2005.11.5(土)

1~2ヶ月前に奥さんがルンとユニクロに行き、そこでドラえもんの貯金箱が付属でついたシャツを買ってきた。最近それを使っていろいろ遊んでいる。ルンはお金でいろいろ買えることを理解している。たまに、ルンは自分のお金がほしいとねだる。私は本物の小銭を渡そうとしたら、奥さんが厚紙を丸く切って、数字を記入したコインもどきをルンに渡した。ルンは以外にもそんなものでも満足していた。
 私は少し想像してみた。これを使ってルンに買い物の練習をすることが出来るのではないかと。
このミニカーは500円です。ルンが持っている100円のコインは何枚いる?といった感じで。。まだ、完全にはできていないが、きっとお金を使ってものを買う擬似体験が出来ているのではないかと思ったりする。

本田美奈子さんの思い出。。瀬川さんプロ棋士に。。

2005年11月07日 23時31分27秒 | 日記
2005.11.6(日)

 午後、プリンターについてパソコンでいろいろ調べていた。少し疲れたので、Yahoo!ニュースを見たところ、体が凍った。歌手の本田美奈子さんが急死したというのだ。以前からテレビの報道で急性骨髄性白血病を患っていたのは知っていたが・・・・・。本田美奈子さんには特別な思い出がある。

 私が、高校生だったころ(1985年、春頃)、何かのきっかけで、本田美奈子というこれから歌手になるひとがいることを知った。そのひとが近くのすみやのホールで握手会とちょっとしたコンサートをやるというのだ。

 有名な芸能人ならいく気もするが、まったくの無名のひとなのに今考えても不思議なのだが、その時ばかりはどうしたことかむしょうにいきたくなった。

 すみやのホールにいった時、レコードを買わないと見れないようだったので、少ないお小遣いをはたいてレコードを買い(初回限定のポスターももらった)、会場に足を踏み入れた。会場はそんなに大きくないと記憶しているが、そこにはなぜか熱狂的なファンがすでに存在していて、驚いた。彼らからファンクラブに入らないかとまで誘われたが、さすがにそれは断った。コンサートが始まると、「殺意のバカンス」が大音響とともに流れ、とにかく歌が上手でパンチがあって、圧倒された。コンサートの後に、握手会が行われどきどきしながら、本人と握手してもらった。握手するときは、細身の体全体で「ありがとう」という表現をしていた感じであった。それを見ながら「握手一つとっても全力でやるひとなんだな~」という印象をもった。

 それからしばらくすると彼女はたちまち、歌唱力のあるアイドルとなっていた。あまり関係ないが、「おれのひと(アイドル)をみる目はまんざらでもないな~」とその時は思ったりした。

 後から知ったが、彼女と私は同級生らしい。この年になると同世代(同い年)にはがんばってほしいと感じる。
サッカーの中山(一応知り合いだったりして・・・・・)、野球の桑田・清原とか・・・・・
本田美奈子さんもそのうちの一人だった。

 実家では、彼女のレコードを購入した時にもらったポスターを家を新築するまでずっと、壁に貼っていた。彼女がミュージカルをやるようになったころも、心のどこかでずっと、こっそり彼女を気にかけていたような気がする。

 同い年のひとが亡くなるのはやはりさびいしい気持ちだ。どうか、やすらかにお眠り下さい。


2005.11.6(日)
アマ強豪で会社員の瀬川晶司さん(35)がついに、普通の会社員からプロの将棋しになった。将棋プロの編入試験が行われるのは、1944年以来らしい。六番勝負で三勝が合格の条件で、7月18日編入試験第1局以降ずと勝敗が気になっていたが、ようやくプロに。おめでとうございます。

遮断機!!

2005年11月07日 01時35分44秒 | 子供
2005.12.5(土)夜
 夜、フロに入る時間に急にルンが「遮断機を作って!!」と言いだした。私には、すぐ作ってあげるイマジネーションと材料がないと考え、奥さんにお願いした。奥さんは、紙とセロテープを作って、模型とか子供が喜びそうなものを作るのが得意である。ミコを寝かしつけた後、40分ほどかけて、その辺にある材料で作ってしまった。なかなかリアルな作品だ、と思ったところ、絵本(せんろはつづく 金の星社)の中にでてくるのでそれを見て作ったとのことであった。というか、ルンはこの本に影響されて、遮断機を作ってもらいたかったのだと分かった。
 ルンはいつもパジェロの乗り物を部屋の中で乗り回している。そこで、さっそく遮断機を使って電車ごっこをした。私が「キンコン、カンコン」と言って、遮断機のポールを下ろし、通行中の車にみたてたパジェロに一時停止してもらい、ポールを上げて、通ってもらうという遊びだ。「キンコン、カンコン」と言うのが、面倒になったので、ICレコーダ機能付のMP3プレーヤーに声を吹き込み、100円ショップで購入したスピーカーにつなげ、「キンコン、カンコン」を再生して場を盛り上げた。結構、大人でも楽しめた。

トーマスとどんぐりメッカ

2005年11月07日 01時15分39秒 | 子供
2005.11.3(文化の日)
 9:45 トーマスランド(富士急ハイランド)に向けて、車を出発させた。かねてからルンが行きたがっていた場所であるが、富士急ハイランドまでは結構時間がかかると予想される。御殿場まで高速で、そこから138号線へ、さらに東富士五湖道路経由で富士吉田まで行った。着いたのは12:00過ぎであった。
 ルンはこんな大きな遊園地は初めてであり、少し怖がって?いた。特に、「FUJIYAMA」の乗り物が轟音とともに通り過ぎるたびに、「アレ、何?」と尋ねていた。
 富士急ハイランド内にトーマスランドはある。しばらく、方向音痴な大人の先導(私と奥さん)により少し迷ったが、10分位で着いた。まず、目を引いたのが、「トーマス・モニュメント」である。そこには、トーマスと車掌さんの置物があり、子供たちが記念写真を撮っていた。親ばかである私もルンと奥さんを並ばせて、ビデオとデジカメ写真をとりまくった。乗車できた乗り物は、下記である。
◇ロックンロール ダンカン(ジェットコースターのミニ版)
◇みんなでツイスト(汽車の乗り物)
◇ボクたちうんてんしゅ(100円で動く乗り物、乗り終わるとカードが出てくる) ◇ハッピー・ハロルド(ヘリコプター ボタンで上下する)
本当は、「うきうきクルーズ」「トーマスとパーシーのわくわくランド」その他乗せてあげたかったが、3:30過ぎに雨がパラパラ降ってきたことから、奥さんから帰宅命令がでた。特に「うきうきクルーズ」は30分ほど並んでいたこともあり、ルンは少し雨が止んだのを見て、「ネエ、雨止んだよ!乗ろうヨ」とまだ乗りたがっていた。
 ルンは、長時間並ぶことは無理と思われた。奥さんはミコをベビーカーに乗せて脇で待っていた。ルンは待ちくたびれると奥さんと私の間(5m位?)を行ったりきたりしていた。その時、小学校6年生位のお兄ちゃんとぶつかって、転んで後頭部を打ちつけた(私は気付かなかったが・・・・・)。幸い、大事には至らなかった。
 トーマスランドを出る際、ルンが「ガチャガチャ」を発見してやりたがったので、やらせてあげた。今回、おもちゃを買わなかったので。
 トーマスはルンにとって、絵本の中でしか見てこなかったものである。それが実物としてみることが出来たということでかなり喜んでいた。ただ、「トーマスはしゃべらなかったネ?」という指摘には、そのするどいツッコミ故に驚かされた。
 いずれにしろ、ミコがもう少し大きくなったら、また来よね。

2005.12.5(土)
 本日は天気が良い。近くの総合公園に行った。この公園は新設されて間もなく、多目的公園と競技上が併設されている。その日は、母校のサッカーの試合が行われていたようだ。(因みにこの学校は古豪と言われております。)
 多目的公園は芝があり、ミコがヨタヨタ歩いても、けがの心配もなく親がストレスを感じることなく遊ばせることができる素晴らしい所である。奥さんとバレーもどきをやった。本日は11月というのに、少し動いただけで汗をかいた。
 帰りに、道の分岐で寺への案内があったので行ってみることにした。ここは、私が子供の時に来た記憶はあるが、大人になってからはほとんど行ったことがない寺である。駐車場に車を止めて、境内に通ずる階段を上がる手前で多数の「どんぐり」を発見した。どんぐりは子供にとっては、どうやら宝物らしい。ここのどんぐりは太っており、しかも1個や2個ではなく何十個と落ちていた。そこで、奥さんいわく、「ここは、どんぐりメッカだ!!」なるほど、と妙に同感した。ルンは、あるきっかけで大仏に非常に興味を持った時期があった。しかし、最初に目にした「金剛力士像」を見た瞬間、「帰ろう」と言い出した。少し、臆病である。少し寺の中を見て、帰ることとした。