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平成うきよの覚え書き

日々の出来事などを老化防止の為 書いてゆきます。

2012年の意味

2011年08月22日 | Weblog

 [Legacy Of Ashes]さんの2008.12.07の記事から転載
・・・これより前は省略・・・
2012年の意味
  「2012年とは何か」と質問されたら、私は「科学的に実証可能な宇宙の大転換が起きる時期」と答える。地球はもちろんのこと、私たちの太陽系そのものが、広大な宇宙を旅し、移動しながらさしかかる特定の位置が、西暦2012年12月21日である。
  地球が太陽を回っているように、太陽系も銀河系も回転しているので、太陽系は以前に何度もこの点を通過している。だから古代文明ではこれは知られており、これを記録しただけではなく、彼らは天で起こるイベントを前もって予知する能力を持っていた。
  したがって予言と思われているものは、実は確かな経験から生まれたものであり、「御告げ」のようなものではない。

  2012年12月21日というタイミングで、私たちのいる太陽系は銀河系の一定の位置を通過する。そして、銀河の中心と太陽と地球はその日に一列に並ぶ。これは『マヤコスモジェネシス』に書かれているが、同書の著者のジョン・メージャー・ジェンキンズの長年にわたる古代マヤの研究では、その日に銀河の中心にある強力な磁気エネルギーは、直接太陽や地球に降り注ぐという。そしてこれこそ、地球上のあらゆる伝説や神話が予言として私たちに残したメッセージの内容なのである。(管理人注:むしろ極の移転の可能性もある)
  古代マヤ文明はこの時期を「最後の太陽」と呼んでいるが、おそらく「太陽系がそこを通過するのは最後になる」という意味を示唆したのだろう。そして、この日にマヤ暦は終わっている。
  これが実際に起きるとなればそのインパクトは大きいはずであり、こんなことをいうと受け入れてもらえないのは私も十分承知している。だが、ここであやしい学者たちを紹介し、でっち上げの仮説で説得しようなどという気は毛頭ない。
  これは人類学的にみても天文考古学的にみても重要なテーマであり、私たちの未来の進化を考えるうえで見逃せないハイポイントだろう。だから15年も前から、ただこの「2012年」にフォーカスしながら、さまざまな関係テーマを研究してきた。そして私は、あるときエレクトリック・ユニバースというコンセプトに導かれたのである。
  さてここで、ある大きな繭が舟に乗って世界を一周する旅をイメージしてほしい。
  繭を乗せた舟は北に流されるほど冷えきり、赤道に向かうと温められる。それからその繭は南極あたりで嵐に会い、カリブ海にくるとハリケーンに襲われてしまった。
  この繭と同じように今、地球に暮らす生き物すべてが、こんな災害まみれの状態に置かれている。そしてその繭を割ってはいだしてくるのはまさに私たち人間であり、この惑星地球のすべての生き物が実際にそういう状況に置かれているのである。
  しかし、実際の繭からは美しい蝶が生まれでてくる。同じように、私たち人類も今までとはまったく違う生物として生まれ変わる。そのブループリント(青写真)は、今にも割れそうな繭の中に含まれているのだ。
  繭を運ぶ舟は何度も世界を巡り、厳しい気象にも何回も遭遇してきた。定期的にこれを繰り返してきた。何とか災害を逃れ、生きのびて、これから繭が孵るのに絶好なタイミングを迎えようとしている。
  私たちの地球もこのような旅をして太陽の周囲を回り、太陽は銀河を回り、銀河は宇宙を回り巡っている。
  こういった回転のほとんどを、数学的に正確に計算することは可能である。しかしこの運動に関しては、まだまだ私たちの科学では理解できない謎に包まれたものがある。その謎の中で一番重視したいことは何かというと、こういった動きの背後には、何らかの知的意識が働きかけている可能性が考えられるという点である、ある「知性」によって、人類の進化やさまざまな計らいやデザインが創られているという考え方である。
  残念にもこれは、現代科学においてまだほとんど探究されていないに等しい分野だが、少なくとも私は、まったく疑いの余地なくこれを信じているひとりである。そしてその「知性」は、宇宙のすべてを互いに連結させることができる、私たちの想像を絶するようなパワーで満ちていると思う。
  そのパワーの働きは今まで知られておらず、目で見えるものでもない。そしてそのようにすべてをつないでおけるのは、私たちの科学が信じているような重力でもなければ、核融合のような原子力よりもはるかに強力であるはずだ。すべてのパワーの源は、私は電気的なパワーだと思っている。
  いうまでもなく、物質の中心には電子がある。そしてすでにご承知のように電流は宇宙中に流れているが、場所によってその強さは違ってくる。それを想像していただければ、宇宙には電気がとても強い場所や時期があることがわかる。
  古代人は、一番強い電気に満ちた場所を通過するタイミングを実に詳しく知っていた。どうやって彼らはそれを知ったのか。それについてこれから検討してみよう。

 歳差運動

     私たち人間にとって「春分点歳差」と呼ばれる現象は理解しがたく、それが持つ重要な意味は今の科学でさえほとんどわかっていない。しかし、なぜかこの宇宙の壮大なサイクルを古代の人々は理解していた。
  古代ケルト民族や古代エジプト、マヤ、インカ、アステカ、インド、シュメールなど、世界に散らばる古代文明において、春分点歳差は例外なく認識されていて、天における何にもまして重要な動きであると見なされていた。彼らは非常に長い時間を費やしてきわめて正確な暦を作り、およそ2万6000年という歳差運動のサイクルにおけるどの時点であっても、宇宙における地球の位置や時期を知ることができた。これは驚くべきことである。
  ギリシア時代になってプラトンはこの春分点歳差を「ロングイヤー」と呼んだ。実際に西洋ゾジアク(黄道帯)は、12宮の全部の星座にある星々が空の一点から移動して一周して戻る期間を1年としている。
  ここで私が、「ノストラダムスの予言」のような話をしていると判断しないでいただきたい。歳差運動は宇宙で実際に超きている動きである。それは地球軸から生じていると、今のほとんどの科学者たちは信じている。
  また、その結果として地球から見る星々が72年周期で、天で見えている固定した位置から1度ずつ移動する。ちょうど時計のように、72年ごとに1分ずつ針が示す位置がずれてくるようなものと考えていただければよい。。
  それぐらいのずれであれば日々の生活にはほとんど影響しないから、無頓着なのが今の私たちである。が、なぜ、古代の人々はそんな些細な天の動きを気にしたのか? また、どのようにして、この歳差運動を明確に知ることができたのだろうか?
  この時代に生きる私たちは、それをよく知る必要があると思う。なぜなら、人類起源の文明といえるほど古くからあるインドのヴェーダ哲学によると、私たちが暮らしている時代は「カリ・ユガ」(世界が崩れいく時代)の最後と呼ばれ、世界の秩序が完全に失われる時代となり、新しい時代が始まるとされるからだ。
  このように古代の人々は、今という、彼らからすると未来を、形は違えども「共通する未来」として予言していることは、注目すべきである。私はそう強く感じている。
  この世が年齢を重ねていくということと歳差運動との関係については、マサチューセッツ工科大学のジョルジョ・デ・サンティヤーナ教授によって徹底的な研究がなされた。彼は歴史と科学を教えており、共同研究者であるフランクフルト大学のハーサ・ヴォンデッシェンドは神話研究の専門家である。
  このふたりが『Hamlet's Mill』(ハムレットの水車小屋)を共著し、宇宙サイクルに対する世界の古代信仰に「偶然の一致」などありえないことを明かしている。

ハムレットの水車小屋・原文

  歳差運動と呼ばれる宇宙の壮大なサイクルは、1時間、1日、1年と同じように、今まで何度も繰り返し宇宙で起きてきたことである。ただ何万年という大きいサイクルであるというだけの違いである。
  この歳差運動に関して、古代の人々がそれを知るほど進歩していたはずはないという意見もある。古代人の知識をなめているのだ。このように考える科学者はもちろん、私たち現代人はなんと傲慢なのだろう。
  さて、この歳差運動を再び認識するようになったのは比較的最近のことだが、そこに大昔の祖先たちのような重要性はまったく見出せずにいる。現代の私たちは、地球から見える星が異なる位置に移動していても、その意味についてはあまり深く考えない。
  私たちが地球から夜空を仰ぐ天の川銀河が72年に1度ずつ動き、時計のように360度を回転するのに要する時間は、2万5920年である。約2万6000年という想像を絶する長さなので、日々の食事やセックスなど、生きていくことにはまったく影響ないだろうと考えてしまいがちだ。
  それにしても気が遠くなるほど長い年月のサイクルに対して、なぜ、古代の人々はそれほどにも注目したのだろうか?
  今、私はきわめて明らかにその理由がわかるようになった。それは周期的に訪れるカタストロフを予測するためであった。そして歳差運動に深く関係している「西暦2012年」というテーマを14年前から重要視するようになり、『マージング・ポイント』(日本教文社、1993年)という本を執筆して以来、私はずっとこのテーマに関する講演をしたりしてきた。私の執筆したすべての書籍もこのテーマからはずれるものは何ひとつとしてない。
  私たち全員が、さらにはこの地球に住むすべての命が直面することになる2012年の現実とはどんなものかというと、もちろん、今のこの現状と深く関係している。これが理由で、このテーマに関してさらにもう一冊書くべきであると決めた。それが本書である。
  私の情報もあれからずい分と増え、また「2012年」というテーマに関する理解度もより具体的になっている。いまや、日本のテレビでさえ「2012年」に関して報じるようになってもいる。
  インドで一番読まれている新聞は最近、このテーマを何度も取り上げていて、インターネット上にも関連ニュースが日増しに増えてきつつある。これに関するさまざまな論議で国際的に活気づいてきている。
  今世紀が始まって以来のたった数年間に、世界のあちこちで多すぎるといえるほどの災害が起き、そしてそれらすべてに共通するテーマは破壊や消滅など「終わり」に関係している。今まで疑いの目で見ていた人たち、つまりインテリと見なされる懐疑主義者たちでさえ、そろそろ2012年が示すことを認めなくてはならないようになるだろう。
  しかし、私はこの世の終わりを説くような宗教がかった迷信っぽい浅い終末論を示しているのではなく、惑星や宇宙を科学的に検証した現実をお伝えしているのである。そして世界中を旅するあの繭の話のように、適切なタイミングで素情らしい変容が訪れるということを忘れないでいただきたい。
  その変化に備えて私たちは今、準備中である。と同時に今の地球の環境は、ちょうど繭が壊れるのと同じような状態を、確実に私たちの目に見せてくれることになるのではないだろうか。特に種(スピーシー)の絶滅現象(アセンション)に象徴されるように、地球の自然環境が急速に衰えてきていることがそのひとつとしてある。種が急速にアセンションしはじめたような状態が起こっているのだ。
  ここで、なぜアセンションという言葉を使うかというと、それらが持つ物理的な姿は永久に地球から去るが、それは完全に消滅してしまったのではなく、もっと深いレベルの次元で存在しつづけていると思うからだ。

 種の絶滅現象(アセンション)

  何百という種が地球を去って消滅し、二度と地球には戻ってこないという現象は、最近、加速化している。地球から姿を消した動物のリストを私は『フォトン・ベルトの真相』(三五館)でお伝えしているが、あれから3年後の今どうなっているか、再度、確認してみた。
 (以下、このテーマで「現在の種絶滅速度」と題する囲み記事にしてありますが、ここでは省略します――なわ・ふみひと)
  以上のように急速に悪化しながら、それこそ毎日のように種が死滅していく惑星に、私たちは暮らしている。これは十分に報じられているにもかかわらず、その深刻さを私たちはあまり感じずに日々の生活を続けている。私たち人類もこの絶滅種に含まれているとは考えたくはないので、この問題をつい避けてしまうのだろう。
  「次は私たちかもしれない」と考えるのは確かに恐ろしいことではあるが、実際のところ「次は人類滅亡の危機が襲ってくるのではないか」と私は見ている。「2012年の冬至までに地球での人類の時間は終わるだろう」と、どういうわけか古代人は知っていたようだ。今となってはこれを迷信とはいい切れない。
  私たちのDNAが先ほど挙げた種全部とほとんど変わらないとわかっていても、また、スペースシャトルから見ると惑星上の薄いブルーラインのように見える大気と呼ばれるきわめてデリケートなゾーンの中で全生命が生きているという事実があっても、確かに今深刻な事態が訪れていることに私たちは気づいていない。
  そして、世界のりーダーたちがイランや北朝鮮に核拡散阻止を訴えたり、また、鳥インフルエンザがかなり深刻な問題になる恐れがあっても、依然として私たちはあまり気にとめていない。何よりも太陽活動が、以前とは比べようもなく活発になってきても知らん顔である。そんな今、間違いなく人類は、後戻りできないほどの大問題に直面している。私はあえてそういいたいのである。
  しかし、現状が、もっと素晴らしく平等な世界に向かうステップであると納得している人なら、一番必要とするのは精神科医の助けであろう。予言はすべて間違っているとか、私のような者が大げさなことをいっていると、頭から否認しつづける人々に対して、私は正直いって疲れてしまった。
  真実を語ってくれる科学者たちがいるにしても、だれもあまり注意をはらわない。保守的なNHKでさえ、気候変動の危機を明らかに伝えている。それでもまだ私たちは真剣に受け止められない。


  人類が存在しないかもしれない未来もありえることを、現実的に考えられない救いようのない種が人間なのだろうか。「しようがない」というひと言で問題を片づける人たちは、「世界の終わり」について語るのは時間のムダだと思っているのだろうか。
  確かに終焉を迎えても何も起こらないという意味であれば、終焉について語っても何の意味もないだろう。だが、実際にはそうではないと思う。現状を冷静に分析し、ほんの少し先の未来のことを考えるならば、そのことにだれもがいずれは気づいていくだろう。そのために本書をここまで書き進めてきたのだ。 
転載以上
 2012年に関しては様々なことが論じられている。地球の公転周期が約365日であり、それに従って春分、冬至などの季節が廻るように、太陽系の銀河系内における周期が約26000年であることは以前何かで読んだ記憶がある。その長周期における出来事の過去の記憶が2012年問題の本質のようである。なにか想像を絶する出来事が起こっても不思議ではない。このところの世界に起こる出来事は常識を超えることばかりが伝えられている。26000年に一回起こることであるから、それは、われわれの理解を超えることだ。この記事に限らずLegacyさんの記事は難解であり読み解くには多くの予備知識と努力を要するが、私の好奇心をひきつけてやまない。世界と宇宙の神秘・根源に触れることが記されているのかもしれない。

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