村上真平
1.はじめに
愛農学園の卒業生です。恩師の高橋三郎先生から、無教会を通じて真理を学びました。それまで、父親・母親から強制されていたことに対し、高橋先生の生き方を通して、その中にこそ真理があるということを感じさせていただきました。出身は福島です。愛農高校を卒業したあと、家で農業をしていたのですが、22歳の頃からインドで20年ほど海外協力の現場に携わり、2002年に帰国。日本の農村で、この丸い地球の中で持続可能な生き方を学ぶ場をつくろうとしたのが、福島県の飯舘村でした。その飯舘村で10年ほど、さまざまな人々がかかわり、いよいよその学びの場が本格化しようとしていた矢先、あの2011年3月11日がやってきたわけです。
2.3.11 東日本大震災
それまで、反原発運動にかかわっていたこともあり、僕は、その日の真夜中に福島を出ました。全電源喪失。――津波によって全電源が喪失したというときに、「これは絶対にメルトダウンしている」と確信しました。当時、僕のいた場所は45km離れていましたが、もしもメルトダウンして水蒸気爆発が起こったらおしまいです。当時、僕の子どもは、0歳、3歳、6歳でした。放射能にいちばん弱い子どもたちを絶対に被曝させてはいけない。それまで10年つくってきた農園をどうするか、ということよりも、ほんとうに「子どもたちを被曝させてはいけない」ということのために、さまざまな情報を見ていく中で、真夜中に、「すでにメルトダウンしているだろう」と判断し、2011年3月12日の午前3時に、研修生を連れ、家族を連れ、福島の飯舘村を出ました。
その後、山形をすぎ、三重県の愛農学園に20人ほど福島の人を連れて、避難所というかたちでかかわることになりました。その後、僕は愛農学園の近くに農場を持って、現在まで農業をしております。また、愛農学園の責任者も務めております。
今日は、福島の今の状況を説明させていただきます。最初に、2017年6月の最新版の情報ですが、福島県内の甲状腺がんの人数は、190人になりました。じつは、この甲状腺がんは、原発事故の2〜3年後ぐらいから発症しておりまして、多くの人が「これは福島原発由来の甲状腺がんだ」と主張してきたのですが、いまだに国は否定しています。「これは原発由来ではない」というのです。その論拠は何かといえば、「チェルノブイリの場合、甲状腺がんが出てきたのは5年後だった。それゆえ、3年で発症した甲状腺がんは、福島原発由来ではない」というのです。とんでもない説明です。
ちなみに、この190人という数字は、30万人の子どもたちを検査した結果です。一般的に、世界的にいえば、子どもの甲状腺がんは100万人に1人か2人です。それに対して、30万人で190人。2017年現在、原発事故から6年経ちますが、国は、いまだに認めていません。
いま、福島について語られることは少なくなりました。安倍首相が、2020年に東京オリンピックを開催するということで、3年後に向けて「浮かれモード」です。そのような中で、彼は、福島について「アンダーコントロール(すべてをコントロールしています)」と言いました。しかしながら、現実には、何一つコントロールなどできていません。いま、福島関係のニュースは何一つ出ていませんが、事故を起こした4つの原発は、1つも収束していません。そもそも、原発事故は、核燃料棒を取り出して、密封し、冷やしつづけなければ、収束とはいえません。4つの原発は、どれもその状態を実現していません。
また、核燃料棒は地下に格納されています。しかし、ロボットを使っても、放射能濃度が高く、すぐに壊れてしまう。その場所に近づこうとすると、20〜30シーベルトという放射線を浴びることになります。人間は、1時間のあいだに8シーベルトの放射線を浴びると確実に死ぬと言われています。4シーベルトでも多くの人が死ぬといわれています。ですから、20シーベルトという数字は、「5分の1時間、そこにいるだけで死んでしまう」ということです。
東京電力(東電)は、何もできなくて、外から見ているだけ。そして、ただ水をかけているだけです。そして、その水はどんどん漏れて、すべて海に流れています。一時期、永久凍土のようなものを作って遮断すると言われていましたが、つい最近、「あれはダメだった」と言われました。海だけではありません。2号機は、いまだにどうなっているかわからない。どんどん放射能が外へ放出されている。そういったことは一切語られていません。ですから、「アンダーコントロール」というのはまったくあり得ず、原発に詳しい学者は、50〜60年単位でどうにかなる話ではないとはっきり言っています。少なくとも、100年単位でどうなるのか、というレベルの大きな問題です。
3.10月10日 原発被災3800人福島訴訟
次に紹介したいのは、2017年10月10日のことです。東京電力に対して、福島の3800人の原告が訴訟を起こしていました。この人たちは、国が定めた避難地域の人々ではなく、福島県内の人々です。その人たちが3800人、――近隣の県の人も含めてですが、この人たちに対して、裁判所が、国と東電の責任を認めました。ただし、この件については、今後どうなるか、という問題があります。というのも、福井県の大井原発を稼動させる際、最初、福井でそれに対して訴訟が起こされましたが、上手くいかず、滋賀県の大津裁判所で、琵琶湖の汚染の可能性などを理由に訴訟が起こされました。それに対して、裁判所は「差止」をした。つまり、訴訟に勝ったわけです。「原発を動かさない」ということが一旦決まりました。ところが、その数ヶ月後、裁判官が左遷されました。その後、関西電力(関電)が控訴して、今度はOKとして、現在、大井原発は稼動しています。このように、いままで、原発に関する長い訴訟の歴史においては、いちど勝訴したとしても、裁判官が左遷され、違う裁判官が来て、国の方針ということで裁判が引っくり返される、ということを延々とくり返しています。それは、あの原発事故が終わってもいまだに終わりません。ですから、今回の10月10日の訴訟も今後どうなるかはわかりません。ただ、今回の訴訟は損害賠償であり、国の方針で動かすかどうか、といった趣旨ではないため、今後、大きなインパクトがあると考えられます。
はっきり言えることは、国が定めた避難地域の人々は、飯舘村を含めて、11万人でした。そのときに国が決めた基準は、1年間に20ミリシーベルトの地域でした。この数字についてですが、2017年、僕のいた飯舘村には「帰還宣言」がなされました。国は、「20ミリシーベルト以下だから問題ない」と言いました。当初、国は、許容量は1人あたり1ミリシーベルトだと言っていました。ところが、事故が起こったあと、事故の災害地域は20ミリシーベルトまでだいじょうぶだということに決まったのです。国内に放射線管理地域という場所があります。一般の人は入れず、専門家だけが防護服を来て入れるわけですが、これは5ミリシーベルト以上の場所を言います。ですから、この20ミリシーベルトが当てはめられた福島県及びその地域の原発被災地では、放射線管理地域の許容量を超えている可能性があるのに、この決定を変えない。
もう一つ、放射性廃棄物について、当初、100ベクレル以上のものはドラム缶に詰めて永久保存することに決まっていました。ところが、今回の事故が起こって、廃棄物がものすごい量になりました。その結果、8000ベクレル以下の廃棄物は普通の場所で燃やし、灰にして撒いていいということになりました。それを聞いて、フランスのある廃棄物を集めている会社が、これは都合がよいと、ヨーロッパの放射性廃棄物を日本に持ち込み、焼却してもらうという冗談のような状況になっています。
4.アメリカのトモダチ作戦、チェルノブイリを超える史上最大の問題
みなさんは、アメリカの「トモダチ作戦」をご存知でしょうか。原発事故が起こったときに、真っ先に米軍は空母ロナルド・レーガンを送り、サポートしました。仙台空港をきれいにしてくれたのは、この人たちです。じつは、この人たちが、現在、アメリカで告訴を起こしています。アメリカの5000人の水兵のうち、2000人が呼吸器系、消化器系、それから、妊婦異常、甲状腺がん等の問題を抱えているということです。それから、2名の兵士が、骨膜肉腫と急性白血病で亡くなっています。
今回の原発事故は、チェルノブイリを超える史上最大の問題であることが明らかになっています。しかし、政府、そして、IAEAは、これはたいしたことはなかった、被害はなかった、逃げることもなかった、と説明しています。帰還、復興、再稼動を当たり前のように推進しています。これまで、この問題を取り上げる人がほとんどいませんでした。
今回、皆さんに紹介したい書籍があります。環境学の山田國廣さんの『初期被曝の衝撃 その被害と全貌』(2017年11月)。東海の福島をサポートするネットワークの中で、とくに飯舘村に通っていた方です。さまざまなデータを使って、この問題を徹底的に扱っています。なぜ、彼がこの問題を探るのかといえば、「これはほんとうに犯罪である」というのです。現在の日本政府は、初期被曝を隠し、原因は津波だけだと説明しています。しかし、彼が調べたところによれば、一番の問題は、津波が来る前に配管が壊れたことです。津波が来るまえに放射能が漏れていた。国は、それを津波のせいにしている。実際には、原発がものすごく脆弱だったということをさまざまなデータから立証している。また、100ベクレル以上のものはぜったいに外部に出してはいけないと言われていたものを8000ベクレルまでなら燃やして灰にして、その辺に撒いていいということになっています。これについて、彼はこう言っています。「国としては、原発事故は今後も起こりうる。それなら、訴訟などが起こる前に、人間は100ミリシーベルトまでだいじょうぶだと言ってしまえ」ということです。冗談のように思われるかもしれません。しかし、福島に行くと、こんな標語があります。「100ミリシーベルトでガンになる確率は、1日20本の煙草を吸っている人よりも少ない」――福島県は、国のお金を使って、このような放射能教育を行っています。
ですから、3800人の避難地域以外の人々の声が認められたことは、国にとっては痛手でしょう。また、もしもあのときに5ミリシーベルトという数字で避難地域を区切っていたならば、福島県で避難しなければならなかった人は、150万人です。つまり、150万人の人々が5ミリシーベルトの中に入れられたということです。当初、米軍は、「原発から半径80km以内の人は全員避難しろ」と言っていました。彼らはよくわかっていました。しかし、彼らが見誤ったのは、風が東へ流れていて、その先の海上に、彼らの空母を置いたということです。
山田國廣さんの『初期被曝の衝撃 その被害と全貌』は、11月に刊行されますが、オープンにされたデータをもとに、初期被曝の被害をはじめ、この事故の被害が終わっていないということを明らかにしています。最後に、山田さんはこう結んでいます。「これは犯罪である」と。そして、そのような原発は絶対にすべて止め、廃炉にすべきであると言っています。僕もそのように思います。ご存知のように、鹿児島の川内原発が稼動するまで、2年半にわたって原発なしで日本の電力は足りていたのです。当時、経済界は、石油を買わなければならないから、国富の流亡だと言いました。民主党は、2030年までに原発を全廃することを閣議決定しようとしました。しかし、経済界が猛烈な反対をして、閣議決定は行われませんでした。そのとき言われたことですが、80%以上の大企業は原発にかかわっているということです。また、多くのメガバンクは原発にかかわっている。彼らにとって、原発が不良債権化することは避けなければならない、ということです。
また、福島県では、徹底的に除染が行われています。飯舘村も除染されたから帰還せよ、と言われています。しかし、飯舘村の70〜80%は山林です。山林は除染されていません。そこに帰れと言っている。しかも、その除染をしているのは、ゼネコンの孫請け、孫々請け、……の人たちで、しかも、ものすごく儲かっているということです。冗談のような話ですが、産業界の人たちが、「もう一度、福島のような事故が起こらないだろうか。そうすれば、仕事が増えて、また儲かる」というのだそうです。笑い話ではありません。
僕は、はじめ、経団連が原発廃止に反対したとき、「あの事故による経済的損失をわかっているのか、ほんとうに経済を考えるのだったら、原発を止めるべき」だと思いました。しかし、わかったことがあります。戦争はお金のためにやるのです。原発もお金のために動かします。その論理からいくと、原発事故は、お金の元なのです。そして、そのような流れの中で、経団連に後押しされた安倍政権は今回の総選挙に勝ちました。僕は、将来の子どもたちのことを考えたときに、「このような経済がすべてだという生き方には、ほんとうの幸せはないし、この生き方は人間そのものを亡ぼす」と考えました。
僕も、高橋先生の薫陶を受けた一人として、ほんとうに無教会のクリスチャンとして、この八方塞がりの中で、希望として何を見ていくのか。来世、――天国への希望だけではなく、僕らの子どもたちと、その子どもたちのための希望を考えなければなりません。経済だけ、金儲けの論理に対して、「違うんだ!」と言える価値観、幸福論が今後は問われる時代になるでしょう。もしクリスチャンの存在意義があるとすれば、この幸福論において、多くの人々に「このような生き方こそが、ほんとうに自分のためであり、みんなのためなんだ」と言えるかどうかが問われると思います。