映画ボヘミアン・ラプソディの大ヒットで、新たなクイーンファンが続々生まれているのは長年のファンとってはとても嬉しい。私がファンになったのはフレディの死後5年目の1996年なので、古参よりも中参というべきだろう。
映画公開以降、新参ファンによるツイートやブログ記事が増えており、見て面白い内容のものも多い。そんな新参ファンによる記事「『ボヘミアン・ラプソディ』の凄みはポール・プレンターにこそあると思う。」「ポール・プレンターは悪者じゃない」は実に鋭い見解で感心させられる。プレンターは映画では徹底した敵役だが、台詞にある通りベルファスト出身のカトリックでゲイだった。
初めて映画を見た時、ならばプレンターもフレディ最後の恋人ジム・ハットンと同じくアイルランド人か、と思った。それは間違いではないが、同じアイルランド人のカトリックでも2人は出身国が違っている。ベルファストは北アイルランドの首府であり、北アイルランド=アイルランド共和国北部ではなく、アイルランド島にあっても英国領なのだ。
一方、アイルランド島の8割強の面積を占める地域は既に1922年に独立、アイルランド共和国となる。ジム・ハットンはこちらの出身で、国民の大半はカトリック。対照的に北アイルランドはカトリックが少数派だった。但し21世紀にはカトリック人口が増加、プロテスタントに迫るようになってきたが、それでもプロテスタントの方が多数派である。
かつて私はジャック・ヒギンズの小説を何冊か読んだことがあり、彼の小説にはよく北アイルランド紛争が取り上げられていた。'70~'80年代にかけてはIRA(アイルランド共和軍)によるテロ事件が頻発、日本の新聞の国際面にも時々載っていた。未遂に終わったが、サッチャー首相までが爆弾テロの標的となっている。そのためひと頃はアイルランド=IRAのイメージがあった。
ヒギンズの作品「テロリストに薔薇を」には北アイルランド紛争時、危険を省みず武器弾薬を運ぶ12歳のカトリックの少女が登場している。フィクションにせよ、絵空事ではないはず。第三世界の紛争地ならともかく、西欧でもこのような話が成立するのは驚いた。
日本にも『IRA(アイルランド共和国軍)―アイルランドのナショナリズム』(鈴木良平著、彩流社)というノンフィクションがある。但しテロを起こすのは北アイルランドのカトリックであり、一部支持者もいたかもしれないが、南のアイルランド共和国のカトリックではない。IRAに資金援助するのは主にアイルランド系アメリカ人で、訪米したアイルランド首相がアイルランド系アメリカ人にIRAには資金を送らないでほしい、と要請したこともあったそうだ。
北アイルランド紛争は所詮白人のキリスト教徒同士の争いゆえ、元から飽きっぽい私は間もなく興味を無くした。そのためベルファストが北アイルランドの首府だったことをすっかり忘れていた。我ながら齢だと苦笑したが、新参クイーンファンの記事を見て、ようやく思い出した。
ベルファストのカトリック全てが反英独立活動に参加していたのではなく、プレンターのように渡英してそこで暮らす者もいた。親英というよりも北アイルランドではマトモな働き口がなく、殊にカトリックは就職先が限られていた。そのため英国で暮らすアイルランド人も少なくなかった。
IRA活動に身を投じた男たちの動機は様々だろう。ヒギンズの複数の作品に登場するIRA闘士リーアム・デヴリンは、親代わりでありカトリック聖職者でもあるおじがプロテスタントの暴徒に襲われ、片目を失明したことがきっかけだった。身内を攻撃され、反英独立活動に投じた男女は少なくなかったと思う。
尤もプレンターの様な軟弱者には到底務まらないだろうし、IRA側でも要らないはず。IRA内部には英国諜報員のスパイが潜入、十八番の内部かく乱工作を行っていた。IRAによる裏切者への制裁は苛烈で、ひざを拳銃で撃ち抜くリンチを実行することもあったという。祖国を捨て米国に逃亡しても、IRAは海を越えてまで追ってくる。
『IRA(アイルランド共和国軍)―アイルランドのナショナリズム』には、IRAのテロを非難して暗殺された北アイルランドのロックバンドの話が載っていた。戦争映画よろしくバンドメンバーは壁に並ばされ、銃殺されたという。IRAの活動を批判したU2もIRA支持者から脅迫されたことがあったが、彼らは脅迫だけで済んだ。
その②に続く
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複雑すぎて私には理解できません。
U2がアメリカ・ツアーをした時、かつての活動家が訪れて栄光の戦いを熱く語ったそうですが、実際は無差別テロも多かった。それを聞いたU2は不快になり、「何が栄光だ!」とライブで批判していました。それがIRAや支持者の怒りを買ったのです。いずれにせよ、日本人には複雑すぎて分かりません。