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共に肩を並べて戦えど…

2007-06-13 21:24:06 | 歴史諸随想
 先日のイラク人質事件に関した記事で、日本人の安全保障観について、鋭い分析をされたコメントを頂いた。これには考えさせられた。
安全保障に関しては、日本人は(本人は気づいていないけれども)冷酷なまでに計算高いのではないかと思います」「日本には轡を並べた戦友がいません

 日本は地政学上、江戸時代に限らず他国との交流に乏しかった歴史を持つ。ごく一部の例外を除き、日本人は他民族のために義勇軍として参加することはなかった。他国の争いに巻き込まれなかったのは幸いでもあるが、ならば他国や異民族、異教徒の戦いに参加した人々は、いかなるメリットと恩を受けたのだろうか?
 戦うには主に3種類ある。家族や故郷を敵の侵略から守る自衛異国や大義のため参加する義勇軍プロである所謂傭兵の戦い…というところだ。この中の①は正義の戦いだ。先日読んだインドの小説『聖都決戦』でも、歴戦の精鋭部隊隊長は「家族と故郷を守るため戦うのは人間としての責務」と言っているが、これは全世界共通の原理だろう。
 しかし②の場合は状況が異なる。家族や故郷は安全圏にあるにも係らず同教徒(時に異教徒)、異民族のための戦いに参加する人々がいるが、彼らが参戦するのはいかなる背景があるのか?

 一般に義勇軍は大義のために集結すると思われる。たが、その実態を調べれば、必ずしも大義に取り付かれている理想主義者は意外に多くはないのが分かるはずだ。口減らしや故郷で低賃金で働くより高給にありつけるという、実にシビアな計算高い動機を持つ者もいる。これもインドの小説『カシミールからの暗殺者』の登場人物で、15歳でアフガンでムジャヒディーン(イスラム聖戦士)として戦った男は戦場に来た理由をこう語っている。「うちは男の子が多いから、一人くらいいなくてもどうってことはない」。この男が兄弟も少なく裕福な家庭に育っていれば、果たして戦いに参加しただろうか?

 かつてスイス傭兵が欧州の様々な戦いで活躍しており、現代はお飾りになってしまったが、ヴァチカン市国の衛兵隊を勤めている。国土の大半が山岳地帯で貧しく、傭兵稼業で生計をたてていたのだが、もし豊かな国なら派兵などまずしなかったろう。東洋でもネパールのグルカ兵は勇猛で有名だが、山岳国で貧しいという背景もかつてのスイスと共通している。第一次大戦時、夥しいインドの若者が戦場に送られたが、彼らも裕福な子弟など滅多にいなかった。

 1990年8月、イラクがクウェートに侵攻し、その翌年湾岸戦争が起こる。イラク軍の侵攻後、難民として逃れたクウェート人のインタビューを思い出す。年齢は60前後に見えたが、彼はこう訴えていた。「何故日本軍は来てくれないのか?日本軍は勇敢ではなかったのか」。太平洋戦争時、アラブが日本に米一粒送らなかった過去はともかく、祖国を防衛するのは当のクウェート人である。未だに異教徒をカネで戦わせるのが当然と思っている姿勢は実に不快だったが、これがアラブの金持ちの本性なのだろう。どうりでトルコに4百年支配された訳だ。トルコ人も奴隷兵士としてイスラム世界で重宝されたが、それ故トルコに国を支配される羽目になる。

 たとえ貧しさゆえ危険な戦いに参加しても、それで協力国から恩義を受けられるとは限らない。第一次大戦中のインド兵が典型だが、英国人と共に肩を並べて戦えど、さして感謝も受けてない。アラビアのロレンスの著書『智恵の七柱』 (東洋文庫)に、アラビア戦に参戦したインド兵についても記されているが、ロレンスは彼らに実に冷淡であり、「彼らと一緒にいると心が落ち着かない…卑屈さを大事にしている様子」とまで書いていた。これが英国インテリの本音なのだ。異民族インド人を戦わせるのに、何の呵責も感じてない。第一次大戦後、英国はインド独立運動を徹底弾圧する。

 同教徒間でも必ずしも恩義は成立するものではない。『アラブが見た十字軍』を読めば、アラブ人とトルコ人が一致団結してなかったのが知れる。主に戦ったのはトルコ人だが、それでもアラブの民衆は不信感を抱いていた。
 現代アメリカ軍は世界最強とされる。これまた、貧しい米国人や多くの移民の子弟が特典目当てに入隊しているのが現状。中には闘いを好み、F.フォーサイスの小説張りの『戦争の犬たち』になる者がいても、全体としては少数派だ。

 共に肩を並べて戦っても、恩が成立するのはせいぜい個人間が限界かもしれない。同じ民族でさえ恩義を感じぬ者がいるから、まして異民族、異教徒なら尚のこと。恩を売るのは重要な外交戦術でもあるが、相手が買ってくれない時もある。以上は私の計算高さから出した結論だが、冷酷より性悪説から来ている。

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2 コメント

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ANZAC (mugi)
2007-06-14 21:36:20
>mottonさん
ケマルが名を上げたガリポリの戦いで、オーストラりア&ニュージーランド義勇軍のANZACが参戦してましたね。確かメル・ギブソン主演で映画化もされたはずですが(邦題:誓い)、すっかり忘れていました。
ANZACが奮闘したのは事実ですが、それでもインド軍にもグルカやシク教徒のような勇猛な兵士はいたのに評価が劣るのは、やはり白人のキリスト教徒ゆえと勘ぐりたくなります。
オーストラリアは経済関係ゆえ、中国重視に軸を移してきているような。おそらく日中が対立しているのは、あの国にとって漁夫の利でしょうね。

紹介されたサイトは驚きました。イラク戦争で多数の移民の若者が第一線で戦っていると思っていたら、白人兵士の比率が高かったとは。
もしかすると、移民の兵士が第一線に送られるとのイメージは、日本のニュース報道(私の場合はNHKが主)で出来たのかも。
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ありがとうございます。 (motton)
2007-06-14 13:47:58
コメントを膨らませてエントリーにしてくださってありがとうございます。

(3)の傭兵は国際法で禁止ですから難しいのは(2)ですよね。
それも(1)に近い(2)、すなわち集団的自衛の場合、軍を出すことで自国の将来の安全保障環境が良くなる場合です。
念頭にあったのは、WWI の ANZAC です。最強と言われながら、相手が天才ケマルだったために大量の死傷者を出しましたが、英連邦での発言権が大きく増しました。
その結果、南太平洋で日本と利権を争っていたため日英同盟に反対したことが遠因の一つになって WWII となりましたが、唯一の強敵であった日本の拡張政策を止めたことでオーストラリアの勝ちといえるでしょう。
ANZAC をトルコに送ったのが帝国海軍であり、今回のイラクでは自衛隊はオーストラリア軍に守ってもらっていたのですから皮肉なものですが。(今度の対中国では味方か。)

>貧しい米国人や多くの移民の子弟が特典目当てに入隊
軍が失業対策でもあるのは古今東西普遍ですが、第一線は違うかもしれません。
http://obiekt.seesaa.net/article/35029653.html
戦争で最初に死ぬのは愛国心と才能に溢れた若者というのもまた事実かと。
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