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アラブが見た十字軍-アミン・アマルーフ著

2005-05-27 21:15:47 | 読書/中東史
「これは野獣どもの放牧場なのか、それとも我が家、我が故郷なのか、私には分からぬ」
 「この世の民は二つの種類に分かれる。頭脳はあるが信仰のなき者と、信仰はあるが頭脳のない者と」

 以上はシリアのマアッラ出身の詩人アブールアラー・アルマアッリ(1057年没)の嘆きだが、生前彼は十字軍を直接見なかったにも係らず、はからずしも半世紀後に自分の故郷を襲う惨劇を予言するような詩を残している。この時の“野獣”で“信仰はあるが頭脳のない者”が十字軍の西欧人たちであり、イスラムからは“フランク”と呼ばれていた。近代から現代に至るまで文明の先端をいくと自他共に認める西欧諸国は十字軍当時はまったくの後進状態で、対照的にイスラム圏が高度な文明を誇っていたのを知る人は日本では意外と少ない。

 マアッラでフランクたちは、いかに食料が不足したにしても、現地のイスラム教徒を殺害した挙句に成人男女は鍋で煮て、子供は串焼きにして食べたという。 この人食い行為はイラスム、西欧共に記録を残してるが、後者は罪を糾弾するどころか誇らしげに書き記している。ずっと後年、新大陸に侵出したスペイン人も インディオに同じことをしていた。このような異教徒の大群が11世紀末から約2百年に渡って繰り返し侵攻して来たのだから、イスラムとキリスト教徒に現代 も埋めることの出来ない溝が生じたのは当然だろう。
 本の著者アミンアマルーフはレバノンのジャーナリストだが、終章で「そして疑いもなく、この両世界の分裂は十字軍にさかのぼり、アラブは今日でもなお意識の底で、これを一種の強姦のように受け止めている」と結んでいる。

 この本で驚いたのが十字軍時代のアラブ世界の四分五裂ぶり。シリア諸都市の王たち(ほとんどトルコ人)は一致団結するどころか、相争い謀略をめぐらしてフランクと協力する者さえ珍しくなかったのだ。有名なサラディンはクルドだが、十字軍打倒に頭角を現したザンギーヌールッディーン父子や13世紀末ついに十字軍を叩き出したマムルーク朝スルタンたちは皆トルコ人である。一体アラブはどうしていたのか。

 十字軍ではイスラム側は明らかに被害者だが、ちょうど同じ頃北インドでは盛んにトルコ系ムスリムが侵攻を繰り返していた。ヒンドゥー教徒は現代でもガズナ朝のマフムード(1030年没)を忘れない。インドのヒンドゥーとイスラムの対立はこの時代にさかのぼる。
 イスラムもまず武力支配ありきで、7世紀から9世紀はアラブの大征服時代とも言われる。西欧はトゥール・ポワティエで何とか撃退したものの脅威は消えなかったろう。

 人間は他国の侵略は何時までも憶えていても、自国のそれは忘れたがる生き物のようだ。


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