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“常温核融合”事件

2021-03-02 21:30:09 | 音楽、TV、観劇

 先月25日に放送されたNHK BSプレミアムの番組『フランケンシュタインの誘惑』はなかなか面白かった。今回のタイトルは「夢のエネルギー “常温核融合”事件」、以下は番組サイトでの紹介全文。
科学史の闇に迫る知的エンターテインメント。今回取り上げるのは、20世紀最大の科学スキャンダル“常温核融合”事件。1980年代末、安価で無限に使える夢のエネルギー発見に、世界中の科学者が踊らされた!
 第一発見者の名誉と世紀の発見がもたらす巨額の富をめぐる、科学者同士の大学を巻き込んでの争い、だまし、抜け駆け。さらに名だたる科学者達が次々と追試に挑み成功を報告するが…。当事者たちが、事件の真相を語る!

 私も含め“常温核融合”という用語を初めて知った視聴者は、結構少なくなかったかもしれない。事件が起きたのは1989年で、日本の新聞もこぞって取り上げていたと思うが、全く憶えていない。
 2人の科学者が常温で核融合が起きるとマスコミで発表、世界的な騒動となった。2人組の1人はサウサンプトン大学教授マーティン・フライシュマン、そしてフライシュマンの弟子でもあるユタ大学教授スタンレー・ポンズ。核融合には超高温が必要なことくらい、科学にはドがつく素人でも知っている。それが常温でも可能だと2人の科学者が発表したのだから、世界中の科学者ばかりか素人も大いに期待したのは無理もない。

 ネットの普及もあってか、昨今では人文系学者への評価は落下し続けているが、理工系は未だに敬意が払われている。科学者と言えば地味な実験と追試、分析を繰り返し、データーを基に論文を発表する人々と思われている。
 しかしこの学界でも、一部とは思いたいが捏造やでっち上げが行われていたのだ。むしろ密室化する実験が行われている以上、素人には判らずとも捏造がやり易いのかもしれない。科学専門用語を並べ立てれば素人を煙に巻くのは容易く、素人には見抜けないだろう。

 皮肉なことにマスコミに常温核融合成功を発表した結果、2人の教授のデータ捏造が暴かれることになった。特にポンズは質問する科学ジャーナリストに対し、なぜ細かいことを聞くのだ、常温核融合は確かに起きた、と逆ねじを食わせていた。
 東北大学金属材料研究所の笠田竜太教授と、岩手大学理工学部の成田晋也教授がゲストとして番組に出ており、2人とも科学に対する信用を失墜させた事件と話していた。細かいことに拘るのが科学であり、笠田教授は科学とは本来地味な積み重ねと語っていたのは印象的だった。

 フライシュマン、ポンズ両教授が記者会見を開いたのは1989年3月23日だが、「翌月から開始されたアメリカ議会での公聴会やエネルギー省での調査により、実験手法が極めて杜撰であると指摘され、その後の追試でも再現性に大きな問題があり、最終的な調査報告書では常温核融合はアメリカ政府によって否定された」(wiki)。
 かくして2人はアメリカにはいられなくなり、フランスに渡る。そこでも彼らは常温核融合の研究を続けた。フライシュマンは2012年8月に死去したが、ポンズのその後の消息は不明という。渡仏後暫くは研究をしていたにせよ、他の科学者との繋がりは一切知られていない。ポンズの教え子だった研究者が番組に登場していたが、マスコミの激しい非難にさらされたため、研究活動から身を引いたのではないか……と話していた。

 それにしても、大学を巻き込んでの科学者同士の争いは部外者にも興味深い。大学間のメンツもあって騙しや実験の盗用疑惑、抜け駆けなど、一般企業と変わりない。科学への熱意だけではなく、富と名誉への熱望では科学者も凡夫に劣らなかった。世間一般から理知的と思われている科学者も人の子だった。
 長らく似非科学扱いだった常温核融合も、最近は再評価されるようになってきたそうだ。「米で特許 再現成功で「常温核融合」、再評価が加速」(2016年9月9日付)という日経WEB記事があり、将来はフライシュマンらへの見直しもあるのだろうか。

 番組のラストでの笠田教授の発言は、これぞ科学者魂というものだった。彼は世界で最初の核融合炉の起動スイッチを押しながら死にたい、と言っていたが、成田教授も同じ思いだそうだ。
 ちなみに笠田教授は子供時代にガンダムを熱心に見ており、科学者の道に進んだそうな。成人してもガンプラに夢中になる凡夫とは、やはり気構えからして違っているのか、、、

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12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (鳳山)
2021-03-02 22:52:15
常温核融合、言葉だけは知っていましたが何も知りません。そういう番組があったんですね。興味が湧いてきました。
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科学への敬意 (motton)
2021-03-03 11:49:45
理工系というか科学への敬意は、この騒動のように早期に捏造が暴かれるプロセス(追試など)を含めてのものです。素人は騙せても、全ての専門家は騙せません。
捏造や間違いがないことではなく、それらを発見できるプロセスを持っていること。ここが宗教などとは一線を画すものです。

人文系はそこが甘いのです。追試(再現性)が難しいのは認めますが、それなら理工系以上に学者は独立して互いに批判的であるべきなのでです。それなのに、理工系以上に派閥を好みますからね。

なお、「常温核融合」騒動の背景には、革命的だった1986年の高温超電導の発見(「常温超電導」への期待)があります。(当時、私も超電導をやりたくて大学を選びましたから良く分かります。)
当時、SFで予想されていた超光速や反重力やタイムマシンなどの「未来技術」がほぼ否定されてしまっていました(少なくとも現実的なエネルギーレベルでは実現不可能だと理解されていました)。要するに科学への「ワクワク」が無くなってきていました。(残ったのはサイバー系=電子工学+生命工学だけ)。
だから、飛びつきたくなるのは仕方なかったのです。
(私は「常温核融合」は存在して欲しいと思っています。)
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鳳山さんへ (mugi)
2021-03-03 22:27:28
 ド文系の私でも、この番組は気に入っています。頭脳明晰な科学者も功名心や野心が先走ると、犯罪を起こしたりします。
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Re:科学への敬意 (mugi)
2021-03-03 22:39:53
>motton さん、

 記事にした騒動で、データのでっち上げが早期発覚したのはさすがでした。功名心に憑かれたにせよ科学ジャーナリストの質問に、「なぜ細かいことを聞くのだ」と逆ギレした時点で、素人にもポンズは失格としか思えません。

 対照的に人文系は捏造や間違いを発見できるプロセスを持っているはずなのに、日本の学界ではとかくかばい合いますよね。未だに恩師や先輩を批判するなど論外、という封建的な空気があり、そのため理工系以上に派閥を形成するのやら。日本学術会議でも発言するのは人文系が中心のようです。

 高温超電導の発見が革命的だったというのも、私にはチンプンカンプンです。ただ、安価で無限に使える夢のエネルギー開発は人類の夢だし、「常温核融合」でも超電導でもいいから、何時か実現してほしいと思います。
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核融合 (スポンジ頭)
2021-03-06 11:47:03
 現在大々的に宣伝している太陽光は日本だと役に立ちません。日照時間があまりにも短すぎます。結局電力会社の買取制度で成り立つものです。
 中国地方の某県へ出張に行った際、山あいの狭い元田んぼにたくさん太陽光パネルが設置されていました。農業でやっていけないとパネルを設置したのでしょうが、採算が取れるかどうか不思議です。

 1月の寒波で電力会社の供給量が異常に逼迫してギリギリの綱渡りをしていましたが、自然エネルギーのみに頼る事はできないのです。関西電力は1月12日に電力需要が供給能力の99%に達していました。

 私も核融合に夢を見ていますが、実現化するのは来世紀でしょう。生きているうちに見たいのですが、無理っぽそうです。
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Re:核融合 (mugi)
2021-03-06 22:21:41
>スポンジ頭さん、

 日照時間があまりにも短すぎ、日本では太陽光は役に立たなかったのですか!私は太陽光は全く考えていないし、疑問視するのは台風が多いためです。暴風雨で太陽パネルが損傷したら元も子もない。

 震災後、宮城県でも山あいの狭い元田んぼにたくさん太陽光パネルが設置されるようになりました。私の知人にも太陽光パネルを屋根に設置した人がいました。震災で家屋にダメージを受けたわけでもないのに、宣伝を鵜呑みにしたのでしょうね。ちなみにその人は朝日新聞読者です。

 関西の電力不足はニュースでも報じていましたが、1月12日のケースはギリギリで驚きました。こちらでは幸い綱渡り状態は免れましたが、来年だって寒波が来るかもしれません。核融合は夢のエネルギーでも、やはり21世紀中には実現は無理ですか。
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太陽光発電 (スポンジ頭)
2021-03-07 00:28:57
> 日照時間があまりにも短すぎ、日本では太陽光は役に立たなかったのですか!

 日照時間はカリフォルニアどころか、南欧よりも劣ります。南欧は日本よりずっと緯度が高い界隈ですよ。太陽光発電は少し曇っただけで発電が停止します。台風が来なくても発電能力がなくなるのです。装置の期待寿命は10年ですが、その間に自家消費のみで投資金額が回収できるはずがありません。

>私の知人にも太陽光パネルを屋根に設置した人がいました。震災で家屋にダメージを受けたわけでもないのに、宣伝を鵜呑みにしたのでしょうね。ちなみにその人は朝日新聞読者です。

 あの新聞の口車に乗るとは、同情を禁じ得ません。私の同僚は家の新築時に勧められましたが、賢明にも断りました。あの設備の廃棄費用も考えると、資金の無駄遣いです。

> 関西の電力不足はニュースでも報じていましたが、1月12日のケースはギリギリで驚きました。

 よく落ちなかった物だと感心しました。整備の方々の苦労の賜物ですが、こんな状況を続けていていい筈がありません。福井県にある原発が動いていれば、あんな事にはならなかったのです。自然エネルギーでは電力需要を賄えず、インフラ維持の苦労をする必要のない人たちが自然エネルギーの話をしても・・・と思います。
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Re:太陽光発電 (mugi)
2021-03-07 22:11:23
>スポンジ頭さん、

 東北、北陸はともかく九州や四国でも日照時間は南欧より劣るのでしょうか??そして少し曇っただけで発電が停止するとは知りませんでした。装置の期待寿命は10年と聞いていますが、これでは投資資金の回収は到底無理でしょう。

 太陽光パネルを屋根に設置した人ですが、さもエコに貢献していると自己満悦丸出しなので、事実を口にすることは止めました。設備の廃棄費用は念頭になかったと思います。

 今朝のNHKニュースでも反原発団体のデモを報じていました。ドイツ在住の日本人がドイツ語でメッセージを呼びかけたそうですが、隣国フランスの原発から電気を買っているドイツを引き合いにすること自体、支離滅裂もいいところ。何年ドイツに住んでいるのかは不明ですが、あの国も左翼活動家が相当いるそうですね。
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太陽光発電 その2 (スポンジ頭)
2021-03-07 22:59:34
 私が見たものと違いますが、こちらが世界の日射量です。九州や四国でもスペインやイタリアより色が薄いのが分かります。全体的にイタリアは日本より日射量が多く、フランスの一部にさえ負けてます。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1e/Global_Map_of_Global_Horizontal_Radiation.png

>何年ドイツに住んでいるのかは不明ですが、あの国も左翼活動家が相当いるそうですね。

 他国で騒ぐこともないでしょうに。他国からエネルギーを購入できるドイツと日本では比較対象になりません。
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Re:太陽光発電 その2 (mugi)
2021-03-08 21:46:23
>スポンジ頭さん、

 リンク先の世界の日射量には驚きました。東北や北海道はともかく、九州や四国でも日射量が少ない!日本は雨が多く梅雨もあるので、日射量が南欧より少ないのでしょう。

 NHKに限らず日本のメディアでは、ドイツが他国からエネルギーを購入していることに殆ど言及しませんよね。同様にフランスが原発大国であることも。
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